【開催レポート】Fujitsu 人材育成セミナー 2024 ~人と組織の未来を共に創る。~
基調講演「未来を創るためのテクノロジーとは ~人と社会のアップデートを目指して~」
合同会社機械経営 代表 安野 貴博 氏
記事公開日:2025年2月17日

2024年12月6日にオンライン開催され、大きな反響をいただいた「Fujitsu 人材育成セミナー2024」。いま、デジタル技術は目まぐるしく進化し、企業規模の大小や業種・業界など、あらゆる境界を越えてその恩恵を享受できる社会が実現しようとしています。「生成AI」「ノーコード/ローコード」などを活用した市民開発が加速する現在、企業はDXとどのように向き合えば、人と組織をアップデートできるのか。今回で11回を数える本セミナーでは、様々な事例を基に企業のテクノロジー活用のあるべき姿に迫るため、2部構成でアプローチしました。
第2部では、企業の最前線でDXおよび生成AIの導入と浸透に奮闘している株式会社北海道ジェイ・アール・システム開発の大庭久和氏とカナデビア株式会社(旧・日立造船)の白川哲也氏に富士通株式会社の岡安明香を交えて、 株式会社富士通ラーニングメディアの前田真太郎による進行の下 、パネルディスカッションを行いました。
本稿では第1部・前編として、合同会社機械経営代表の安野貴博氏による基調講演の様子をお届けします。
第1部 基調講演
「未来を創るためのテクノロジーとは
~人と社会のアップデートを目指して~」
合同会社機械経営 代表 安野 貴博 氏
安野氏は、東京大学工学部松尾研究室を卒業後、ボストン・コンサルティング・グループに勤務。その後、チャットボットソリューションの株式会社BEDORE(現PKSHA Communication)の代表取締役や、2018年にはリーガルテックであるMNTSQ株式会社の共同創業を経験。そして2024年には東京都知事選に出馬し、30代の候補としては歴代最多となる15万票超を獲得し、大いに話題となりました。そんな安野氏が、人と社会をアップデートするための考え方や、都知事選での実践内容について講演しました。

一貫してやってきたのは、「テクノロジーを通じて未来を描く」こと
これまで私は「AIエンジニア」「起業家」「SF作家」という3つの仕事を経験してきました。それらはまったく違う仕事に見えるかもしれません。しかし私の中では「テクノロジーを通じて未来を描く」という軸を通してきたと思っています。
東京都知事選への出馬も、ある意味で「テクノロジーを通じて未来を描く」という活動の一環でした。
「AI」と「政治」は、多くの人にとって「遠くにあるもの」という認識だったかもしれません。しかしこの2つにもさまざまな部分でDX化する余地があるということで、本日は「AI × 政治システム」の例としてご紹介します。
ほぼ無名だった私が、なぜ都知事選で15万票超を獲得できたのか?
2024年6月時点の私は、AI業界やスタートアップ業界では一部の人に知っていただいてはいたものの、一般的な知名度はほとんどない状態で、突如東京都知事選に出馬しました。そしてほぼ無名の状態から、1カ月間で15万4,638票を獲得しました。
15万票超という数字についての見方はさまざまかと思いますが、当落に絡めたかというと、正直まったく絡めませんでした。しかしその一方で、この結果に意味がなかったかといえば、私は「あった」と思っています。過去22回の都知事選で、今回の私の得票数は30代の候補者としては歴代1位でした。そして議員経験がなく支持組織もない候補としても、歴代1位の得票数でした。
なぜ私は15万票超を獲得できたのでしょうか?自分なりの仮説は、「生成AI等のテクノロジーを使って双方向の選挙に取り組んだから」というものです。
ブロードキャスティングではなく「ブロードリスニング」の選挙戦
我々が東京都知事選で取り組んだのは、「ブロードリスニング」という双方向型コミュニケーションを実現しながらの選挙戦です。

