【開催レポート】第10回 Fujitsu 人材育成セミナー ~人と組織の未来を共に創る。~

特別講演「無限の可能性を信じ、未来をつくる。~学び続けることで、飛躍し続ける~」

元ラグビー日本代表 福岡 堅樹 氏

記事公開日:2024年1月26日

 2023年12月7日にオンライン開催され、大きな反響をいただいた「第10回 Fujitsu 人材育成セミナー」。第1部は、「日本の人事部『HRアワード2023』」で企業人事部門 最優秀個人賞を受賞し、企業の人事担当者の注目の的でもある富士通株式会社 執行役員 EVP CHROの平松浩樹による「キャリアオーナーシップと人的資本経営」についての講演。第2部は、企業の現場における「人材育成」「組織開発」の取り組みにフォーカスし、ニッセイ情報テクノロジー株式会社の平井繁行氏、日本精工株式会社の徳増誠氏、株式会社りそな銀行の榊原風慧氏とともにパネルディスカッションを行いました。
 本稿では、第3部の特別公演をご紹介します。




第3部 特別講演
「無限の可能性を信じ、未来をつくる。
~学び続けることで、飛躍し続ける~」
元ラグビー日本代表 福岡 堅樹 氏


 第3部には、元ラグビー日本代表として2015年と2019年のラグビーワールドカップに出場し、2019年の日本大会ではチーム初のベスト8進出に多大なる貢献をされた福岡堅樹氏にご登壇いただきました。2019年には日本代表からただ1人「マグニフィセント・セブン」に選出されるなど、スポーツの道を究めながら、現役引退後は順天堂大学で医学を学んでいる福岡氏。前例が無い道を歩む、そのモチベーションの源泉と、自らの「キャリア」に対する想い、そして冒険の先に描く未来への夢について伺います。

フィールドでは見せることのない、優しい笑顔を見せてくれた福岡さん。

確実な成長が、未来への可能性を開く!

 はじめに、日本代表チームが残念ながらベスト8に届かなかった、今回のラグビーワールドカップ2023について振り返っていただきました。

「まず予選トーナメントから、僅差の試合が増えていて世界のラグビー全体のレベルアップを強く感じました。そんな中で日本代表は確実に成長しているし、その未来にはまだまだ可能性があると思いました。もう一点、改めて感じたのが、前回大会のときに贈ってもらった応援の力です。日本で開催された大会で自分たちがホームチームだった、だからこそどれだけ多くの力をもらえていたのかが、今さらながらよくわかりました。」

素晴らしいコーチがチームを成長させる

 過去にはニュージーランドに大敗した経験もある日本ラグビーが、ここまで強くなれたのには、ヘッドコーチの力が大きかったと福岡さんは振り返ります。

「南アフリカ戦で奇跡の逆転トライを決めた2015年では、エディー・ジョーンズが、徹底的に厳しい指導で作ってくれた日本の土台が活きました。だからリーチマイケルも思いきって逆転を狙うギリギリの決断を下せたのです。そのベースがあったからこそ、次の2019年にはチームとして最高の状態で大会に臨めました。この2大会に出場できたのは、自分にとってとても幸せな経験となっています。」

挑戦できる環境が、成長を後押ししてくれた

 ラグビー日本代表を務めた後に、医学部へと進んだ福岡さん。その異例とも思えるキャリアの原点は子ども時代にありました。父親が歯科医、祖父が内科医など医師の多い家系で、しかも父親も大学でラグビーに熱中していたのです。やりたいことをやらせてもらえる家庭で福岡さんは、最初はピアノを習っていたと明かします。

「小学校時代は毎日2時間ピアノを練習して、コンクールで最優秀賞をいただいたこともあります。その後、たまたま家の近くにラグビースクールができて、やってみると楽しかった。とはいえずっと医者になりたいと思っていましたから、高校はラグビーの強豪校ではなく進学校を選びました。」

ピアノを弾く幼少期の福岡さん。姉の影響で3歳から始めたという。(写真:本人提供)

人に勇気を与えられる人になりたい

 進学校でもラグビーを続けていた福岡さんは、高校2年時に前十字靭帯断裂で手術をし、高校3年でも違う足の前十字靭帯を断裂します。ただラグビーの全国大会が迫っていたため、このときは手術をしなかったそうです。

「『本来は手術をするべきだが、手術をせずにリハビリをしてテーピングで固めれば、なんとか大会に出られるチャンスはある』と医師の先生が可能性を提示してくれたのです。その言葉を信じてリハビリに全力で向き合った結果、大会に間に合い、悔いのない選択ができました。前十字靭帯は断裂するとスピードが落ちると言われる箇所なのですが、『きっと大丈夫。元に戻るから。』という先生の言葉と人柄に、本当に勇気づけられたんです。それから自分もいつか先生のように、人を勇気づけられる人になりたいと強く思うようになりました。」

