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Fujitsu

Japan

コラム「グローバル経営と管理会計」
第4回 「マルチナショナル型」と管理会計

2015年3月31日公開

欧州企業の海外進出とマルチナショナル型組織

マルチナショナル型は、各国現地法人が独自の経営方針、経営資源で事業を運営し、独立独歩の経営を行う企業の連合体という形態の組織です。マルチナショナル型は欧州の企業で多く採用されていると言われています。

欧州企業の海外進出は16~17世紀の東インド会社の時代にさかのぼることができ、日本企業や米国企業よりもはるかに長い歴史を持っています。400年以上前の東インド会社が設立された時代は電信・電話の発明前の通信技術が未発達であり、海外進出のためには権限を大幅に現地に委ねるマルチナショナル型の組織形態以外のものを採用できなかったと思われます。またマネジメントの方法についても、事業にとって重要な資産、責任、意思決定は現地に分散せざるをえなかったと思われますが、その一方でオランダ東インド会社の発展により期間損益計算が発達したと言われるように、現代でいうところのマルチナショナル型の海外進出が会計技術の発展をもたらしたという側面もあります。

言葉を変えると、通信技術が未発達で業務や事業マネジメントについて本国から細かい指示をすることができない時代でも企業の海外進出ができたのは、マルチナショナル型の組織形態と財務会計の技術の発展によるものであったと言うことができます。

現代のマルチナショナル型の代表的な企業としても、欧州企業のイギリスとオランダに本拠があるユニリーバなどが挙げられます。

ユニリーバは「Dove」、「Lux」、「Knorr」、「Lipton」などのブランドで、ヘアケア・スキンケアなどのパーソナルケアカテゴリー、住居用洗剤・衣料用洗剤などのホームケアカテゴリー、スープ・ドレッシング・マーガリンなどの食品カテゴリー、紅茶・アイスクリームなどのリフレッシュメントカテゴリーの製品の販売をグローバルに行っている会社です。ユニリーバの製品は世界的なブランドの下で製造・販売されていますが、一つ一つの製品は国・地域の消費者のニーズに合わせて開発、製造、販売されているものです。例えば、「Dove」ブランドの石鹸は日本のものと米国などの海外のものでは肌触り、香りなどに大きな違いがあり、「Lipton」の紅茶は地域や国によってブレンドが変えられ、消費者へのニーズに適応する製品が販売されています。このような国・地域の消費者への適応力を高めるために90か所の研究拠点を世界中に配置し、製品の開発・販売などの機能をグローバルに分散しています。

また、ユニリーバが日本で「Dove」ブランドを最初に展開するときに、海外では固形タイプの石鹸から売り出していくことが一般的であったのに対して、日本では日本法人の意見によってフォームタイプの洗顔料から売り出していくこととなったエピソードからも現地法人への権限移譲の度合いが見てとれます。

マルチナショナル型の特徴

企業の連合体という性質のマルチナショナル型は、(1)海外事業を独立した事業のポートフォリオとみなす「マルチナショナル型思考」、(2)重要な資産、責任、意思決定が分散されている「分権化された連合体」(3)シンプルな財務コントロールを基礎とした本社と子会社の非公式な関係による「人的コントロール」という3つの特徴を持っています。

具体的には、現地法人が各国の事業環境の中の事業機会の探索や開発を独自に行う役割を担い、各国の事業環境への適応力に強みがある組織形態です。その一方で、ビジネスプロセスのマネジメントやノウハウなどの知的資産の開発や管理もそれぞれの現地法人にゆだねられているため、グループ全体のビジネスプロセスの効率性やイノベーションの創出や展開などの学習力の点では課題がある組織形態です。

また、マルチナショナル型の特徴にあるシンプルな財務コントロールは、グローバル型の業務コントロールやインターナショナル型の管理型コントロールのようなプロセスのコントロールというよりも、財務報告という説明責任と財務会計上の結果によるコントロールということもできます。

現地法人に大きな権限を委譲するということは、現地法人の責任者は大きな責任を負うという意味でもあり、結果に対するシビアな責任もマルチナショナル型を機能させるための条件の一つとなります。

