病院における有効なクラウド導入とは?

第03回 病院における有効なクラウド導入の方法

2023年06月22日 更新

【1】連載の最後に・・・

これまで「病院における有効なクラウド導入とは?」というテーマで、第01回と第02回の2回の連載で投稿させていただきましたが、今回がその最後の投稿となります。
今回の最終回第03回では、

  1. 有効にクラウド導入をするには具体的にどうすればいいのか?
  2. クラウド時代に病院が急いで実施するべきことは何か?

について、これまでに解説した要素とそれ以外の要素も加えて整理し、解説したいと思います。

【2】「有効にクラウドを導入する」ということは、具体的にどういうことか?

まず最初にこのコラムのタイトルである「病院における有効なクラウド導入」とは、具体的にどのように理解すべきかについて、解説します。その答えは第01回で解説した「クラウドのメリットを実現すること」に他なりません。
第01回で解説したクラウドのメリットは、わかりやすくするために整理すると・・・

  • (1)
    安全性が向上
  • (2)
    利用者側のコスト低減
  • (3)
    利用者側の初期投資の低減
  • (4)
    情報共有とデータ連携による新しい価値創出(DX)

の4つと捉えることができます。
第01回ではクラウドのメリットを7つ提示しましたが、その一つであるセキュリティは(1)の安全性に含め、オンデマンド(PaaS含む)は(2)のコスト低減に含み、電気料金もコストに含めることが可能です。よって、7つのメリットをここではメリットを4つに整理します。なおオンデマンド(PaaSを含む)はシステムアップ期間・稼働スタートの迅速化等々の他のメリットもありますが、理解をシンプルにするために、上記の4つに絞ります。
これらのメリットを獲得できることがクラウド導入の成功であり、逆に「クラウド導入の失敗」とは、これらの効果があまり得られない場合のことです。
ただし、そのメリットと思える言葉には、いくつかの落とし穴もあるため、それを含めてどうすれば良いか解説しましょう。
逆に言うと、この4つのどれも得られないようであれば、クラウドなんてあまり意味がないということです。しかし適切な選定をすれば、多くの場合メリットの獲得が可能です。

【3】有効にクラウド導入をするにはどうすればいいのか?

従来型のクライアントサーバの調達の場合は、複数のSIerに提案と見積をお願いすると、長い歴史があるので、どのベンダーも似たような提案になるので、よほどのことがない限り、価格とサポート体制などを比較するだけで、おおよそは良い選定が可能です。
しかし、クラウドはまだ業界全体としては歴史が浅いこともあり、SIer・CIer(CIer:クラウドインテグレータ=クラウドを専門とするディーラー)ごとに、また担当する営業・SEごとに提案が大きく異なることがあり、利用者側(発注側)は、その提案の比較が単純には判断しにくいところがあります。第01回/第02回で説明したように、見積もり価格ですら単純比較はできません。
そこで「有効なクラウド導入」≒「上記の4つのメリット」を獲得するために、ベンダーからの提案・見積もりを比較しやすくするために、それらが大きくばらつかないようにする必要があります。そのためには要求要件を提示した上で、提案・見積もりをお願いするのです。提案が的確ではなく、またメリットのある内容でなければ採用しませんということですね。
その要求要件は、「4つのクラウドメリットごとに、提案してください」ということを軸にして、かつ同じ前提条件を付加することが大切です。それらの前提条件の理解のために4つのクラウドメリットの詳細を下記に解説します。もちろん病院側には個別事情もあるので、下記以外も要求要件に盛り込むことになります。