限界まで追い込まれて乗り越えられたから、次のステップへ進めた

 2015年、筑波大学の学生ながら日本代表に選ばれました。そこで出会ったエディー・ジョーンズコーチの指導は、徹底的に厳しかったと振り返ります。

「このときの合宿で、初めてラグビーをやめたいと思いました。身体的に限界まで追い込まれて、さらに精神的なプレッシャーで追い打ちをかけられる。それこそ面と向かって『帰れ』といわれたりもしました。けれどもこの逆境を何とか耐えぬいたとき、力がついたなと感じたのです。」

「どこまでオンラインで話していいか・・・」と迷いながら、当時の代表合宿を振り返ってくれました。

自分のキャパシティを超える

 ただ2015年の大会では出場機会が少なく、チームに勢いを与えられるようなプレーができなかったのが心残りとなったそうです。そこから次に向けての挑戦が始まります。エディーコーチに指摘されていたのは全力を出す意識でした。試合の先の展開まで読んで、無意識のうちに力をセーブしていたという福岡さん。その反面、大事な場面で全力を出し切れていなかったことに気が付き、世界のトップで戦うためにその意識を変えていったといいます。

「要するに現状の自分のキャパシティのなかで、やりくりしているだけでは、次のステップには上がれないのです。100%全力を出し切った上で、さらに次の1%に進めるかどうか。その意味で2016年に出場したリオデジャネイロ・オリンピックの7人制ラグビーが改めて自分を鍛え直してくれました。同じラグビーとはいえ、7人制はまったく別の競技です。15人制と同じサイズのフィールドを半分以下の人数でカバーしなければならず、休む間もなくダッシュを繰り返す経験が、自分を大きく成長させてくれました。」

100%出し切るメンバーが、お互いを信頼するから "ONE TEAM"

 そして迎えた2019年、日本でのワールドカップ。福岡選手は最高の状態で大会に臨めたと振り返ります。このときの日本代表を象徴するキーワードが "ONE TEAM" です。ただ、ことばで表現するのは簡単でも、そんなチームを実際に作り上げるのは至難の業でした。しかも、その秘訣は意外にも明確な線引きだったと福岡さんは振り返ります。

「全体が上手くいくために、自分の役割を100%やり切る、でもそれ以上はやらないという線引きをしていました。他人を100%信頼して任せるのは、できるようでなかなかできません。お互いがお互いを完全に信頼し合っているからこそ "ONE TEAM" なのです。もし誰か一人でも100%を出し切れていなかったら、チームとして成立しない。練習は勿論、日頃からミーティングや一緒に過ごす時間を積み重ねて、お互いをよく知っているからこそ、実現できたのだと思います。」

起きたことはポジティブに捉えればいい

 お互いを深く理解し合うためには、コミュニケーションが欠かせません。2019年には年間トータルで200日もの合宿をこなし、家族よりも長い時間を共に過ごした仲間たち。だから相手の癖にまで気づけるようになる。仲間が次にどんなプレーを選択するのかがわかる。相手の気持ちに共鳴できているから自然に動ける。それが "ONE TEAM" の真髄です。

「そこまで気持ちも身体も高めていながら、2019年の大会開幕直前にケガをしてしまいました。けれども起きたことについては、なんでもポジティブに捉えるのが自分の一番の強みです。開幕からフル出場していなかったからこそ、予選最後のスコットランド戦でベストパフォーマンスを出せたのだと思っています。」

進行を担当した富士通ラーニングメディアの坂本美奈(写真左)と。

その選択に悔いはないか

 その後、福岡さんは再び7人制ラグビーで東京オリンピック代表に選ばれます。ところがコロナ禍により状況が一変してオリンピックが延期となりました。その段階で福岡さんはオリンピック出場をスパッと諦めて、医学の道に進むと決断します。

「コロナが流行り始めた段階で、オリンピックの延期の話も出ていました。だからどうしようと考えてはいたのです。もちろんオリンピック開催は、自分の力でどうこうできるようなものではありません。それならば自分はどのような道を選択するのか。オリンピックに出場するため合宿に行くのか、医学部に進学するため勉強の道を選ぶのか。セカンドキャリアを目指すなら、今だと思いました。幸いラグビーについては、2019年で目標を達成できていたので、後悔はありませんでした。」

何かを選択したから、何かを諦める。ではなく、両方やろう、できるはずだ

 オリンピックを諦めたからといって、医学部合格は並大抵の努力で叶う目標ではありません。高いモチベーションを維持するために福岡さんは、自分が一つの見本になれればとの思いもあったと明かします。

