「アバター×生成AI」の社会実装を支えるテクノロジーとは~リアルな人間をエンハンスする技術革新-前編-

これまでゲームやメタバースなどの領域で使われてきたアバター。2Dから3Dアバターへの進化と合わせて、今話題の生成AIなどのAIと組み合わせることで、さらなる可能性の広がりが期待されています。富士通では「アバター×生成AI」という大きなテクノロジートレンドが訪れると考え、アバターやブロックチェーン技術に強みを持つ株式会社PocketRD(以下、PocketRD)との協業を開始しています。「アバター×生成AI」によってどのような未来が切り拓かれるのでしょうか。

元富士通社員でもあるPocketRD代表取締役 籾倉 宏哉 氏、CTO 内田 茂樹 氏、富士通株式会社 執行役員 EVP CIO(兼)CDXO 福田 譲、富士通研究所 データ&セキュリティ研究所 所長の今井 悟史が語り合いました。本記事では、アバター×生成AIの社会実装に向けた彼らの想いを前後編に分けてお届けします。前編はPocketRD籾倉 氏と、富士通 福田の対談をご覧ください。

目次
  1. 生成AIの次にやってくるのは「アバター×生成AI」の大きな波
  2. 「アバター×生成AI」、普及の鍵はアバターの民主化と信頼性の担保
  3. テクノロジーと社会実装、両社の強みを生かして協業へ
  4. 「アバターまみれ」「AIまみれ」になって新しい世界の扉を自ら開けて欲しい

生成AIの次にやってくるのは「アバター×生成AI」の大きな波

――これまで主にゲームの世界で使用されてきたアバター、今後はさらなる可能性の広がりが期待されています。これから注目のテクノロジーですね。

株式会社PocketRD 代表取締役 籾倉 宏哉 氏(写真左)富士通株式会社 執行役員 EVP CIO(兼)CDXO 福田 譲(写真右) 株式会社PocketRD 代表取締役 籾倉 宏哉 氏(写真左)
富士通株式会社 執行役員 EVP CIO(兼)CDXO 福田 譲(写真右)

籾倉 氏:はい、ガートナーのハイプ・サイクル2023でも「デジタル・ヒューマン」、いわゆるAIアバターが黎明期に位置付けられていて、大きな可能性を感じています。(※1

福田:アバターが単独で進化していくというより「アバター×生成AI」という観点が重要で、この組み合わせがキラーテクノロジーになる可能性が高いと考えています。

本人そっくりのアバターに生成AIを組み合わせ、本人の考え方や行動パターンを徹底的にAIに学習させていくと、「ほぼ完全な自分の分身」ができあがるでしょう。例えば、「福田さん、明後日までにこれを確認しておいてください」とメールが来たら生成AIを組み合わせたアバター(私の分身)がスケジュールを確認して「明後日までは他の業務で手一杯です。その後なら確認できます」と私に代わって返事をする、こういったことは近い将来、確実にできるでしょう。

個人的に、日々の細々した仕事の8割~9割くらいは、このような技術で自動化できるのではないかと思います(笑)。今でも仕事で忙しい「つもり」なのですが、単にそこまで価値の高いアウトプットにフォーカスできていないだけなのかもしれませんね(笑)。他にもスーパーやデパートで、お客様がある商品をじっと見る、値札を確認するという行動をとったとき、その売場担当者のアバターが、本人の行動パターンでデジタルサイネージ上から適切に接客するといったこともできるでしょう。

このように、生成AIが本人のこれまでの判断基準や思考過程、行動パターンなどのデータをもとに返事や行動をジェネレート(生成)して適切に対応してくれるようになれば、アバター同士が仕事をする、経営会議ですらもアバター同士で議論する、そんなことまで可能になるかもしれません。

アバターと生成AIで「自分自身を無限に増幅する」ことができれば、さまざまなインダストリーが大きく変革していく可能性があります。それこそデジタルで社会が大きく変革するDXです。今すぐではないにしても、そう遠くない将来に実現できるのではと感じます。

富士通はアバターや生成AI、その他にも最先端のコンピューティング技術など、さまざまな要素技術や人材を保有しています。アバター×生成AIで実現される未来を創り出すのに「必要な部品(技術)」は、すでにある程度揃っています。あとは、これらをいかにコンバージョン(融合)させていくかがポイントです。富士通では、5つの重点技術領域をキーテクノロジーズとして掲げていますが、その中の一つに、実際に技術を社会実装するための「コンバージングテクノロジー」があります。要素技術を融合させることで、アバター×生成AIの新たな世界が切り拓かれていく、今は間違いなくその入口にまでは来たな、という感覚です。

