FLMトピックス Fujitsu人材育成セミナー2023

人と組織の未来を共に創る。開催レポートvol.1

記事公開日:2023年3月31日

 2023年2月8日にオンラインで開催され、大きな反響をいただいた「Fujitsu 人材育成セミナー2023」。 「人と組織の未来を共に創る。」をテーマに、人的資本経営への転換にフォーカスしました。人材を資本ととらえ、人材の価値を最大限に引き出して、持続的な企業価値の向上につなげるという人的資本経営。今その取り組みを社会に示すことが、世界的に求められています。人的資本経営を本質的に理解して、共に考え、次の一歩を進めるために、本セミナーは全3部構成、3つの視座からアプローチしました。

 第1部は、「人材版 伊藤レポート」で注目を集めている一橋大学CFO教育センター長の伊藤邦雄氏に、「企業価値を創造する人的資本経営」についてお話しいただきました。第2部は、現場における人的資本経営の取り組みにフォーカスし、パナソニック コネクト株式会社の鶴切恵美氏、株式会社電通国際情報サービスの今村優之氏によるパネルディスカッションを行いました。第3部は、音楽プロデューサーの亀田誠治氏に、プロジェクトリーダーとしての心構えや、人材の価値を最大限に引き出すたくさんのヒントをお話しいただきました。

開催概要
2023年2月8日(水)13:30〜17:00
オンライン開催(アーカイブ視聴:2023年2月13日〜3月10日)
主催:富士通株式会社、株式会社富士通ラーニングメディア

第1部 基調講演「企業価値を創造する人的資本経営」
一橋大学CFO教育センター長 伊藤 邦雄 氏
第2部 パネルディスカッション「人的資本経営の課題と取り組み、現場からの声」
パナソニック コネクト株式会社 鶴切 恵美 氏
株式会社電通国際情報サービス 今村 優之 氏
第3部 特別講演「音楽のバトンを未来につなぐ」
音楽プロデューサー 亀田 誠治 氏




第1部 基調講演
「企業価値を創造する人的資本経営」
一橋大学CFO教育研究センター長 伊藤 邦雄 氏


 伊藤邦雄氏は、「人的資本経営コンソーシアム」の発起人代表で、「人材版 伊藤レポート」(座長を務めた経済産業省主催の研究会で出された最終報告書)の著書としても広く知られています。近年世界における競争力や企業価値が減退してしまった日本企業の原因を研究し、打開策として早くから「人的資本経営」を提唱、その実践への道筋を示してきました。富士通とは長年のご縁もあってお忙しい中ご登壇を快諾してくださり、「人」と「組織」の両面からわかりやすく、熱く語ってくださいました。「人的資本経営」とはそもそも何か。なぜ「人的資本経営」へのシフトが急がれるのか。企業が取り組むべき重要な課題とは…講演のハイライトをお届けします。

レポート1-7
政財界とも幅広い交流があり、経営層と現場、両者の立場や
思いを見てきた伊藤氏。その言葉には説得力がある。

日本の企業は「人」を大事にしてきたはず?

 「人は石垣」という表現はしばしば経営者に引用され、かつて日本企業は人を大事にしていると言われてきました。しかし今や日本企業が人に優しいというのは、都市伝説ではないか?と伊藤氏は疑問を投げかけます。会社に対する社員の信頼度や愛着心の高さ、つながりの強さを示すエンゲージメント指数調査を見ると、近年の日本は世界で最低レベルという衝撃的な事実が出ています。これまでの日本の雇用は、やりがいやウェルビーイングとどれだけ向き合って来たのか?人材を管理するという考え方が社員の成長を妨げてきたのではないか…。

人的資本経営へシフトするしか、日本を救う道はない!

 人材を、管理するべき資源=コストだと見る「人的資源」に対して、「人的資本」は人材を、価値を生み出す資本と捉える考え方です。この似て非なる言葉は、人に対する見方が抜本的に異なります。人材は、適切な環境を提供すれば自ら働き、自分に働きかけることによって価値を主体的に、そして無限に伸ばす可能性を持っています。自発的に価値を創造する存在が、まさに「人的資本」だと伊藤氏は考えます。人的資本の価値を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値向上につなげる経営が、「人的資本経営」であり、「人的資本経営しか、日本を救う道はない!」と伊藤氏は力を込めます。

レポート1-2
「人は互いに学び合い教え合い、共感や承認、賞賛によってその価値を高めていく。
そのためには日本も賞賛の文化をもっと取り入れていくべき」と熱く語る伊藤氏。

 人的資本の価値を伸ばすために企業は何をしたらよいのか、具体的な取り組みの必要性も挙げられました。社員一人ひとりの主体的な意思を尊重する風土作りが欠かせないこと。人は共感することで価値を伸ばせるため、策定するパーパスには共感性が求められること。社員同士がお互いに学び合い、教え合う環境づくりが大事になること。また適切なインセンティブ構造を会社が用意して、社員が社会課題の解決に貢献することで自分の価値を実感しやすくすることなど。

経営戦略と人材戦略は連動しているか?甘く見てはいけない

 人的資本経営で非常に重要なのは、経営戦略を初めに設計する段階から人材戦略と連動させることです。しかし企業の経営戦略と人材戦略の連動は、残念ながら現状ではほとんどの日本企業にはできていない、と伊藤氏は厳しい目を向けます。その原因は、人材を数で見てしまって一人ひとりのスキルまできめ細かく目を向けられない傾向や、事業部の縦割り制度やCFO(最高財務責任者)とCHRO(最高人事責任者)のコミュニケーション不足によって中長期の経営戦略が研ぎ澄まされていないことなどが考えられます。

