食糧危機に立ち向かう量子インスパイアード・コンピューティングの可能性

地球温暖化や急速に増加する人口などの影響で、今、私たちの食糧供給システムは危機に直面しています。
作物の品質の低下や収穫量の減少など、影響は世界中に現れています。この課題に真正面から取り組んでいるのが、富士通のInnovation Consulting & Solutions、Vice PresidentであるNicholas Lee(ニコラス・リー)です。
Nicholasは、20年以上にわたる経験と、最先端テクノロジーとビジネス価値を結びつける専門知識を駆使して、ライフサイエンス企業バイエル社の業績を大きく飛躍させました。
その問題解決の手法をご紹介します。

目次
  1. 「すべての人に健康を、飢餓をゼロに」
  2. 従来型コンピューティング技術では解決できない難題とは?
  3. ナレッジシェアに基づくハイブリッドなアプローチ
  4. 再現可能なソリューションを生み出すイノベーションコンサルティング
  5. デジタルアニーラが描くサプライチェーン・マネジメントの未来

「すべての人に健康を、飢餓をゼロに」

今、世界中の人々は危機的な食糧の不足と不安に直面しています。バイエルグループの一員、バイエルクロップサイエンス(以下、バイエル社)はこの厳しい状況に立ち向かうため「Health for all, Hunger for none (すべての人に健康を、飢餓をゼロに)」をビジョンとして策定しました。

バイエル社の提供する製品やサービスは、持続可能な農業生産システムを確立し、世界の食糧危機の解決を目指しています。特に、作物の種子の生産効率を高め、サプライチェーンの強化を支援する農業の変革に取り組んできました。富士通はバイエル社とともに、人々の生活を向上させ、より豊かな社会を築くという共通の目的を持って、厳しさを増す食糧危機の解決に挑みました。

従来型コンピューティング技術では解決できない難題とは?

穀物の種子の安定した生産は食糧供給に欠かせない要素です。しかし、天候、場所、コストなどの外部要因によって、実際の収量量を正確に予測することは困難でした。
バイエル社は、グローバルに展開する自社の農業サプライチェーンの管理・運用について、迅速かつ正確にシミュレーションできる新しい技術の開発に取り組んできました。しかし、既存のコンピュータ技術では、プロセスに必要な精度が足りませんでした。
バイエル社のデジタルトランスフォーメーションのリーダーUlf Hengstmann(ウルフ・ヘングスマン)博士は、現在のコンピュータ技術の限界について次のように説明しています。「現在のコンピューティングの限界は、全ての変数を考慮できないところにあります。また、ローカルな最適値しか見つけられない点においても課題があります。私たちはこの課題を克服できる技術的な解決策を常に探していました」。

Nicholasは、富士通の量子インスパイアードコンピューティング技術、デジタルアニーラ(※1)の導入を提案しました。デジタルアニーラの特性がそれまでの最適化とシミュレーションモデルを一新できると考えたのです。

  • ※1
    デジタルアニーラ(Digital Annealer):量子現象に着想を得て、古典的なコンピュータでは解決が困難な組合せ最適化問題を高速に解くことができる富士通独自のコンピューティング技術。

ナレッジシェアに基づくハイブリッドなアプローチ

2021年5月、Nicholasは、バイエル社の事業全体における課題をより深く分析する新しいナレッジシェアを開始しました。
様々なビジネス部門を検討した結果、2つの課題から取り組むことに決定しました。バイエル社のサプライチェーンで7つのレイヤーを持つ170の生産施設、そして1300もの原材料が関わる複雑な生産スケジュールにおける課題解決です。バイエル社には、サプライチェーンの持続可能性について高い目標を設定するよう求めました。生産業界全体の課題は新型コロナウイルスのピークから時間が経過したにもかかわらず、コストの変動や作業停止、資源制限などが要因となり、サプライチェーンが極端に不安定なままだったことでした。種子生産についても同じ課題を抱えており、それらの要因が農業の収穫にも直接的な影響を与えていました。

Fujitsu North America
Innovation Consulting & Solutions
Vice President, Nicholas Lee(ニコラス・リー)