「アバター×生成AI」、普及の鍵はアバターの民主化と信頼性の担保

——なるほど。アバターが本人のいわば「完全な分身」になって、仕事も会議もこなしてくれる、そんな世の中が近い将来に実現するかもしれないのですね。そんなアバターの可能性について、PocketRDでは、どのようにお考えですか。

籾倉 氏:アバター×生成AIで広がる可能性を考えるとき、2つの課題があると考えています。まずは、本人のアバターを「誰がどうやって作るか」ということ。インスタントアバターもありますが、自分に似せたアバターや、なりたい自分をイメージしたアバターを作ろうとしたら、じつはとても時間がかります。アバターは2Dから3Dへと進化し、日本ではゲーム業界がアバターの進化を牽引してきたといえますが、ゲーム会社では1つのアバターに1~2年もの歳月をかけて作ることもよくあります。アバター×生成AIで新しい世界を創り出すには、誰もが簡単に自分自身のアバターを作れるようにならなくてはならないでしょう。しかも、「これなら使ってみたくなる」というような魅力的なアバターを簡単に作れなければ世の中に浸透していかないと思います。

――プロのクリエイターが作るものだったアバターを誰もが手軽に作れるようにする。いわば、アバターの「民主化」ですね。

籾倉 氏:そして、もう一つが、「信頼性の担保」です。本人に代わって仕事をしたり会議で議論したりするんですから、アバターが間違いなく分身であることを信頼してもらわないとなりません。「私は〇〇さんのアバターです」と言われたときに、それを信頼できるのか。人間同士ではないので人間関係ならぬ、AI同士のAI関係における「信頼性の担保」がとても重要になると考えています。

――Pocket RDでは、アバターをはじめ、ブロックチェーンに代表されるWeb3などのテクノロジーをベースとした事業を展開されています。こうした事業を通じて、誰もがアバターを簡単に作れるようにすること、アバターに信頼性を付与することを目指しているのですか。

籾倉 氏:先ほどもお話した通り、アバターを作るのは時間も手間もかかるので、弊社では「AVATARIUM」という、完全自動で誰もが簡単にオリジナルアバターの作成とカスタマイズができるソリューションを提供しています。また、自分で撮影した顔写真をもとに、本人の特長を備えたままTPOに応じたアバターを作れる「i avatar」(アイ・アバター)も提供しています。これらは、多くの人にとってアバターをより身近にしてもらおうという取り組みです。アバターの信頼性の担保についてはブロックチェーンなどの技術を活用できると考えています。
これらの取り組みによって、最終的には個人が持つそれぞれのニーズを把握し、それぞれが欲しいと思うアバターを手に入れてもらえるようにしたいです。

そして、アバターが広く普及していくことで目指しているのは「デジタルダブル」です。リアルとバーチャルの二つの世界を行き来することが当たり前になる世の中が訪れると思っています。例えばオフィスにいる自分と家族と一緒にいるときの自分がそれぞれ違うように、リアルとバーチャルの世界にそれぞれ違う自分がいるような世の中です。バーチャルの世界ではリアルな自分と全く違った自己表現をしてもいいのではないか、例えば、性別や性格、趣味などが異なってもいいのではないかと思っています。

福田:バーチャルとリアルと2つの世界を考えると、アバターはリアルの本人の見た目を大幅に変えて作ることもできます。やはり、「本当にその人のアバターなのか」という信頼性の担保が重要になりますね。バーチャルの世界とはいえ、そのアバターが取った行動が周囲に与える影響などを加味して、新しい倫理感やルールなども必要になってくるでしょう。

テクノロジーと社会実装、両社の強みを生かして協業へ

――アバター×生成AIがキラーテクノロジーになるという視点に立つと、アバターを簡単に作成できる技術や信頼性の担保に強みを持つPocketRDとの協業は、富士通にとって大きな意味を持ちますね。

福田:協業では、両社の持つ強みと強みを掛け算したい。PocketRDの強みはアバターを作る、信頼性を担保するブロックチェーンやWeb3に関連する技術を保有していることで、その分野ではトップランナーです。富士通の強みは、「社会実装」の知見やノウハウ、人材、そして実際に各業界で社会を動かしている顧客基盤を豊富に持っていることです。さまざまな要素をインテグレーションして、それぞれの素晴らしい技術を社会実装していくこと、それこそが今後、富士通が世の中に対して価値を作り、企業としての存在価値を高めていく道だと考えています。

