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Fujitsu

Japan

コラム「グローバル経営と管理会計」
第5回 「トランスナショナル型」と管理会計

2015年5月18日公開

トランスナショナル型の組織

トランスナショナル型は、各国現地法人により現地に合わせた自律的な経営が行われますが、各国現地法人が経営資源の調整などの面で連携しつつ事業運営が行われる形態の組織です。各国の法人は親会社と子会社という階層ではなく相互依存するネットワーク型の組織の一員となり、それぞれがグループの中で差別化された役割を担うこととなります。

前回までに説明したように、グローバル型、インターナショナル型、マルチナショナル型の組織形態は、グローバル経営上のビジネスプロセスの効率性、イノベーションの創出や展開などの学習力、各国事業環境への適応力という課題に対して、それぞれ強み、弱みがありますが、トランスナショナル型は三つの課題にバランスよく対応するための組織形態です。その一方で、トランスナショナル型には組織マネジメントが難しいという課題があります。近年ではグローバル企業の中には競争環境の激化により三つの課題全てに対応する必要性に迫られトランスナショナル型への組織変革を指向していると思われる例も少なからず見受けられます。

各組織形態の強み、弱み

  効率性 学習力 適応力 組織マネジメント
グローバル型 × ×
インターナショナル型
マルチナショナル型 × ×
トランスナショナル型 ×

トランスナショナル型の特徴としては、(1)分配され、専門化された経営資源とケイパビリティ、(2)相互依存したビジネスユニットの間の部品、製品、経営資源、人材、情報の大きな流れ、(3)意思決定を分担する環境下での調整と協力の複合的なプロセスがあります。

つまりグローバル戦略の立案やグローバル製品のためのイノベーションなどのグローバル本社の機能を複数の国・地域に分散されるため、分散された機能の調整ということがマネジメント上の重要な課題となってきます。

トランスナショナル型への変革の例 :
コカ・コーラとルノー・日産アライアンス

第3回のインターナショナル型の解説の中で、コカ・コーラ社のグローバル型からインターナショナル型への変革の例を説明しました。70年代~90年代のコカ・コーラ社の組織変革の過程を詳細にみると、グローバル型からインターナショナル型に一直線に変革したというよりグローバル型とインターナショナル型との間を行き来しつつ現地適応力への課題に対応していたプロセスが見て取れますが、1990年代の終わりから2000年代に入ると効率性、学習力、適応力のバランスを取るべくトランスナショナル型への変革を指向していることが伺われます。

1995年にはアジア、オーストラリアを含む太平洋地域各国の地域の特性に合わせた製品開発を機敏に行う目的でコカ・コーラパシフィック技術センターを米国コカ・コーラ社の100%子会社として設立し、また同様の開発拠点をドイツにも設立したことで、米日欧の三拠点にイノベーションの機能を分散させています。また、日本で開発された「アクエリアス」、「Qoo」などの製品が欧州、アジアで販売されたように、日本の現地法人は日本市場への適応という役割以上の機能を担ってきています。2000年代には、世界に広まる健康志向に対応するのために、日本コカ・コーラの非炭酸飲料による成長モデルを世界のコカ・コーラ変革の触媒として活用する試みがあったように、各国で開発された製品を単なる地域限定品として扱うのでなくグローバル製品とする模索をしてきています。

グローバル戦略策定機能の分散という例として、ルノー・日産アライアンスがあります。ルノーは日産自動車の株式43.4%を保有しており(日産自動車はルノーの株式15%を保有する)、日産自動車はルノーの関連会社として、ルノーの連結会計上の持分法適用会社となっています。この資本関係を一般的なヒエラルキーの形で捉えるとルノーが日産自動車の資本上位会社という上下関係が存在しますが、両社はルノー・日産アライアンスを上下関係でなく対等なアライアンス関係と捉えているようです。その一つのユニークな組織上の特徴として挙げられものは、共通戦略の決定とシナジーの管理を目的とするルノー・日産BVをルノーと日産自動車が50%ずつ出資して設立しアライアンスの共同統治機関としていることです。

資本関係を見ると、ルノー・日産自動車の50%・50%の合弁会社がルノー・日産アライアンスを共同統治するという分かりにくい関係にも見えますが、このように上下関係・ヒエラルキー関係で簡単に図を描けなくなるのもネットワーク型の組織の一つの特徴と言えます。

トランスナショナル型の管理会計

トランスナショナル型の組織は、グローバル型のようなヒエラルキー型組織の枠組みがなく、直面しているグローバル経営上の課題や組織ガバナンス上の課題などに応じて企業ごとに組織設計をする必要があるため、管理会計の課題もその組織マネジメントの課題に応じたものとなります。一括りにまとめづらいトランスナショナル型の管理会計ではありますが、トランスナショナル型の特色であるネットワーク型組織のマネジメントのための管理会計には次のような事項が課題となります。

(1)ヒエラルキー型の業績報告からネットワーク型の経営情報・会計情報共有

グローバル型、インターナショナル型、マルチナショナル型はグローバル本社から現地法人への意思決定などの権限委譲や経営資源の分散に差異があるものの、グローバル本社を中心としたヒエラルキー型の組織を基礎としており、管理会計もグローバル本社から委譲された権限に対しての実行責任と説明責任を果たすための役割を担うという点では大きな違いはありませんでした。

それに対して、トランスナショナル型はヒエラルキー型の組織ではなくネットワーク型の組織であるため、グローバル本社と現地法人というタテの関係だけを考慮した管理会計では組織と整合しません。例えば、ルノー・日産アライアンスの例をとってみても、ヒエラルキー型の管理会計では資本下位会社である日産のシニア・エグゼクティブやダイレクターがルノー社の経営情報を参照することは一般的に想定されてません。このようなアライアンス統治を機能させるためには、両社のマネジメントで両者の経営情報・会計情報を共有することが必要となってきます。

