人に寄り添う店舗づくりのために、AI×消費者行動論で購買前行動を分析

富士通研究所の行動分析技術Actlyzer(アクトライザー)を用いた実店舗実証が、日本最大級の日本マーケティング学会からベストオーラルペーパー賞を受賞しました。これは、これまで不可能だった実店舗でのより詳細な行動分析と消費者行動論の知見を組み合せたことが高く評価されたためです。
今回は、実店舗での消費者行動を高精度で分析する技術と全く異分野である消費者行動論の知見をどのように組み合わせて、新たな知見獲得を実現したのか、その詳細についてお伝えします。

目次
  1. 富士通研究所、人の内面に寄り添うテクノロジー開発を推進
  2. 価値ある売り場づくりに向け、AI×消費者行動論で購買前行動を分析
  3. POPと衝動購買の関係性を実証し、消費者行動論の知見を深化
  4. 担当者の想いと今後の取り組み

人の内面に寄り添うテクノロジー開発を推進

富士通研究所では、複雑な社会課題を解決しサステナブルな世界を実現するために、「人と社会を深く理解する必要がある」と考え、人文・社会科学の知見を取り込んだコンバージングテクノロジー(異分野を収斂する融合技術)の研究を進めています。これまでは映像に映った人の動きから「その人が今、何をしているか」を認識する行動分析技術を開発してきましたが、コンバージングテクノロジーでは、もう一歩前進し、行動科学分野の知見を融合させ、「人同士の関係性」や「心理状態」といった複雑化・多様化した状況に対応できるテクノロジーの開発を試みています。

富士通研究所はCVPR、ICCV、ICIP、ICPRといった難関国際会議で論文採択・コンペ上位入賞の成果をあげており、コンピュータビジョンに関する世界トップクラスの技術を保有しています。このような高精度な技術を他分野の知見と融合することによって、現実社会における複雑な課題解決に活用できると考えています。代表的な技術の1つが、今回の実証で使用した行動分析技術Actlyzer(アクトライザー)です。

Actlyzerの技術イメージ:映像から人の様々な行動をセンシングし、行動分析に活用

価値ある売り場づくりに向け、AI×消費者行動論で購買前行動を分析

多様化する個人の価値観と消費の変化に、リテール側は対応していく必要があります。価値ある売り場づくり、パーソナライズされた消費体験の提供をどのように実現するかといった課題に対し、実店舗での消費者行動分析は重要なカギとして注目が集まっています。しかしながら、現状の行動認識AIは、映像から判別する行動の認識にとどまっており、行動の理由や経緯といった個人の内面を把握できないという課題がありました。そこで、消費者行動論の専門家である青山学院大学の石井裕明准教授の指導の元、実店舗での実証実験を行うことにしました。

参画メンバー

実証実験には、石井准教授だけでなく、様々なバックグラウンドを持つメンバーが集まりました。Actlyzerの開発元であり、さらなる技術向上を目指していた研究所のメンバー、新規事業創出プログラム「Fujitsu Innovation Circuit」で消費者のホンネを探るサービスを検討していたホンネミルチーム、SE部門から参画していたメンバーなどバラエティに富んだメンバーが集結し、実験計画から調査、分析までを多角的に考え、実験を推進しました。

実店舗での実証実験

株式会社リテールパートナーズ、株式会社Mizkanなどにご協力いただき、約1か月間店内にカメラを設置し、棚前に現れる消費者の行動を分析しました。デジタルサイネージを設置して、売り場の条件を変えた場合に立ち寄り率や手伸ばし率に変化はあるのか、どの商品とどの商品で比較されることが多いのか、といったPOSデータ(購買結果)では分析できない、購買前行動の収集・分析を行いました。
分析の結果、サイネージの掲出により対象カテゴリに対する手伸ばし率の上昇が確認され、POPによる衝動購買の促進効果が明らかになりました。

株式会社リテールパートナーズ 取締役 青木氏からのコメント

「立ち寄る」「見る」「手に取る」「買う」という行動の可視化により、食品小売業におけるデジタルサイネージの効果が証明されました。業界の『ゴール』は、いかにして、更に「買う」を伸ばすかであります。当研究の深化により、お客様(消費者)心理に訴えかける商品自体・価格・配置・販促等はどうあるべきかという『テーゼ』を見出すことを期待します。

株式会社Mizkan MD企画部 神本氏からのコメント

ショッパーの購買行動を可視化したことでサイネージの定量的な効果検証に加え、POSデータからは見られない購買時の行動を把握することができました。自社商品の購買にあたって、競合との比較やパッケージの裏面の確認など、商品をかごに入れる際に生活者がどのように店頭で行動しているかを見える化できることは今後の戦略検討にあたって活かせると考えます。(※所属は企画当時のもの)

POPと衝動購買の関係性を実証し、消費者行動論の知見を深化

消費者行動研究において、POPが衝動購買を促すという知見はあった一方、POPの視認と衝動購買との関係性はこれまで明らかにされていませんでした。今回の実証では、Actlyzerで購買前行動を分析できたことにより、POPの存在が手伸ばし率を上昇させ、商品接触により衝動購買が促されるという、これまでの知見を補強する結果を得ることが出来ました。また、立ち寄り、見る、手伸ばしといった購買プロセスごとの分析が実現され、店頭におけるカスタマー・ジャーニー管理の可能性が示唆されました。
これらの結果が評価され、日本マーケティング学会よりベストオーラルペーパー賞を頂くことが出来ました。

日本マーケティング学会「ベストオーラルペーパー賞」の表彰楯を囲む実証実験推進メンバー

担当者の想いと今後の取り組み

「なぜ、同じCMを見ても人によって起こす行動がちがうのだろう」、小学生の頃に不思議に感じたことがずっと頭の隅に残っており、今回、人の行動を分析・理解するというヒューマンセンシングプロジェクトに参画しました。AIによって行動が認識できるのなら、人の行動心理もすぐ分析されるのではないかと考えていましたが、同じ人でも状況によって行動の理由が異なるように、簡単に行動から人の内面を理解する方法はないという課題を理解しました。
異分野の融合という切り口でこの課題に向きあった結果、消費者行動論の知見で説明可能な部分が確認され、行動から内面を把握するという目標に一歩近づくことが出来たかと思います。一足飛びに全ての行動の心理状態を明らかにすることは難しいですが、今回の方法をベースに調査・研究を続けることで、行動から内面を説明できる範囲は広がっていくと考えています。実務適用に向けてはもちろんのこと、個人的な興味の為にも、今後も活動を続けたいと考えています。

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