食品工場の廃棄水を再生して純水に。水不足で苦しむ人を救う最新技術とは

世界を取り巻く深刻な社会課題を打開するためには、革新的な解決策を生み出す必要があります。水不足は最も深刻な社会課題の一つで、世界人口の約3分の2にあたる40億人もの人々が、毎年少なくとも一カ月は水不足に陥っています。しかし、2012年まで、水の公平な分配と持続可能な消費は、乗り越えられない課題のように思われていました。

イギリスの企業Botanical Water Technologies LTD.(以下、BWT社) は、今ある水の分配や持続可能な消費とは違う観点から、水不足問題に取り組みました。果物や野菜、サトウキビなどを濃縮する過程で廃棄されてきた水をろ過し、「植物由来の純水」(以下、Botanical Water)に変えるという画期的な特許技術を開発しました。

さらにBWT社は、世界的な水危機の解決に寄与するには、この画期的な技術だけではなく、アイデアをレベルアップさせる必要があると考えました。今日の複雑で変化の激しいビジネス環境では、一社だけで世界を変えることはできません。そこで同社は他のイノベーターと手を組み、史上初の世界的な水取引を実現しようと考えました。そして構想の実現に向け、持続可能な事業変革を行う理想的なパートナーとして、富士通が選ばれました。

目次
  1. 意志を持ったイノベーション
  2. 「ワインを水に変える」とはどういうことか?
  3. ゲームチェンジのアイデアが世界を変える
  4. 社会課題を解決するテクノロジー
  5. 新たな水取引における信頼性の確立
  6. 業界標準への対応
  7. Smart Water
  8. 複数の企業が力を合わせれば、より大きなイノベーションを生む

意志を持ったイノベーション

現在、世界中で多くの人々が飲用水をはじめ、生活用水や農業用水の安全供給が確保されず、水不足に陥っています。
水不足の影響を直接受けているかどうかにかかわらず、「地球上に暮らす私たち全員が世界の生態系を守るステークホルダーである」と富士通は考えており、このような問題に取り組むお客様のソリューション開発や地球規模での実践を支援し、そのビジネスを持続可能にするだけでなく、環境と社会へのさらなる貢献に向けて共に取り組んでいます。

「ワインを水に変える」とはどういうことか?

通常、濃縮ジュースや蒸留酒、砂糖を製造する際、果物や野菜を圧縮して果汁を抽出しています。絞った後に残る水分は長年廃棄され続けてきましたが、廃棄には多額の費用と環境への負荷がかかります。
BWT社は、誰も見向きもしなかったこの水分に着目し、ろ過して浄化することで、安全で清潔な飲料水を作ることはできないだろうか?と考えました。

BWT社のプロジェクトチームは、果物や野菜の濃縮加工施設やアルコール蒸留所、精糖工場といった企業の食品加工工場に浄水技術を導入すれば、製造過程で廃棄する水から、年間最大で3兆リットルの飲料水が再生できると試算しました。

革新的な技術を用いて、従来廃棄していた水を再利用することで新たな水資源を確保し、水不足を解決することができると考え、BWT社は水の循環型運営モデルの実践に踏み出したのです。

ゲームチェンジのアイデアが世界を変える

BWT社が所有する浄水技術は化学エンジニアによって開発されましたが、この技術を用いてBotanical Waterを世界的にスケーラブルな事業へと発展させたのは、オーストラリア有数の総合財務アドバイザリーおよび会計サービスを提供するFindex社の共同設立者兼会長であり、BWT社CEOでもあるテリー・ポール氏とのパートナーシップです。

ポール氏は、企業が描く構想を実現し、大事業へと発展させるための体制づくりに取り組んでいます。 氏はこの画期的な浄水技術で特許を取得し、かつては廃棄処理されていた水分から安全な水を精製し、販売・流通させるという新事業へと発展させました。こうして誕生したのがBotanical Waterであり、BWT社が打ち出す革新的なアイデアは世界を一変させたのです。

「最初にプレゼンをした時には、従来廃棄されていた水から純水が作れるなんて誰も信じてくれなかった」とポール氏は振り返ります。「この技術は自分たちのものだけに留めておくには惜しく、世の中にぜひ広めたいと思った。私たちの次の目標は、この新たな水源を世界中に広めることだった」。

しかし、この循環型運営モデルを世界規模で展開させるには、水取引を行うためのデジタル基盤が必要でした。そこで富士通は、持続可能な企業活動を支援するパートナーとして、この事業に参画することになったのです。

社会課題を解決するテクノロジー

BWT社が求める技術を急いで導入するのは簡単ですが、富士通はそうしませんでした。 富士通ベルギーで最高デジタル責任者兼最高技術責任者を務め、Fujitsu Track and Trust Solution Center センター長でもあるフレデリック・デ・ブルック氏は、「我々はテクノロジープレイヤーに留まらず、イノベーターでありたいと考えています」と言います。「イノベーションとは、80%がビジネス上の問題を解決すること、20%がそのための技術を提供することだと理解しており、我々はこれを実現するためのエコシステムを構築しています」。

