【開催レポート】第10回 Fujitsu 人材育成セミナー ~人と組織の未来を共に創る。~
基調講演「キャリアオーナーシップと人的資本経営」
富士通株式会社 執行役員 EVP CHRO 平松 浩樹
記事公開日:2024年1月26日
2023年12月7日にオンライン開催され、大きな反響をいただいた「第10回 Fujitsu 人材育成セミナー」。「人と組織の未来を共に創る。」をテーマに、キャリアオーナーシップ時代における企業の人材育成や組織開発にフォーカスしました。2023年3月期決算より上場企業における人的資本情報の開示が義務化され、 企業の中長期的な成長に資する人材戦略の策定・実践が、より強く求められています。個人がありたい姿に向かって主体的に行動する「キャリアオーナーシップ」の時代に、企業としての人材育成はどうあるべきなのか。今回で10回を数える本セミナーでは、人を通じて企業価値の向上を目指すヒントを探るために、全3部構成、3つの視座からアプローチしました。
第2部は、企業の現場における「人材育成」「組織開発」の取り組みにフォーカスし、ニッセイ情報テクノロジー株式会社の平井繁行氏、日本精工株式会社の徳増誠氏、株式会社りそな銀行の榊原風慧氏とともにパネルディスカッションを行いました。第3部には元ラグビー日本代表の福岡堅樹氏をお迎えし、前例が無い道を歩むモチベーションの源泉と、自らの「キャリア」に対する想いをお話しいただきました。
本稿では、第1部をご紹介します。
第1部 基調講演
「キャリアオーナーシップと人的資本経営」
富士通株式会社 執行役員 EVP CHRO 平松 浩樹
富士通 CHROの平松は「日本の人事部『HRアワード2023』」で企業人事部門 最優秀個人賞を受賞し、企業の人事担当者から注目を集めています。1989年に富士通株式会社に入社後、ジョブ型人事制度の企画からニューノーマル時代の働き方・オフィス改革まで、さまざまなプロジェクトを経験した平松が、「富士通の取り組むキャリアオーナーシップ」を中心に、企業の人事部門が取り組むべき課題について、富士通グループでの実例を交えて講演しました。
パーパスを策定し3年間の改革に取り組む
2020年に富士通は「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくこと」をパーパスと定めました。そのうえでパーパスを実現するための新たな事業ブランド・ビジネスモデルとして ”Fujitsu Uvance” を発表しています。 ”Fujitsu Uvance” は「社会課題を起点として、クロスインダストリーでお客様の成長に貢献するデジタルサービスを提供する事業モデル」です。
さらに2023年の5月に発表した中期経営計画では、「2030年に向けた価値創造の考え方」として、「デジタルサービスによってネットポジティブを実現するテクノロジーカンパニーになる」というビジョンを掲げています。また、アウトプット・アウトカムの一つとして、富士通の社員だけでなく、世の中全体の人々のウェルビーイング向上を目指します。富士通は今後、人的資本経営とデータドリブン経営によって経営基盤を強化し、お客様への提供価値をさらに高めていきます。
経営者とCHROにとって喫緊の課題「人的資本経営」
ただ正直なところ、このところ声高に叫ばれるようになった人的資本経営に対して、当初は若干の違和感を覚えていました。なぜなら、これまでも日本企業は人を大切にし、体系的な教育や人への投資に努めてきたはずだからです。しかし改めて考え直してみたとき、反省すべき点に気づきました。たしかに「将来的な環境変化や、個々の成長の可能性までを踏まえた、人材育成や教育投資をしてきたのか」と改めて問われると、答えに詰まる部分もある。企業にとっても社員にとっても、より成長できるよう考えて実践するのが人的資本経営の根幹ですからね。そこで人事制度改革や経営戦略と一体化された人材戦略のあり方、実践的な人的資本経営の進め方について、この2年ほど改めて考えて続けてきました。
5社で作り上げた人的資本価値向上フレームワーク
人的資本経営については1社だけで考えるより、問題意識を共有する仲間と議論する方が深く思考できると思いました。そこで生み出されたアウトプットを積極的に公開すれば、より多くの人事担当者の参考になる、とも考えました。そこで5社のCHROが集まり、半年かけて6回の議論を交わしました。このCHROラウンドテーブルで作った、人的資本経営を検討するための構想フレームが「人的資本価値向上モデル」です。
