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ローカル5Gを活用したリモートコーチングで指導者不足を解決

東京2020、北京2022とパラリンピックが開催され、障がい者スポーツ(パラスポーツ)にスポットライトが当たりました。一方で、パラスポーツには練習場所と指導者が不足しているという大きな課題があります。物理的な距離をテクノロジーで補うことで、コーチの負担を軽減し、選手の実力向上に寄与できないか──福岡県田川市と富士通は、共同で「リモートコーチング」の実証実験を開始。そこには、対面指導ではなし得なかった指導手法と、パラスポーツ以外への技術の応用という、新たな可能性がありました。

目次
  1. パラスポーツの大きな課題は、「場所」と「指導者不足」
  2. 遠隔地にいるコーチからローカル5Gを活用した遠隔指導を受ける
  3. 可能性はパラスポーツ以外にも! テクノロジーが実現する共生社会

パラスポーツの大きな課題は、「場所」と「指導者不足」

東京2020パラリンピック、そして北京2022 冬季パラリンピック。手に汗を握るような熱戦が連日繰り広げられ、夢中になって見入ってしまったという人も多かったのではないでしょうか。
それぞれの選手の身体能力を生かし、チームとしての戦略をいかに練り上げていくかが魅力のパラスポーツ。一方で、パラスポーツの環境面ではまだ大きな課題が残されています。

その一つが「場所」の問題。スポーツ施設は全国に約19万か所ありますが、障がい者専用、または優先的に使える施設はわずか139か所にとどまっています。実に0.07%しかないスポーツ施設で、パラアスリートたちは練習をせざるを得ないのです。

この問題に積極的に取り組んだのが、福岡県田川市でした。2015年に田川市長となった二場公人氏は、市のビジョンに「障がいの有無や国籍などに関わらず誰もが生き生きと生活できる共生社会の実現」を掲げています。そのなかで、ドイツやベラルーシの車いすフェンシングチームなどのパラスポーツ団体と交流を深めてきました。

スポーツ競技の練習施設となる田川市総合体育館は1980年代に建てられたもので、車いすでの利用が困難だったところを、2017年の大規模改修でバリアフリーを実現。宿泊施設としてトレーラーハウスを用意し、インフラ面での整備が行われました。

二場市長は、「インフラ整備も必要ですが、何より『心のバリアフリー』が重要だと考えています。障がい者だけではなく、多様性を受け入れる心を持つことが大事。田川市の共生社会実現に向けたチャレンジの始まりだと考えています」と期待をにじませます。

田川市がパラスポーツ団体と交流を深めるなかで直面した、もう一つの問題がありました。
それは、日本においてパラスポーツの指導者が圧倒的に足りないということです。

田川市総務部理事 兼市長公室長(政策推進調整官)を務める平川裕之氏は、「パラリンピックに出場したある選手からは、『地元に指導者がいなかったため、東京へ行った』という話を聞きました。また、ドイツとベラルーシの車いすフェンシングチームの合宿を行った際、世界的に有名な指導者から指導を仰ごうと、日本全国各地からアスリートが集まった。そうした体験から、力量を持った指導者の重要性・必要性を痛感したのです」と振り返ります。

遠隔地にいるコーチからローカル5Gを活用した遠隔指導を受ける

そこで田川市は、総務省が募集した「令和3年度 課題解決型ローカル5G等の実現に向けた開発実証」に「共生社会を見据えた障がい者スポーツにおけるリモートコーチングの実現」というテーマで応募したのです。
富士通と富士通Japanも田川市の取り組みに共感し、コンソーシアムのメンバーとなって参画することになりました。

プロジェクトは、パラスポーツのスキル向上とコーチング技術の高度化・多様化を目指して、田川市総合体育館にローカル5G環境を構築し、実証実験を行うというものでした。
具体的にはリモートコーチングシステム(図1)を導入し、遠隔地にいるコーチがアスリートに直接指導ができる環境を整えるというものです。

図1)リモートコーチング実証実験システムの全体像

一般社団法人D-beyond 車いすラグビー元日本代表 三阪洋行コーチは、「指導者が対面で指導するとなると、移動のストレスやコストがかかりますし、拘束時間も長くなってしまいます。リモートであればこうした問題がありませんから、指導の幅が広がると感じています」と話します。

体育館には4台の高精細カメラを設置し、練習風景をさまざまな角度から撮影して、高精細映像データをリアルタイムで遠隔地のコーチへ伝送できるようにします。カメラはコーチがリモート環境から操作可能で、競技者のプレーをあらゆる角度から追跡することができます。

練習中は選手と指導者がVRヘッドセットを装着し、センサーが読み取った身体の状態や動きをバーチャル空間内で再現します(VRコーチング/VRミーティング)。
さらに、立っている、しゃがんでいる、何かを操作しているなど、人の姿勢を推定するシステムを使ってプレー中の選手の姿勢を分析できるようにしました。

