お客様インタビュー
全社員参加のワークショップでマインドを変える
~デザイン思考の浸透からDX推進をめざす~
日本精工株式会社
デジタル変革本部 変革推進室 室長 徳増誠様
記事公開日:2023年10月2日
2年かけて約5,000人の社員全員にワークショップを実施し、デザイン思考を体験してもらう。まさに前例のない規模での取り組み、その背景には日本精工株式会社の強い問題意識がありました。それは「外部環境の変化が加速する今こそ、会社全体を変革する絶好のチャンスである。好機を逃さずDXを推進し、100年続いた企業体質を刷新して新たな成長へ踏み出さなければならない」というもの。そこで同社はマインドチェンジのきっかけとなり、またDXの基本的なリテラシーでもあるデザイン思考を全社員が身につけるプロジェクトに取り組みました。同社でDX推進に取り組むデジタル変革本部変革推進室室長の徳増誠様にプロジェクトの経緯や現状、今後の課題などを伺いました。
自動車業界を根底から覆す変革期の到来
──自動車業界では "CASE*" と呼ばれる4つの領域で変革が進み、クルマの概念が変わりつつあります。この変化は、御社にどのような影響を与えるのでしょう。
徳増様:当社はベアリングメーカーであり、ベアリングは自動車のトランスミッションやエンジンなどに数多く使われる重要なパーツです。そこでCASEの4つの領域のなかでも、当社の事業に最も大きな影響を与えるのがE(電動化)です。ガソリンエンジン車がEVに置き換わると、自動車1台あたりで使われるベアリングの数が約3割減るといわれています。ベアリングこそは当社の主力製品であり、売上構成では6割を自動車関連が占めていますから、EV化は経営に深刻な影響を及ぼします。もちろんそうした事態に備えて、EV向け新製品の開発を進めています。
*CASE:Connected(コネクティッド)、Autonomous / Automated(自動化)、Shared & Service(シェアリングとサービス)、Electric(電動化)の4つの領域の頭文字をつなげた造語。自動車業界の未来像を語る概念として使われている。
──業界全体が一大転換期となるなら、御社の顧客構成にも響いてきそうです。
徳増様:たしかに中国EVメーカーやテスラの台頭などは、まさに転換を象徴する出来事でしょう。また中国では国を挙げてEV化を推進しています。EV購入者に対して助成金を出すだけでなく、大都市ではもはやガソリン車だとナンバープレートの取得自体が難しくなっているようです。こうした外部環境の変化に対応するため、あらたな顧客開拓にも取り組み、更なる事業拡大を目指していく必要があります。
──とはいえこれまで御社は、日本の自動車メーカーと二人三脚ともいえる体制で事業を進めてきたと伺っています。
徳増様:まさにその通りで、半ば共同作業に近いやり方で製品開発を進めることで顧客と強固な信頼関係を築き、会社を成長させてきました。それがこれまでとは違う新興メーカーの場合、求められる品質、スペック、スピード感、仕事の進め方がまったく異なってくるでしょう。一連の状況の変化に対応するためには、持続成長可能な事業基盤を確立しつつ、経営資源そのものを強化しなければなりません。経営資源とは非財務資産すべてを意味する概念で、人的資本をはじめデジタル活用による経営基盤の強化まで幅広い内容を含んでいます。
危機を好機に転換するための改革を推進
──デジタル活用、つまりDXの推進が必要となるのですね。
徳増様:その点については少し注釈が必要で、我々にとってDXとはCX、すなわちコーポレート・トランスフォーメーションを目指すための手段です。デジタル技術はあくまでもツールであり、目指すゴールは企業そのものの変革です。
世界に目を向けると、新型コロナウイルス感染症の世界的大流行やロシアによるウクライナへの軍事侵攻など、これまで想像もできなかった出来事が現実に起きています。外部環境の変化に機敏に対応できないと、もはや生き残りさえ難しい状況になっているのです。その点100年にわたって、変わることなく愚直にものづくりを続けてきた当社は、アジリティの高い組織(状況の変化に対して機敏に対応できる組織)とは言えません。だからデジタル化をきっかけとして早急に、変化に柔軟に対応できる組織へと変えていく必要があります。