ネットワーク型組織のマネジメントでは、階層の下から上への業績報告という管理会計の仕組みだけでなく、会社・部門・国を超えて会計情報を共有できる管理会計の仕組みが必要となってきます。管理会計で用いられる組織単位はヒエラルキー型の組織図を前提として作られるのが一般的ですが、トランスナショナル型のマネジメントでは単一の硬直的な会計組織を用いて行うことは困難です。このような仕組みを運用するためには、会計組織の管理や会計情報へのアクセス権限の管理などの基準の整備・運用などもきめ細かく行う必要があります。

(2)複数のマネジメント軸への対応

トランスナショナル型の事例として良く挙げられる会社に、スイスに本社を置く重電機器製造業のABB(アセア・ブラウン・ボベリ)があります。ABBは地域マネジャーと事業分野マネジャーを置くマトリックス組織を採用している企業としても有名です。グローバルな効率性と各国事業環境への適応力を両立させようと考えれば、組織マネジメントにもグローバルな観点とローカルな観点の両方を取り込むことは自然で、マトリックス組織を採用することは合理的とも言えます。

また前述の例として挙げたルノー・日産アライアンスもCFT(クロスファンクショナルチーム)を活用している企業として有名です。

ABB型のマトリックス組織やCFTを採用するかどうかは別として、ヒエラルキー型組織でなくネットワーク型組織となるトランスナショナル型のマネジメントでは何らかの形で複数のマネジメント軸を持つこととなるため、複数のマネジメント軸に対応した管理会計の仕組みが必要となります。

なお、組織に複数のマネジメント軸を持つことと、いわゆる多次元分析を用いることは必ずしも同じことを示しません。経営情報として様々な切り口から分析が行えるというだけでは無く、トランスナショナル型では組織の指示系統やビジネスプロセスなども含めた複数のマネジメント軸を管理するなど、マネジメントのあらゆる局面で複数のマネジメント軸が影響してくることになります。

複数のマネジメント軸に対応した管理会計のポイントは以下のようなものが挙げられます。

(a)マネジメント軸の数

効率性、学習力、適応力などの複数の経営課題に適応するためには、マネジメント軸はマトリックス組織のような二つに限定せず、必要に応じて増やしていくことが望ましいという考え方もあります。

ABBでも1990年代にマトリックス組織を採用した後には、地域・国、事業分野という軸に加えて、グローバル顧客や技術などの軸を加えていました。しかし、マネジメント軸を複雑にしていったことは必ずしも成功につながっておらず、2001年に経営危機に陥った際には一時期はマトリックス組織の採用を止めています。その後に、地域・事業分野のマトリックス組織を再び採用していますが、この例をみても必要以上にマネジメント軸を増やすことは避ける必要があるようです。

また、複数のマネジメント軸の取り扱いで、全て同じ優先度とするのでなく、優先度や重要度に差異を設けてマネジメントすることも効果的です。

(b)複数のマネジメント軸に帰属する利益の取扱い

複数のマネジメント軸をもった組織の管理会計では、複数のマネジメント軸に帰属する利益をどのように取り扱うかという課題があります。

例えば、Aという地域においてXという事業で100の利益を産みだした場合、この100の利益をA地域マネジャーとX事業マネジャーにどのように帰属させるかが課題となります。

この課題への一般的な対処方法として次の二つの方法があります。

社内販売価格を用いて複数のマネジャーに利益を分配する方法

この方法は、顧客に近い地域マネジャーなどに対して事業マネジャーが社内販売価格で社内売上を計上することで、全社の利益を各マネジャーに分配する方法です。

この方法は全社の損益を事業、地域マネジャーのマネジメントする損益に、ダブりなく、洩れなく分配することができ、損益の責任が明確になるというメリットがあります。

その一方で、社内販売価格が適切に設定されていない場合には、マネジャーに帰属する損益が適切に集計されないため不具合が生じる危険もあります。また、社内販売価格の設定によってマネジャーに帰属する損益が変わってくるため、実際にグループ全体に利益をもたらすマネジャーよりも社内の交渉に長けているマネジャーの評価が高くなるという危険もあり、運用を失敗すると社外との交渉より社内交渉を優先するといいう内向き志向の組織になってしまうリスクもあります。

複数のマネジャーが利益を共有する方法

この方法は、地域マネジャーと事業マネジャーとの間で利益の分配を行わず、利益100を二人のマネジャーで共有する方法です。

この方法のメリットは、ゼロサムゲームとなる社内交渉が発生しないため、社内の意識が顧客などの外部へと向きやすい点にあります。

それに対してデメリットは、複数のマネジャーに利益100が計上されるため、マネジャーの管理する利益合計とグループ全体の利益の関係が複雑になること、部門損益やマネジャーの管理する損益が見かけ上は過大に表示されることがあるため、ヒエラルキー型の組織マネジメントの文化や風土を引きずったままでは運用が難しいという点があります。

第1回から第5回まで、グローバル企業の組織形態と管理会計というテーマで解説を行ってきました。次回の最終回は、グローバル経営につきものの不確実性に対応するためのアダプション戦略と管理会計について解説します。

講師紹介

公認会計士 森川智之氏

公認会計士 森川智之氏の写真

監査法人トーマツに勤務後、独立。 IPO支援、管理会計、ファイナンス等のコンサルティング業務から税務業務などを幅広く行う。
公認会計士、森川アンドパートナーズ会計事務所代表、有限会社フォレストリバー代表取締役。
著書として「決断力を高めるビジネス会計」(中央経済社)、「スタンフォード・ビジネススクールが教える「財務諸表の読み方」」監訳(日本経営合理化協会)がある。

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