病院における有効なクラウド導入とは?

第01回 あらためて考える
「そもそもクラウドって何?」

2023年05月19日 更新

【1】 今回のコラムの背景とお伝えしたいこと

2023年現在、クラウドはすさまじい勢いで世の中のITの中心となりつつあり、米政府は「クラウドファースト」(オバマ大統領教書)、日本政府も続いて「クラウドバイデフォルト」(安倍内閣方針)と表明しており、強い意志が感じられます。
またそれに続くように、自治体・銀行・教育・医療・民間企業が、「クラウド狂騒曲」を奏でて、期待と戸惑いを伴いながら取り組もうとしている様子が伺えます。そこに「戸惑い」が若干みられるのは、おそらくはわかりやすい情報が不足していることが原因と思われ、筆者にも「クラウドがよくわからないので不安」「結局どうすればいいのか?」「本当に大丈夫なのか?」「どこから手を付ければいいのか」という問い合わせが多く寄せられています。
そこで今回は「病院」を対象に、「情報システム運営のご担当」や「病院の経営陣」、さらには「医師」の皆様向けに、3回のコラムで下記のような示唆を提供したいと思い、筆(IT時代に古い言い方ですが)をとりました。

  • 具体的には、
  • 第1回では、
    • そもそもクラウドって何?その実像とメリット
  • 第2回では、
    • そもそもクラウドは安全なのだろうか?本当に安いのだろうか?
  • 第3回では、
    • 病院におけるクラウド導入を有効に実現するためには、何をどうすればいいのだろうか?

というテーマで、筆者の35年に渡るネットワークとコンピューティングの研究開発と25年に渡る国内でのクラウド普及活動・公的団体/企業コンサルティング・教育・研修活動の経験から、また総務省及び厚生労働省からの初期のガイドライン策定や、東京都の故石原都知事から依頼された電子カルテのクラウド化検討の経験から、これらについてお伝えしたいと思います。
今回は短いコラムですが、病院・医療分野のクラウドの有効な導入のヒントとなることを期待しています。

【2】 クラウドはなんのために導入するのか

クラウドのメリットは数多くありますが、代表的メリットとして7つに絞り込んで整理すると理解しやすくなります。これらのメリットがあるためにクラウドは導入されつつあり、「流行りだから」、もしくは「政府もやっているから」というようなあやふやな動機で導入されているわけではありません。現実のメリットがあるからこそ、大規模なIT世界のパラダイムシフトを形成しているのです。

  • (1)
    安全性の向上
    データセンター(以下DC)の堅牢性・好立地条件・高レベル設備・設備/通信/電力の冗長化・高度な設計によってIT環境の安全性とデータの保全が大幅に向上する。またサーバ監視とAIによる異常予知から別のサーバに自動的に移動するホットスワッピングにより、リスクを未然に回避する機構が備わっている。2011年の東北の震災では、多くの病院のカルテが消失もしくは停電でカルテ閲覧ができなくなり、避難所で疾患をもった人々の健康維持に大きな障害となったことは記憶に新しい。筆者も東北震災復興支援活動に参加したが、あの時電子カルテがクラウドにあったらという思いが残っており、政府にも申し上げた経緯がある。
    注:クラウドも通信が途切れると使えないが、実は最も早く復旧したインフラは通信だった。また、非常に高い確率でDCの継続稼働は確保可能であるため、クラウドベンダーによっては準備さえすれば、データの緊急個別確保は可能なはずである。大規模震災がまた必ず発生することは周知のことであるため、ぜひ今後検討が期待される。
  • (2)
    高度な情報セキュリティ対応
    DC・クラウド基盤では、人的物理的セキュリティ・ネットワークセキュリティ・マルウエア監視と対応・DDOS攻撃対応など、通常の利用者サーバルームにおけるオンプレミス・クラサバでの対応では現実には困難と思われる高度なセキュリティ対応が(下記(3)の割り勘効果で)低コストに実施されており、セキュリティインシデント発生を大幅に低減している。
  • (3)
    割り勘効果等によるコスト低減
    ITリソースのDC集積と一元的運用保守によって、サーバ・設備・保守運用の共同利用・共通化が実現し、割り勘効果でコストが安くなる。
  • (4)
    初期投資の低減
    ITリソースやSI構築費用のサービス料金化によって、大きな初期投資が不要となり、予測しにくい時代において、初期投資が少なくなる。
  • (5)
    オンデマンド性によるSE工数低減=見積価格低減と早期立ち上げ
    インフラのオンデマンド設定や型化プリフィックス化されたサービスメニュー(PaaS)によって、インフラ構築・インテグレーションのためのSE工数が低減するとともに準備期間が早くなる。
  • (6)
    情報共有とデータ連携による新しい価値創出(DX)
    情報共有とデータ連携によって新たな変革=DXが発生し、新しい価値が創出される。
  • (7)
    電力料金の低減
    DCにおける高い電力効率(同じサーバを稼働させても半分程度の消費電力となる例もある)と非常に安い低単価契約により、クラウドにおける電力料金コストはオンプレミスと比較すると大きなコスト差がある。このことは、福島原発の廃炉や賠償費用が電力料金に上乗せされていることやウクライナ問題が影響し、電気料金が高騰していることで、クラウドとオンプレミスの電力料金差額(絶対額)も大きくなっており、病院経営における位置付けでも、大きな領域となりつつある。

