大学における有効なクラウド導入とは?

第01回 あらためて考える
「そもそもクラウドって何?」

2023年04月21日 更新

【1】 今回のコラムの背景とお伝えしたいこと

2023年現在、クラウドはすさまじい勢いで世の中のITの中心となりつつあり、米政府は「クラウドファースト」(オバマ大統領教書)、日本政府も続いて「クラウドバイデフォルト」(安部内閣方針)と表明しており、強い意志が感じられます。
またそれに続くように、自治体・銀行・教育・医療・民間企業が、「クラウド狂騒曲」を奏でて、期待と戸惑いを伴いながら取り組もうとしている様子が伺えます。そこに「戸惑い」が若干みられるのは、おそらくはわかりやすい情報が不足していることが原因と思われ、筆者にも「クラウドがよくわからないので不安」「結局どうすればいいのか?」「本当に大丈夫なのか?」「どこから手を付ければいいのか」という問い合わせが多く寄せられています。
そこで今回は「大学」を対象に、大学の「情報システム部門」や「経営陣」の皆様向けに、3回のコラムで下記のような示唆を提供したいと思い、筆(IT時代に古い言い方ですが)をとりました。

  • 具体的には、
  • 第1回では、
    • そもそもクラウドって何?その実像とメリット
  • 第2回では、
    • そもそもクラウドは安全なのだろうか?本当に安いのだろうか?
  • 第3回では、
    • 大学におけるクラウド導入を有効に実現するためには、何をどうすればいいのだろうか?
というテーマで、筆者の35年に渡るネットワークとコンピューティングの研究開発と25年に渡る国内でのクラウド普及活動・公的団体/企業コンサルティング・教育・研修活動の経緯からお伝えしたいと思います。
これらによって、短いコラムですが、大学運営当局や経営陣の皆様が、クラウドの導入に取り組みやすくなり、効果のある結果となることを期待しています。

【2】 クラウドはなんのために導入するのか

クラウドのメリットは数多くありますが、代表的メリット5つに整理すると理解しやすくなります。これらのためにクラウドを導入するのであり、流行りだから、もしくは政府もやっているから導入するのではありません。それが大規模なIT世界のパラダイムシフトの勢いを形成しているのです。

  • (1)
    安全性の向上
    データセンター(以下DC)の堅牢性・好立地条件・高レベル設備・冗長化・高度な設計によって安全性が向上する。
  • (2)
    割り勘効果による利用者側のコスト低減
    ITリソースのDC集積と一元的運用保守によって、サーバ・設備・保守運用の共同利用・共通化が実現し、割り勘効果でコストが安くなる。
  • (3)
    初期投資の低減
    ITリソースやSI構築費用のサービス料金化によって、大きな初期投資が不要となり、予測しにくい時代において、初期投資が少なくなる。
  • (4)
    オンデマンド性によるSE工数低減=見積価格低減と早期立ち上げ
    インフラのオンデマンド設定(PaaS付加サービス)や型化プリフィックス化されたサービスメニューによって、インフラインテグレーションのためのSE工数低減と準備期間が早くなる。
  • (5)
    情報共有とデータ連携による新しい価値創出(DX)
    情報共有とデータ連携によって新たな変革=DXが発生し、新しい価値が創出される。
  • 注)これ以外にもメリットはあるが、シンプルな解説とするため、絞り込んで説明する。

これらのメリットの多くを獲得できることがクラウド導入の成功であり、逆に「クラウド導入の失敗」とは、これらの効果があまり得られない場合のことです。つまり従来型オンプレミス/クライアントサーバからクラウドへのマイグレーションでは、これらが要求要件の一部となると考えられます。さらにベンダーごとに異なる点が多くあるため、盲目的にベンダーを選定すると、これらのメリットは大きく毀損される場合が現実にあります。
特に重要データ・重要システムは、(1)の安全性とセキュリティが重要であり、そのことが「基幹系」や「SOR業務システム」にもクラウド移行が広がることを促進しています。しかし、後述するように、モデルとベンダーによって「安全性とセキュリティの透明性」が大きく異なるため、アプリケーションごとにモデルとベンダー選定が重要となります。

【3】 従来型オンプレミスがクラウド移行:大学ではどんなメリットが?

