Skip to main content

Fujitsu

Japan

コラム「グローバル経営と管理会計」
第6回 グローバル経営とアダプティブ戦略(適応戦略)

2015年6月15日公開

予測が困難な環境に必要な「アダプティブ戦略」

現代の企業マネジメントでは環境の変化や不確実性にどのように対応していくかということが大きな課題です。特にグローバルに事業を展開することは国内のみで事業展開する場合よりも不確実性を高めることとなるため、グローバル企業にとっては不確実性への対応が事業の成否を左右するほどの重要な問題となります。

不確実性が高く将来の予測が難しい環境のもとでは、短期・中長期の詳細な計画を策定・実行するという伝統的なマネジメントが難しくなると言われています。環境の不確実性と戦略の関係の説明としてBCGのリーヴスによる以下の分類が良く知られています。

  • 過酷な環境には、「サバイバル戦略」
  • 予測が可能でマレアビリティーの高い環境には、「ビジョナリー戦略」
  • 予測が可能でマレアビリティーの低い環境には、「クラシカル戦略」
  • 予測が困難でマレアビリティーの高い環境には、「シェイピング戦略」
  • 予測が困難でマレアビリティーの低い環境には、「アダプティブ戦略」

(注)マレアビリティーは「展性」「柔軟性」の意味で、展性は金属などの打ち延ばせる性質などを意味することから、マレアビリティーの高い環境とは働きかけて影響を及ぼすことができる環境のことを言います。

リーヴスによれば、先進国市場は相対的に予測が可能でマレアビリティーの低い環境であるものの、近年では多くの先進国市場は将来の予測が困難となることに直面していると指摘されています。従来は「クラシカル戦略」が適切であった先進国市場でも「アダプティブ戦略」の重要性が増してきています。

また、新興国市場の多くは予測が困難でマレアビリティーの高い環境となる傾向にあると指摘されていますが、比較的マレアビリティーの高い環境とされている新興国市場において「シェイピング戦略」を採用することができるのは、市場を作り、影響を及ぼす力がある少数の企業だけで、その他の多くの企業は「アダプティブ戦略」をとるべきとなります。

アダプティブ戦略は、市場における競争優位を獲得できるポジションを中長期にわたって構築することを目指すクラシカル戦略と異なり、市場で実際に起こっていることや起こるであろうことに迅速に対応するというものです。代表的な例として、需要や流行を予測するのでなく実際の店頭の販売実績に従って生産計画を迅速に見直すアパレル企業の戦略やIT企業で採用されているA/Bテストによる開発戦略などがあります。

「想定外」ということばが流行したように将来の予測が困難な現代においてグローバル事業展開を行うにあたっては、従来どおり中長期の方針・計画などを策定することが重要であると同様に、事業に影響を与える環境の変化を素早く察知し、環境の変化に合わせて方針や計画の修正に反映するというアダプティブ戦略とその戦略を支えるマネジメント体制が重要なものとなっています。今回のコラムではアダプティブ戦略を支えるための管理会計について、特に環境の変化に合わせた迅速な意思決定を支援するための管理会計のポイントについて説明します。

アダプティブ戦略を支える意思決定プロセス:OODAループ

環境の変化を迅速に察知し、変化に対応するというアダプティブ戦略を採用するためには、企業の意思決定も迅速に行う必要があります。伝統的な意思決定モデルでは意思決定のプロセスは、情報の収集→代替案の設計→代替案の評価・選択と表され、また伝統的な管理会計も伝統的な意思決定モデルを想定して代替案の評価のための情報を提供する役割を担ってきていました。しかし、このような直線的なステップ・バイ・ステップの意思決定モデルは、時間をかけて精緻な戦略を構築するクラシカル戦略には適切であっても、時間をかけてベストな選択肢を探すのではなくスピーディーな意思決定を繰り返しながら進んでいくアダプティブ戦略とは相性が良いとは言えません。