「人的資本価値向上モデル」では、経営戦略や事業戦略を進める上で、組織のカルチャー変革など、成果につながるまで時間がかかるが長く効果を生む取り組みを「持続的効果を生むための取り組み」、業績向上に直接的に影響するような人材戦略上の取り組みを「成果を生むための取り組み」に分けて、その関係性を表し、各施策と企業価値向上とのつながりを視覚化しました。これを参照すれば、各社ごとに異なる全体構造を踏まえた検討に活用いただけます。
富士通の人的資本経営ストーリーと成果
5社で知恵を出し合ってまとめた構想フレームに基づいて、富士通では人的資本経営を9つのストーリーにまとめました。
- パーパスを設定し、それを実現するための「HR Vision」を策定
- ジョブ型人材マネジメントに移行して世界標準の人事プラットフォームを整備し、リソースマネジメントの権限を事業部に大幅に移譲
- 各事業部が人材ポートフォリオを策定し、人材要件を定義
- ポスティングによる社内人材の流動化を推進するとともに、外部からの人材獲得を強化
- グローバルでの企業競争力強化、人材定着を図るため報酬水準の引き上げを実施
- パーパスやビジョンに対するインパクトの大きさや自身とチームの成長を評価するConnect評価を導入
- パーパスカービングを通じて個人のパーパスを策定
- キャリアオーナーシップを高めて自律型人材を育成
- 従業員エンゲージメントを非財務指標として公表
成果は着実に出ており、たとえばポスティングやキャリア採用による人材流動化の進行と業績の伸びに、明らかな相関が出ています。この成果は、仮説が間違っていなかった証として、私たちにとっての大きな自信となっています。
パーパスを実現するHR Vision
従来の富士通におけるキャリアアップは、製造業や医療、金融など最初に営業やSEとして配属された業界の中で実現していくものでした。けれどもクロスインダストリーを前提とする、新たなビジネスモデルUvanceを遂行するには、社内外の多彩な人材を集めたチームが必要です。
新たなチームづくりのために、人事としては次の3つにコミットメントしています。すなわち「全ての社員が魅力的な仕事に挑戦できる」「多様・多彩な人材がグローバルに協働できる」「全ての社員が常に学び成長し続ける」。これらを実現するため、ジョブ型人材マネジメントへのフルモデルチェンジを敢行しました。
事業戦略に基づいた組織デザインを行い、そこに適材がチャレンジできるよう後押しするジョブ型報酬制度を整備する。人材リソースマネジメントの権限を事業部門に移譲し、社員の自律的な学びを支援する。これら一貫性のある人事制度改革を2020年4月に実施しました。
自律的な成長を支援するキャリアオーナーシップ
キャリアオーナーシップとは、キャリアを組織任せにするのではなく、生き方や働き方を自ら考えたうえで、主体的にキャリアを形成していく意識と行動を意味します。その根幹となるのが「自分のキャリアは自分で形成する」という意識付けです。
これまでの日本企業では、新卒入社すると定年まで同じ会社で勤めあげるスタイルがデフォルトでした。私自身も若い頃は、とりあえず上のポジションにあがれるように頑張ろうといった程度の意識しかありませんでした。ポスティングのような仕組みもなく、昇格などの機会は会社から与えられるため、どうしてもキャリアに対して受け身になりがちです。キャリアに執着するより、目の前の仕事にがむしゃらに取り組んでいれば、誰かが見てくれているといった意識でした。ところが昨今では、一つの会社で定年まで勤め上げようと考えている人のほうが少ないぐらいで、キャリアに対する意識が根本的に変わっています。
富士通がジョブ型マネジメントへと転換し、人材ポートフォリオも変えていくのと並行して、社員には主体的に望むポジションに向けて学び、挑戦してもらわなければなりません。社員一人ひとりに、自分のキャリアは自分でデザインするのだと意識を変えてもらう必要があります。そのためキャリアオーナーシップをキーワードとして、さまざまな取り組みを実施しています。
キャリアオーナーシップ実現のための取り組み
社員各自が主体的にキャリアデザインするために、まず人材育成方針を見直しました。すなわち「会社主導の教育」から「社員の自律的な学び・成長の支援」へと転換し、「マスへの一律な対応」から「個にフォーカス」した結果、階層別研修を廃止しました。社員一人ひとりが自ら考えて学べる環境を用意し、キャリアオーナーシップ実現を支える機会をできる限り多く提供していきます。一連の取り組みから、いくつかご紹介します。
ポスティング制度の拡大
