なぜ「素朴な疑問」から、社会を変えるテクノロジーが生まれるのか

社会や産業のDXが進み、あらゆるサービスや生活の場においてテクノロジーは身近な存在になりました。特にかつては懐疑的な見解もあったAIは、音声、翻訳、顔認証、画像認識など、私たちの生活に当たり前に定着するようになっています。
一方で、私たちが何気なく生活している裏側の世界、社会インフラなどの領域においてもAIを活用したサービスやプロダクトが生まれているのは、実はあまり知られていません。
そこで、水道インフラに依存しない小規模分散型水循環システムの構築を目指し、AI技術を活用したプロダクト開発に取り組んでいるWOTA株式会社 代表取締役CEO 前田瑶介氏、AI映像認識技術を活用し、交通問題や水害問題などの社会インフラ領域の課題解決を目指す富士通の三浦真樹による対談を実施。社会インフラ領域の課題解決に挑む2人に、テクノロジーが変える社会インフラの未来や社会実装に必要な視点について意見を交わしてもらいました。

目次
  1. 社会インフラのデザインに挑む
  2. ゴールへの「ルート」を見極める
  3. 一行のコードが世界を変える原動力になる

社会インフラのデザインに挑む

──WOTAは「水問題を構造からとらえ、解決に挑む」ことを企業の存在意義としていますが、そもそもなぜ水問題に着目したのでしょうか。

前田氏: 私が生まれ育った徳島県西部には、豊かな自然に囲まれた山間の小さな集落がたくさんあり、多くの集落で上下水道が整っていませんでした。
そういった地域では、近くの湧水や小川から、ポンプとホースを使って引いてきた水で生活していました。ポンプに木の葉が詰まれば、それを取り除くなど住民自らメンテナンスも行うような地域でした。
それが特別なことであると気付いたのは、大学進学のために上京した翌日、2011年3月11日に起きた、東日本大震災の経験です。
当時、東北のみならずさまざまな地域でインフラが破断し、水が使えなくなりました。そんな状況にもかかわらず、破断したときの対応を誰も想定していない、誰も近くに流れる川の水を利用しようとしないなど、都会の人々の水に対する感覚の違いに素朴な疑問を覚えました。
加えて、水道インフラの仕組みは複雑で、一般の人々からすると結果的にブラックボックス化していて、水が出なくなっても、どういう理由で出ないのかがわからない、どうすれば解決するのか、いつ直るのかもわからない、という状況が生まれてしまっていました。このような都市におけるインフラの脆弱性を痛感したことからも、人と水インフラの関係性を考えるようになりました。

WOTA代表取締役CEOの前田瑶介氏

そうした経験から、私たちは小規模分散型の水循環社会を実現することで、人と水の新たな関係をデザインしたいと考えています。
日本の上下水道は大規模集中型ですが、首都直下型地震やゲリラ豪雨などの都市災害が発生した場合、1か所の故障がシステム全体に影響をもたらす、いわゆる広域断水が発生する場合があります。そこで小規模分散型の水インフラを構築すれば、小さな単位で水インフラを管理できるので、平時も有事も同じ水の使い方を維持できる。

現在はポータブル水再生プラント「WOTA BOX」、水循環型手洗いスタンド「WOSH」などの製品を展開していますが、今後リリース予定の次世代の小規模分散型水循環システムを通じて、現在の上下水道に代わり、必要に応じて、低コストで水道インフラを構築できる世界をつくりたいと考えています。

中央の白い装置がポータブル水再生プラント「WOTA BOX」。水処理の自律制御技術により、一度使った水の98%以上が再利用可能になる。左のシャワーテントでは、浄化された水やお湯を浴びることができる。(画像提供:WOTA)
水道のない場所にも設置できる手洗いスタンド「WOSH」。(画像提供:WOTA)

──三浦さんは、AIを駆使して、水害問題や交通問題などの社会インフラの問題を解決することを目指しています。

三浦: 私は誰もが安心して暮らせる社会を目指し、AI映像認識の技術を活用したアプローチに取り組んでいます。
たとえば交通問題では、渋滞や立ち往生などで交通が止まれば、交通事故につながる可能性だけでなく、都市生活や生産活動など社会に大きな影響を及ぼすことになります。一方、水害問題では、河川で氾濫などの水害が起きると、周辺住民の命にも関わる事態になります。
こうした交通問題や水害問題は、自然災害の影響を受けやすいので事前の予測が難しい。そのため発生直後の対応が大切になります。

富士通株式会社 三浦真樹 (Global Fujitsu Distinguished Engineer)

発生時にすぐに何が起きたかを把握し、早急に対処することが必要になるわけですが、しかし、それを防ぐために常に人の目で監視するのは、負担が大きすぎる。
そこでAI映像認識技術を活用し、道路や河川の状況を監視する「AI事象検知システム」を開発しています。