富士通には信頼性とエコシステムがあり、さまざまな企業と一緒に挑戦していく土壌があります。アバター×生成AIを社会実装しようと考えたときにも、さらに「×モビリティ」や「×ヘルスケア」、「×公共サービス」など、さまざまな分野での応用展開と社会実装が考えられ、それぞれで特異な技術を持つ企業とのエコシステムを構築できます。そういったパワーが富士通にはあると信じています。

籾倉 氏:まさにその通りです。富士通は保有している要素技術、社会実装に必要な部品(技術)の数や種類でいえば世界一だと思います。それらをどう組み合わせて、どう仕上げて形にしていくか、その部分をプロデュースするのがPocketRDの役割だと思っています。ですから、アバター×生成AIの領域では、最高のオープンイノベーションができるのではないかと期待しています。

とくに社会実装という視点に立つと、世の中に受け入れてもらうためには既にあるインフラの上に技術を載せていくほうが良いと考えています。その意味では、富士通は国内外でさまざまなシステムの運用基盤をすでに構築しています。その基盤はセキュリティも担保されて信頼性もある。PocketRDの技術を富士通のその基盤の上に乗せることで世界展開を視野に入れた社会実装がよりスムーズにできるのはないかと期待しています。

福田:社会実装について考えると、例えば、自治体の窓口など定型業務が多いところでの活用が期待できます。「住民票が欲しい」、「婚姻届を出したい」など問い合わせごとに業務フローが決まっているものは、テクノロジーで大半を自動化できるでしょう。ただ、そこで重要となるのはヒューマンインターフェース、「体験」です。

利用者にしてみれば、無味乾燥な端末の操作画面だけでは「わかりにくい」、「使いにくい」など不満や不安を感じることもあるでしょう。そこで、窓口にリアルなアバターがいて、それが担当者の温かみを含めて分身のような役割を果たしてくれれば、利用者の不安や不満を解消できるのではないでしょうか。親しみが持てるヒューマンインターフェースで優れたユーザーエクスペリエンスを提供できれば、アバター×生成AIの社会実装はさらにスムーズに進むはずです。

テクノロジーは人間にとって違和感を覚えてしまうものも多くあります。そんなテクノロジーと実際に使う人間との間にある溝を埋めてくれる、そんな役割もアバター×生成AIに期待します。

「アバターまみれ」「AIまみれ」になって新しい世界の扉を自ら開けて欲しい

――最後に、今後の展望とフジトラニュースの読者に向けてのメッセージをお願いします。

福田:皆で、ぜひ「アバターまみれ」、「AIまみれ」になりましょう。アバター×生成AIで新しい世界が切り拓かれる、そういった時代がもうすぐやって来ると確信しています。

私の周囲では「自分のアバターで社内ミーティングに参加して、(見破られずに)乗り切れるか」といった試みをしてみたらどうかと考えてみたり、国産コンピューターの父と呼ばれ、富士通の元専務でもあった故池田 敏雄 氏をアバター×生成AIで蘇らせ、現在の富士通の社長の時田と対談したりしたらどうかなど検討しています。

池田氏のアバターを作り、発言や考え、行動パターンなどに関連する情報をすべてAIに学習させてまさに「ご本人の分身」を作り上げることができれば、果たしてどのような対談となるのかワクワクしませんか。こういったこともアバター×生成AIで可能になるでしょう。そう考えると可能性は無限ともいえます。もちろん、それと同時に解決すべきAI倫理などもありますが、ぜひとも、このキラーテクノロジーに積極的に触れて、ご自身で新しい世界の扉を開ける、そんな取り組みをしていきたいと思います。

籾倉 氏:元富士通の社員として、そして、今は外から富士通を見ているパートナーとして、富士通が自ら変革していこうという取り組みを素晴らしいと思っています。今回の協業もそれぞれの立場はありますが、枠にとらわれずにオープンイノベーションで世の中にインパクトを与えるような成果を出していきたいです。

ゆくゆくは、われわれ日本発の画期的なテクノロジーでデジタルダブルを実現し、世界中をあっと言わせたいですね。日本の3Dに関するデザイン力は世界中で支持されています。特に万人受けする親しみやすいキャラクターを生み出すデザイン力は、世界に誇る最高のコンテンツであり、次代を担う輸出ビジネスであることは誰もが知るところです。ブロックチェーンやセキュリティなどの要素技術も重要ですが、なによりも持続可能性が高いコンテンツを生み出せる日本の底力こそが大きな「価値」と「勝ち」を生み出すと確信しています。そして、アバターはそのど真ん中にいるもっとも重要なコンテンツのひとつと信じています。

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