これまでの選挙におけるコミュニケーションは「ブロードキャスト型」で行われていました。つまり1人(候補者)が考えていることを、新聞やラジオ、テレビなどの「増幅してコピーする媒体」を使って、有権者に広く届けていたのです。
2000年代以降はインターネットが出現し、2010年代にはスマートフォンも登場したことで、その流れを変えることができるのではないか? とも考えられました。しかし2000~2010年代には大きく状況が変わることはありませんでした。なぜならば、SNSなどを通じて誰もが自分の意見を言えるようになったものの、それを集約する技術がなかったからです。多くの人が思い思いに声をあげても、受け取り側がパンクしてしまうという状況が続きました。
ChatGPTの登場により「みんなの声」を聴けるようになった
しかし2020年代に入り、状況は変わってきました。2022年にChatGPTが登場したことで、人間の書く言葉がある程度、機械によって整理・要約・消化・集約できるようになってきました。これを使うと、「『みんな』が何を言っているのか?」ということを効果的に集約し、候補者や政治家が政策に反映できるようになります。これを我々は「ブロードリスニング」と呼んでいます。
テクノロジーを使い、発信だけではなく受信もアップデートする。そのことによって、みんなのアテンションが集まる都知事選という機会を、ただ候補者が自分たちの主張を展開するだけの選挙戦ではなく、「みんなで東京の未来を議論する時間」にできるのではないか? と考えたのです。
「聴く」「磨く」「伝える」のサイクルを高速に回す
テクノロジーを活用した情報の送受信のアップデートは、「聴く」「磨く」「伝える」という3つのステップに分けて進めました。

「みんなの意見を聴く」がステップ1です。対面・電話・SNSなどのさまざまな情報ソースに現れている声をうまく集めて可視化し、まずは1人の頭の中に入れられる状態にします。
その後ステップ2「みんなで案を磨く」に移ります。可視化されたアジェンダを元に「ではどうすればいいか?」を議論し、具体的に課題を出し、今あるプランの変更提案を集め、意思決定を行います。
そのようにして磨かれた案を「みんなに伝える」のがステップ3です。ここも、さまざまな媒体や、街頭演説などリアルな場を通じて工夫しつつ伝えることを意識しました。
このステップ1~3は1回実行したら終わりというものではなく、何度もサイクルを繰り返しながら洗練させていくことができると、より良いだろうとも考えていました。
マニフェストに寄せられた大量の意見をAIで可視化
ここから各ステップごとにもう少し詳細を説明していくのですが、実はステップ1の前に、 「ステップ0」がありました。何か出発点があったほうが議論しやすいだろうということで、我々はエキスパートの方々100人以上にインタビューしたうえで、90ページほどのマニフェストを叩き台として作成したのです。
この叩き台に対するさまざまな意見をインターネット経由で取得し、AIを使って意見の「マップ」として可視化します。「内容的に近い意見はマップ上の近くに置き、遠い意見は遠くに置く」という処理をかけると、「意見の塊」のようなものが何個か立ち現れます。色分けされたそれらを、我々は「クラスター」と呼びました。そして、それぞれのクラスターの内容と量を可視化したのです。
例えばNewsPicksで石丸伸二氏と行った対談には5,000件ほどのコメントが寄せられました。5,000件のコメントをすべて読もうとすると、時間があっという間に経ってしまいますよね。ですから、そこでも、AIにコメントをまとめる作業をしてもらいました。
「全体像を可視化する」という処理は、フィルターバブル*と呼ばれているSNSの弱点を補うことができます。SNSでは自分と意見が近い人の意見がタイムラインに現れるため、「世の中には自分と同じ意見の人がたくさんいる」という錯覚を起こしがちです。
*フィルターバブル:検索サイトやSNSなどのインターネットサービスにおいて、利用者の検索履歴や行動履歴をサービスエンジンが学習した結果、利用者の興味や価値観に合う情報ばかりが表示される現象のこと。
しかし実際は見えていない場所に多様な意見があるのです。選挙では特にこういったフィルターバブルが顕在化しやすいと、私自身が強く感じました。だからこそ、たくさんの意見を集めたうえで「全体のマップを描き、全体像を把握する」ということの価値は非常に高いと考えています。

