「トマトから生まれた水」でインドを救う
~富士通のブロックチェーンが支える水不足への挑戦

白い髪と髭を生やした、スーツを着た男性(BWT社のCEO、テリー・ポール氏)がトマトを片手に講演を行う様子

蛇口をひねれば清潔な水で手を洗える ー そのような国は世界でまだ一部です。急増する人口、そして気候変動による干ばつや水害によって、約20億人が「水不足」に直面しています。英国のスタートアップ企業Botanical Water Technologies(ボタニカル・ウォーター・テクノロジーズ・以下、BWT社)は、これまでにない発想と技術で、この危機に挑んでいます。

同社が着目したのは、ケチャップ工場でトマトなどを加工する際に出る水分。独自の技術を使って大量の飲料水へと精製しています。この新しい水を、水不足に苦しむインドの人々に届けるプロジェクトが、2024年秋から始まります。

富士通株式会社は、BWT社を最先端のテクノロジーで支援しています。野菜から水をつくるユニークな技術や、新プロジェクトにかける意気込みについて、来日したCEOのTerry Paule(テリー・ポール)氏に聞きました。

目次
  1. トマトから作る水はどんな味?
  2. 「新しい水源」の発見とビジネス化
  3. インド水問題への挑戦でぶつかった壁
  4. ブロックチェーンでプラットフォームの信頼性を担保
  5. 株主中心から「ステークホルダー中心」の企業に

トマトから作る水はどんな味?

「世界中で、干ばつにより水が足りなくなっています。同時に、多くの人が、洪水の被害に苦しんでいます。どちらの現場にも必要なものは、きれいな飲み水です」

英国の水製造業、Botanical Water Technologies社(以下、BWT社)の設立者でCEOのTerry Paule氏(以下、ポール氏)はそう言いながら、ブリーフケースからミネラルウォーターのガラス瓶2本を取り出しました。

同社の製品、植物由来の水「AquaBotanical(アクアボタニカル)」です。ポール氏はコップにその水を注いで、インタビューするスタッフに勧めました。「これはトマトから作ったものです」

口にすると、まろやかな口当たりです。雑味やにおいは全くない、美味しい水です。

「こちらはオーストラリアのケチャップ工場で生産しました」とポール氏。「ほかにも、サトウキビやニンジンを原料としている水もあります。長年注目されずに廃棄されていた水分から作ったものです」

安全な飲料水は、人が健康に生きるために欠かせないものです。しかし、国連によると、世界では約20億人が安全な水を入手できず、人口の40%が水不足による病気などの 影響に苦しんでいます。

「そして水汲みの労働にあたるのは、多くは女性と子どもたちです。毎日の水汲みの労働により、多くの子どもたちが学校に行けず、教育を受けられません。貧困の連鎖を断ち切る必要があります」とポール氏は指摘します。

「この10年間、企業は脱炭素対策に注力していました。しかし、これからの10年は、水問題に関心が集まると考えています」

ミネラルウォーターのガラス瓶2本をテーブルに置き、語るポール氏 Botanical Water Technologies(ボタニカル・ウォーター・テクノロジーズ)社
設立者CEO Terry Paule(テリー・ポール)氏(2024年7月)

「新しい水源」の発見とビジネス化

ポール氏がBWT社の起業につながるアイデアを見つけたのは、約9年前。当時ポール氏は、兄弟でオーストラリアに 立ち上げた財務アドバイザリー企業・Findex社の役員として、毎日のように起業家からの相談を受けていました。

そうした中、面白い研究をする人物がいるという情報が耳に入りました。

「なんでもニンジンを使って飲み水を作っているというのです。面白い、と思いすぐに見に行きました」

今後の成長分野のひとつとして、テクノロジーを活用した農業や食品に注目していたポール氏。技術を視察し、すぐさま投資を決めました。

カギとなる精製装置は、輸送コンテナ1台ほどの大きさです。これをトマトケチャップや製糖工場の製造ラインに取り付けます。工場では、原料のトマトやサトウキビを加工する際に、大量の水分が放出されます。装置はこの水分を集め、濾過して、飲用可能な水に精製します。

1つのユニットが精製できるのは、1日当たり約200万リットル。これは、オリンピックの水泳プールの容積(約250万リットル)と、ほぼ同じ量です。

事業化して、最初に売り出したのが、瓶詰めの「AquaBotanical(アクアボタニカル)」という商品でした。

「これまで誰も注目しない場所に発見した、新しい水源でした」とポール氏は話します。

Botanical Water Technologies社が製造・販売する「アクアボタニカル」 Botanical Water Technologies社が製造・販売する「アクアボタニカル」

インド水問題への挑戦でぶつかった壁

2020年の起業から、BWT社は4年でオーストラリアの2か所とアメリカ・カリフォルニア州で装置を稼働させました。そして、2024年10月には、4か所目の操業をインド西部で予定しています。

インドでの事業は、同社の試金石になるとポール氏は言います。

インドは過去最悪の水不足に直面しています。政府系シンクタンクNational Institute for Transforming Indiaによりますと、人口が急増し経済が成長する一方、各地で洪水と干ばつが頻発し、水が足りなくなっています。