この考えはBWT社の共感を呼んだと言います。 「我々が富士通をパートナーに選んだ理由は単に技術を提供するだけではないことに魅力を感じたからです」。(ポール氏)
真に持続可能な事業変革を推進するためには、対等な立場で、互いに信頼できるパートナーシップを築くことが不可欠と富士通は考えています。そこで、BWT社の技術や事業目的、課題をよく理解するために共同でプロジェクトを進めました。

取り組み始めてすぐに、Botanical Waterが当初の予想以上に大きな可能性を秘めていることが分かりました。
BWT社の技術は、濃縮加工施設や製糖工場、アルコール蒸留所が所有する既存プラントへの追加導入が可能で、製造過程で発生した廃棄物を減らし、直物由来の純水を精製します。これにより、食品・飲料メーカーやボトラーは、自分たちが掲げる環境・社会・企業統治(ESG)の目標を達成するための持続可能な水源としてBotanical Waterを活用することができます。

こうして精製された水には、さまざまな用途があります。例えば、飲料メーカーがBotanical Waterをボトル入り飲料水として水不足に苦しむ地域に販売することで、こうしたエリアにおける地下水の汲み上げを抑制することができます。ボトル入り飲料水は世界中で年間143.5億ガロンが販売されていますが、その水を地下水源から汲み出さずに済むのです。

さらに、慢性的な水不足に悩まされている地域や、安全な水の入手が困難な地域に、企業がウォータークレジット(注)を購入して、安全かつ持続可能な水を届けることで、間接的に慈善活動に参加できます。企業が資金を払い、事業水として使っているのと同等の量のBotanical Waterを水不足の地域に寄付することができるのです。こうすることで、企業は自社工場内で使用した水量を寄付した水量と相殺し、環境への影響をなくすだけでなく、ウォーターポジティブな企業活動を推進できます。

Botanical Waterは、成長が期待される新興企業が、商業的成功だけでなく、ビジネスを通じて世界をより良くすることができると証明する一例になり得るものでした。

こうした技術と水取引の枠組みを考えたBWT社が次に必要としていたものは、Botanical Waterを安全に取引する手段でした。そこで富士通は、取引プラットフォームを開発するためのBWT社との共創プログラムに着手しました。目標は「初日から実環境で機能し、長期にわたって進化し続ける、持続可能な水取引ソリューションを提供する」というものでした。
こうして生まれたのが、ブロックチェーン技術を活用した水取引プラットフォーム「Botanical Water Exchange (以下、BWX)」です。

「水の取引をスムーズに行うにはどうすればよいかを考えた結果、近年最も破壊的なテクノロジーは、需要と供給をダイレクトにつなぐAirbnbやUberのようなプラットフォームだと気づいた」とポール氏は言います。「そこで我々が富士通と共同開発したのが、製造現場の状況や品質保証の管理、水の売り手と買い手が直接取引できるプラットフォームです。仲介者がいないことでスピーディーな契約が可能になり、利用者は電子契約を結ぶことで取引に参加できるのです」。

  • (注)
    ウォータークレジット:
    カーボンクレジットと同様の概念で、企業が主にウォーターオフセットへ利用するために取引されるもののこと。企業が製品やサービスの製造や物流などの過程における水使用量を埋め合わせるためにウォータークレジットを購入し、同量の水が寄付されることで、相殺(オフセット)され、企業としての水使用量が減少する。

新たな水取引における信頼性の確立

BWXには、明確なビジネスモデルがありましたが、既存の水資源を代替する新たな水資源としてBotanical Waterを提供するにあたって、課題もありました。

一つめは、Botanical Waterをいかに無駄なく分配するかです。浄水ユニットを設置すれば、果物や野菜から出る水を浄化することはできますが、精製水を無限に蓄えることができる企業はありません。他の業界や地域とネットワークを構築し、需要のある地域に適時送らない限り、せっかく精製した純水も行き場を失って無駄になってしまうのです。

さらに、Botanical Waterを販売することも簡単ではありませんでした。水取引による使用量と精製量の相殺は、地域環境内で行われるものであり、それを地球の反対側まで運んでいては、環境保全上の利点が半減してしまいます。BWXを活用し、同じ地域内で使用量と精製量を差し引きゼロにするネットゼロの水取引の仕組みを作る必要がありました。水の売り手と買い手を同じ地域にいる者同士でマッチングさせ、供給可能な水の量に応じたダイナミックプライシングを採用する必要があったのです。

富士通は、地元の売り手と買い手が互いのニーズを知るために、データを可視化できるよう、ブロックチェーン技術を活用した「Fujitsu Track and Trust」による取引プラットフォームを構築しました。ブロックチェーン上のデータは不変性を備えており、実質上改ざんすることはできません。BWX利用者すべてがリアルタイムで同じ情報を閲覧し、契約上の取引の全工程を確認できるようになったことで、これまでにない全く新しい形の「水取引」の信頼性を確立できたのです。

