量子コンピューティングの新時代~期待から実践的準備へ~

社会課題の複雑化に伴い、求解に膨大な計算量を要する問題が増えており、従来型のコンピュータの処理性能を超えた高速な計算が可能な量子コンピュータの実用化が期待されています。今もなお加速している、富士通の量子コンピューティングによるイノベーション活動についてご紹介します。
※写真:「理研RQC-富士通連携センター」で開発した超電導量子コンピュータ

目次
  1. 量子コンピューティングへの高まる期待
  2. 実用的な量子コンピュータの実現に向けたイノベーションの重要性
  3. 完全なエラー耐性を持つ量子コンピュータの実現を待たずに、行動を開始する必要性
  4. 加速する量子コンピューティングのイノベーション活動
  5. 享受可能な経済価値と優先ユースケース
  6. 新時代の到来に向けて

量子コンピューティングへの高まる期待

近年、従来のコンピュータを遥かに凌駕する計算速度を実現する可能性を秘めた量子コンピュータは、政府や学術界から大きな注目を集めています。2019年10月には、Googleが「量子超越性」※1を達成したと発表し、世界中を驚かせ、業界における量子コンピューティングの新時代への期待が一層高まりました。

その背後には、ムーアの法則に従って進化してきた半導体の微細化技術が限界に近づいており、現行の計算能力では新たな計算ニーズに対応できなくなっていることがあります。一方で、デジタル時代の到来により、処理されるデータ量が急激に増加しています。そのため、材料特性、機械学習・AIモデルのトレーニング、社会・経済システムの最適化などの複雑な課題を解決するには、コンピューティング技術の劇的な革新が求められているのです。まさに、量子コンピューティングはこの課題に対する解決策として注目されています。

量子コンピューティングへの期待が高まるにつれ、主要国政府の開発支援政策が加速し、民間からの投資が増えたことで起業活動も活発化しています。

  • ※1
    プログラム可能な量子デバイスが、どの様な古典コンピュータでも実用的な時間では解決できない問題を解決できることを(問題の有用性に関係なく)証明することである。

実用的な量子コンピュータの実現に向けたイノベーションの重要性

期待が高まっているとはいえ、商業ベースで実用的な量子コンピューティング技術(ハードウェアとソフトウェア)を実現することは容易ではありません。

量子コンピュータは、原子や亜原子レベルでの自然現象を表す量子力学の原理を活用して開発される新たなコンピューティング技術です。量子コンピュータは従来型のコンピュータのビットに代わり、量子ビットを使用しますが、量子ビットは特定の時間に複数の状態で存在するという独特の能力を持っています。そして、量子ビットは重ね合わせと量子もつれという、量子力学が持つ2つの強力な物理的特性によって支えられています。

ただし、これら二つの特性やコンピューティングで利用する量子ビットの状態は非常に繊細で壊れやすく、周囲のノイズや熱、その他の要因によって計算時間や正確さが影響を受けます。そのため、このような課題を克服し、量子コンピュータが商業的に実用化されるまでには、多くのイノベーションが必要となります。

完全なエラー耐性を持つ量子コンピュータの実現を待たずに、行動を開始する必要性

マッキンゼーによると、完全なFTQC(フォールトトレラント量子コンピュータ或いはエラー耐性量子コンピュータ)※2の実現について、回答者の72%が2035年までに実現、28%が2040年までに実現するという調査結果が公表されています。つまり、量子コンピュータが産業界の期待に応えて商業的に実用化されるまでには、あと10年ほどの時間が必要とされています。

しかし、産業界は量子コンピューティングの新時代に取り残されることで、ディスラプションを受けたり、早期採用者に競争上の不利を被るリスクがあります。なぜなら、量子コンピューティングのイノベーション活動は加速しており、FTQCに向けた中間技術※3もすでに実用化されているからです。

さまざまな社会課題解決に活かされる多様なコンピューティング技術
  • ※2
    完全なFTQC(エラー耐性量子コンピュータ):エラー訂正技術によりエラー率が閾値の範囲内に抑えて正確な計算ができ、量子コンピューティングの優位性が完全に実現されるコンピュータ。
  • ※3
    量子技術に着想した、従来のICチップ(デジタルアニーラ等)やコンピュータ(量子シミレーター等)で実現する計算技術を指す。

加速する量子コンピューティングのイノベーション活動

開発資金については、公的資金やリスクマネーの参入が現在高い水準を維持しており、今後も拡大が見込まれています。例えば、IDCの予測(2023年8月)によると、量子コンピュータへの投資(開発、実証実験など)は2027年までに164億ドルに達し、2023年から2027年までの5年間のCAGR(年平均成長率)は11%に達すると予測されています。