「トップレベルのスポーツを極めながら、医学部に進学する。両立を目指すのは、日本では敬遠されがちなキャリアプランです。結果的に少しでもラグビーのパフォーマンスが落ちれば、『ラグビーをやりながら受験勉強なんて余計なことをしているからだ』と非難されるでしょう。日本にはそんな空気があると前々から感じていました。だからこそ、自分が空気を変えたいと思ったのです。スポーツと勉学を両立できる力を持った人は、これまでにも何人もいたはずです。前例ができてしまえば、今後は両立に挑戦しやすくなる。自分が新しい道を示せればと思いました。」

迷いが生じたりはしなかった

 いずれ受験勉強に打ち込むため、プロリーグで活躍していたときから1日に最低1時間は勉強するようにしていたそうです。朝起きたら筋トレをして午前の練習、昼食後は仮眠を取り、午後の練習を終えて夕食後一息つくと7時ぐらい。それからを勉強の時間に当てていたと、福岡さんは語ります。

「自分がやろうと決めた、だからまっすぐに進めたのだと思います。ときには勉強に気が向かないときもありますが、そんなときは少し休憩を挟んで、勉強のモチベーションを維持するようにしました。大きな決断をするときには、後悔せずにやっていけるかどうかを判断の基準としています。だから受験勉強も続けられたのだと思います。」

順天堂大学入学式での福岡さん。ハードだった練習と受験勉強の両立が結果を結び
「このときは、本当に嬉しかったですね」と語ってくれました。(写真:本人提供)

視聴者からの質疑応答

 講演の後は、視聴者の方から寄せられたたくさんの質問に対して、時間の許す限り答えてくださいました。その中から4つの質問に対する回答をご紹介します。


Q. 温度差があるチームで、みんなが一丸となって進むためには何から始めればよいでしょうか。

A. まずは話し合いから始めることが大事だと考えています。
「それもトップダウン的な話し合いでは、意見をいえなくなる人が出てきます。まず少人数で始めるなど話しやすい環境づくりを大切にして、一人ひとりが自分の考えを口に出せるようにする。日本チームでも外国人選手と比べると、日本人はなかなか意見をいわなかったりします。そんなときにはリーチマイケルが率先してつなぎ役を務めてくれました。このようなつなぎ役をチームに入れておくのも大切な点だと思います。」

Q. 自分に合う、合わないを感じることはありますか。私は今の仕事が自分に合わないのではないかと感じています。

A. 自分にコントロールできる部分がどれだけあるかをなるべく考えるようにしています。
「仕事全体が合わないと考えると苦痛になると思います。動けないポジションの時は、限られた選択肢の中で少しでも自分に合う部分はないかと探すよう心がけています。与えられた環境の中でも、自分にできることはないかと考えれば、少しポジティブに捉えることができるのではないでしょうか。」

Q. 子どもたちに伝えたいメッセージを教えてください。

A. とにかく楽しめることを見つけて、それに打ち込んでほしいと思います。
「ラグビーを始めて以来、ずっと続けてこられた理由は、何よりラグビーが大好きで楽しかったからです。そしてラグビーに打ち込むんだと自分で決めたのだから、人に負けたくなかった。何かをやりたいと興味を持ったら、まず全力で打ち込んでみましょう。それで本当に面白いのか、ずっと続けられるのかと自分に問いかけてみるのがよいと思います。」

Q. 座右の銘を教えてください。

A. スティーブ・ジョブズがいった "Stay Hungry, Stay Foolish" です。
「自分は常に何か足りない存在なんだ、愚かな存在なんだと言い聞かせる。そう思って生きているからこそ、ずっと成長し続けたいと思う。私もそんな人生を歩めるよう、日々胸に刻んでいます。」

登壇者プロフィール

福岡 堅樹


 1992年福岡県出身。
 5歳からラグビーを始め2015年2019年にラグビーW杯の日本代表に選ばれる。2019年時には日本代表から唯一「マグニフィセント・セブン」に選出されベスト8進出に大きく貢献。
 2021年、順天堂大学医学部に合格し、現役を引退。

富士通ラーニングメディア担当者からのメッセージ

ナレッジサービス事業本部
坂本 美奈

 ご講演当日が福岡さんとの初対面。インタビュアー役が無事に務まるのかドキドキしていたのですが、ご挨拶した途端に不安は吹き飛びました。とにかく笑顔が優しくて素敵なのです。質問を重ねる度に溢れ出す魅力に惹き込まれながら、福岡さんのようにご自身の人生を大切にすることが、キャリアオーナーシップにつながるのだと気づきました。
 裏話を一つご紹介します。開始前に「ご講演は緊張しますか?」と尋ねると「しません!」と、即答された福岡さん。居合わせたスタッフ一同「さすがです!」と、どよめきました。優しさと頼もしさを兼ね備えた医師になる姿がイメージできて、またお話を聴きたくなりました。


※ 本記事の登場人物の所属、役職はセミナー開催時のものです。