2023年03月20日 更新

地方自治体におけるEBPMの進め方とは?【基本編】地域課題の解決に繋がるEBPMに向けて

近年、EBPM(Evidence-based Policy Making:根拠・エビデンスに基づく政策立案)という取組の重要性が高まっています。EBPMとは、勘・経験・思いつきなどにより政策を立案するのではなく、データ等の客観的な根拠に基づき政策を立案することで政策の質の向上を図る取組です。 「まち・ひと・しごと創生総合戦略(注1)」や「デジタル田園都市国家基本構想基本方針(注2)」などでも「EBPMの推進」が求められるなど、地方自治体の現場でも必要性が高まっています。

しかし、地方自治体の職員の中には「EBPMの推進」が求められた際、どのような取組が必要なのか分からない方もいるのではないでしょうか。地方自治体の現場では「EBPMの推進」が求められる以前から、様々な行政計画の策定に伴う基礎調査や住民意識調査、KPIや成果指標などの指標設定、施策・事業の投入資源と成果等を測定する行政評価など、様々な場面でデータ等の客観的な根拠に基づき政策立案が行われてきました。そのためEBPMという名称の新たな取組の推進を求められた際に、どのように取り組むべきか悩ましく感じる職員の方も少なくないと考えています。

そこで本稿では、中央省庁におけるEBPMの定義に沿って、地方自治体におけるEBPM推進の主なポイントを整理します。

はじめに

政府横断的なEBPMの推進を担うEBPM推進委員会では、EBPMを「【1】政策目的を明確化させ、【2】その目的達成のため本当に効果が上がる政策手段は何かなど、政策手段と目的の論理的なつながりを明確にし、【3】このつながりの裏付けとなるようなデータ等のエビデンス(根拠)を可能な限り求め、『政策の基本的な枠組み』を明確にする取組」と定義しています(注3)。
本稿では、「【1】政策目的の明確化」、「【2】政策手段と目的の論理的なつながりの明確化」、「【3】データ等のエビデンス(根拠)を可能な限り求める」この3つに分けて考察を進めます。

1. 政策目的の明確化

EBPMの定義では「【1】政策目的を明確化させ、・・・」と最初に政策目的を明確化することが求められています。
政策目的の明確化は、政策目的の実現のために最適な手段を協議するために重要です。政策目的が「活性化」や「振興」、「推進」など抽象度の高い表現の場合には、目的・目指す状態の認識が人により異なるため、最適な手段の協議は困難です。
例えば、地域の居住人口増加のための最適な手段と、地域の事業所の売上高拡大のための最適な手段は異なるため、目的が明確でなければ最適な手段の協議は困難です。政策の中には抽象度の高い目的が設定されている場合もありますが、第三者と目的を共有するためには、「誰を」・「どのような状態」とすることを目指しているのかを第三者でも特定可能なレベルまで具体化することが重要です。
データ等の客観的根拠に基づき政策の質を向上するために政策目的を明確化することは、EBPMの取組の一部です。

2. 政策手段と目的の論理的なつながりの明確化

EBPMの定義では、【1】政策目的を明確化させ、「【2】その目的達成のため本当に効果が上がる政策手段は何かなど、政策手段と目的の論理的なつながりを明確にし、・・・」と、政策目的を明確化した上で、政策手段と目的の論理的なつながりを明確化することが求められています。

政策手段と目的の論理的なつながりの明確化は、政策手段が本当に目的達成に寄与するのかを協議するために重要です。
目的・手段の説明が「補助金を出せば中心市街地の売上高が増加する」や「意識啓発活動を行うことで地域内での交通事故発生件数が減少する」など「政策手段の実施=地域課題の解決」という状態の場合、第三者からみて、政策の実施が地域課題の解決にどのようにつながるのかを確認することが難しく、政策手段が目的達成に寄与するのかを協議することが困難になります。

第三者と政策手段が目的に繋がるのかを協議するためには、「補助金を出すこと」と「中心市街地での売上高が増加すること」の間を、例えば「補助金を出す→補助金により集客施設が整備される→集客施設により新規来街者・来街者の滞在時間が増加する→来街者の増加に伴い新規出店が増加する→来街者の増加と店舗数の増加により中心市街地での売上高が増加する」のように、より詳細なステップを整理することが重要です。詳細にステップを整理することでつながりの妥当性をより詳細に協議することが可能となります。
「政策手段の実施=地域課題の解決」という状態の政策も少なくなく、目的と手段の間にあるステップを整理することもEBPMの取組の一部です。

