大規模アジャイル開発の可能性(番外編)
大規模はアジャイル開発の味方

2020年4月8日公開

コミュニケーションはリスク?

ここまで前編では、人員規模の増加によるコミュニケーションの増加は、すなわちリスクの増加であると述べました。
アジャイル開発では、動くソフトウェアをコミュニケーションの中心としていること、さらにはペアプログラミングとペアローテーションによって、このリスクの増加を小さくしていると後編で述べました。

コミュニケーションの増加は、確かにリスクを増加させます。しかしそれだけでしょうか?


アジャイル開発方法論の1つであるエクストリームプログラミング(XP:eXtreme programming)では、


・コミュニケーション(Communication)
・シンプリシティ(Simplicity)
・フィードバック(Feedback)
・勇気(Courage)
・リスペクト(Respect)

これらが5つの価値とされており、コミュニケーションはその筆頭に上げられています。

であれば、
コミュニケーションには、リスクを生んだり、リスクを増加させたりする以外に、なにか効能がありそうです。


質の高いコミュニケーションとは?

『質の高いコミュニケーションとはなんでしょう?』
こう問うと、たいていの場合次のような答えが返ってきます。

  • 正確であること、誤りなく伝えられること。
  • 効率的であること、安価であること。
  • すばやく伝わること、速度が速いこと。

どうやら情報伝達に関するQCDに注目しているようです。

Q(品質:正確であること、誤りなく伝えられること)については、「狩野モデル」(注釈1)でいうところの『当たり前品質』を対象としているようですし、C(コスト:効率的であること、安価であること)やD(すばやく伝わること、速度が速いこと)については、『一元的品質』を対象にしているようです。

コミュニケーションの質は、『当たり前品質』や『一元的品質』にとどまるのでしょうか?
コミュニケーションに、『魅力品質』はないのでしょうか?

【質って?】
たとえば、豆腐の質ってなんでしょう?
・腐っていないこと?異物混入していないこと? ~ 当たり前品質
・美味しいこと?               ~ 魅力品質

じゃあ、コミュニケーションの質ってなんですか?

コミュニケーションの質が正確であることであれば、下図のように表されるでしょう。


『間違いのないことが質の高いコミュニケーションである』もしそうなら(それだけであれば)エクストリームプログラミング(XP:eXtreme programming)の価値の筆頭に挙げられないように思われます。

コミュニケーションが発生するとき、一体なにが起きているのでしょうか?
コミュニケーションの魅力品質とは、一体なんなのでしょうか?


知恵の集積

コミュニケーションが発生するとき、受け手は伝達された情報を受け取るでしょう。
受け取られた情報に、それまで自身の中に積み重ねてきた経験や知恵が反応し、新しい知恵が生まれるのではないでしょうか?



Aを伝えられたら、受け手の中でAはA+αに増幅するということです。

これが双方向のコミュニケーションで発生するとどうなるでしょう。



知恵を重ねる。重ねて返す。さらに重ねる。重なる。

チームであれば、何人分もの知恵がさらに、一気に重なることでしょう。



知恵はコミュニケーションによって増幅、集積されるのです。
たんなる既存の知恵の共有ではなく、集積され続けるのです。

これこそが、コミュニケーションの魅力品質です。


チーム/組織の進化

情報が正しく伝達されないこともあるでしょう。



受け手がそれまで自身の中に積み重ねてきた経験や知恵のために、受け手に正しく伝わらない場合があるかも知れない、エラーが発生するかもしれないということです。正確な伝達が価値であれば、それは損失でしかないでしょう。

しかし、この現象を生物の遺伝/進化になぞらえてみるとどうでしょうか。

・DNA/遺伝子の複製の誤りによって突然変異が発生する。
・適さないものは淘汰され、適したものが生存しやすくなる。

伝達エラーは、より優れた知恵が生まれる機会でもあるということです。
自然淘汰による適者生存は、すなわち組織能力の進化であり、競争優位性を獲得することに他ならないのではないでしょうか?


規模はアジャイルの味方

コミュニケーションによって、『知恵の集積』や『チームの進化』を促すものは、おそらく規模と時間でしょう。

  • 規模:人の数
  • 時間:チームの寿命

大規模化によるコミュニケーションパス数の増加が、知恵の集積機会の増加につながり、チーム寿命の長期化が、進化(と淘汰)の機会増加につながる。と言えそうです

後編

10名を軽く超えていても上手くやっているアジャイル開発チームはよく見かけます。
(上手くいっているチームほど10名を軽く超えている印象を受けます)


と述べました。
上手くいっているチームは、コミュニケーションによって生まれる新たな知恵や、チームの進化を上手く利用していると思われます。

ウォーターフォール開発では、コミュニケーションを通じた知恵の創造を期待していません。予め決定された情報が正確に伝達されることだけを期待されています。そのため大規模化による要員の増加はコストやリスクにしかなりません。

アジャイル開発では、コミュニケーションパス(あるいはコミュニケーションの場)で、知恵の創造と集積を強く期待されています。


(上図の青線および青枠がコミュニケーションの発生する場)


下図は、テクノロジーコラムアジャイル開発とは(中編)スクラムとエクストリームプログラミング(XP)で紹介した、アジャイル開発プロセスの概要です。




アウトプットは、リリースされるソフトウェアだけではなく、

  • 改善されたプロセス
  • 新たに生み出されたプラクティス
  • プロセスの実現能力が高まったチームメンバー

これらもアウトプットであると述べました。

プロセス(Process)もプラクティス(Practice)もチーム(People)も成長し続けます。成長に必要な知恵を創造し集積するための重要な要素が、アジャイル開発におけるコミュニケーションなのです。

つまり、コミュニケーションの魅力品質を高めることで、アジャイル開発は規模を味方にできるのです。

規模はアジャイル開発の味方です。

参考文献

  • Kent Beck, Cynthia Andres. “Extreme Programming Explained: Embrace Change”. 2nd ed., Addison-Wesley Professional, 2004, 224p, ISBN 978-0321278654.
   

執筆

  • 坂田 晶紀(さかた あきのり)

    株式会社富士通ソフトウェアテクノロジーズ Agile⁺開発センター
    ソフトウェア開発者、中小企業診断士(Registered Management Consultant)

    メインフレームOS、主にシステム資源最適化プログラムの開発に従事。
    その後、WEBアプリケーション開発業務に携わり、2002年からアジャイル開発を実践。
    アジャイルソフトウェア開発の品質管理、開発管理、組織マネジメントを中心に、約1,000の職場をコンサルティング。

   

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知恵の集積 1
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チーム/組織の進化
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