業界標準への対応

ブロックチェーンを活用する利点は他にもあります。ブロックチェーンが高い改ざん耐性を持っていることから、BWXでの取引の透明性が確保され、水の循環型システムに関わる人々から高い信頼を得ることができました。

BWXでは、水の精製、輸送、購入に関する全てのデータは安全かつ一元的に文書として記録されます。企業がBWXへ参画すると、その会社が所有する浄水ユニットがデジタル資産としてブロックチェーンに追加されます。そしてIoTセンサーが各ユニットから送られてくるデータを検証し、ブロックチェーン上に複製します。これにより、企業は全ての工程における品質を担保でき、業界標準をクリアしていることを示す証明書を取得できます。

また、BWXの特徴として、水の精製工程、在庫状況の確認や売買取引はブロックチェーンを介して行われますが、支払いや物流は、統合されたプラットフォームとは別システムで行われるという点があげられます。
すべてを統合したシステムにすることも技術的には可能でしたが、あえてそうしなかったのは業界の声を取り入れたためです。国際的な食品・飲料メーカーは、暗号通貨に対して不安を抱く企業が多く、金融取引や水の配送については従来の企業システムの方が安心だと考えていることから、希望に沿った形式にしたのです。

Smart Water

BWXは、水取引における高機能・高信頼なデータ提供を行うことで、プラットフォーム参加者のビジネスを支援します。ブロックチェーン上の資産統合機能により作成されたデータを活用することで、BWT社とその顧客は、自社の事業だけでなく、地域にとってよりよい意思決定を下すことができるようになります。

「ビジネスのステークホルダーが下す決断のうち、6~7割は、5年前と比べてより複雑なものになっている。つまり、それだけ市場が変化しているということなのです」とフレデリック氏は指摘します。「ブロックチェーンから生成されるデータを活用することで得られた知見を基に、より優れたビジネスモデルが構築できるようになったのです」 。

BWT社の場合、得られた知見が今後2つの段階で有効活用できるのではないかと期待されています。 第一段階は、過去に顧客が精製した水量・消費した水量に基づき、将来精製する水量・消費する水量をモデル化し、水資源確保の信頼性を高めることです。
第二段階は、持続可能な水利用を促進する高品質なアプリケーションの開発者が必要とするデータを生成することです。

複数の企業が力を合わせれば、より大きなイノベーションを生む

BWXのアイデアを思いついたきっかけは何だったのでしょうか。フレデリック氏は笑いながら、「人生で何かを成し遂げたいのならリスクを恐れてはならない」と『WHYから始めよ!』の著作で有名な作家のサイモン・シネックの名言を挙げました。
BWT社の事例はまさしく、ビジネス面でのリスクを恐れず、世界より良くしたいという意欲によって実現したものであり、実際に世界を変える多大な影響をもたらしました。
富士通とBWT社がタッグを組むことで、精製水の持続可能な生産と販売を可能にする新たな水取引プラットフォームが構築されました。同時に、水を自由に使うことが困難な地域へ、確実に水が届く仕組みも誕生しました。

また、このBWT社のストーリーは、パートナーシップと共創についての富士通の教訓にもなっています。
失敗を恐れ、以前から慣れ親しんでいるやり方に固執しがちな人が多い一方で、「世界中のあらゆる地域に、安心安全な未来を届けたい」と願う人々は、互いのスキルと資源を結び付けることで、新たなイノベーションを起こしています。
フレデリック氏が言った通り、リスクと向き合った上で、複数の企業が協力すれば、一社が単独で行うよりずっと大きな力を発揮することができるのです。

「後の世代のためにより良い世界を残したいのなら、努力が不可欠です」とフレデリック氏は話を締めくくります。「現在のデジタル技術のおかげで、あり得ないと言われそうな突拍子もない解決策が生まれる機会を我々は得ています。互いに協力すれば、その解決策を実現できるのです。新たな構想を実現するには、他社との協力は不可欠です」。

※この記事はFujitsu Blogに掲載された「Sustainable manufacturing: turning wine into water」の抄訳です。

Frederik De Breuck

富士通ベルギーのCDO(最高デジタル責任者)/CTO(最高技術責任者)、Fujitsu GlobalのFujitsu Track and Trust Center長

富士通ベルギーのCDO/CTOとして、従来型ビジネスをデジタル化することで成長と戦略的更新をより促進させる業務の総責任者の役割を果たしている。Fujitsu GlobalのFujitsu Track and Trust Centerの管理・運営も行っており、ブロックチェーン方式の分散型台帳ソリューションの開発と、スピーディーに企業に実装するためのイノベーティブな方法論確立にフォーカスしている。

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