実質金利から考察する円安の行方

2022年に米国における利上げ等を契機として円安が急速に進行したが、日米間の実質金利の差は最近、縮小しており、日本は政策金利の引き上げに転換できるようにになりつつある。

はじめに

最近、円安が急速に進んでいる。円安は従来、輸出を促進し、メリットが大きいと考えられていたが、今回の急速な動きは輸入するエネルギーや穀物などの高騰をもたらし、コストが増えて、デメリットがメリットを上回ると捉えられている。そこで本稿は、新型コロナウイルスが世界的に広まった2020年以降の動きを取り上げて、最近の円安の動向を分析し、物価の上昇率を考慮した金利である「実質金利」に着目して、円安が今後いつごろまで続くのかという見通しを示す。

1.急速に進む円安とその背景

最近の円相場は、22年10月20日に1㌦=150円まで落ち込んだ後、同年11月11日に1㌦=138円まで上昇、その後はほぼ横ばいで推移し、同年11月30日でも1㌦=138円となっている。

外国為替市場を見ると(図表1)、22年4月以降は米㌦の独歩高が進み、円やユーロ、ポンド、カナダ㌦、人民元といった主要通貨は軒並み下落している。特に円は22年10月時点で、20年1月から35%も下落しており、主要通貨の中では最も急速な落ち込みを見せている。

図表1:ドルに対する主要通貨の変動率(2020年1月~2022年10月)

資料:「ヒストリカルデータ」(みずほ銀行)より作成

通貨安になると、輸出製品の海外での価格が下がり、輸出しやすくなるというメリットがある一方、外国製品の価格が高くなり、輸入コストが増えるというデメリットがある。

しかしトヨタ自動車の豊田章男社長は、22年9月の記者会見で「円安のデメリットが拡大しているのが現実だ」と述べている。カジュアル衣料の「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングの柳井正会長兼社長も、同年10月の会見で「円安でメリットを感じる人は製造業でも、ほとんどいない」と述べており、急速に進む最近の円安ではデメリットがメリットを上回ると捉えられている。

このように急速に進む円安の背景の一つとして、中央銀行が一般の銀行に貸し付ける際の金利である「政策金利」の違いが挙げられる。一般的に政策金利は通貨の価値を表し、政策金利の低い通貨は売られて通貨安となる一方、政策金利の高い通貨は買われて通貨高となる。

主要国の政策金利の動向を見ると(図表2)、日本はマイナス0.10%が続いている一方、中国を除く主要国は22年4月ごろから引き上げており、日本と主要国の政策金利の差が拡大し、円の価値が相対的に低下していることが分かる。

図表2:主要国の政策金利(2020年1月~2022年10月)

資料:「外為どっとコム」より作成

2.政策金利に影響をもたらすCPI

それでは、政策金利はどのように設定されるのか。政策金利を設定する中央銀行の目的の一つには「物価の安定」があり、一般的に中央銀行は物価が上昇すると政策金利を引き上げて経済活動を抑制する一方、物価が低下すると政策金利を引き下げて経済活動の促進を図る。

主要国における重要な物価の指数である「消費者物価指数(CPI=Consumer Price Index)」の上昇率を見ると(図表3)、新型コロナのパンデミック(世界的大流行)に伴う行動制限などで経済活動が停滞した20年は低下・横ばいだったものの、21年に入ると行動制限の緩和や財政政策などによって経済活動が促進され、上昇傾向に転じたことが分かる。

図表3:主要国のCPIの上昇率(2020年1月~2022年10月)

資料:「OECD.Stat」より作成

世界的に影響力が大きい米国では、21年に入るとCPIが急速に上昇し、同年8月には5.25%と同年1月から4ポイント程度、上がっている。ただ、同国の中央銀行に当たる米連邦準備制度理事会(FRB=Federal Reserve Board)のパウエル議長は、21年8月に開かれた国際経済シンポジウム「ジャクソンホール会議」での講演で、CPIの上昇は一過性との判断を示している。

しかし米国のCPIは、ロシアのウクライナ侵攻(22年2月)によるエネルギー価格高騰などの影響を受けて上昇傾向が続き、FRBが政策金利の引き上げに転じた22年4月には8.26%まで上がっている。パウエル議長は、同年8月のジャクソンホール講演ではCPIの上昇抑制を強調し、図表2の通り、政策金利を継続的に引き上げた。これによりCPIの上昇は、22年6月に9.06%となった後は低下に転じ、同年10月には7.75%となっている。

一方、日本のCPIの上昇率は21年8月までマイナスであった。同年9月にプラスに転じた後は上昇傾向となり、22年10月には3.70%となっている。日本のCPIの上昇率は米国より低いものの、上昇傾向にある。なぜ日本の中央銀行である日銀は政策金利を引き上げないのか。

3.円安局面の終了時期

実質金利とは、物価の上昇率を考慮した金利である。政策金利からCPIの上昇率を引いて実質金利を算出すると、主要国の実質金利の推移は図表4の通りとなる。主要国では、日本は政策金利は低いものの、CPIの上昇率がさらに低いため、実質金利が米国を上回って高くなっている。日銀が実質金利に注目している場合、政策金利を引き上げにくい状況にあると考えられる。

図表4:主要国の実質金利(2020年1月~2022年10月)

資料:「外為どっとコム」・「OECD.Stat」より作成

日本と米国の実質金利の差は20年9月に1%を上回って拡大し、22年3月に6.7%まで広がった。その後は縮小に転じ、同年10月には0.7%まで小さくなっている。FRBがCPIの上昇抑制をこのペースで続けた場合、22年末ごろには日本との実質金利の差がなくなることが見込まれる。米国のCPIの上昇率は低下に転じているものの、FRBのパウエル議長は22年11月にCPIの上昇圧力が依然として高く、政策金利の引き上げが長期化する可能性を示している。

このため、22年末ごろに日米の実質金利の差がなくなり、米国では政策金利がさらに引き上げられる中、CPIの上昇率が低下して実質金利が高まり、米国の実質金利は日本と逆転して上回る可能性がある。日銀はCPIが引き続いて上昇し、実質金利が相対的に低下する状況を考慮して、政策金利の引き上げへ転換できるようになり、最近の円安の局面が終了すると考えられる。

  • (注1)「時事通信社発行『地方行政』 2022年12月22日号に掲載されたものです。
  • (注2)本記事・画像・写真を無断で転載することを固く禁じます。

坂野 成俊(さかの なるとし)

Sakano, Narutoshi

公共政策研究センター長

専門分野

  • 日本企業の海外展開戦略
  • 環境・経済分析
  • 自治体経営

1999年慶応義塾大学経済学部卒業、2001年一橋大学経済学研究科修了、同年富士通総研入社。主にICT・交通分野など日本企業の海外展開の促進に関する政策や経済動向、環境政策等に関する調査研究業務のほか、地方自治体の各種計画策定等に関するコンサルティング業務に従事。

『Smart City Emergence 1st Edition』(Elsevier/2019年7月)で「The Smart City of Nara, Japan」や、『運輸と経済(2019年10月)』(交通経済研究所)で「民間力を活用したメンテナンスについて~英国からの教訓~」等を執筆。日本規格協会で「日ASEANコールドチェーン物流ガイドラインのJSA-S化(2019年度)」の委員等も務める。

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