ジョブ型とDX企業への移行を目指して、人材要件の見直しを行いました。そこに適材を迅速にアサインするため、ポスティング制度を大幅に拡大しています。一般社員から幹部社員(管理職)まで常にさまざまなポジションに対する募集があり、必要な経験やスキル、そのポジションでのやりがいや責任、権限などすべて募集要項の中に明記されています。
その結果、2020年4月からの3年間で富士通の国内従業員約70,000~80,000人のうち延べおよそ19,000人が応募し、約7,500人が異動しました。今ではポスティングは、もはや当たり前の制度として受け容れられています。ポスティングでの異動者に対して行ったサーベイでは、異動後にポジティブな実感を得ているものが大多数でした。
オンデマンド型教育の充実
社員一人ひとりが、自らのキャリア志向や強みに応じて目標を設定し、自律的に学ぶオンデマンド型教育を導入しています。学びのための新しい社内サイト “FLX(Fujitsu Learning EXperience)” を立ち上げ、いつでも、どこでもスマートフォンで学べる体制を整えました。ここでは世界最大の学習動画コンテンツ “Udemy for Business” をはじめとして10,000を超えるコンテンツが用意されています。また社内版TEDともいえる、先輩社員たちのさまざまな経験やメッセージなどの動画を掲載し実践知を共有するサイト “Edge Talk” も用意しています。
キャリアCafe
多様な人との会話を通して、自らキャリアを考え、行動するためのキッカケを得る場がキャリアCafeです。キャリアの悩みは年代ごとに異なるので、同世代の人たちが組織を超えて集まり、気になることや思いを共有します。人と話すために言語化すれば、自分の思いを再確認できます。その思いに対して、直接の上司や部下ではなく、第三者から率直なコメントが寄せられる。コメントにより、思いもしなかった気づきを得られると好評で、年間約8,500人が参加しています。
キャリアオーナーシップ診断
法政大学の田中研之輔教授のご支援を受けて実施している診断では、サイトでいくつかの質問に答えると、キャリアオーナーシップについての現時点の自分の状況と、今後の行動についてのヒントが示されます。診断結果は、アイデンティティ(自己理解度)とアダプタビリティ(変化対応力)の2軸からなる4つのフェーズに分類されます。自分が現状、どのフェーズに当てはまるのかを確認した上で、次のキャリアを考えるのです。診断を始めてから1年半ぐらいで、約17,600人が利用しています。
キャリアコーディネーターとキャリアカウンセラーによる支援
キャリアコーディネーターは、キャリアに関する組織課題に本部長のパートナーとして寄り添い、組織単位でキャリア支援を行います。キャリアカウンセラーは個人に対するキャリア支援で、国家資格の保有者が個々の状況に応じたカウンセリングを行っています。
キャリアオーナーシップとエンゲージメントは両立する
以前のキャリア教育は、入社時と50歳ぐらいの2回に分けて行っていました。30歳ぐらいの段階でキャリア教育をやりすぎると、転職の増加につながるのではないかという漠然とした不安があったからです。
一般的にキャリアオーナーシップを高めると、会社の外へ向かう遠心力が高まると考えられています。けれどもキャリアオーナーシップを健全に高めると同時に、会社としての魅力を高めて自社に対するエンゲージメントも高めるというアプローチもあるはずです。キャリアオーナーシップとエンゲージメントを両立させ、個人と自社の双方が成長していくのです。
目指すべき従業員と会社の関係性は、「自律」と「信頼」です。会社と社員、上司と部下といった上下関係が強すぎると、社員はなかなか自律できません。会社は社員を管理・統制するのではなく、信頼し、チャレンジできる環境を作ってサポートしていく。社員は会社の信頼に応えて、自律的にどんどんチャレンジし活躍していく。こうした社員との本当の意味での信頼関係のある会社にしていくことが、目指すべき道だと強く感じています。
視聴者からの質疑応答
講演の後は、視聴者の方から寄せられたたくさんの質問に対して、時間の許す限りお答えしました。その中から8つの質問に対する回答をご紹介します。
Q.人的資本価値向上モデルの中でうまく行ったこと、苦労していることは何でしょうか。
A.効果が出ているのはポスティングです。ポスティングが予想以上に多く、3割近くが手を上げてくれたのは嬉しい誤算であり、予想以上に活性化しています。またUdemy等で勉強する人は以前の3倍以上に増え、人材が動くのでマネジャーも組織づくりをより真剣に考えるようになってきました。一方で人材ポートフォリオの描き方には、少し苦戦しています。