1.安全性

(1) 病院の重要情報重要システムに必要な安全性の要件を要求すること

  • 重要情報重要システムでは、99.99%の可用性を求められます。そのためクラウド移行では、それ以上を求めることが適切です。クラウド基盤には99.9%のものと99.99%のものがありますが、99.9%のものは、二重化等の対応を前提として見積もりとなるわけです。また、その二重化で99.99%の可用性となるかどうかも提案してもらう必要があります。
    注)99.99%とはおおよそ年間最大50分程度の停止、もしくはそれ以下となります。それが一般的には、ほぼ業務に支障が出ない程度と言われています。一方で99.9%だと年間8時間も停止することが許容されているので、病院のような重要情報・重要システムで利用するには、適切とはいえないと思います。
  • 日本は災害大国と言われていますので、一般論として震度7に耐えられるデータセンター(以下DCと略します)に搭載されているクラウド基盤を選択するべきでしょう。提案には、それを明示してもらうことは必須です。
  • サーバールームと建物が地震に耐えられても、サーバとシステムそのものが耐えられるようになるための免振装置が装備されている例は少ないため、クラウド移行では、免振対応のDCであることを要求してください。
  • 良好な立地のDCに搭載されているクラウド基盤とすべきでしょう。少なくとも海岸・河川・火山からの距離や活断層からの距離、ハザードマップに関連する安全性は比較できるように、提案に盛り込んでもらいましょう。(不明な場合は採用しないことを明示しておきましょう)
  • 気候変動により落雷等が多くなっており、停電が多発しつつありますし、震災において長時間停電が予想されており、過去の災害経験から、3日間程度の停電に耐えられることが必要と言われています。それに対応できる非常用発電とオイルタンク容量かどうかについて提案の中で盛り込んでもらいましょう。
  • また気候変動により、雷が多発しており、それによるコンピュータの電子回路の破損が発生しています。そのため避雷設備が必要ですが、クラウド基盤のDCにおける対応状況を提案に盛り込んでもらいましょう。

市場では、上記の事項について、具体的な提案書への記述を避けて「大丈夫ですから安心してください」というトークを使う例が散見されています。実態としては、クラウド基盤サービスごと、その基盤サービスの中でも顧客が利用するリージョン(クラウド基盤の中のその利用者が利用する領域)ごとに差があるので、提案書に上記のような安全性を記述できない提案は、採用するべきではありません。
日本では南海トラフによる大規模震災や首都圏直下型地震の予想発生確率が高まりつつあります。そのことからも病院でのクラウド導入では、安全性についてより重要度を高めて、より安全なものを採用するべきです。
また、「大震災が発生したら病院そのものが大きな被害を受けるのでIT基盤が安全でも意味がない」という考え方も一部にありますが、それは間違っています。東日本大震災の経験からも、避難所や他の病院、もしくは一部で検討されている臨時病院施設(野戦病院やテント等)に避難することができた患者にとって、その後のケア(治療の継続・投薬・その他のケア等々)で、高い安全性によって震災後も稼働が維持されるクラウドの電子カルテは非常に有用であり、場合によっては患者の命と健康にかかわるのです。

(2) ベンダーからディーラーへの安全性に関する情報開示について

現実にはクラウドはベンダーとDCによって、安全性について大きく差があります。現実にたとえ「有名なクラウド基盤」であっても、大きな事故が複数回発生しているのです。
一つの例として、「安全性に関する細かい情報が秘匿で、知らされていないから説明できない」というトーク例がありますが、そのようなクラウド基盤は、「安全性について不明でも良いアプリケーションや業務」にのみ利用を検討し、病院に多くある「重要情報・重要業務」「個人情報」を扱うシステムには採用してはいけません。安全性が不明なクラウドを採用して、結果としてトラブルが発生した場合、「責任分担」ということで、「安全性が不明なことをわかっていながら採用した」側にも責任があるのです。

