富士通だけでは実現できない社会課題を解決する活動
――知財は自社の利益のために使うというのが一般的なイメージですが、富士通はなぜ知財を開放することになったのか、その背景を教えてください。
田口さん: 知財は自社のビジネスだけでなく、富士通以外の企業様が活用することによって、より高い価値を創出し、例えば新型コロナウイルス対策や環境保全など、富士通だけでは実現できない社会課題の解決に繋がることがあります。その実現のために、国や自治体、金融機関、大学等で行われるマッチング活動に積極的に参加し、知財の一部を様々な企業様に使っていただく取り組みを始めました。
――その活動はいつから行われていますか?
田口さん: 2004年にオープンイノベーションの先駆けとして始まり、2007年に神奈川県川崎市の企業様と初めてのライセンス事例が生まれました。それ以降、全国にこの活動が広がり、現在では各地でマッチング事例が生まれています。
田口さん: また、グローバル企業としてSDGs実現に向けた地球環境保全に貢献することを目指し、2017年に世界知的所有権機関WIPOが運営する環境技術の活用を促進するためのプラットフォーム「WIPO GREEN」に参画しました。実際に富士通のグリーンテクノロジーを使った環境に役立つ製品・サービスの開発を進めている企業様もいらっしゃいます。
――国内外で幅広く取り組んでいるのですね。どういった知財を開放しているのでしょうか?
田口さん: 富士通はAIやIoT、スーパーコンピュータといった様々な技術開発の中で得た約4万の知財を保有しています。そういったビジネスの中心として使われている特許以外の、例えばスマートフォンのアプリや人体のバイタルセンシング、材料の製造技術、加工技術などの実用しやすいものを国内で広く開放特許として紹介しています。例えば福井県で染色加工事業などを営まれているユティック様が開発された商品は、虫除けバンドです。
――富士通の特許が虫除けバンドですか?意外ですね。
はい。こちらに活用されているのは、チップに好みのアロマオイルなどを垂らすことで、ほのかに良い香りが広がる芳香発散技術です。もともと「ガラケー」に使用されていた技術ですが「BUG GUARD」では、虫除けの成分を含むオイルなどを垂らすことによって従来の虫除けスプレーを肌や服にしなくても防虫効果が得られ、お子様や肌の弱い方でも安心して使用できる製品になっています。富士通にはなかった発想で新たな価値を生み出していただいたことに非常に驚きました。
新型コロナウイルス対策のため、知財を無償開放
「BUG GUARD」で使用された富士通の芳香発散技術は、当社とはまったく違った切り口で新たな製品を生み出しています。昨年、富士通は新型コロナウイルス対策支援のための知財無償開放を宣言しました。その取り組みで生まれたのが、神奈川県川崎市で50年にわたりプラスチック加工成形・金型設計を行っている株式会社松本製作所が開発した「マスク用フレグランスクリップ」です。代表取締役の松本浩秀さんに話を聞きました。
――富士通の知財を活用しようと思ったきっかけを教えてください。
松本さん: 2012年に参加した川崎市の「知的財産交流会」で富士通さんから芳香発散技術の紹介があり、専修大学さんの学生グループとともに発案した好きな香りを付けて持ち歩けるフレグランスカード「アロマレフレール」を開発しました。その携行型の芳香グッズの第2弾として新たに生み出したのが「マスク用フレグランスクリップ」です。
――この製品の特長を教えてください。
松本さん: マスククリップに芳香発散技術を使ったセラミックのチップを取り入れ、香水やアロマなど好きな香りを付けてマスクを挟むことで、心地良い移り香が付けられる構造です。クリップには、富士通さんと東京大学さんで共同開発された抗菌・抗ウイルス効果のある光触媒「チタンアパタイト」を練り込んでいます。
――二つの特許技術が合わさることで、コロナ禍でより効果を発揮していますね。
