3次元CADデータをインポートし、現実のノートパソコンにおいて誘起される静電気放電ノイズの挙動を解析した事例です。金属筐体の構想設計において、板金とプリント回路基板のネジ止め位置の違いにより、装置内部に誘起されるノイズがどのように変化するかを評価しています。
近年の電子機器の開発では、静電気放電(ESD)イミュニティ試験時の手戻りをなくし開発期間を短縮するために、設計の初期段階で適切なESD対策を施しておくことが必須となりつつあります。ここではノートパソコンの製品開発を例に、金属筐体の構想設計段階でPoynting for Microwaveによる電磁界シミュレーションを活用し、ESDノイズ対策の効果を解析した事例をご紹介します。
本解析ではESDノイズ経路の抽出と対策を目的とするため、立ち上がり1nsの電圧源、R=330 OhmおよびC=150pFの3つが直列に接続された簡易ESDガンモデルを採用し、1次放電電流(ノイズピークレベル)をガン波形に合わせた簡易波形を用いることにしています。
実製品の筐体は、一般にさまざまな媒質や形状を持ちます。このうち、ESDノイズ電流の挙動は筐体の金属部に対する影響が大きいと考えられるので、板金やネジ、プリント回路基板との接続部は正確に考慮する必要があります。金属以外の部品は、必要に応じてモデル化を行います。Poyntingでは筐体の3DCADデータをSTL形式として自動インポートが可能ですので、筐体形状を容易に解析に取り込むことができます(図1)。
図1 ノートパソコンの3次元CADモデル
プリント回路基板(PCB)の主要な構成要素は、配線パターンや電源/グランドパターン、回路素子、誘電体基板、コネクタなどの各種部品などが挙げられます。ESD過渡電流の大部分は、局所的にインピーダンスが低いところを選択して流れていくと考えられるので、ESDノイズ経路の抽出では、配線パターンに比較して大きなサイズを有する電源/グランドパターンを考慮することが重要になります。本事例では筐体の構想設計段階での解析のため、これら基板データの詳細は決まっていませんでした。よって、基板の外形から構成されるグランドパターンと誘電体基板のみをモデル化することとしました。
図2 ノートパソコンのESDノイズ解析モデル
図2は、ノートパソコンの構成部品からESDノイズ対策を検討するための要素を抽出した解析モデルです。本モデルはPoynting GUIで作成されています。ESDガンから接触放電電流は、プリント基板上のコネクタ付近から注入しています。プリント基板のグランドは金属筐体の板金と複数箇所がネジで接続されています。他方、別の場所にあるコネクタはACアダプタを通して、水平結合板を模擬したFDTD解析空間のPEC終端境界に接続されています。上述したモデルに対して、本事例では、ESDノイズ対策としてネジ止め位置を検討します。具体例には、下図3に示されているように、ノイズ電流注入位置の近くの基板端にネジがない場合と三個追加する場合を比較します。
図3 ESDノイズ対策前後の解析モデルの比較
PoyntingによるESD解析を実施し、ネジ追加の有無に対するノイズの挙動を比較した結果を以下に示します。
図4は板金と基板の間で観測した近傍磁界の解析結果です。ネジ無しの場合には基板の右側中央付近の近傍磁界が強くなっているのに対して、ネジ有りの場合はノイズ磁界が小さくなっていることがわかります。
図4 金属筐体の板金と基板の磁界分布の解析結果
図4の結果を定量的に評価するため、板金と基板の間の二つの観測点①、②での磁界の時間波形を図5に示します。同図5より、観測点②では磁界が低いレベルでほとんど変化していませんが、観測点①では磁界がネジ止めの効果により約1/30と大きく減少していることがわかります。
これは基板端にネジを追加したことで、ノイズ経路が基板中央から基板端に移動したためだと考えられます。
図5 磁界の時間波形の解析結果
金属筐体の板金と基板の磁界分布の解析結果(アニメーション)
ノートパソコンの構想設計段階において、筐体に対するESDノイズ対策効果の解析事例を示しました。電磁波シミュレーションにより、ネジの追加がESDノイズ経路に大きく影響することを可視化し、基板表面のノイズ磁界が約1/30に低減しうることを示しました。