スパコン「富岳」、電磁波シミュレーションで宇宙や都市交通分野の社会課題解決へ

富士通は、スーパーコンピュータ「富岳」のクラウド環境で、宇宙や都市交通分野の社会課題に対する大規模な電磁波シミュレーション を2022年1月から3か月間実施し、2022年7月にかけて、それぞれの有効性を確認しました。

目次
  1. 電磁波干渉や通信品質を評価する、電磁波シミュレーションの需要が高まる
  2. 地上で検証できなかったX線宇宙望遠鏡の電磁波干渉問題を定量評価
  3. 交通安全や自動運転の実現に向けて、路車間の通信品質を厳密に評価
  4. 高精度な電磁波シミュレーションを誰もが使えるサービスとして提供し、社会課題の解決に役だてたい

電磁波干渉や通信品質を評価する、電磁波シミュレーションの需要が高まる

昨今、生活を取り巻く様々な機器同士が無線通信をするようになり、高度なサービス提供や新しい価値創出に向けて、通信品質の安定化が求められています。それに伴い、通信遅延につながる電磁波干渉や通信品質を評価する、電磁波シミュレーションへの需要が増しています。

例えば、都市交通分野では、交通安全、事故防止や自動運転の実現に向けて、車と車、車と車路の間の無線通信が、障害物があっても問題なく分布されるか、遅延が発生しないか、都市モデル規模の広範囲で評価する電磁波シミュレーションへの期待が高まっています。

一方で、このような複雑または広域で大規模な電磁波問題の厳密なシミュレーションを行うためには、HPC環境が必須であることから実施できるユーザーが限られており、HPC環境を利用できないユーザーは、解析精度が制限される近似解法(※1)を用いたシミュレーションを実施せざるを得ないという課題がありました。

そこで、上記課題を解決するため、富士通は、厳密解を求めることができるFDTD法(※2)を採用した当社の電磁波解析ソリューション「Poynting(ポインティング)」を、誰でも容易に利用できるクラウド型アプリケーションサービスとして提供する予定です。今回、同サービス提供に向けた実証実験として、スーパーコンピュータ「富岳」をクラウド上で用いて、2つの分野を対象に、「Poynting」を活用した大規模電磁波シミュレーションを行いました。

  • ※1
    近似解法:厳密解を求めることが困難な問題に対し、現実的な時間でなるべく良い解を効率よく得るために用いられるが、ある条件制約のもと近似を行っており、厳密解に近い計算結果を得られるのはその条件制約を満たす場合に限られ、満たさない場合は正確な計算結果は得られない。
  • ※2
    FDTD法:電磁波の挙動をコンピューターで計算する手法の一種で、Finite-Difference Time-Domain Methodの略称。マックスウェル方程式を時間と空間について差分法で解く厳密解法。

地上で検証できなかったX線宇宙望遠鏡の電磁波干渉問題を定量評価

宇宙分野では、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(以下、JAXA) 宇宙科学研究所において、X線宇宙望遠鏡の電磁波干渉問題の定量評価を実施しました。

JAXA宇宙科学研究所では、星や銀河、銀河の集団がつくる大規模構造の成り立ちを明らかにするX線天文衛星計画「XRISM(※3)」 を進めています。2022年度中に打ち上げ予定の衛星には、広い視野をもつX線撮像器と極低温に冷やされたX線分光器(※4)が搭載されています。X線分光器は、微小なエネルギーの入力に対して非常に高い感度を持つため、天体の観測性能に影響を及ぼさないよう、天体以外の信号、特に地上との通信電波の混入によるX線分光器への雑音の影響を極小化する必要があります。通常、このようなリスクは打ち上げ前の衛星試験で検証しますが、極低温に冷やされたX線分光器は真空槽に保持する必要があり、大気がある地上ではその蓋を開けられないため、地上の実験では宇宙空間と同様の観測状態を実現できず、これまで十分な検証ができませんでした。

そこで、スーパーコンピュータ「富岳」のクラウド環境で「Poynting」を活用し、複雑な衛星の詳細構造をモデル化するとともに、そのデータを元に、これまで不可能であった真空槽の蓋を空けた状態を再現した大規模電磁波シミュレーションを行いました。これにより、JAXA宇宙科学研究所は、通信用アンテナからX線分光器を収める真空槽のX線入射部に回り込む雑音となる電磁波の衛星内での強度の定量評価に成功し、軌道上でも観測性能に問題ないレベルにあることが確認できました。

XRISM衛星と電磁波強度計算結果。赤色の分布が少ないと、電磁波の影響が観測性能に問題ないと判断できる

JAXA宇宙科学研究所 准教授 辻本 匡弘様からのコメント

これまで計算的には困難だと考えられてきた、全衛星のCADモデルを用いた高周波シミュレーションを単一ソルバーでできたことは、衛星設計における大きな技術的進歩です。XRISM 衛星プロジェクトにおいても、本シミュレーションの結果は、未検証のリスクを定量評価し、設計の妥当性を検証する上で、大きな役割を果たしました。