2030年までには水の総需要に対し、半分しか供給できなくなるとしています。清潔な水が手に入らないことによる死者は、年間約20万人に上ります。インド経済の足かせにもなると同機関は警告します。

ポール氏は、水を必要としている人々を直接支援したいと考えていました。しかしその難しさにすぐに気づきます。オーストラリアから水を輸送すれば、航空機や船が温室効果ガスを排出し、環境に負荷をかけてしまいます。

「何か方法はないか考え、眠れない夜が続きました」とポール氏。「ヒントを探すため、今世紀成功した企業に共通する要素はないか分析してみました。Amazon、AirbnbとUberに共通するものは何かと考えました」

「共通していたのは、消費者と商品を提供する側とをつなぐプラットフォームを作ったことだと思いました。そうだ、『水が必要な人』と『水を提供する人』を一か所に集めるプラットフォームを作ってみようと考えたのです」

乾いた土の地面を、女性が大きな銀色の容器に入った水を頭の上で支えながら運んでいる写真 インドでは水不足が悪化の一途をたどっている

ブロックチェーンでプラットフォームの信頼性を担保

ポール氏はシステム構築を依頼する企業を探して、いくつものテクノロジー企業を訪問しました。そのひとつが富士通でした。決め手となったのは、富士通のブロックチェーン技術のソリューション「FUJITSU Truck and Trust」です。

「ブロックチェーン技術こそ、私の計画を完成させるパズルの最後のピースでした」とポール氏。そして2021年、3年がかりの開発で立ち上げたのが、水をオンライン上で取引するプラットフォーム「Botanical Water Exchange(ボタニカル・ウォーター・エクスチェンジ)」です。

ポール氏が特に重視したのは情報の透明性です。水の取引には、製造企業を始め、社会貢献の一環として水問題に取り組みたい企業や、地域を支援するNGOなども関わります。

ブロックチェーン技術により、水がどの工場で製造・輸送され、誰が受け取ったか。全ての工程をデータで可視化し確認できるようになったとポール氏は説明します。

「我々はデータによって水が必要な人に届いていることを確認することができます。そして、ESG経営(※1)を推進するスポンサーにも正確な報告ができます。つまり、富士通のテクノロジーによって、我々の活動が追跡・保証(Truck and Trust)されたわけです。」

富士通と組んだ理由は、ほかにもあるとポール氏は言い添えました。

「富士通の担当者はサステナビリティへの関心が高く、私が目指しているものを即座に理解してくれました。自分のプロジェクトであるかのように熱心に取り組んでくれたエンジニアたちは、我々の素晴らしいパートナーです」

  • ※1
    ESG経営:持続可能な世界の実現を目指して、企業経営や投資判断に環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の3つの観点を取り入れる経営や投資判断のこと。
都内で開かれたイベントで、インドのプロジェクトについて話すBWT社のポール氏 都内で開かれたイベントで、インドのプロジェクトについて話すBWT社のポール氏

株主中心から「ステークホルダー中心」の企業に

インドでBWT社は、サトウキビの製糖工場で水を製造する計画です。精製された水は、NGOの協力で、水不足に悩む村に運ばれます。

約4,000世帯の住民にRFID(radio frequency identification)カードが配布されます。これを村に設置した給水機にかざすと、無料で水が出せる仕組みだということです。

実はこのプロジェクトには、Microsoft社がスポンサーとして参加します。Microsoft社は、インド西部のプネー市に大規模なデータセンターを所有しています。「水資源の保全」を重視する方針を掲げる同社は、インドの水不足に取り組むため、使用した水よりも多くを再供給しようと、様々なプロジェクトを展開しています。BWT社との事業もその一環だということです。

「かつて企業のCEOは、株主(shareholders)に利益を還元することが仕事だといわれました。ESG経営が進むこれからの時代は、ステークホルダー(stakeholders)のため、つまりサプライヤーや従業員、顧客、株主など、社会との結びつきを考え、意思決定を行っていく必要があります」とポール氏。

ポール氏は、インド国内での展開に力を入れ、あと2年で1億人にきれいで安全な飲み水を届けたいとしています。

「目標に届かなかったとしても、半分の5千万人に水が届けられたら、かなりの数の子どもたちを助けることができます。テクノロジーは有効に活用することで、社会課題をより早く解決してくれるものだと考えています」

ポール氏の顔写真 ポール氏は「2025年までに1億人にきれいで安全な飲み水を届ける」ことを目標としている

今後も富士通は、事業モデル「Fujitsu Uvance」に掲げるビジネスの確実な成長と持続可能な未来の実現を目指して、社会課題の解決に取り組みます。

プロフィール

Terry Paule(テリー・ポール)氏

Botanical Water Technologies設立者・CEO、Findex共同設立者兼会長、My Coエグゼクティブ・ディレクター、インパクト投資家。起業家として40年以上の経験を積み、オーストラリアを拠点にスタートアップとそのブランド構築に取り組む。近年は植物由来の食品や持続可能なアイデアを中心としたFAB tech(Food, Agri & Bio)分野への投資に注力。多くの意欲的な起業家を指導し、慈善活動にも熱心に取り組んでいる。

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