──組織変革が喫緊の課題だったのですね。
徳増様:当社社長が掲げる「変わる 超える」をデジタルで具現化することが私の所属するデジタル変革本部のミッションです。そのためにコンサルティング会社のRidgelinezさんにDX推進のサポートをお願いしました。
DXを推進するためにはあらゆる業務領域で活動を見直し、現状を超えていかなければなりません。そのためには組織文化の変革が必要であり、文化を変えるためには社員のマインドチェンジが必須の課題となります。そんな議論をRidgelinezさんと重ねていく中で、まず考え方を変えるきっかけづくりとして、全社員を対象とするデザイン思考ワークショップの開催へと話がまとまっていったのです。
──とはいえ5,000人規模でのワークショップ実施は、相当思いきった決断だと思います。
徳増様:思いきったという意味ではRidgelinezさん経由で、我々からの依頼を受けてくださった富士通ラーニングメディア(FLM)さんも同じでしょう。とにかく大変な作業になると覚悟はしていました。
当社従業員の多くが、普段はデザイン思考などを意識せずに業務に従事しています。製品の品質を担保するために、定められた手順に基づいてきちんとものづくりを行う。変化点はリスクと捉え、特に注意を払う。何かアイデアを思いついたからといって、勝手にやり方を変えたりすることはもちろん許されません。
けれどもこれからは、デザイン思考的な考え方も必要になってきます。常にユーザーにとっての価値は何かと問いながら、答えをものづくりに反映させていく。そのためにはこちらからユーザーに積極的に問いを投げかけ、課題を見つけださなければなりません。一連のプロセスはデザイン思考そのものです。だから全社員にそれを経験してもらう必要があると考えました。
デザイン思考の浸透が、DX推進の基盤となる
──CXを実現するためにデザイン思考が必要だというわけですね。
徳増様:えぇ。これまでの当社に浸透していた「決められたことを、決められた通りにきちんとやる、これが第一」というマインドセットを変えたいのです。そのためデザイン思考のワークショップで何より重視したのが、新たなマインドセット「社会・顧客を改めて見つめ直すこと、100点でなくても迅速に、新しい価値を提供すること」をインストールすることです。全社員の意識を変えるのだから、当然経営トップ層も含む全社員参加型のワークショップが必要だったのです。
──ワークショップの実施に際しては、どのような点に注意されたのでしょうか。
徳増様:とにかく「混ぜる」ことを意識しました。チームを組む際には役職、職歴、職種などの区分けを一切せずに、すべて「ごちゃ混ぜ」のメンバーで編成しています。このチーム編成にも狙いがあります。当社のような歴史の長い会社は役職の壁が高く、また部門間の隔たりも大きいため、それらの障壁を打ち壊したかったのです。
そのうえでFLMの講師の方には、とにかく誰に対しても、どんな話をしてもOKだと感じられる雰囲気づくりをお願いしました。なぜならメンバーの経験や知識の違いなどがあっても、成り立つワークショップにする必要があるからです。そのために参加メンバー全員が、とっつきやすく参加できる場を作ってもらう。おかげでチーム内では相手が誰であれ、思いついたアイデアや自分の考えを、楽しみながらどんどん口に出せるようになっていました。参加したマネジメント層からも「久しぶりに若い人の意見を聞いた気がした」などのコメントをもらっていて、狙い通りの効果があったと手応えを感じています。
──穏やかだった社内に一石を投じて、そこから波紋が広がった感じですか。
徳増様:そのとおりで小さくとも波紋は起こせたため、これからは広げていくフェーズになります。デザイン思考のワークショップそのものは楽しみながら学んでもらえたし、ものごとをもっと観察しようと思ったなどの声も届いています。また部門を越えた横のつながりが自発的に生まれるなど、確かな変化を感じています。もちろん企業文化はそう簡単に変わるものではなく、これからの積み重ねが大切であり、そこから本丸であるDX推進へと進まなければなりません。