AIによる映像認識技術なら、道路での事故や異常、河川の越水などの事態を早期に検知できます。交通問題や水害問題をAIで解決することで、安全安心な暮らしの実現に貢献したいと考えています。

ゴールへの「ルート」を見極める

──WOTAは2014年の創業から8年が経ちますが、現在どのような取り組みに注力していますか。

前田氏: 当社は、今年から大きくフェーズが変わりました。いままでは「既存の上下水道インフラの補完」を担う役割として当社のプロダクトを提供する機会が多かったのですが、今年から過疎地域の自治体で水インフラの計画を担わせていただくようになりました。
過疎地域が水道インフラを整備するには「コスト」の壁があります。水道管を1キロ敷設するのにかかる費用は数億円といわれていて、過疎地域では都市部と比べ、採算性が異なる地域もあります。そこで私たちのプロダクトを通じて、水道の代替となる仕組みを提供していこうとしています。

三浦: WOTAは被災地向けのプロダクトからスタートしたとも伺っていますが、それを日常に浸透させようとするいまのフェーズに到達するには、大きなハードルもあったと思います。
優れたプロダクトを開発できたとしても、社会実装に苦労する企業は多いですが、これまでどのような苦労や壁があったのでしょうか。

前田氏: 私たちが実現したい社会にいち早く辿り着くための「ルート選定」は、大きな壁でした。
人と水インフラの関係を変えるためには、どのようなコンセプトで、まずは誰に届ける必要があるのか。どういう状況であれば、当社のプロダクトの価値を最大限に発揮できるのか。
そのなかで辿り着いた答えが、まずは災害時向けにプロダクトを提供しようということでした。
私にとって災害が原体験の一つとして存在していたことも大きく影響していますが、災害時に断水の問題を解決する手段がほかにないからこそ、私たちのような創業間もないスタートアップのビジョンやプロダクトの意義も理解してもらえるのではないかと考えました。

実際、「災害時の課題を解決するプロダクト」として社会に説明することで、自治体と組み、被災地向けにサービスを展開することができました。徐々に「災害時に使えるなら日常的にも使えるよね」という議論にも発展していきました。
また、避難所で1ヶ月以上にわたり数千人の方に利用してもらえたことで、これまで数少ないメンバーで集めていた水処理データの数年分を一気に集めることができ、開発スピードも加速しました。

(画像提供:WOTA)

このように、ゴールと現在の間に無数のルートがあるなかで、どのルートを選定して駒を進めるのか。私たちのように規模も小さく、資金も限りあるスタートアップの場合は、時間がかかるルートを選ぶと致命的ですから、とても重要な観点だったと思います。

三浦: 目指すべき未来に向けて、どのルートを選択するかという視点は、私たちのプロジェクトでも大切にしているポイントです。
より技術者の視点からいえば、最適な「技術選定」ができるかで、事業の成否は大きく分かれると考えています。

前田氏: そうですね。とはいえ、最先端の技術やプロダクトであればあるほど、それを社会に受け入れてもらう難易度も上がりますよね。

三浦: おっしゃる通りで、いまはAIが珍しい技術ではなくなりましたが、私たちが社会インフラ監視にAIを適用するプロジェクトを始動した2015年頃は現実の問題をどこまで解決できるのか、十分に理解されていませんでした。
そんななか、当時、監視カメラの映像から特定の車名の車を見つけ出す技術を求めているお客様からのご相談がありました。
いまのように、高度なAI映像認識技術の応用が進む以前の時期でしたが、もしAIを使った開発が成功すれば、顧客の未来により貢献できる価値を提供できると考えました。
しかし、AIの研究は富士通でも進めていましたが、世の中を見渡しても社会インフラの領域で実用化しているケースは当時ほとんどありませんでした。またお客様がいる案件ですから、当然コストも決まっていますし、制約条件も多くあります。
もちろん難しい挑戦をせずとも、旧来の技術で一般的な品質のものを提供することもできます。ですが、AIはこれから必ず色々な分野で適用されると思っていたので、旧来の技術では実現できない新たなソリューションを提案しました。

前田氏: それはすごい決断ですね。大規模な組織でそれを決断するのは、相当な勇気が必要だったのでは?