(3) 注意するべき落とし穴

  • ディーラーもしくはベンダーのトークとして「世界的レベルのセキュリティだから大丈夫です」とか「有名なベンダーだから高い安全性」という言葉を使っている例を散見します。しかし、これは具体的ではありません。「世界的レベルとはどういうレベルなのか、具体的に1.安全性に関連する①~⑥を提案書に記載してください」と要請しましょう。なお、口頭ではNGです。提案書に文字で記載してもらいましょう。
  • 上記にも解説しましたが、「DCはセキュリティ上の問題から情報開示できません」というトークが散見されますが、そのDCの安全性について説明してほしいのであって、「住所を示せ」と言っているわけではないのです。「安全性」が秘匿なわけがありません。
  • クラウド基盤には「安全保障に関連する海外法制度の域外適用」というリスクがあります。リスクと言っても世界で米国と中国の2か国だけの、さらにはあくまでも可能性ですが、自国に本社(企業としての本社ではなく支配権をもつホールディングズという意味)を置く企業に対して、北米中国からみて海外の関連会社を含めたデータセンターと、そこにあるクラウド基盤に対して、自国(つまり中国と米国)の安全保障に関連する強制権の行使等を域外に適用することが、法制度として存在しています。
    たとえばテロリストや敵対する軍事関連の何らかのデータがそのクラウド基盤にあるとの情報があれば、その国の捜査当局が強制的な処置を取る可能性がある・・・といったものです。
    実際にヨーロッパで行使しようとした形跡があるようです。なお日本では実績としてまだ発生していない(業界情報レベルなので本当はわかりませんが)ようです。
    なお、筆者は法律の専門家ではないので、あるIT企業の法務部門と筆者で複数回会議を実施した結果、取り扱っているクラウド基盤について、詳細な調査を実施した結果、安全保障に関連する海外法制度の域外適用の対象となっているとの判断をされたとのことでした。そのIT企業としては現場の営業・SEにそのベンダーとしての考え方を正式に伝えるとのことでした。
    もちろん可能性ですから、必ず問題が発生するというわけではありません。また、DCが立地している現地(日本やヨーロッパ)の政府とのやり取りもあるため、自動的に強制権が実行されるということでもないようです。しかし、少なくともクラウドを病院で活用する際には、クラウドとそのDCについて上記のことを確認し、説明を受けることだけはお勧めします。
    もちろん安全保障とか国家間の紛争とかテロリスト問題等は、日常発生するテーマではないので、そのリスクの判断は利用者ごとの考え方で異なってくるものと思います。
  • 「前述のとおりクラウドにはオートリカバリーが具備されていて、トラブルの予兆をAIで検知して、ホットスワッピングするという、素晴らしい仕組みがあります。しかし、DCの電源が喪失したり、DC全体が破損した場合は、オートリカバリーは役に立たない場合があることも理解しておいてください。
    つまり「オートリカバリーがあるからDCの安全性なんて問題ではない」という考え方はNGです。オートリカバリーはあくまでもDCが安全に稼働していることを前提として、さらにサーバの安全性を向上させる・・・ということです。

2.利用者側のコスト低減

きちんと調達して適切な選定をすれば、多くの場合、理論的にはオンプレミスと比較してクラウドは利用者コストが低減することが多いと考えて良いと思います。しかし、あくまでもそれは「ベンダーのコスト」であって、「価格」=「利用者コスト」ではありません。ベンダーやディーラーの値付けによって利用者コストは変わります。
よって調達の際に、見積もりによって比較し(もちろん安全性・性能・使いやすさを見ながら)、安いものを選択すれば、うまくいくはずなのですが、しかし、現実はそう簡単ではないのです。

(1) 見積もりに出てこない恐ろしい費用

第02回でも記載しましたが、IOアクセス・APIアクセス・インターネットアクセス料金という料金が、多くのクラウドベンダーに設定されています。これはアプリケーションの作り方と毎日の状況で、大きくアクセス回数が異なりますので、見積もりには出てきません。しかし、ベンダーによって一定程度のアクセス数以上にならないと請求しないというような条件が大きく異なっているため、高額な料金を請求するベンダーと、ほとんど請求しないベンダーがあります。当然ですが、調達際に説明を求めましょう。

(2)可用性とサーバの二重化によるコスト

前述のとおり、重要データ重要システムでは、99.99%以上の可用性が求められますが、いくつかのクラウド基盤は99.9%であるため、これでは重要データ重要システムには使えない例が多くなります。そこで、販売ディーラーは、より高い可用性にするために、仮想サーバを二重化して提案することが定番となっています。(あくまでもディーラー≒SIerが実施、それによって全体が本当に99.99%が保証されるかどうかは説明を求めてください。)
問題は、最初の営業PRではこの二重化のコストは示されない例が多いことです。実は「安い」と言われているクラウド金額は、二重化していない「99.9%」という状況のまま、「安い」と説明していることがあるのです。「占い」とか「マッチング」とか、高いレベルの安全性を求めないのであればそれでもいいとは思いますが、病院のシステムでも同じでいいということにはなりません。
もちろん二重化しなくても99.99% の可用性になっているクラウド基盤もありますので、説明を求めてください。