これらのクラウド利用によるメリットを獲得することがクラウド導入の成功であり、逆に「クラウド導入の失敗」とは、これらの効果があまり得られない場合のことです。つまり従来型オンプレミス/クライアントサーバからクラウドへのマイグレーション(移行)では、これらが要求要件の一部となるべき、もしくは要求がなくても提案されるべきなのです。
しかし重要なことは、実際にはベンダーとサービスごとに異なる点が多くあるため、盲目的に選定すると、これらのメリット群が毀損される場合があるため、留意が必要です。逆に選び方を間違えなければメリットが獲得できるのです。このことは次回Vol.2以降で解説します。
病院のIT環境においてもうまくクラウドを選定し、アプリケーションを作り込むと、「電子カルテ」や「診療報酬・レセプト関連システム」や「その他の重要な病院のシステム」でもクラウドによるメリットが実現され、利活用が広がることが期待されています。さらには「病診連携」「診療・投薬・臨床ビッグデータ活用」「AI診断」にもクラウドが展開され、人と社会の安心・安全・健康に貢献するものと思われます。
筆者は2001年前後から総務省の依頼で、国内で最初のいくつかの公的ガイドライン作成編纂に関与しましたが、総務省のガイドラインですから電子政府や自治体関連だと考えて執筆していた際に、厚生労働省から依頼があり、医療も観点に入れて策定してほしいとのことで、書き直したことが思い出されます。つまり当時から、医療分野でのクラウドのメリットについて、厚生労働省の官僚の間でも理解され始めていたわけです。

【3】 知っておくべきシュンペータの提言

経済学の世界で有名な言葉があります。シュンペータはその著書、「資本主義・社会主義・民主主義」:1942,”Capitalism, Socialism, and Democracy” の中で、「技術革新によって創出されるイノベーションは創造的破壊(Creative Deconstruction)をもたらす」と説いたのです。すなわち、イノベーションは産業や商品を「創造」するが、かわりに破壊(既存の産業や商品がポジションを失って消滅もしくは市場縮小)も発生するということです。100年に渡って、このことに異論が唱えられたことはほぼないと言ってよく、これまでのイノベーションの過程で実証されてきました。例えば、蒸気機関車が発明され普及することに伴って馬車業界は縮小・消滅したことでも理解できます。 クラウドはまさにそのイノベーションであり、蒸気機関という技術革新で始まった1770年代から1830年代の産業革命に匹敵すると言われています。
一つの現象として、クラウドが従来のITモデル(オンプレミス・クライアントサーバ)の多くに代替していくことは、すでに明らかとなりつつあり、まさに創造と破壊が実現されつつあるのです。(もちろん100%代替ではないにせよ、高い比率であることは周知のこととなりつつあります)
また、シュンペータは同時にこうも言っています。「変革は産業だけでなく社会・経済や文化にまで及ぶ」 すなわちクラウドというイノベーションは、IT業界も変革しますが、社会・経済にまで及び、人間の行動や文化にまで及ぶのです。当然ながら病院・患者・医師にとってもクラウドの導入によって、大きな変革=いま流行りのデジタルトランスフォーメーション(DX)が創出されることになります。(実はクラウドの導入は高い確率でDX創出となる)
当然ながら過去の事例からも、イノベーションをうまく活用しないと、多くの場合に、時代の発展から取り残されることになってしまうことから、クラウドへの取り組みはほぼすべての分野の組織・団体にとって、重要なテーマなのです。

【4】 クラウドのモデル選定

1. 基本的2つのクラウドモデル」と従来型オンプレミスとの比較

クラウドには基本的な2つのモデルがありますが、従来型のオンプレミス型クライアントサーバシステムと比較すると下記のような相違点があります。(本当はもっと多くの評価軸がありますが、ここではシンプルに)

従来型オンプレミス プライベートクラウド パブリッククラウド
概略 利用者サーバルームで物理サーバ DC
で物理サーバ
DC
で仮想サーバ
1 IT資産の帰属
と制御支配
利用者側 利用者側 ベンダー側
2 コスト 高め DC集約で従来型
より安い場合あり
原理的にはプライベートより安めだが
実態は高い場合あり
3 価格の透明性 見積で透明 見積で透明 透明/不透明が混在
4 セキュリティ
と安全性の開示
開示されるが
問題あり
開示され
極めて高いレベル
開示と非開示が混在
5 オンデマンド性付加サービス 個別依頼 型化・プリフィックス化が進みパブリックに接近 オンデマンド性あり
画面から付加サービスを設定可能