松本さん: 長時間マスクを着けていると、どうしても蒸れて臭いがこもったり、ストレスを感じるので、抗菌効果も含めてコロナ禍において役立つものだと思います。今は友人や大切な人と気軽に会えない状況なので、同じ香りをつけることで連帯感や癒やしを感じられるアイテムにもなってほしいですね。小さい子どもがいる友人は、蚊が嫌うユーカリの香りをクリップに付けてベビーカーにぶら下げ、防虫グッズとして使っていると言っていました。
――2つの新製品を創出した経験から、知財活用を考えている企業に向けて協業のコツを教えてください。
松本さん: 最初に「知的財産交流会」に参加した時、ノープランで飛び込み、タバコケースから持ち歩ける香りのヒントを得たので、まず事前にアイデアがなくても、とにかく様々なマッチング会に参加すること。そこでピンときたものに自分たちの得意分野の技術を合わせ、考えに考え抜けば新しい製品やサービスが生まれるきっかけになると思います。
開放特許を通じて世の中に役に立つ製品を生み出す
さらに、埼玉県でパッキン材や断熱材などを製造する株式会社タイラの香り付き単語帳「FLAROMA」も、富士通の芳香発散技術を活用して創出した同様の事例のひとつ。
――富士通の開放特許を活用し、新しい製品を生み出すことになったきっかけを教えてください。
立石さん: 埼玉縣信用金庫様の事業「さいしんコラボ産学官」の開放特許を活用したアイデア発表会を見に行きまして、そこで優勝したのが埼玉大学チームの「香り付き単語帳」のアイデアです。それを弊社で製品化できないか、というお問い合わせをいただき、即決しました。
――「FLAROMA」はどういった製品なのでしょうか。
立石さん: 表紙部分にウレタンチップが組み込まれていて、アロマオイルをチップに染み込ませることでほのかに香りが広がるという単語帳です。挟み込んで香りを拡散するという部分が富士通さんの芳香発散技術で、例えば「金木犀の香りがすれば秋を思い出す」といった香りと記憶の関係を利用しており、「リラックス」「リフレッシュ」「コンセントレーション(集中)」の3種類のアロマが付属しています。
このアロマは100%天然のエッセンシャルオイルです。我々だけでは作れないので、化粧品メーカーさんやアロマニストの方の力を借りて何十種類もの配合を試作し、半年かけてオリジナルを完成させました。
――天然なら安心して使えて、暗記が苦手な学生さんも楽しく勉強できますね。
立石さん: そうですね。産・学・官・金融がうまく連携して生まれた商品ということもあり、発売当初は非常に多くのテレビ局、新聞各社から問い合わせがありました。意外なところでは俳句や川柳を嗜むお年寄りの方々にも好評を得ています。やはり、我々ものづくり企業は、世の中に役立つものを作ることが使命。それを、長年の夢だったオリジナル製品というカタチでチャレンジできたのは、知財開放という富士通さんの素晴らしい活動があったからだと思います。
―後編では、災害復興支援や大学と連携した知財活用のプロジェクトについて、そして知財開放活動に込められた富士通の想いを紹介します。
関連情報
編集部より
先日、富士通は、「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていく」というパーパスの実現を目指す新事業ブランド「Fujitsu Uvance(フジツウ ユーバンス)」を策定し、今後、サステナブルな世界の実現に向け、社会課題の解決にフォーカスしたビジネスを強力に推進していくことを発表しました。「Fujitsu Uvance」は“あらゆる(Universal)ものをサステナブルな方向に前進(Advance)させる”という2つの言葉を重ね合わせた名称で、「多様な価値を信頼でつなぎ、変化に適応するしなやかさをもたらすことで、誰もが夢に向かって前進できるサステナブルな世界をつくる」という当社の決意を込めています。名称決定にあたっては、グローバルで社員投票を実施しました。
当社は「Fujitsu Uvance」のもと、ビジネス変革と持続可能な社会の実現の両立を目指します。