富士通5G Vertical Service事業部 事業部長 森大樹(以下、森)は、「高精細なカメラで遅滞なくデータが送れるか、パケットの欠損はないかという点が課題でした。指導できる価値のある画像や、VRなどのコンテンツがきちんと送れるかがキーポイントであったように思います」と振り返ります。

そしていよいよリモートコーチング実証実験の日。コロナ禍でリモートでのミーティングは日常になったものの、競技のコーチングとなると、選手もコーチもお互い初めてです。
実験は2021年12月、2022年2月の2回行われ、最初は緊張気味だった選手とコーチも、終了する頃にはスムーズにコミュニケーションが取れるようになりました。

練習に参加した、車いすラグビーチーム・福岡ダンデライオンの堀貴志選手はこう話します。
「現在、車いすラグビーでは指導者と呼べる人が片手で数えるほどしかいません。どこのチームでも選手が指導者役をやりながら、自分たちで力量を高め合っているという状況なので、この実証実験には期待していました。リモートで指導を受けることはこれまでもありますが、体の動きを読み取るのに体にセンサーをつけなければいけないなど、普段の練習に取り入れるのは難しいものがありました。しかし今回はセンサーをつけずに体の動きをカメラが認識したので、それにはびっくりしました。『こういうときは体をこう動かすんだよ』というような指導は、対面でないと難しいと考えていたのですが、VRで対面に近い感覚を得られたのはすごいと思いました」と、驚きを隠せない様子でした。

システムの企画から携わった三阪コーチはこう話します。
「伝えるということがリモートでは大きな課題となるけれど、今回の実証実験ではそれをさまざまなテクノロジーツールを活用し、対面に近づくことができていると感じました。それだけでなく、選手の動きを常に4か所から見られるというのは、対面指導ではできないこと。リモートだからこその可能性があるのではないでしょうか。画面越しに選手が向上している姿が見られたときは、大きな喜びを感じました」

実証実験を終え、森は次のように振り返ります。
「実証実験中はコンソーシアム内で相談をしながら、コーチ、選手にとってこれまでにない体験を作り上げようと改善を繰り返してきました。リモートコーチングに最適な伝送容量の検証や、伝送遅延を最低限に調整するためにローカル5G基地局のソフトウェア改修を都度行いました。今回の取り組みは、障がい者スポーツはもちろんのこと、製造業をはじめとした様々な産業の現場で、リモートでのオンラインコミュニケーションニーズが高まっており、今回の実証の応用ができるのではないかと期待しています」

可能性はパラスポーツ以外にも! テクノロジーが実現する共生社会

この実証実験は大きな可能性を秘めています。
指導者不足に悩む地域のアスリートは、東京に行くことなくコーチから指導を受けられるようになります。また、なかなか会うことのできない海外の有名コーチからも、指導を仰ぐことができるようになるかもしれません。競技人口も増え、競技自体のレベルが上がることも期待されます。障がいのある子どもたちが、スポーツに参加する機会も増えることでしょう。

三阪コーチは「今回の取り組みは、障がいがあってもスポーツのコーチができるというような、障がい者の社会参加につながるように思いました。障がいによって移動やアクセスに制限がある人が、自分のコミュニケーションを広げるきっかけになると思います」と期待を込めます。

この技術は、パラスポーツや一般のスポーツだけでなく、スポーツ以外の分野にも応用が可能です。

二場市長は、「障がいのある方々が田川市に来てもらうことにもつながりますし、健常者の皆様にも『田川市って面白いね』と感じてもらい、交流人口や関係人口が増え、結果として市全体を活気づけていけると思います」と意気込みを語ります。

富士通の森は、「社会課題をテクノロジーで補うことは、富士通にとっても非常に取り組みがいのあるテーマです。コロナ禍だけでなく、今後もリモートでのコミュニケーションは続いていくと予想されます。実証だけで終わらせずに、スポーツはもちろんのこと他の分野にも展開し、日本全国、そして世界へ広めていきたいと考えています」と抱負を語ります。

社会課題をテクノロジーで解決し、誰一人として取り残さない社会の実現を目指す。
富士通はこれからも、一人ひとりの生活者に寄り添いながら、新しい可能性を探ってまいります。

福岡県田川市
田川市長
二場 公人 氏
福岡県田川市
総務部理事 兼 市長公室長
(政策推進調整官)
平川 裕之 氏
一般社団法人D-beyond コーチ
車いすラグビー元日本代表
三阪 洋行 氏
福岡ダンデライオン
堀 貴志 氏
富士通株式会社
5G Vertical Service事業部
事業部長
森 大樹
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