(3)監視と運用は別料金

クラウドは利用者側から見えないものが多くなります。仮想サーバなどは一生見ることはないでしょう。見えないものは不安ですよね。
そのため、重要データ重要システムのクラウド運用では、稼働状況・パフォーマンス状況の監視とそのレポートを入手、問題があれば対応するという例が多いのが実情です。しかし、それらが別料金であったり、費用が大きく異なることがあるので、見積もり時に注意が必要です。この料金がそれなりの額であるため、監視・監視レポート・運用を受託している企業が好業績であるほどです。このことからも監視業務は一定のユーザーコストとなることが伺えます。
「このクラウドは安い」と思えても、その金額に監視と運用が入っておらず別企業へ依頼が必要で、別費用が上乗せとなる場合があるため、留意が必要です。

(4)ハイブリッドクラウドの重要性とその種類

最近北米のアナリストのネット書き込みで「重要データ重要システムでは、仮想共有パブリッククラウドを利用することを避ける傾向が出ている」とのことが見かけられます。理由はパブリッククラウドが「意外と高い」(上記のような見積もりに出てこない料金等について利用者が認識し始めた等々)、「ベンダー支配が強すぎる」「勝手にバージョンアップする」、「セキュリティ等の透明性がない」ということらしいです。
そこでホスティングに戻す例も出ているそうで、そのために北米でのクラウドベンダーの売上の伸びが鈍化したほど影響が出てきたとのことです。さらに一部のアナリストから、第02回でも解説したように、「一部をパブリッククラウドとし、一部を物理サーバとするハイブリッドクラウドが最適」であるとの意見も出ています。
病院の重要情報を、「ベンダー支配の強い」、「透明性が低い」、「99.99%とするとそれほど安くない」仮想共有パブリッククラウドに格納することは、疑問を持つ利用者もいることと思います。しかし「本当にコストが安く」、「安全性も高く」、「透明性も高い」仮想化基盤があれば、仮想サーバも使いたいというニーズもあると思います。そうであれば、仮想サーバも使いつつ、物理サーバ(ホスティング)とのいいとこ取りをするハイブリッドクラウドが選択肢となるでしょう。特に電子カルテを含む場合は、利用者側に支配権がある物理サーバも活用した「ハイブリッドクラウド」を要求要件に記載することを、筆者はお勧めします。
ただし、ハイブリッドクラウドは基盤ベンダーごとに提案が大きく異なるため、よく吟味してください。

3.利用者の初期投資の低減

クラウドは、基本的に初期投資が低減します。ただし、クラウドにもクライアントサーバほどではありませんが、データ移行と初期のCI(クラウドインテグレーション)のための作業があります。そのため、その費用は初期料金として発生しますので、トータル費用と合わせて、ベンダー(ディーラー含む)ごとの見積もり比較をしてください。

4.情報共有とデータ連携による新しい価値創出(DX)

クラウドの特徴の一つに、「新しい価値の創出」があります。その多くの場合で、今はやりの「DX」が発生することとなります。実はDXは2004年に提唱され、そのころはちょうどクラウドが大きく進展した時期だったのです。クラウドは2000年前後から2005年にかけて急速に市場で知られるようになったので、時期も合致します。
DXは短く言うと「ITによって変革をもたらすこと」であり、通常のクラウドではないITも対象ですが、クラウドである場合が多いのは時代背景から当然なのです。
そこで病院でクラウドを導入するのであれば、同時に病院組織や医師・事務担当・患者にとってのDX≒「新しい価値」の創出を指向すべきでしょう。
そこですでに病院で実現しつつある新しい価値(DX他)やこれから実現すると思われるものの例を記述しておきますので参考としてください。