GitHub(ギットハブ)を使い、マニフェストをみんなで磨く
ステップ2の「みんなで案を磨く」ではGitHubという仕組みを使いました。GitHubは、世界的に使われているソフトウェア開発のプラットフォームで、複数のプログラマーが共同で開発作業をしたり、プロジェクトを管理したりするのに適しています。
我々は、1文字でも間違えると動かなくなるソフトウェアをみんなで作るという活動と、さまざまな依存関係を考えながら、社会のいろいろな課題や現状を知りながら進めていく「政策づくり」には共通点が多いと考えていました。そのため、GitHubを採用したのです。
結果的に、選挙戦の15日間で、GitHubにおいて232個の課題提起と104個の具体的な変更提案が行われました。すべての変更提案を私自身がレビューし、「東京都のためになるか?」「実現可能か?」などのジャッジをしてより分け、85個の提案をマニフェストに反映しました。言い方を変えると、「15日間でマニュフェストが85回バージョンアップされた」ということになります。
「議論の場が荒れない仕組みづくり」「重複意見の検知」もAIで実行
ここで「議論は荒れなかったのか?」という疑問は当然あると思います。ネット上のディスカッションは罵詈雑言の応酬に陥ることも多く、特に政策は荒れやすい議題です。
しかしここでもAIを使うことで、建設的に議論できる場を作ることができました。誹謗中傷やヘイト発言、不適切な画像投稿などはすべてAIで検出し、フィルターをかけて見えないようにすることで「ここは安心して議論できる空間だ」という最低限の安心感を担保するよう努めました。
また「議題の重複検知」もAIで行いました。例えば、すでに200件のコメントがついている議題について、スレッドをくまなく読んでから新規スレッドを立てるのは難しいものです。そのため、わざとじゃなくても議題が重複するスレッドが立ってしまうことはあります。しかし最近のAIが「議論の内容や意味」を理解できるようになってきたことを活かして、近い内容のスレッドに対しては「この議論はこちらのスレッドでやっているので、移動してください」と誘導させるようにしました。
2024年夏の時点ではこれぐらいが限界でした。しかし今後はAIがコミュニケーションの間に積極的に入っていき、上手にファシリテートしていくのが当たり前になっていくでしょう。そしてそれは、会社内のコミュニケーション活性化にもつなげられるはずです。

「AIあんの」が24時間、有権者のすべての質問に回答
ステップ3の「みんなに伝える」においては、85回のバージョンアップがなされたマニフェストの最新バージョンを、どうやってみんなに伝えるか?という問いに対し、ここでもAIが役に立ちました。
この際に作ったのが「AIあんの」という仕組みです。マニフェストを学習させたAIの私を用意し、インターネット上で、誰でも会話できるようにしたのです。
YouTubeには「YouTubeライブ」という生配信プラットフォームがありますが、そのコメント欄を活用し、「なんでも質問してください。意見してください。批判してください。すべて回答いたします」としたのです。
世の中にはYouTubeに馴染みのない方もいらっしゃいますので、電話版の「AIあんの」もリリースしました。用意した電話番号にかければ質問ができ、「AIあんの」が音声で回答するというものです。
結果として選挙期間中、YouTubeライブでは7,400件、電話では1,200件、合計8,600件の質問に回答することができました。
8,600件の質問に人間の私がすべてお答えしようとすると、とんでもない時間がかかってしまいます。しかしAIであれば24時間ずっと、人間のように疲れも知らずに答え続けることができます。1対1のコミュニケーションを、AIによって増幅することができたと思っています。
テクノロジーを通じて新たな価値を提供するには
「DX」と聞くと、「既存のやり方を一つひとつ分解してデジタル化する」というイメージをお持ちになる方も多いかもしれません。間違っているとは言いませんが、私は、それはDXの本質や、100%のポテンシャルを活かすアプローチではないと思います。デジタル化することによって「今まで提供できていなかった価値を届けられる」。それこそがDXの可能性であると、私は考えています。
「選挙のDX化」といったときはどうでしょうか。従来どおりのブロードキャスト型選挙をそのままデジタル化すると、「いかに簡単にブロードキャストするか」「ブロードキャストの度合いをいかに大きくできるか」という思考になります。しかし今回の選挙で我々が目指したのは、今までのブロードキャスト型選挙とはまったく異なるアプローチを実践すること。AIテクノロジーを使ったブロードリスニングによって、「みんなが言っていることを自分の政策に取り込んで反映する」という、今までの選挙では提供できていなかった価値を発現させることができたのです。
各企業においても、テクノロジーを使って新たな価値を提供していくためには、業務フローを入れ替えたり新しいフローを入れたりして、「新しい仕事のやり方」をデザインする必要があります。ぜひ、皆さんご自身も「テクノロジーを使うことで、これまでは実現できなかった価値を提供できるのではないか」という視点を持って業務に臨むことで、新たな突破口も見出せるのではないかと思います。

登壇者プロフィール
合同会社機械経営 代表
安野 貴博 氏
AIエンジニア、起業家、SF作家。東京大学、松尾豊研究室出身。
ボストン・コンサルティング・グループを経て、AIスタートアップ企業を二社創業。
デジタルを通じた社会システム変革に携わる。日本SF作家クラブ会員。
2024年東京都知事選に出馬、AIを活用した双方向型の選挙を実践。
※ 本記事の登場人物の所属、役職はセミナー開催時のものです。