日本企業とマルチナショナル型

日本に本拠を置いている企業では、これまではマルチナショナル型を採用している例は多く無いようです。その原因としては、歴史的には日本企業の海外展開はグローバル型による海外進出の例が多く現地に大幅に権限を委譲した海外事業マネジメントの文化があまりなかったこと、大幅な権限移譲に伴って現地法人の責任者に大きな責任を課す人事政策が以前の日本企業にそぐわなかったということ、欧米企業と比較するとM&Aによる海外進出に積極的ではなかったことなどが挙げられると思われます。

しかし昨今は、日本と事業環境が大きく異なる新興国市場に進出するときなどで、国内外の競合相手より迅速に現地の事業環境に適応するために現地法人への権限移譲を大幅に進める必要に迫られたり、海外市場への迅速な参入のために買収、合弁企業の設立、現地企業への資本参加などによる海外展開の必要性が増してきているようです。日本企業の中でもこのような環境に対応すべく、M&Aなどを活用して海外展開を行うためにマルチナショナル型の組織形態を採用する例や、一部の現地法人に対しては大幅な権限移譲を行うマルチナショナル型のマネジメント手法を活用するという例が見受けられます。

マルチナショナル型の管理会計のポイント

マルチナショナル型の特徴として「シンプルな財務コントロール」、すなわち財務会計上の結果によるコントロールがあると解説しました。つまり、マルチナショナル型の管理会計を考えるにあたっては、財務会計と管理会計を切り分けて考えることはできません。また、分権化した組織ならではの課題についても考慮する必要があります。

具体的には、マルチナショナル型の管理会計のポイントは次のようなものが挙げられます。

  1. (1)マネジメントのための財務会計
  2. (2)モニタリングとリスクマネジメント
  3. (3)戦略プランニング意思決定のための会計

(1)マネジメントのための財務会計

一般的に、会計には財務会計と管理会計という領域があり、マネジメントのための会計を管理会計と考えると「マネジメントのための財務会計」という言葉は矛盾があると言えます。しかし上述の通り、マルチナショナル型では現地法人のマネジメントは事業の結果である財務会計の数値を基に行われるため、現地法人のマネジメントのためのツールとして財務会計を用いることとなり、マルチナショナル型の現地法人の財務会計は「グループの連結会計の基礎」と「現地法人のコントロールのための会計」という二つの要素を満たすものである必要があります。例えば、現地法人の財務会計を考えるときには狭義の財務会計である制度会計のことだけを考えるわけにはいかず、月次の決算報告や重要な経営指標の集計報告など制度会計では求められないものも含め、株主であるグローバル本社への財務報告を考える必要があります。

企業によっては財務会計と管理会計を別の枠組みの中で運用することがあるようですが、マルチナショナル型を採用している場合は財務会計と管理会計を別のものとすることは不効率の発生やマネジメントの混乱の原因となるため、財務会計と管理会計を不可分のものとして会計処理の方針や処理基準、財務報告の表示の方法などの枠組みを構築する必要があります。

(2)モニタリングとリスクマネジメント

現地法人に大幅な権限移譲を行うマルチナショナル型では、経理業務や日常の事業マネジメントについても現地法人にゆだねられ、財務会計上の結果によるマネジメントが原則となります。

財務会計上の結果によるマネジメントが有効に機能するためには現地法人の財務報告が事業の実態を正しく反映していることが大前提であり、現地法人の財務報告が事業の実態を正しく反映していない場合や、財務報告から現地法人の事業上のリスクを把握できていない場合には、想定外の損害が発生することが起こりえます。特に、国内の事業拠点と比較して海外にある現地法人との間には物理的な距離が大きく、ビジネスプロセスのマネジメントや事業マネジメントを現地法人に権限移譲するマルチナショナル型では、現地法人の事業にブラックボックスが生じる危険も他の組織形態より大きいと言えます。