3. データ等のエビデンス(根拠)を可能な限り求める

EBPMの定義では、【1】政策目的を明確化させ、【2】政策手段と目的の論理的なつながりを明確にし、「【3】このつながりの裏付けとなるようなデータ等のエビデンス(根拠)を可能な限り求め」、『政策の基本的な枠組み』を明確にする取組としており、政策手段と目的の論理的なつながりの妥当性をデータ等のエビデンスにより高めることが求められています。

EBPMではデータ等のエビデンスといった場合、大別して2種類のエビデンスがあります。1つは、政策の必要性等を示す統計データやアンケート調査結果などの従来から政策現場で求められているデータ等の客観的根拠であるエビデンス(以下、「広義のエビデンス」)であり、もう1つはランダム化比較試験などの科学的妥当性を有した統計的手法に基づいて測定された政策効果のエビデンス(以下、「狭義のエビデンス」)です。

「狭義のエビデンス」は取組による純粋な効果を分析しています。一方、従前から行われている介入対象者の状態の前後比較や地域の状態変化の分析に基づく政策手段の有効性は、取組そのものによる効果だけでなく社会経済動向などの影響を受けている場合があり、政策手段が有効でない場合に有効と判断、もしくは有効な場合に有効でないと判断する可能性を十分に考慮できていません。
例えば、就労支援事業の政策効果を、就労支援により就職した人数とした場合には、就職する可能性の高い人が就労支援を受けている可能性や経済情勢の回復により就労する人が増えた可能性を考慮できていません。
「狭義のエビデンス」は政策手段の有効性を高めるための重要な要素であり、「狭義のエビデンス」の重要性が広く認識され始めた点がEBPMの新規性です。そのためEBPMでは「狭義のエビデンス」の活用を指向することが重要です。

「広義のエビデンス」は一部の人の意見や思い込みによらない客観的な現状把握のために重要であり、EBPMでも積極的な活用が求められています。なお、地方自治体の現場では従来からデータ等の客観的根拠の活用が重視されている一方、「広義のエビデンス」の活用が地域課題の解決に十分つながっていない場合は少なくありません。 例えば、「人口10万人当たりの交通事故発生件数が周辺自治体と比較して高い水準にあるため、安全な自転車利用に向けた意識啓発活動を強化する」など、データ分析の結果と政策立案・判断がつながらない状態はよくみられます(注4)。
政策の質を向上させるためには、政策手段と目的の論理的なつながりを整理した上でその妥当性を高めるためにデータ等の「広義のエビデンス」を活用することが重要です。ステップを整理した上でデータ分析に取り組むことで、データ分析対象と政策立案・判断の乖離が可視化され、有効なデータ分析につながります(例:「交通事故発生件数」と「安全な自転車利用に向けた意識啓発活動の強化」の間には多くのステップが必要であることが可視化されます)。

おわりに

一部の地方自治体ではEBPMに係る取組が進められている一方、多くの地方自治体ではまだ「EBPMの推進」に取り組んでいない状況と認識しています。中央省庁のEBPMの定義に基づくと、地方自治体の現場で従来から指向されている基礎調査や行政評価におけるデータ等の客観的な根拠の分析もEBPMの要素の一部であり、「EBPMの推進」として従来から実施している取組に改めて向き合うことも重要です。
本稿が、これからEBPMの推進に取り組む地方自治体の職員の方々にとって、その検討の一助になりましたら幸いです。
なお、本稿ではEBPMの基本的なご紹介として、地方自治体におけるEBPMの推進の主なポイントを整理しましたが、応用編として、EBPMの推進に実際に取り組んでいる方や、これから推進に向けて実施方法を検討されている方に向けに、別途、政策の質の向上につながるEBPM実践時の留意点を整理しておりますので、関心のある方は、こちらをご覧ください。

(注1) 第2期「まち・ひと・しごと創生総合戦略」(2020改訂版)(令和2年12月21日)
(注2) デジタル田園都市国家構想基本方針(令和4年6月7日)
(注3) EBPM推進委員会EBPM課題検討ワーキンググループ取りまとめ(令和3年6月23日)
(注4) 「安全な自転車利用に向けた意識啓発活動の強化」を判断するためには、交通事故全体に占める自転車事故の割合に係る分析、自転車事故発生の要因分析を踏まえ、知識の不足や不注意などが主な要因であり意識啓発により自転車事故を防止することが可能であることを確認することが望ましいと考えられます。

著者プロフィール

株式会社富士通総研
行政経営グループ チーフシニアコンサルタント
(兼)公共政策研究センター 上級研究員
中村 圭

【事業内容】
主に中央官庁や地方公共団体のEBPM・データ利活用支援・行政評価などを対象としたコンサルティング業務に従事。これまでに中央省庁・都道府県・市区町村のEBPMの実践支援や政策評価・行政評価の支援や調査研究などをご支援。

中村圭

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