  • 重要な点は、クラウドといえばパブリックの仮想化されたものを指すという誤解がありますが、実は基本的な2つのモデルがあり、モデルによっては、
    • 資産と支配が、利用者側にあるかベンダー側かが異なる点
    • パブリックが安いという固定観念がありますが単純にそうともいえない点
    • セキュリティ安全性が不鮮明なものがあるという点
  • があることです。このことが明確に認識されずに、クラウド移行が実施されると、条件によっては問題が発生するため、「戸惑いが出てしまう」ことがあります。(営業・SEの皆さんには明確に選定して提案し、説明することを切望します)
  • 対象アプリケーションが「占い」や「恋愛マッチングサイト」のような分野なら、一定の割り切りがあっても良いかもしれませんが、病院が管理する重要データ・重要システムでは、蔑ろにはできません。きちんとモデルを選定し、さらにベンダーも選定しなければなりません。さらにはそれによって、前述したクラウドのメリットが獲得できるのです。
  • また、恐ろしいことに最近のクラウドベンダーのトークとして「責任分担」と言っていますので、「選んだ側の責任」なのです。(筆者個人は、十分な説明なしに「責任分担」という言い方は賛成しかねますが)

2. 基本的な2つのモデルを組み合わせた「クラウドの4つのモデル」

パブリッククラウドには有名なものとして、AWSとか富士通ハイブリッドITサービスとか・・・いろいろありますが、それぞれが大きく異なります。実はベンダーごと・モデルごとに同じではないのです。
そのため、選び方を間違えると前述のメリットが獲得できない場合があります。
また、細かくみるとクラウド移行では、前述の2つのモデルを軸に、組み合わせによって全体としては4つのモデルを選択することとなりますが、残念なことに実情としては、皆さんの目の前に出現するクラウドサービスがどのモデルに該当するのかは、非常にわかりにくい状況になっています。利用者の戸惑いの原因はここにもあります。しかもそれらのサービス基盤は、すべてDCに設置されていますが、DCごとに立地や実力が異なるにもかかわらず、それらが開示されていない例が意外と多いのが実情です。
まず、4つのモデルについて概略を示します。

SaaS プライベート パブリック ハイブリッド
1 アプリ固定
右記3つのいずれかの基盤に搭載
アプリ自由選定
利用者支配制御
アプリ自由選定
ベンダー支配制御
アプリ自由選定
左記2つのプライベートとパブリックを
混在させ使い分ける
2 最もコスト安 DC集積による割り勘効果によって
従来型より安くなる
仮想化によって、原理的には安くなるが
実態は高い場合あり
プライベートとパブリック融合でコストと安全性のバランス
が最適化
3 価格は透明 見積で透明になる ベンダーによって
透明/不透明が混在
ベンダーによって
見積にない料金あり
ベンダーによって
透明/不透明が混在
ベンダーによって
見積にない料金あり
4 DCの立地や実力
セキュリティと安全性は不透明な
例が多い
開示され
透明性が高い
ベンダーによって
開示と非開示が混在
ベンダーによって
開示と非開示が混在

これらを参照すると、クラウドのモデルとベンダーごとに、コストや透明性が異なることがわかると思います。特に、重要情報・重要システムをクラウド移行する際には、ハイブリッドクラウドの検討が多くの場合に適切なことがあり、なおかつ透明性のあるベンダーを選定することが重要であることも容易に理解できると思います。このことで一部の「クラウド導入への戸惑い」が払拭されることでしょう。

次回第2回では、上記の表の内容や、その裏側の実態について議論を進めて、そもそもクラウドは本当に安全なのだろうか?本当に安いのだろうか?という点について解説します。
ネット上では「使ってみたら安くない」という声や「通信が止まったら使えないじゃないか」という声が実際に出ていますので、それらを解説し、その上でより明確にクラウドの有効な活用について、どうすればいいのかを理解して頂きます。
・・・すべては調達・選定のやり方次第だということがわかります。

著者プロフィール

工学博士
NCRI株式会社代表取締役
NCP株式会社代表取締役
ネットコンピューティングアライアンス代表
寒冷地グリーンエナジーデータセンター推進フォーラム会長
モバイルクラウドフォーラム会長
津田 邦和 氏

青木 哲士 氏

北海道札幌市出身、電気通信大学大学院博士課程修了。

1980年代より動的HTMLによるASP技術研究、リモート会議環境研究開発・特許取得、クラウド環境での電子黒板開発、光センサータッチパネル研究開発・特許取得、デジタル通信プロトコル国際標準化WGメンバー。

1996年米国に呼応した国内ASP・クラウドの提唱と推進団体設立。25年に渡り財務省・総務省・北海道・沖縄県等の委員会委員・顧問・研究調査受託、ガイドライン/実証実験を主導。20年に渡り、東京理科大学/東海大学/北見工業大学等の6つの大学・専門学校の特別講師・非常勤講師を務める。

現在はデータセンター設計/大手ITベンダー事業戦略コンサル/SIerの事業見直しコンサル/クラウド社員研修、大学講師を実施。クラウド時代対応のための民間トップ研修・営業・SE研修は15,000名を超える。

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