  • ※3
    X線分光撮像衛星 XRISM:X-Ray Imaging and Spectroscopy Mission。米国航空宇宙局(NASA)や欧州宇宙機関(ESA)の協力のもと2018年に開始された、JAXA宇宙科学研究所の7番目のX線天文衛星計画。
  • ※4
    X線分光器:X線領域の電磁波が含まれる波長ごとに分解して検出する装置。

交通安全や自動運転の実現に向けて、路車間の通信品質を厳密に評価

都市交通分野では、川崎市中原区、JR南武線武蔵中原駅前交差点を対象に、5Gを想定した路車間通信の通信品質評価を行いました。

車車間、路車間通信の通信品質は、通信距離のほか、周辺の建物や路上設置物、他車両などによって影響を受けます。その影響は通信速度の向上に伴って大きくなるため、高速な5Gにおける通信安定化に向けた通信品質の評価が重要となりますが、近似解法によるシミュレーションでは、複雑な形状の建物や設置物などの影響を考慮することは不可能でした。

そこで、富士通は、「Poynting」を用いたクラウド環境での大規模電磁波シミュレーションにより、建物や路上設置物、自動車などの複雑な形状の影響を考慮しながら、交差点に設置された送信機と自動車に搭載された受信機間の路車間通信の通信品質評価を実施しました。(解析規模:1兆格子、解析時間:約3時間)
その結果、都市モデル規模の広範囲な解析領域において、波長オーダ(※5)の複雑な形状まで考慮した厳密な電磁波シミュレーションを実現でき、複雑な形状の建物や設置物などの影響を考慮できることを確認しました。
また、各自動車の受信アンテナが交差点に設置された送信機から受信する電波の強度や遅延スプレッド(※6)をFDTD法シミュレーションで直接算出し、厳密な通信品質評価を実現しました。

左図:解析モデル概観、右図:解析結果:電界強度分布(4.7GHz)。障害物があっても、広範囲に電波が届いていることがわかる
解析結果:遅延スプレッド(単位:ナノ秒)。近似解法では正確に測れなかった遅延スプレットを実測値に近い数値でシミュレーションできることを確認
  • ※5
    波長オーダ:電磁波の波長に近い長さのこと(例えば4.7GHzの場合、約6.4cm)。物体の形がこの長さ程度以下の複雑さを持つ場合、電磁波のシミュレーションでは近似解法を使うことができず、「Poynting」におけるFDTD法のような厳密解法で解かなければならない。
  • ※6
    遅延スプレッド:デジタル通信における誤り率に影響する指標。値が大きいほど通信スループット速度が低下しやすくなる。

高精度な電磁波シミュレーションを誰もが使えるサービスとして提供し、社会課題の解決に役だてたい

最後に、本実証実験に携わり、電磁波シミュレーションのクラウドサービス化を推進する担当者に、取り組みに込めた想いを聞きました。

Uvance Core Technology本部 CaaS戦略室
HPCサービス開発部 部長 井上 晃さん

Poyntingは目に見えない電磁波を解析するアプリケーションです。これまでは電磁波を精密に解析するには高い計算能力が必要とされるため適用範囲は小型電子機器などに限定されていました。しかし「富岳」に代表される計算機能力の飛躍的な向上により、交差点まるごとを対象とした無線通信の解析のような、身近な社会課題への電磁波シミュレーションの適用が現実的になってきました。
無線通信が日常生活に欠かせない基盤となったいま、安心・安全な社会を支える電子機器、自動車、都市インフラなどの設計ツールとして、電磁波シミュレーションと高い計算能力の組合せは重要性を増しています。
今後は、FujitsuクラウドサービスHPCのPRIMEHPC FX1000とPoyntingの組合せをCaaSコア・アプリケーションとして提供し、様々な社会課題の解決に役立ててまいります。

Uvance Core Technology本部 CaaS戦略室
HPCサービス開発部 巨智部 陽一さん

本件のJAXA様解析事例は、地上の実験では再現ができない宇宙でのX線宇宙望遠鏡の動作状態における、微弱なレベルの観測機器への電磁波干渉の定量的な評価という難題をシミュレーションで解決した事例です。
また、5Gの通信品質評価は、これからの自動運転などで必須となる路車間・車車間通信のほか、事業所や工場などにおけるローカル5Gにも適用できるもので、電磁波シミュレーションの新たな適用可能性を実証した事例です。
今後は、本事例で実証した大規模電磁波シミュレーションの技術について、電磁波干渉評価の解析は電子機器を扱う製造業のお客様に、5G通信品質評価の解析は通信キャリアや自動車関連産業のお客様に、広く適用していただくことが可能な富士通クラウドサービスHPCのCaaSサービスアプリケーションとしてご提供致します。

本解析は、スーパーコンピュータ「富岳」クラウド的利用形態の実証に関する共同研究プロジェクト「富岳ISV利用環境の整備・実証」の一環として、国立研究開発法人理化学研究所様より計算資源の提供を受け、実施しました(課題番号:ra010012)。

ページの先頭へ