技術面においては、IBM、Google、富士通などの大手企業や著名なスタートアップによる技術開発(ハードウェア、ソフトウェア、エラー訂正、量子アルゴリズム、可能なアプリケーションなど)が活発化しており、様々な進化が報告されています。例えば、富士通は、量子コンピュータの実用化を加速するため、大阪大学と共同で新しい量子コンピューティング・アーキテクチャを開発しました。これにより、1万個の物理量子ビットがあれば、現在のコンピュータの最高性能の約10万倍に相当する64個の論理量子ビット量子コンピュータの構築が可能となります。これは、FTQCに向けた重要な技術的進歩と考えられます。

また、富士通は、従来型スーパーコンピュータ「富岳」の技術を用いて、世界最速の40量子ビット量子シミュレータの開発に成功しました。富士通は、理化学研究所と共同で開発した64量子ビットの超伝導量子コンピュータとこの40量子ビットのシミュレータを組み合わせて利用できるハイブリッド量子クラウドプラットフォームを開発しました(下図)。その結果、量子化学計算、量子金融アルゴリズム、量子アプリケーションなどの開発が加速することが期待されます。

富士通ハイブリッド量子コンピューティングプラットフォームの概要

これらの量子コンピューティング技術を組み合わせて、富士通はすでに富士フイルム、東京エレクトロン、みずほフィナンシャルグループなどとの実証実験を進めています。

享受可能な経済価値と優先ユースケース

マッキンゼーによると、量子コンピュータによってもたらされる経済効果は2035年までに約1兆3000億ドルに達すると推定されています。ただし、経済効果は特定の時点ではなく、導入者数の増加に伴って徐々に拡大していくことを考慮する必要があります。

経済的影響は業界によっても異なります。特に、金融、化学、ライフサイエンス、自動車業界が(付加価値の点で)大きなベネフィットを受けると予想されます。これらの業界は、量子コンピューティングベンダーとの共同実証実験や早期採用に対するインセンティブが比較的強いと考えられます。

量子コンピューティングの価値を有効活用できるユースケースレベル(応用分野)として、次の4つが期待されています。

  1. 最適化:ポートフォリオの最適化、ネットワークの最適化など
  2. 機械学習/AIの強化:不正検出、迅速なAIトレーニングなど
  3. シミュレーション:価格設定方法、材料シミュレーションなど
  4. 量子暗号: Shorのアルゴリズムなど。
    ただし、量子アルゴリズムは、現在の古典的な暗号プロトコルを破ることによって、様々なサービスに脅威を与える可能性を考慮する必要があります。

新時代の到来に向けて

量子コンピューティング技術(ハードウェア・ソフトウェア)開発の難しさから、今後もユースケース、タスクの内容などに応じて、量子コンピュータと従来のコンピュータの間の補完的な関係をうまく活用していく必要があります。つまり、従来型コンピュータと量子コンピュータはそれぞれ得意な計算タスクが存在し、技術的およびコストパフォーマンスなどの観点から考慮すると、両者は互いに補完し合う関係にあり、長期的に共存すると考えられます。

産業界は、量子コンピューティング技術開発の進歩だけでなく、ユースケースの開発や企業の導入動向に注意を払う必要があります。人材育成を含め、知識・技能の習得も重要です。今から、必要な投資を含む実践的な準備をお勧めします。

プロフィール

富士通株式会社
チーフデジタルエコノミスト 博士 金 堅敏(Jiamin Jin)

2020年 富士通株式会社 チーフデジタルエコノミスト
1998年 富士通総研 主席研究員
主に世界経済、デジタルイノベーション/デジタルトランスフォーメーションに焦点を当てた研究に従事。著書物に『自由貿易と環境保護』などの書籍。直近の著作物:以下の富士通ホワイトペーパー、ほか。

  • 量子コンピューティング時代の到来に向けて:視座を高くして堅実な取り組みを(2023,共著)
  • サプライチェーンの生産性、回復力、持続可能性を高める変革を(2023)
  • 革新的エンタープライズ5G:DXの魅力的なイネーブラーとなるために(2023年)
  • VUCA時代に台頭するコンポーザブルエンタープライズ:構想から実践まで(2023年)
  • 製造業におけるデジタル変革:経営幹部が直面する最大の課題と実証済みのソリューション(2022)
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