未来を拓く富士通の挑戦。 キャリアオーナーシップで描く、個と組織の成長ストーリー【前編】

法政大学キャリアデザイン学部・大学院 教授 田中 研之輔 氏(右)
富士通株式会社 取締役執行役員 SEVP CHRO 平松 浩樹(中央)
株式会社富士通ラーニングメディア 小西 千晴(左)

記事公開日:2024年8月16日

 近年、人的資本経営が重要なキーワードとなり、社員のキャリア形成支援のあり方を見直す企業が増えています。これからの企業経営では、社員のキャリアをどう考えるべきか。一方で働き手としては、自分のキャリアをどう考えればよいのか。

 人と組織の関係性が変わりつつある中、富士通では、社員が人生をより良くするために、キャリアを自分自身でデザインする「キャリアオーナーシップ」の考え方に基づく人事戦略を進めてきました。富士通の取り組みをリードしてきたCHROの平松浩樹と、変革をサポートしてくださった法政大学キャリアデザイン学部の田中研之輔氏による対談を中心に、社内外の生の声を交えてお届けした書籍が『進化するキャリアオーナーシップ』(FOM出版刊)です。書籍を企画した富士通ラーニングメディアの小西千晴がファシリテーターを務め、お二人に書籍出版の経緯や想いについて、貴重なお話を伺いました。

 前編では、富士通が人事制度改革に取り組んだ背景や「キャリアオーナーシップ」とはどのような概念なのか、後編では、企業や個人は今後キャリアにどう向き合うべきなのか、富士通の変革のエッセンスと共に取り上げます。

企業と社員の双方に求められる、「キャリアオーナーシップ」という考え方

小西:進化するキャリアオーナーシップ』は、平松さんと田中先生の対談を中心に、キャリアに関する企業や個人のリアルな声を交えて、これからのキャリア戦略に関するヒントをお届けする書籍となりました。本日は、書籍出版にあたってのお二人の想いや、書ききれなかった裏話も含めて、お話をお伺いしたいと思います。

 まずは今回の出版企画を聞かれた際、平松さんは率直にどう思われましたか。

平松:ひと言でいえば「嬉しかった」です。富士通ではさまざまな人事制度改革に取り組んできましたが、その過程で実感したのがキャリアオーナーシップの重要性です。キャリアに対する考え方や仕事への向き合い方などに悩む人たちにぜひ、当社の事例を参考にしていただければ嬉しいと思いました。

平松 浩樹:富士通株式会社 取締役執行役員 SEVP CHROを務め、
ジョブ型人事制度、ニューノーマル時代の働き方・オフィス改革に取り組んでいる。

小西:書籍の企画段階では、人的資本経営などもテーマ候補でしたが、最終的にはキャリアオーナーシップを軸に富士通グループの取り組みをお伝えすることになりましたね。

平松:人的資本経営の肝がキャリアオーナーシップなんだということを、ぜひお伝えしたかったのです。今、経営戦略と人事戦略をいかに連動させるかが、私たち人事や経営者に問われています。その連動の先にある、人事戦略と社員の行動変容を繋ぐカギが、キャリアオーナーシップだと強く感じていました。

 企業がこれからの人材像や伸ばすべきスキルといったメッセージを発信し、それを社員一人ひとりが受け取った上で自分のキャリアを考え、どんどんチャレンジしていく。そうなってはじめて、人的資本経営を実践できます。

 自分のキャリアなんだから、自分で考えて、自分で選択するのは本来当たり前なんですけどね。ただ、それができない企業のカルチャーや、制度や、もしかしたら日本の国民性のようなものもあるかもしれません。ですが、その当たり前をやろうと意識を変えるだけで、自分の仕事や将来に対する見方や行動が変わってくると思います。

小西:平松さんと一緒に本づくりに携わってくださった田中先生は、今回の書籍出版の意義をどのように受け止めておられますか。

田中氏:私はキャリア開発専門の研究者として、本書は一つの到達点であり、まさに働き方の未来像が凝縮されていると考えています。つまり、これからの働き方である「キャリアシフト」の全体像が示されている。平松さんと一緒に4年ほど変革に取り組む中で、富士通という大企業が、組織の伝統などを受け継ぎながら大胆にシフトしていく姿を見てきました。そんな変革の起こし方やヒントが本書には示されています。

田中 研之輔 氏:法政大学キャリアデザイン学部で大学院教授を務め、
これまでに一橋大学・慶應義塾大学・早稲田大学などで兼任講師としても教壇に立つ。

変革を求められた富士通、誕生した新しいキャリアの考え方

小西:実は私は2020年から育休を取っていて3年後に復帰すると、社内の様子が一変していて非常に驚きました。特に印象的だったのがキャリア施策の変化ですが、その背景にはどのような問題意識や課題があったのでしょうか。

平松:何より危機感を持っていたのは、エンゲージメントサーベイやインタビューの結果から明らかになったモチベーションの低下です。社会への影響力があるビジネスに取り組んでいたり、先進的なテクノロジーを扱っていたりと、本来なら誇りを持って働いているはずの人たちが、やる気を失っている。これでは変化の激しい環境の中で、自ら成長し挑戦しようというエネルギーは生まれません。そんなマインドの人が集まった富士通では、外にいる魅力的な人材を引きつけるのは難しいのではないかという問題意識もありました。