経済学の世界で有名な言葉があります。シュンペータはその著書、「資本主義・社会主義・民主主義」:1942,”Capitalism, Socialism, and Democracy” の中で、「イノベーションは創造と破壊(Creative Deconstruction)をもたらす」と説いたのです。すなわち、イノベーションは多くのメリットがあり「創造」される要素が多いが、破壊(ポジションを失って消滅)も発生するということです。100年に渡って、このことに異論が唱えられたことはほぼないと言ってよく、これまでのイノベーションの過程で実証されてきました。
クラウドはまさにそのイノベーションであり、1770年代から1830年代に蒸気機関の発明によって発生した産業革命に匹敵するとも言われています。
一つの現象として、クラウドが従来のITモデル(オンプレミス・クライアントサーバ)の多くに代替していくことは、すでに明らかとなりつつあり、それが創造と破壊と捉えられるのです。(もちろん100%代替ではないにせよ、高い比率であることは周知のこととなりつつある)

また、シュンペータは同時にこうも言っています。「変革は産業だけでなく社会・経済や文化にまで及ぶ」 すなわちクラウドというイノベーションは、IT業界も変革しますが、社会・経済にまで及び、人間の行動や文化にまで及ぶのです。当然大学にとってもクラウドの導入によって、大きな変革=いま流行りのデジタルトランスフォーメーション=DXが創出されることになります。(実はクラウドの導入は高い確率でDX創出となる)
当然ながら、イノベーションつまりクラウドにはメリットが創出されます。言い換えるとイノベーションをうまく活用しないと、多くの場合、時代に乗り遅れて、その自治体・企業・学校が衰えていくことになり、それらへの取り組みは重要なテーマなのです。
それでは、今回のコラムの対象である「大学」ではどうか?上記の5つのメリットに沿って大学で当てはめて考えてみましょう。

  • (1)
    安全性の向上
    大学には重要情報・重要システムが多く存在する。基幹系システム、学生の個人情報と評価データ、研究論文・関連文書・研究データなどである。これらをより安全なIT基盤に移行することは、重要テーマである。(もちろん、安全性が不明なクラウド基盤もあるので、それらには移行するべきではない。)
  • (2)
    割り勘効果による利用者側のコスト低減
    大学の財政状況は、少子化の影響で今後良い方向になるという情報は少ない。よってIT環境のコスト低減は重要命題と考えて良い。ただし、透明性の低い基盤も存在することから利用者側のコストが低減するのかどうか、表面上の料金とは別に留意が必要となる。
  • (3)
    初期投資の低減
    これも上記と同様に、将来の経営が必ずしも透明ではない大学にとって、投資がないことは資金繰り上で重要命題となる。
  • (4)
    オンデマンド性によるSE工数低減と早期立ち上げ
    これもコスト低減要素でもあるため大学にとっての重要命題である。
  • (5)
    情報共有とデータ連携による新しい価値創出(DX)
    大学の将来のためにも、研究者や学生にとって、クラウド導入による新しい価値(DX)を見出すべきである。

以上のとおり、大学の事務当局だけではなく、経営者にとっても従来型オンプレミスのクラウド移行は、重要命題であり、これらのメリットを獲得できるように、クラウドの選定と調達を実現するべきということは明解です。そのための重要事項を以下に、また第2回と第3回で解説します。

【4】 クラウド移行におけるモデル選定

1. 基本的な「2つのクラウドモデル」と従来型オンプレミスとの比較

クラウドには基本的な2つのモデルがありますが、従来型のオンプレミス型クライアントサーバシステムと比較すると下記のような相違点があります。(本当はもっと多くの評価軸がありますが、ここではシンプルに)

従来型オンプレミス プライベートクラウド パブリッククラウド
概略 利用者サーバルームで物理サーバ DC
で物理サーバ
DC
で仮想サーバ
1 IT資産の帰属
と制御支配
利用者側 利用者側 ベンダー側
2 コスト 高め DC集約で従来型
より安い場合あり
原理的にはプライベートより安めだが
実態は高い場合あり
3 価格の透明性 見積で透明 見積で透明 透明/不透明が混在
4 セキュリティ
と安全性
開示されるが
問題あり
開示され
極めて高いレベル
開示と非開示が混在
5 オンデマンド性付加サービス 個別依頼 型化・プリフィックス化が進みパブリックに接近 オンデマンド性あり
画面から付加サービスを設定可能