チェンジリーダーを育成し社内変革を推進
──いよいよDX、すなわちCXの動きを本格化するのですね。
徳増様:はい。ワークショップ受講者の中からチェンジリーダーとして期待できる人たちが出てきています。デザイン思考に関心を持ち、自分なりにマスターして、まわりにも影響を与えようと動き始めた、いわば今後はDX・CX推進における社内の「牽引役」になってくれそうな存在です。チェンジリーダーにはぜひ、それぞれの職場でデザイン思考を使ってまわりを動かしていってほしい。役職や部門の壁を越えてリーダーたちをつないで、新たにチャレンジできる仕組みも導入したい。まさにこれからが勝負だと考えています。
──RidgelinezとFLMのサポートについてのご感想をお聞かせください。
徳増様:今回のプロジェクトでは、通常の規模をはるかに超える受講者に対応できる仕組みづくりを、コンサルティングをお願いしたRidgelinezさんとワークショップを実施したFLMさんとで実現くださいました。両社はシームレスに連携されていて、運営メンバーの入れ替わりや要望への対応もスムーズでした。私たちには見えないところで様々な連携をしてくださっていたのだろうと思います。その結果として、私たちはRidgelinezさんとFLMさんに対して心理的安全性を強く感じていました。私たちと一体となって、まさに「寄り添って」伴走するスタンスでのサポートには、心から感謝しています。
ワークショップの事務局を務められた河野 智弘様のコメント
河野様:私自身は2022年の10月に、デザイン思考ワークショップを受講しました。受けてみての印象は「おもしろいな」です。大学時代に学んだ人間工学と同様に、観察から始まるデザイン思考のアプローチに共感しました。
私も徳増と同じ転職組で、伝統ある企業を変革する難しさを感じながらも、DXによる変革の推進にワクワク感を持って取り組んでいます。デザイン思考の基本となる、現状観察から仮説を立案し、プロトタイプを作成・実施して検証するプロセスは、まさにDX推進に必須です。
ワークショップの展開が進むにつれて、受講者同士の横のつながりが広がっており、異なる部署間で情報共有や現場の課題解決にデザイン思考を活用した事例が生まれるなど、これまでなかった連携や動きも生まれています。そんな中からチェンジリーダー的な存在も出てきており、次のステップでは彼らを中心に、デザイン思考を継続的に学べる仕組みづくりも考えています。
Ridgelinez担当者からのメッセージ
デザイン思考を通じて企業文化を変える。そのため、全社員を対象にワークショップを行う。これは決して簡単なことではなく、ワークショップのコンテンツはもちろん、講師の人間力が決定的に重要だと考えていました。そこで「ベテランの講師をつけてください」とFLM社にはしつこいぐらいに伝えて、リクエストにきっちり応えていただけたと感じています。さらに、FLM社はグループ会社ですが、定期的な情報交換を欠かさないようにして目的意識の共有、一体感の醸成を重視しました。
今回の取り組みのポイントは、デザイン思考をいかにDXにつなげるかです。そうした意味において、チェンジリーダー的な存在が出てきた点をワークショップの成果として高く評価しています。
富士通ラーニングメディア担当者からのメッセージ
2年間かけて合計5,000名が受講するワークショップですから、事前の企画からトライアル受講、本番の準備など念には念を入れて取り組みました。元はといえば日本精工様のDXを支援するグループ会社のRidgelinez社から相談を受けて、スタートしたプロジェクトです。Ridgelinez社と密接に連携しながら、ワークショップをご提供しました。富士通本体のDX推進も私たちFLMがサポートしてきたので、DX文脈の人材育成で培ったノウハウを活かせました。大規模な受講者に対応するための講師数の確保から、トップマネジメント層も混合でのワークショップに対応できる質の高い講師の選抜などにも配慮しています。
※ 本記事の登場人物の所属、役職は記事公開時のものです。