レポート1-3
講演資料より:「人材版 伊藤レポート」のハイライトとなる解説図
企業価値の持続的向上につながる人材戦略に
求められる3つの視点(3P)と5つの要素(5F)

企業価値創造につなげる人材戦略の、実行と実現力が問われている

 人的資本経営を企業価値の創造につなげるためには、短・中・長期の経営戦略に合わせた人材を適所・適材・適時・適量に配置する人材戦略と、その実行と実現力が肝心です。そこで必要になる取り組みは、社員一人ひとりの能力スキルをきめ細かく可視化すること、長い時間軸に立った人材育成、社内で足りない場合は外部を探索すること、それらのためにテクノロジーをさらに使いこなすことなど、さまざまな施策が伊藤氏から挙げられました。

 戦略を実現するのは経営のトップも含めた人材で、これまでは表に出ない情報でしたが、今は投資家が高い関心を持って見ています。2023年は有価証券報告書への人材情報の開示義務が予定されており、人的資本情報開示の元年になります。まさに現在伊藤氏は、岸田政権のもと企業価値を財務以外の指標で判断する『非財務情報可視化研究会』の座長として、企業の開示する情報を客観的に評価する仕組みづくりに取り組んでいます。人材戦略の実現力は、今後企業価値の指標に取り入れられていくと思われます。

「心理的安全性」を担保しながら学べる企業は、強くなる

 キャリアの途中で学び直すリスキリングは近年注目されていますが、伊藤氏は「集団的なリスキリング」や、旭化成の小堀会長が提唱している「終身成長」というあり方が、今後の日本企業には合っているのではないかと言います。会社は社員に持続的なリスキリングの機会を提供し、それを企業力に反映する。社員はこれまでのスキルを磨き深めながら、もう一方で新しいスキルを獲得していく。いわば企業経営でいう従来の事業の進化と、新しい事業の探索を両方推進する「両利きの経営」のように、個人も「両利きのリスキリング」ができると良い。その土壌として、企業と社員が互いに選び合える関係にあり、理解し合うための対話をしていること、「心理的安全性」を企業文化に組み込むことが重要だと強調しました。

人的資本をド真ん中に置いた、新日本式ウェルビーイング経営を!

 今後日本が創り上げていくべきものは、「人的資本」を経営のド真ん中に置いた雇用モデルであると伊藤氏は以下の図を示しました。従来の日本式メンバーシップ型雇用モデル1.0と、欧米式ジョブ型雇用モデル2.0の間を取るといった安易なものではなく、両方の良いところを取り入れた新しいモデル3.0です。

レポート1-4
講演資料より:今後日本企業が目指すべき人的資本中心の経営モデル

 例えば、これまでのメンバーシップ雇用から生まれた多くのジェネラリストの方々も、素晴らしいスキルを持っている人たちを見極め集めプロジェクトを形成する統合型プロデューサーにリスキリングしていくことで、日本企業の競争力は高まっていくと伊藤氏は言います。「そうした中で社員の皆さんのいろいろな面でのウェルビーイングが実現できるのではないか、実現していきたいと私は思っております。」という力強いメッセージで講演は締められました。

レポート1-5
「自分の役割は何か、わかることって大事だと思いますよ。
わかっている人は幸せだよね。」と配信終了後に。

学ぶこと、いろいろなスキルの探索は楽しい

 講演後には、視聴者の方から寄せられた質問に対して時間の許す限り回答していただきました。中でも印象的だったのは「学ぶことは楽しい。リスキルは楽しい。」という伊藤氏の言葉です。学生の方には、これからは自分のスキルを言語化して、大学時代から磨き込んだスキルを、会社に入って実践知として練磨することを勧められ、社会人の方には、年齢とは関係なくリスキルして社会貢献してほしいとエールを送られました。またリスキルする個人を支える企業側の姿勢としては、業務時間と学びの時間を別々のものと考えず、業務時間内でも学びの時間を提供できると良いのではないか、企業価値を高めるためには仕事も学習もどちらも必要で、分かち難く結びついているものだという発想になっていただくと良いと思う、と方向性を示されました。

レポート1-6
質問コーナーで進行を務めた富士通ラーニングメディアの坂本美奈(写真左)は
伊藤氏と長く親交がある。「20年以上前から先生は『企業の価値を高める
だけでなく、人も幸せであることがとても大事だ』と熱く語られていましたね。」



レポート1-7_380

伊藤 邦雄


1975年一橋大学商学部卒業。一橋大学大学院商学研究科長・商学部長、一橋大学副学長、大学院商学研究科特任教授を歴任。
東京海上ホールディングス、三菱商事、セブン・アンド・アイ・ホールディングス、曙ブレーキなど数多くの社外取締役を兼任。その他、一橋大学CFO教育研究センター・センター長、IIRC(国際統合報告評議会)統合報告大使など多くの立場で活躍しており、 座長を務めた経済産業省プロジェクト「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」での最終報告書「伊藤レポート」では、 持続的成長に向けた企業価値を高めていくための課題を分析し、日本企業が今後成長していくための提言は、日本国内だけでなく海外からも高い評価を受けている。
2022年8月25日に設立された「人的資本経営コンソーシアム」会長に就任。


※ 本記事の登場人物の所属、役職はセミナー開催時のものです。