クラシカル戦略と伝統的な意思決定モデルに代わって、予測困難な環境の中でのアダプティブ戦略を支えるためにスピーディーな意思決定を繰り返すというモデルとして「OODAループ」があります。

OODAループは観察(Observation)→状況判断(Orientation)→決定(Decision)→行動(Action)というループを描く意思決定プロセスで、それぞれのプロセスの頭文字をとって「OODA」と名付けられています。

OODAループは、元々は朝鮮戦争時の戦闘機パイロットの意思決定をモデル化したものです。加速・上昇・旋回などの動力性能が劣っている米軍の戦闘機がなぜ動力性能の高い敵機との空中戦を制することができたのかについて研究したジョン・ボイド大佐は、米軍機が空中戦を制することができたのはパイロットの意思決定のスピードが勝っていたことによるという結論を得て、その意思決定のプロセスを「OODAループ」と名づけました。

Observation(観察)

戦闘機パイロットの場合、Observation(観察)はパイロット自身の目視、機体に搭載したレーダー、地上や早期警戒機など支援者からの情報をもとに、敵機を「観察」することになります。敵機よりも先に相手の存在、位置などを把握できることが優位につながることになり、視認性の高いコクピット、地上レーダーや早期警戒機の性能が要求されるのです。

また、Observe(観察する)はSee(単に見ている)とは明確に区分され、目の前の情報を漫然と見るのでなく、必要な情報をもとに状況を観察することがOODAループでは求められています。

Orientation(状況判断)

二つ目の「O」であるOrientation(状況判断)は、ボイド大佐が「ビッグO」と名付けたように、OODAループの中で最も重要なプロセスと位置付けられています。経験、知識、技能を駆使して、観察のプロセスで得た情報を意思決定のために価値のある情報に変換するプロセスです。

Decision(決定)

観察 — 状況判断のプロセスを受けて決定を行う段階です。

戦闘機パイロットの場合は、状況判断に基づいて操縦桿の操作方法を決定するという半ばパターン化された決定を行うことになりますが、戦略プランニングなど複雑な決定を行わなければならない場合は状況判断の中で行った分析や統合の結果などに基づいて代替案を採用するということとなります。

Action(行動)

決定にしたがって行動する段階です。

戦闘機パイロットの場合は、決定とほぼ同時に操縦という行動をすることとなりますが、組織の意思決定の場合などは決定した内容を伝えて行動させるということとなります。

なお、米軍機のパイロットがOODAループを速く回すことができたのは、視認性の高いコクピットや応答性の高い操縦桿などの具体的な要因があったためで、OODAループはただ闇雲に早い意思決定をしろという掛け声や精神論のためのモデルではありません。

OODAループのビジネスへの活用

前述のとおり、元々は米軍の戦闘機パイロットの意思決定プロセスをモデル化したOODAループですが、近年ではビジネスの意思決定プロセスにも活用されてきています。特にベンチャー企業のスタートアップのプロセスや新製品の開発プロセスなど、将来予測が困難ななかで競争相手よりも早く優れた意思決定を行うことが要求される分野での活用が目立っています。

前述のOODAループの図をビジネスの意思決定に応用したものが上の図です。

OODAループのビジネスへの活用のポイントとなるのは、図の中でも意思決定プロセスのインプットとなっている「観察(Observation)のための会計情報」と「状況判断(Orientation)のための会計情報」です。アダプティブ戦略を支えるための管理会計のポイントとしても重要なものですので、順を追って説明をしていきます。

観察(Observation)のための会計情報

1. モニタリングのための会計情報

OODAループの最初のステップである観察の段階で最も重要なことは、環境の変化と変化によって生じる経営上の課題をできるだけ早く識別して、次のステップである状況判断のプロセスにつなげることです。ことばを変えると、観察のために必要な会計情報はモニタリングのための会計情報ということができます。