(1)病院の一部で既に実現しつつあるクラウドによる新しい価値(DX)の例

No. クラウドによる変革事例 創出される新しい価値(DX他)
1 予約・受付システムと診療待ち順番配信のクラウド化
  • 予約・受付システムのクラウド化メリット(解説は前述)
  • リアルタイム待ち順のアプリ配信(スマホ配信)による、待ち時間の短縮・受付事務作業の効率化(API連携)・患者のイライラの改善
2 電子カルテのクラウド化
  • 電子カルテのクラウド化メリット(解説は前述)
  • 臨床処置スケジュールと処置結果の電子カルテ統合記録・院内IoT(血圧心拍測定・注射投薬・その他看護師処置記録とカルテ記録・API連携)
3 レセプト請求管理・保険点数計算のクラウド化
  • レセプトシステムのクラウド化メリット(解説は前述)
  • 保険点数DBメンテナンスの共同利用
  • 電子カルテ・処方箋との連動(API連携)
4 入院管理システム
  • 入退院管理・病床管理・担当医/担当看護師シフト管理等のクラウド化メリット(解説は前述)
  • 電子カルテ・臨床情報との情報連携(API連携)
5 ゼロトラスト導入・SASE導入(ネットワークセキュリティ対応、サイバー攻撃対応のクラウド化)
  • 年々巧妙になるサイバー攻撃への対応能力の向上
  • サイバー攻撃による被害の最小化
  • セキュリティ専門担当の負担低減・ノウハウ支援
6 院内事務の簡便化クラウド化
  • 勤怠管理・労務管理・シフト管理・人事給与・財務会計のクラウド化メリット(解説は前述)
  • データ連携による再インプット作業の省略・入力ミス低減
  • 労務管理の見える化(長時間労働の見える化等)

(2)今後のクラウドによる新しい価値(DX)の例

No. クラウドによる変革事例 創出される新しい価値(DX他)
1 緊急時の電子カルテの外部閲覧
  • 災害時の避難先での患者の投薬・治療の継続
  • 救急患者対応の的確化
2 医療・診療のビッグデータによる診断のAI活用
  • 診断・診断言語データ・投薬・施術のビッグデータや検査データによる診断の統計的傾向把握
  • 一次診療としてのAI・ロボット診断
  • 僻地診療等での補完診療
3 病院の設備・資産管理のクラウド化
  • 設備点検・資産棚卸・資産廃棄の効率化
  • 老朽化設備管理の自動化
4 病院IT環境・サーバールームのクラウド移行(プライベート・パブリック・ハイブリッドクラウド)
  • クラウド化メリット(解説は前述)
  • 電気料金の高騰に対応した、大幅な電気料金支払い金額の低減とCO2削減への貢献
  • 年々難しくなるサーバールーム運用・IT環境運用ノウハウ問題の解決
5 病診連携における電子カルテの共同利用
  • 患者引継ぎの的確化と迅速化

特に上記4のサーバールーム全体のクラウド移行は、大きなコスト低減となるため、注目すべきであり、調達の際に提案を求めるべきです。その中でも、SIer・CIerによって、現状の電気料金が、クラウド移行によってどの程度削減されるかの「電気料金アセスメント」を実施できるベンダーもあります。その電気料金低減の大きさに多くの企業や団体が驚いているとの情報を得ていますので注目してください。

【4】病院におけるクラウドジャーニー

病院においてクラウドを適切に導入する手順を整理しましょう。いわば病院における「クラウドジャーニー」です。

1.クラウドに関する認識共有

まずクラウド全体について、病院として認識を共有しましょう。IT部門・事務部門・設備管理部門・医師のメンバーでクラウドについての説明を聞く場を作ることが重要です。それによって、クラウドの導入が、どれだけ病院のITと病院そのものにとって重要なイベントであるかが共有されることでしょう。また一般には気が付かない点もあると思います。

2.クラウド導入のノウハウの補完

クラウド導入には、やはりノウハウが必要です。だからといって、クラウドのエキスパートを雇用するのは現実的ではありません。そこで、病院でのクラウド導入ノウハウの補完策として2つの方法があり、実際に実施されています。

(1)クラウド導入ガイドラインの策定

業務やアプリケーションは複数あり、一つの業務でクラウドを導入したからといって終わりではありません。さらに時代の変化で見直しや運用問題、追加的措置等もあります。そのため、将来も見据えた「病院としてのクラウド導入ガイドライン」を策定されることがあります。そこでは、考え方、具体的方法/手順、セキュリティポリシーとの連動、見直し等を一定の標準書として策定されることとなります。政府、自治体、放送局等でも「クラウド導入ガイドライン」を策定している実績がありますので、一定の規模以上の病院ではガイドラインをお勧めします。また小規模な病院やクリニックであれば、地域の医師会等で共同に策定する方法もあり、地方の自治体では共同でクラウドの導入方針等を策定している例があり、筆者もいくつかお手伝いをした経験があります。
このクラウド導入ガイドラインを策定することで、毎回議論を繰り返すことも、またポリシーのバラツキに悩むことも、さらにはしばしば散見される導入の失敗が発生することも少なくなることでしょう。