  • 重要な点は、クラウドといえばパブリックの仮想化されたものを指すという誤解がありますが、実は基本的な2つのモデルがあり、モデルによっては、
    • 資産と支配が、利用者側にあるかベンダー側かが異なる点
    • コストが高いか安いかは単純にわからない点
    • セキュリティ安全性が不鮮明なものがあるという点
  • があることです。このことが明確に把握されずに、クラウド移行が実施されると、条件によっては問題が発生するため、「戸惑いが出てしまう」ことがあります。(営業・SEの皆さんには明確に伝えることを切望します)
  • 対象アプリケーションが「占い」や「恋愛マッチングサイト」のようなクラウドなら、どうでも良いかもしれませんが、大学が管理する重要データ・重要システムでは、重大な問題となりえるため、うまくモデルを選定し、さらにベンダーも選定しなければなりません。
  • また、恐ろしいことに最近のクラウドベンダーのトークとして「責任分担」と言っていますので、「選んだ側の責任」なのです。それらを含めたモデルの解説をします。

2. 基本的な2つのモデルを組み合わせた「クラウドの4つのモデル」

パブリッククラウドには有名なものとして、AWSとか富士通ハイブリッドITサービスとか・・・いろいろありますが、それぞれが大きく異なります。実はみんな同じではないのです。
そのため、選び方を間違えるととんでもないことになります。
また、細かくみるとクラウド移行では、前述の2つのモデルを軸に、組み合わせによって全体としては4つのモデルを選択することとなりますが、残念なことに実情としては、皆さんの目の前に出現するクラウドサービスがどのモデルに該当するのかは、非常にわかりにくい状況になっています。利用者の戸惑いの原因はここにあります。しかもそれらのサービス基盤は、すべてデータセンターに設置されていますが、DCごとに大きく実力が異なるにもかかわらず、それらが開示されていない例が意外と多くなっています。
まず、4つのモデルについて概略を示します。

SaaS プライベート パブリック ハイブリッド
1 アプリ固定
右記3つのいずれかの基盤に搭載
アプリ自由選定
利用者支配制御
アプリ自由選定
ベンダー支配制御
アプリ自由選定
左記2つのプライベートとパブリックを
混在させ使い分ける
2 最もコスト安 DC集積による割り勘効果によって
従来型より安くなる
仮想化によって、原理的には安くなるが
実態は高い場合あり
プライベートとパブリック融合でコストと安全性のバランス
が最適化
3 価格は透明 見積で透明になる ベンダーによって
透明/不透明が混在
ベンダーによって
透明/不透明が混在
4 セキュリティと安全性は不透明 開示され
極めて高いレベル
ベンダーによって
開示と非開示が混在
ベンダーによって
開示と非開示が混在

これらを参照すると、クラウドのモデルとベンダーごとに、コストや透明性が異なることがわかると思います。特に、重要情報・重要システムをクラウド移行する際には、ハイブリッドクラウドの検討が重要であり、なおかつ透明性のあるベンダーを選定することが重要であることも容易に理解できると思います。このことで一部の「クラウド導入への戸惑い」が払拭されることでしょう。

次回第2回では、さらに議論を進めて、そもそもクラウドは本当に安全なのだろうか?本当に安いのだろうか?という点について解説します。ネット上では「使ってみたら安くない」という声が実際に出ていますので、それらを解説し、その上でより明確にクラウド移行はどうすればいいのかを理解して頂きます。

著者プロフィール

工学博士
NCRI株式会社代表取締役
NCP株式会社代表取締役
ネットコンピューティングアライアンス代表
寒冷地グリーンエナジーデータセンター推進フォーラム会長
モバイルクラウドフォーラム会長
津田 邦和 氏

青木 哲士 氏

北海道札幌市出身、電気通信大学大学院博士課程修了。

1980年代より動的HTMLによるASP技術研究、リモート会議環境研究開発・特許取得、クラウド環境での電子黒板開発、光センサータッチパネル研究開発・特許取得、デジタル通信プロトコル国際標準化WGメンバー。

1996年米国に呼応した国内ASP・クラウドの提唱と推進団体設立。25年に渡り財務省・総務省・北海道・沖縄県等の委員会委員・顧問・研究調査受託、ガイドライン/実証実験を主導。20年に渡り、東京理科大学/東海大学/北見工業大学等の6つの大学・専門学校の特別講師・非常勤講師を務める。

現在はデータセンター設計/大手ITベンダー事業戦略コンサル/SIerの事業見直しコンサル/クラウド社員研修、大学講師を実施。クラウド時代対応のための民間トップ研修・営業・SE研修は15,000名を超える。

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