モニタリングのための会計情報に必要なポイントは次のようなものがあります。

  • 一定の視点で、継続的に
    モニタリングの基本は定点観測情報です。定点観測は、対象物を一定の視点で、継続的に観測することで変化や異常を早期に識別することを目的としています。モニタリングのための会計情報として一般的に用いられるセグメント財務諸表やKPIを設計、運用する場合にもポイントとなります。
  • 意思決定のニーズと合致したもの
    意思決定のプロセスのスタートとするためには、マネジャーの意思決定のニーズと合致したものである必要があります。マネジャーの意思決定のニーズを考慮しないで業績評価用の会計情報などを単純に用いても意思決定のためには有用では無いということもあります。詳細は後述しますが、多くの場合は意思決定のためには評価のための実績情報だけでなく将来の予測に関する情報もモニタリングの対象とする必要があります。
  • RealtimeからRighttime
    実務で会計情報を考える場合には、どの程度の頻度で観察用の情報を取得するのかという点も考慮する必要があります。ITの発展により、企業内の大半の情報はリアルタイムで作成することが可能となりました。しかし、コスト、業務プロセスの負担、情報の同期性の確保などを考えると何もかもリアルタイムの情報を作成しようとするのではなく、適切なタイミング(Right-Time)で情報の作成を考える必要があります。

2. 予測値の活用とフィードフォワードコントロール

OODAループを活用するためのモニタリング情報には、実績値だけでなく予測値を活用することも重要となります。

予測値と予算は将来に関する数値という意味では同じですが、予測値(Forecast)と予算は以下の点で異なります。

「予算と予測値」
  予算 予測値
性質 マネージャーのコミットメント 客観的な予測
達成責任
承認の必要性
期間 会計年度を基本に、月次、四半期などに分解 会計年度に拘らない任意の期間
修正・見直し 修正をする必要が特別な事象が生じた場合に所定の手続きを経て修正 予測に変化が生じた場合は手続きを経ず随時修正
実績との差異 分析・報告を行う 分析・報告は行わない

「決断力を高めるビジネス会計」(森川智之:中央経済社)P169 図表4-7

予測値の活用方法として代表的なものには次の二つの方法があります。

  • (1)フィードフォワードコントロールへの活用
  • (2)ローリング予算への活用

(1)フィードフォワードコントロールへの活用

一般的に、予算管理は実績の集計、予算と実績の差異の把握、重要な差異の分析、対応策・改善策の実行というプロセスで行われますが、このプロセスは機械制御などで用いられるフィードバックコントロールを企業マネジメントに応用したものと言われています。

予算管理の弱点は、一般的なフィードバックコントロールの弱点とも重なります。業績に影響を与える環境の変化が発生した場合に、変化の影響が実績として現れ、その実績が現場にフィードバックされてからでなければ変化への対応が起こらないということです。もし環境の変化と対応策の実行にタイムラグが発生したとしても、環境の変化が比較的緩やかで大きくないものであれば大きな問題は生じないかもしれませんが、環境の変化が激しい場合は環境の変化と変化への対応のタイムラグの発生は大きな問題となってきます。

このようなフィードバックコントロールの弱点を補うために用いられる制御方法がフィードフォワードコントロールです。

フィードフォワードコントロールは、外乱が与える影響を予測し、予測値を参考にコントロールを行う方法です。

水温のコントロールの例で言えば、周辺の気温に変化が合った場合に、実際の水温の変化という影響が生じる前に水温の変化を予測し、ヒーターを制御するというコントロールの方法となります。

これを企業マネジメントに当てはめた場合、業績に影響を与える事象が発生した場合に業績への影響を予測し、その予測値をもとに対応策を実行するというマネジメント手法となります。

環境の変化が激しいなかでフィードフォワードコントロールを活用しようとする際に、予測が困難な環境下で予測値を使用するということは難しいのではという疑問を持たれることがあります。しかし、ここで使用する予測は、不確定な遠い将来を予想するというものでなく、現に起こった変化によって引き起こされる可能性が高い影響を客観的に見積もったものです。ことばを変えれば、フィードフォワードコントロールの活用はすでに起こった未来をマネジメントに活用するということと言えます。