三浦: そうですね。課題解決のためには最適な技術選定だと考えていましたし、それに次のチャンスがきたときにはAIの活用は当たり前になっているはずで、いま挑戦しなければ、時代に乗り遅れてしまうと考えていたので必死でした。
目指すべきゴールに向けて、部門を横断したメンバー同士が連携し、「どうすれば顧客の課題を解決できるのか?」「社会をより良くするために何が必要か?」など、何度もフラットに議論を重ねることで、なんとか形にすることができたと思います。

一行のコードが世界を変える原動力になる

──改めてお二人から、技術を社会に実装するために、重要な視点やアクションを教えてください。

前田氏: 前提として、狙う市場やプロダクトによって異なると思いますが、やはり「スモールスタート」は大切だったと思います。
社会インフラの領域ということもあり、必要なデータや合意形成する相手が多く、難しい課題がいくつもありました。この技術やこのソリューションだったら横展開できるだろうと、散々仮説を練り上げてプロダクト化するわけですが、思ってもみないところでボトルネックに出くわすものです。
だからこそ、仮説検証をスピーディーに回し、課題が浮き彫りになったら、一本一本の雑草を抜く感覚で、改善・解決することが必要になります。「小さな不可能を可能にする」ことを繰り返していけば、「大きな不可能を可能にできる」。そんなマインドセットを、私個人は大切にしています。

三浦: 私が大切にしていたのは、社内外のステークホルダーと「認識」を揃えることです。新しい技術を社会に実装するときほど、プロジェクトに関わる人同士で丁寧かつスピーディーに対話や検証を繰り返しながら、認識を一致させることが重要です。
ステークホルダーには、お客様、営業、技術など、さまざまなレイヤーがあります。そこで役割や担当領域を決め込んで縦割りにしていると、考えや期待値がそれぞれ異なり、失敗するケースは多い。
だから技術者から飛び込んで、技術の意義や特徴をステークホルダーに説明し認識を合わせる。そうした連携を重ねることで、最終的には新しい技術を社会に実装することができるのだと思います。
加えて、エンジニアに限って言えば、「現場」を自分の目で見ることが、非常に重要だと思います。理屈と現実は異なるものです。アイデアを着実に実現するには、現場を知って、現場の意見を自分から拾い集めることが必要であり、そのためにも何より好奇心を失わないことが大切だと思います。

──最後にお二人から、これから社会課題の解決に挑もうとするエンジニアに向けてメッセージをお願いします。

前田氏: 自分の体験談になってしまいますが、私は幼少期にひとりで本を読んで過ごしたり、研究を行ったりしていたことが多く、いま思うとそれはコミュニケーションの手段でもありました。WOTAにおいても、災害時の水問題を解決するプロダクトを解決することを通じて、コミュニケーションをしている感覚があります。
おそらく、社会や社会の誰かの課題を解決するプロダクトを生み出すことができれば、その解決を通じて、色々なつながりができるんですよね。自分の得意な方法で、全世界の人とつながれる。
それはエンジニアに限らないかもしれませんが、誰かの役に立つプロダクトを生み出せるのは、コミュニケーションのひとつの方法であり自分が生きた証にもなるのではと思います。

三浦: エンジニアというと、会社の中で与えられた役割に従ってものをつくる人だとイメージされがちですが、本来はアイデアを自分の手で社会に実装する役割を担うものだと考えています。
どれだけ技術が好きでも、自分がいま手掛けているコードを、単なる技術で終わりにしてはいけない。目の前の一行一行のコードが、世界を変える原動力になることを信じて、ともに社会を変える挑戦ができると嬉しく思います。

また、富士通では2021年から「Global Fujitsu Distinguished Engineer」制度を開始しています。 将来にわたり重要な領域における技術の専門家として、難易度の高い社会課題を解決し、 お客様の価値創造やビジネス戦略の実現に貢献します。

富士通社内のエンジニアはもちろんですが、日本ひいては世界全体のエンジニアの価値を向上させたいという思いが込められている制度です。
ひとりでも社会課題の解決を担うようなエンジニアが増え、エンジニアがより評価される社会を、私たち自身がリードしていきたい。
エンジニアこそ社会を変える原動力になることを、私は信じています。

徳島県出身。東京大学工学部建築学科卒業、同大学院工学系研究科建築学専攻(修士課程)修了。中学校では生物由来素材の強度を、高校では食品由来凝集剤の取得方法を、大学では都市インフラや途上国スラムの生活環境を、大学院では住宅設備(給排水衛生設備)を研究。ほか、デジタルアート制作会社にてセンサー開発・制御開発に従事。

1966年、秋田県生まれ。富士通入社後、IPビデオ配信システム、画像認識システムなど、一貫して映像関連システムのコア技術と製品開発に従事。技術・製品開発をリードし、新たなビジネスの立ち上げに貢献。社内AIコミュニティのアドバイザーや社外コンソーシアムメンバーを務め、AIビジネス活性化全般に取り組む。「答えは現場にある」が信条。2021年より、AIの知見をグローバルビジネスに展開するため現部署に異動し、次世代レジリエンスサービスの企画開発に携わっている。富士通グループの最高峰エンジニアの称号「Global Fujitsu Distinguished Engineer」を保有。

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