マルチナショナル型では、現地法人の財務報告の信頼性を維持するための内部統制が健全に機能しているかが重要な課題の一つとなり、内部監査を含めたモニタリングの仕組みが重要となります。ただし、マルチナショナル型の海外事業をモニタリングする場合には、ビジネスプロセスを可視化するためではなく、現地法人の財務報告が事業の状況やリスクを正しく反映しているかに留意する必要があります。マルチナショナル型を採用しながら現地法人のビジネスプロセスの可視化を目指すと、現地法人にビジネスプロセスの標準化などの過度の統制を要求することになり、マルチナショナル型の強みである事業環境への適応力を損なう危険があります。

(3)戦略プランニング意思決定のための会計

マルチナショナル型の一つの特徴として、海外事業の展開に当たって現地の会社の買収や合弁企業の活用などを積極的に行う傾向があることが挙げられます。一般的に、企業買収を成功させるためには企業買収までのプロセス以上に買収後のマネジメントの統合などが重要でありその成否がM&Aの成否を分けると言われることもありますが、分権的なマルチナショナル型はビジネスプロセス統合の必要性が比較的低いためM&Aとの相性が良いとも言えます。また、海外において事業の実績があり、独自のビジネスプロセスを構築している企業を買収して海外展開を進めようとした場合、買収先の既存のビジネスプロセスをグループ内に統合することには困難が伴うため、グローバル型のようにグローバルなビジネスプロセスの効率化が重要となる組織形態では既存企業の買収などによる海外展開は効率的ではないとも言えます。

マルチナショナル型の管理会計では、現地法人の買収や売却などの組織再編のための戦略プランニング意思決定のための会計の重要度が他の組織形態よりも重要となります。下のマトリックスでいえば、「A-1」の領域の重要度が他の組織形態よりも大きくなります。一般的には、管理会計の仕組みを検討する場合には、予算管理などのマトリックス上の「B-1」や「B-2」の事業マネジメントの領域を中心として考える場合が多いのですが、「B-1」「B-2」の領域のための管理会計と「A-1」の領域の管理会計では、目的に適合する収益、原価、利益などに違いがあるため、マルチナショナル型の管理会計では「A-1」の戦略プランニングという目的への適合性に注意が必要です。具体的には、組織再編、新規事業の進出、統廃合というような意思決定のためのシミュレーションのための会計情報が容易に集計できるか、会計期間を跨いだ複数年度の会計情報の集計、加工が容易にできるか、企業グループ内の複数の企業や事業をまたいだ会計情報の集計、加工が容易にできるかなどについては注意が必要となります。

トランスナショナル型への移行

第2回から今回まで、グローバル経営のための組織形態としてグローバル型、インターナショナル型、マルチナショナル型を紹介してきました。それぞれの組織形態には、ビジネスプロセスの効率性、学習力、各国の事業環境への適応力のいずれかに強みがある一方で他の点で課題がありました。

第1回でもふれたように、グローバル型、インターナショナル型、マルチナショナル型は、効率性、学習力、適応力にそれぞれの組織の強み、弱みがあるのに対して、トランスナショナル型の組織はビジネスプロセスの効率性 、イノベーションの創出や展開などの学習力、各国事業環境への適応性力の三つの課題に対してバランスよく対応できる組織形態です。その一方でトランスナショナル型は組織のマネジメントが難しいという課題があり、クリストファー・バートレットとスマントラ・ゴシャールがトランスナショナル型を紹介した時には、実例は無いとも言われていました。しかし、現代ではグローバル展開をしている多くの企業で効率性と適応力の両立を目指している中で、トランスナショナル型へ組織形態が移行していると思われる例も見られています。第3回、第4回で実例として紹介したコカ・コーラやユニリーバも現在では、それぞれインターナショナル型、マルチナショナル型からトランスナショナル型へ組織変革していると思われます。

次回は、トランスナショナル型の管理会計について解説します。

講師紹介

公認会計士 森川智之氏

公認会計士 森川智之氏の写真

監査法人トーマツに勤務後、独立。 IPO支援、管理会計、ファイナンス等のコンサルティング業務から税務業務などを幅広く行う。
公認会計士、森川アンドパートナーズ会計事務所代表、有限会社フォレストリバー代表取締役。
著書として「決断力を高めるビジネス会計」(中央経済社)、「スタンフォード・ビジネススクールが教える「財務諸表の読み方」」監訳(日本経営合理化協会)がある。

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