Q.ポスティングすると、人が集まる部署と集まらない部署が出るのではないですか。
A.組織ごとに要員計画があり、当然、人気があるからと言って無尽蔵に人を増やせる訳ではありません。つまり競争率が高くなる、ということです。多くの人から選ばれる部門がある一方では、人が集まらない組織や流出する組織もあります。しかしポスティングを止める考えはありません。人が集まらない第一の理由は、価値や成長機会などをメンバーや社内に発信できていないからです。まず発信する努力を促し、それでも集まらない場合は、その職場に人事がしっかりと入ってキャリア採用を増やすなどサポートしています。
Q.さまざまな施策を展開すると、うまくアクセスできる人と活用できない人の二極化が起こると思いますが、どのように対応していますか。
A.確かにポスティングを打ち出せば、すぐに手を挙げる人と、そうではない人に二極化するかもしれないと当初は心配していました。会社は推奨していると言いながら、実際に手を挙げると何か不利益があるのではないかと、心配する人もいます。そこで本気で推奨しているのだと言い続け、実際にどんな人がどんな勉強をしてポスティングにチャレンジしているか等のデータを匿名でオープンにしていきました。チャレンジする人が全体の3割ぐらいに増えてくると、それまで躊躇していた人たちもチャレンジを始めてくれます。
Q.社外へ人材が流出してしまうという危機感はありませんか。
A.改革に取り組む前の4~5年間は、外資系のIT企業への若手の転職が目立ちました。もちろん人材流出が進んでいる状況について危機意識を持っていました。転職の理由は転職先が自社より魅力的と思われるからです。けれどもポスティングを拡大し、社内でもいろいろなキャリアに挑戦できるようになって状況は一変しました。自社内で成長できる機会がある、と気づいてもらえるようになってから離職率は上がっていません。
Q.ポスティングで流動性を高めるのは魅力的ですが、結果的に器用貧乏な社員が増えるおそれはないのでしょうか。
A.ポスティングで異動すれば、そこで実績を出して貢献度をアピールできるようにならないと、次の重要なポジションにはつけません。単に異動経験を増やすだけではまさに器用貧乏となりますから、ポスティングを推奨すると同時に、短期間でコロコロ変わるのは問題だと話しています。
Q.人材の配置では客観的なスキル・能力の把握が必要だと思いますが、タレントマネジメントはどのように進めているのでしょうか。
A.まさに今、人材のスキルを把握するために、グローバルな人事情報システムの導入を進めているところです。一人ひとりについてすべてのスキルを把握するのは難しいので、まずコアスキルを特定して把握するよう努めています。そのうえで該当するスキルをもっている人の分布状況を踏まえて、足りないところを補うための投資を考えるようにしています。
Q.組織変革にはマネジメント層の意識改革が必要と思いますが、どのような施策を行っているのでしょうか。
A.こればかりは地道に実践と評価と指導を繰り返すしかないと覚悟しています。制度を大胆に変え、ポスティングも導入しましたが、マネジメントの意識が変わらないと不具合が起こります。上位のマネジメント層による指導や、360度評価なども取り入れて行っています。
Q.キャリアオーナーシップについては社員の意識が大きく影響すると思いますが、意識が高まらない場合、どこまで介入すべきでしょうか。
A.自分のキャリアを自分で考えるのは、本来ならごく当たり前のことです。この当たり前のことを当たり前に考えられない環境を作ってきた、これが日本企業の反省すべき点だと思います。まず当たり前の状態に戻す意識が重要であり、そのためにいろいろな施策を継続的に行う必要があります。すぐには意識の高まらない人もいるので、働きかけを継続することが重要だと思います。
登壇者プロフィール
富士通株式会社 執行役員 EVP CHRO
平松 浩樹
1989年富士通株式会社に入社。
2009年より役員人事の担当部長として、役員人事・グローバル役員報酬の制度企画・指名報酬委員会の立上げ等に参画。
2018年より人事本部人事部長としてタレントマネジメント、幹部社員人事制度企画・ジョブ型人事制度の企画を主導。
2020年4月より執行役員常務として、ジョブ型人事制度、ニューノーマル時代の働き方・オフィス改革に取り組んでいる。
2022年より現職。
※ 本記事の登場人物の所属、役職はセミナー開催時のものです。