(2)クラウド導入コンサルティング

クラウドの導入で、少し規模が大きくなり、特にサーバールームのクラウド移行となるとやはり専門家の支援があった方が安全です。依頼に必要なコストは、クラウドによるトータルコスト低減が大きな金額となることが多いため、十分にペイすることが多いと思います。
なお、国内市場で2014年に存在した利用者側のサーバールームは8万か所以上でしたが、2019年の調査では6万程度になっており、多くがクラウドもしくはDCに移行しています。その傾向から今後はサーバールームをクラウド・DCに移行する病院も多くなるものと思います。

3.ターゲット業務・アプリケーションの選定

クラウドの理解が共有され、クラウド導入ノウハウの補完がされたら、次は当面のターゲットの選定です。そこでは、

  • クラウド化でメリットが得やすいか、DX展開が見込まれる。
  • 従来のシステムが老朽化しリニューアルが必要となっている。
  • 震災・台風・落雷などの災害対応をする必要性がある。
  • サイバー攻撃に対応したい。
  • コストが課題となっている。

というような特性から、対象を絞り込んで選定することとなります。病院の電子カルテやレセプト・臨床関連支援システム等は、まさしく対象となるでしょう。

4.適切なクラウドの調達

次はいよいよ調達です。ベンダーへの要求は、第02回で解説した「モデル選定」と上記の「4つのメリットがどう実現されるか」について提案・見積もりを提出してもらうようにお願いしてください。
クラウドの教育を受けている優秀な営業/SEであれば、きちんと提案するはずです。筆者は、クラウドの提案について、全国のSIer・CIerの営業・SEに対して、約20年に渡り、基礎的なことは約16000名に、詳細なノウハウ教育(300Pのテキストによる2.5日の研修)は約6000名前後にクラウド研修を実施してきましたし、筆者以外の教育を受けている営業・SEもいるでしょうから、すでに国内ではかなり多くの人たちが適切なクラウド提案ができるように、スタンバイしていることと思います。そのため、複数のSIerやCIerに依頼して頂ければ、的確にクラウド導入の提案をしてくれる企業に、病院のみなさんが接する確率は低くないと思います。

【5】クラウド時代に病院において急いで取り組むべき事項は?

上記にクラウドジャーニーを示しましたが、中でも当面急いでやるべきことは何なのか?も重要ですね。人間は気が短いので、とにかく当面すぐにやることに強い興味を持つものです。そこで細かいことですが、このクラウド急増時代に、当面すぐやるべきことを解説しましょう。

1.クラウドの認識共有

まず上記【3】-1の病院内でのクラウドに関する認識共有をすることです。これだけは急ぎましょう。そこではこのコラムで3回にわたって記述された内容について、もっと詳細な説明や、クラウドの導入事例とメリットの実例、期待される低減コストなどが説明されることでしょう。

2.いつ発生するかわからない「災害」への対応

前述のように、病院はある意味「社会基盤」でもあることから、すでに病院に関連するみなさんは、南海トラフを含めて、自分の病院の地域の震災・津波・台風・水害・落雷等の被害について、情報収集をしているものと思います。当然ながらIT環境も、災害に見舞われると電子カルテの停止や消失等、病院が機能不全の大きな要因ともなります。
そこで病院のIT環境について、クラウドによる災害対策検討をお勧めします。明日くるかもしれない災害への対応について、クラウドは大きな効果があり、検討を急ぐべきと思います。特に電子カルテのクラウド移行は急ぐべきでしょう。