小西:改革のためのキャリア施策を実施していく、その過程で田中先生と出会ったのですね。

平松:ジョブ型人事制度への大胆な転換と共に、キャリアへの取り組みの必要性も感じていました。キャリア開発の第一人者にサポートしてもらいたいと探した結果、田中先生と出会いました。第一印象で「いい意味で学者っぽくない方だ」と感じ、お話しているとワクワクさせられたのです。ぜひ先生と一緒に企画を考えたいし、社員の前でどんどん話していただきたいとも思いました。田中先生とセッションを繰り返すうちに、「キャリアオーナーシップ」という、富士通がこれからやりたいことを表すキーワードが浮かび上がってきたのです。

進化するキャリアオーナーシップ』(FOM出版刊)。
富士通の平松CHROと法政大学の田中教授による対談を中心に、
富士通社員や他企業に勤務する個人の方にフォーカスを当て、
インタビューや事例を交えて生の声を取り上げた書籍。

小西:田中先生との取り組みの成果は私も感じました。何より感じた変化は、みんながイキイキしていること、まるで別の会社に来たのかと思ったほどです。富士通の変化の背景には、2020年頃からの社会や企業組織の変化もあると思いますが、田中先生はどのように受け止めていらっしゃったのですか。

田中氏:富士通を含む日本企業の多くが抱えていた問題は、2つあると考えていました。1つは若手にとっての「不透明なキャリア展望」で、入社して頑張っているけれども、将来のキャリアを見通せない。もう1つは中堅層にとっての「組織へのキャリア依存」です。キャリアが長くなると、目の前の業務には一生懸命に取り組むものの、チャレンジする気持ちを失ってしまう。

 若手は先が見えないための不安、ベテラン層は外を見ないための停滞。こういった問題解決に必要なのは個人と組織の持続的な成長です。それを促すため、富士通では行動変容を起こすチャレンジに取り組みました。研修についてもスクラップ&ビルドを断行して、進化し続けるよう意識しました。キャリアオーナーシップをコンセプトに、どこまでも進化させようと決めたのです。

小西:今回書籍名にも含まれている「キャリアオーナーシップ」ですが、一般的には「キャリア自律」という言葉が使われます。今回あえてキャリアオーナーシップという言葉を使った背景には、どのような想いが込められているのでしょうか。

田中氏:「キャリア自律」は、20年ぐらい前から研究者の間で使われてきました。ただ「自律」というのは、自分でなんとかするもの、という印象が強い言葉です。企業からすれば「キャリア自律」とは個人の話で、社員が自分でどうにかするもの、と考えがちになります。私は社会や職場の変化に応じて、仕事や働き方を柔軟に変えていくキャリアのあり方を「プロティアン・キャリア」と表現していました。この考え方を元に平松さんたちと議論していく中で、自然に生まれた言葉が「キャリアオーナーシップ」だったのです。

 「誰もが自分のキャリアのオーナーになろうよ」というのは素晴らしいメッセージだと思います。車でも不動産でも、オーナーになって所有したものは丁寧に扱いますよね。キャリアも同じで、自分の権利ですから、オーナーシップを持って大切にしていこう、自分の人生は自分でより良くしていこう、ということですね。みんながキャリアオーナーシップを持っているからこそ、チームとして強くなれるし、自分のキャリアを良くしていく舞台である会社を良くしたいと誰もが思うでしょう。キャリアオーナーシップという言葉は、いずれ教科書にも取り上げられるコンセプトだと思っています。公民かな(笑)。

平松:「自律」というと、「自立」と読み方が同じなので、それまで自立できていなかった人が、ようやく独り立ちしたという印象を受けがちですよね。これに対して「オーナーシップ」といえば、未来に向けて自分自身でデザインしていくという前向きなニュアンスを強く感じます。自律よりキャリアオーナーシップの方が、自分で好きに考えていいんだなとポジティブに受け止められて楽しそうじゃないですか。このキャリアオーナーシップという言葉にどんどんそういう意味づけをしていって、その取り組みを外にも発信していきたいと思っています。

もし今、富士通に新卒入社したなら・・・平松CHROが挑戦したいキャリアとは

小西:ここで少しタイムトラベルしていただき、もし平松さんが人事制度をフルモデルチェンジした今の富士通に新卒で入社したと仮定すると、これからどんなキャリアを描いていくと思いますか。

平松:実は私は営業志望で入社したのですが人事に配属となり、とにかくがむしゃらに富士通一筋、人事一筋でやってきました。もちろん、その中で多くの学びを得ていて、後悔などまったくありませんが、もう一回入り直せるのなら、お客様とフロントで接する営業やコンサルをやってみたいですね。

 また、新卒入社し直すのなら、これまで人事として自分が整備してきた制度が揃っているわけですから、自分で試してみたいじゃないですか。ポスティングなどの制度も活用したいし、副業や兼業、思いきって一回転職したり、休職して大学で学び直したりもしてみたい。とにかくキャリアのいろいろな選択肢に挑戦して、「変化にどんどん適応できる人」みたいなキャリアにチャレンジしたいですね。



【後編に続きます】

※ 本記事の登場人物の所属、役職は記事公開時のものです。