(2)ローリング予算への活用

予測値を用いるもう一つの方法は、ローリング予算への活用です。

ローリング予算は、年度当初などに立てた予算を月次、四半期ごとなどに実績と予算との差異などを分析しつつ、当初の目標を達成できるように継続的に予算を見直すマネジメント手法です。

ローリング予算は、見直した予算の分析を通じて、講じた対応策の検証を行えるということで、OODAループによる意思決定プロセスと合致したマネジメント手法でもあります。

状況判断(Orientation)のための会計情報

観察を受けて意思決定の課題を認識すると状況判断(Orientation)の段階へ移行します。意思決定プロセスが観察から状況判断に移ることに伴い必要となる情報も変化し、セグメント財務諸表やKPIなどのモニタリングのための会計情報だけでは多くの場合は状況判断を十分に行うことができません。

状況判断には直観的なものとロジカルな分析によるものがあります。この点を加味して、図から状況判断の部分を抜き出して詳細にすると次のようになります。

自分自身の意思決定を振り返ってみるとわかると思いますが、意思決定プロセスの状況判断には直感的なものとロジカルな分析によるものの二つがあります。そして、意思決定プロセスの状況判断に直感的なものとロジカルな分析によるものの二つがあるということは、状況判断のための会計情報も直感的な状況判断のための情報とロジカルな分析による状況判断のための情報の二つに分けて考える必要があるということです。

直観的な状況判断は論理的に情報を積み上げて状況を判断するのではなく、パターン認識などを駆使して素早く、一見すると脈絡が無いようなプロセスで、状況を認識し判断する思考モードです。したがって、直観的な状況判断のための会計情報も、迅速に、自由な切り口で参照できることが要求されることとなります。

また、高いレベルの直感的な状況判断のためには、「生データ」が必要となります。これは優れた業務マネジャーが現場を重視するのと同じ論理で、直観的に優れた意思決定をするためには集約された情報でなく、膨大な量の情報のインプットが必要となるからです。

具体的には、会社や業務プロセスなどを超えてドリルダウン、ドリルスルーなどがスピーディーに行えることなどが必要となります。

それに対してロジカルな分析による状況判断は、直観的な状況判断が難しいほど複雑である状況や金額や質の面で重要な判断について行うもので、大半のものは単純な反復的な判断ではありません。したがって、ロジカルな分析による状況判断のための会計情報は、状況や判断の内容によって求められる分析の方法に合致した情報を判断の都度、自由度高く抽出、集計、加工出来るものであることが望まれます。具体的には、キャッシュフロー分析や感度分析などのシミュレーションを行うために必要な情報を会社や会計期間を超えて自由に抽出、集計、加工できることが望まれます。

マネジメントを支援するための会計情報を作ることが管理会計の役割です。アダプティブ戦略を支えるための管理会計は、環境の変化を素早く察知し、業績への影響を迅速に把握して、対応策の実行を支援するための情報を意思決定のスピードを損なうことなく提供することが求められます。そのためには、モニタリングのための会計情報、直観的な状況判断のための会計情報、ロジカルな分析による状況判断のための会計情報をそれぞれ必要に応じて迅速に提供できることが求められます。

講師紹介

公認会計士 森川智之氏

公認会計士 森川智之氏の写真

監査法人トーマツに勤務後、独立。 IPO支援、管理会計、ファイナンス等のコンサルティング業務から税務業務などを幅広く行う。
公認会計士、森川アンドパートナーズ会計事務所代表、有限会社フォレストリバー代表取締役。
著書として「決断力を高めるビジネス会計」(中央経済社)、「スタンフォード・ビジネススクールが教える「財務諸表の読み方」」監訳(日本経営合理化協会)がある。

GLOVIA SUMMITのお問い合わせ & 資料ご請求

Webでのお問い合わせ

入力フォーム

当社はセキュリティ保護の観点からSSL技術を使用しております。

お電話でのお問い合わせ

0120-933-200 富士通コンタクトライン(総合窓口)

受付時間 9時~17時30分
(土曜・日曜・祝日・当社指定の休業日を除く)