3.増加しているサイバー攻撃対応

すでにマスコミで話題となっている病院へのサイバー攻撃によって、病院の診療活動が停止してしまったというニュースは周知のことと思います。2021年~2022年は、国際情勢の不安定化も影響してか、急激にサイバー攻撃は増加しており、おそらくはニュースになっていないものもあると推定されます。
それらの原因は「VPNルータ云々」「セキュリティホール云々」といろいろと報告されていますが、そもそもそれぞれの病院でセキュリティ、特にサイバー攻撃への対応で、従来のオンプレミスのやり方と人材・ノウハウ、業務時間の範囲では完璧な対応は困難だと考えるべきと思います。そもそもセキュリティの専門エンジニアは多くはないのです。前述のとおり、昨今のサイバー攻撃は、標的型添付ファイルウイルス攻撃等、極めて巧妙にかつ大規模な被害が発生するものになりつつあります。個々の病院・診療所での個別のクライアントサーバにおいて、常に継続的に高度なセキュリティ対応をしていくのは至難の業なのです。
  そこでクラウドにおいて、DCに集積することで、世の中の最高レベルのノウハウと技術を投入し、かつ迅速に確実に継続的に対応することが最良の方法だと思います。また、これも前述しましたが、ゼロトラスト・SASEの導入も、実はネットワークセキュリティのクラウド化という一面があるのです。
よって、病院のIT環境のサイバー攻撃対応というテーマにおいて、現状のオンプレミスからクラウドへの移行とゼロトラスト/SASE導入を実施すると何が変わるのかの検討をすることをお勧めします。そのためのRFI(提案までの情報収集)として、クラウド提案ベンダーに問い合わせて頂ければ、整理できると思います。
注)すでに広島県の県庁と23市町村は、共同利用クラウドの導入と合わせて、2023年4月から共同利用でゼロトラスト/SASEの導入を実現するとの情報があります。

以上のように、上記3つの項目は、病院のIT環境のクラウド移行について、急ぐべきことと考えられます。

病院向けクラウド導入コラムのまとめ

これまで第01回~第03回にわたって「病院における有効なクラウド導入とは?」というテーマで解説してきました。
クラウドは人類が発明した50年に一度のITイノベーションであり、うまくキャッチアップすると多くのDXとメリットの獲得、コスト低減も伴います。さらに、先行き不透明な現代において、年々高いITノウハウが要求され、さらには多くのサイバー攻撃による被害も報告され、インフレによってIT環境のコストも高騰していくことが予測され、それらへの対応としてクラウドは効果があることが広く知られています。
しかし、これまで説明してきたように、クラウドにはバックヤードが隠蔽されていて重要データ重要システムには向かないものもありますし、十分に要求要件に対応できないベンダーもあります。それらを知って、うまく調達することで、よりよいクラウド導入ができることとなります。
つまり、みなさんの「的確な」クラウド選定・調達が、病院における有効なクラウド導入となるのです。今回の3回のコラムが参考となれば幸いです。

あとがき

本コラムは、ベンダー側の営業SEの方たちもご覧になることと思います。それらの皆さんの中には、筆者の過去20年間の研修のどこかで、受講して頂いた方もいるものと思います。
このコラムは、利用者にとっての「有効なクラウド導入」のための内容ですが、それは同時に「ベンダー側の営業・SEの提案ポイント」でもあります。筆者の研修の受講者は、受講した内容を思い出しつつ、このコラムも参考としてください。より良いクラウド環境の提供が実現することを願っています。

(上記のクラウド導入ガイドライン策定・クラウド/ゼロトラストの導入支援・クラウドの認識共有のための勉強会・ベンダー側の営業SEのためのクラウド提案研修については、下記にお問い合わせください。
info@ncri.co.jp

著者プロフィール

工学博士
NCRI株式会社代表取締役
NCP株式会社代表取締役
ネットコンピューティングアライアンス代表
寒冷地グリーンエナジーデータセンター推進フォーラム会長
モバイルクラウドフォーラム会長
津田 邦和 氏

青木 哲士 氏

北海道札幌市出身、電気通信大学大学院博士課程修了。

1980年代より動的HTMLによるASP技術研究、リモート会議環境研究開発・特許取得、クラウド環境での電子黒板開発、光センサータッチパネル研究開発・特許取得、デジタル通信プロトコル国際標準化WGメンバー。

1996年米国に呼応した国内ASP・クラウドの提唱と推進団体設立。25年に渡り財務省・総務省・北海道・沖縄県等の委員会委員・顧問・研究調査受託、ガイドライン/実証実験を主導。20年に渡り、東京理科大学/東海大学/北見工業大学等の6つの大学・専門学校の特別講師・非常勤講師を務める。

現在はデータセンター設計/大手ITベンダー事業戦略コンサル/SIerの事業見直しコンサル/クラウド社員研修、大学講師を実施。クラウド時代対応のための民間トップ研修・営業・SE研修は15,000名を超える。

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