Nicholasは、問題の根源まで遡って考えることにしました。
まずは両社の研究者、有識者などによるプロジェクトチームを結成。富士通のツールと方法論を活用しながら、量子インスピレーション、HPC(※2)、AI による機械学習、従来型コンピューティングをバランスよく組み合わせました。さらに課題のモデリングやデータの変換など、それぞれの処理に最適なテクノロジーを用いることで、それまでなかった解決策を見つけることができたのです。

今回の成果を受けて、バイエル社のサプライチェーンデザイン&エクセレンス担当のDavid Betge(デイビッド・ベッジ)博士は、「デジタルアニーラの活用は、私たちにとって、新しい技術を試す良い機会でした。それまでの考え方や既存のモデルの枠を打ち破ることができたのです」とコメントしています。

  • ※2
    HPC:ハイ・パフォーマンス・コンピューティング(High Performance Computing)の略で、問題解決のために必要とされる数理からコンピュータシステム技術まで総合的に扱う学問分野。

再現可能なソリューションを生み出すイノベーションコンサルティング

今回の富士通のプロジェクトチームは、目の前の問題を解決するだけではなく、より深い部分でクライアントに貢献できる、グローバルで再現可能なソリューションを生み出すことを目指しました。Nicholasは、これを「イノベーションコンサルティング」と呼んでいます。
彼は、その過程におけるデザイン思考のワークショップや実現可能性のテストを通じて、高いビジネス価値を持つ目標を特定しました。また、モデリングには、組み合わせ最適化(※3)の技法が最も有効であることを発見し、デジタルアニーラとAIによる機械学習のバックグラウンドIPが新たなビジネス価値を引き出すことにつながることを見出しました。
さらに、いくつかの生産施設で検証した結果、プランニング、スケジューリング、ルートの決定、そして配分の課題が、技術的に解決可能であることがわかりました。しかし最終的な問題は、原材料の入手から製品の最終納品までの複雑なサプライチェーンを包括しつつ、サプライチェーン全体の課題を一瞬で解決できるかどうかということでした。その結果、様々な国の170もの生産施設にまたがるサプライチェーン全体のシミュレーションが可能となりました。かつては難しいと思われていた問題を解決して、柔軟性と回復力を持つ、新しいレベルのサプライチェーンを作り出すことができたのです。

Nicholasのイノベーションのアイデアとリーダーシップはバイエル社に高く評価されました。後にチームはデジタルアニーラを活用し、今まで非常に難解だった物資調達の最適解をわずか300秒で出せるようになりました。
今後さらに重要となる、複雑なAI による機械学習や最適化問題への対処もまとまりました。Nicholasはプロジェクトを振り返り「種子生産のライフサイクルとサプライチェーンを効率化し、生産工程を持続可能にする新しい道を切り拓くことができました」と語っています。

  • ※3
    組み合わせ最適化:様々な組み合わせを順次試すのではなく、一度の処理で多数の結果を得る最適化手法。

デジタルアニーラが描くサプライチェーン・マネジメントの未来

解決策の提案だけでは、今回のプロジェクトは終わりません。Nicholasは、こうした手法はグローバル規模の生産設備や関連領域の問題解決にも応用できるのではと考えています。

「最適解を300秒で導き出せるようになったこと自体に、ビジネス価値があるわけではありません」とNicholasは言います。「一日に何百回も同じ種類の問題を解決することによって、生産環境の高頻度シミュレーションが可能となります。その結果、生産ネットワーク全体のリスクが低減します。本当のビジネス価値は、そこに生まれるのです」。

デジタルアニーラは今、バイエル社の生産プロセスを幅広くカバーし、迅速にソリューションを提供できるモデルを提供しています。このモデルによって、生産者はより信頼性が高く、環境に優しいサプライチェーンを築き、資材調達計画を実現することができます。農地不足や高齢化が進み、食料生産と人々の栄養確保のために強力なサプライチェーンが不可欠となっている今、こうしたモデルは特に重要となると考えられます。
バイエル社と富士通の共同作業は、地球規模の問題解決に大きく貢献できると我々は確信しています。
Nicholasは、今回のプロジェクトの手法が、将来的に製薬、化学、食品などの製造業における生産スケジュール課題を解決するための基盤になるのではないかと考えています。これからも食糧安定供給への投資と協力を続け、ソリューションが企業のサプライチェーンの変化への対応力や、危機からの回復力の向上に役立てばと期待しています。

Fujitsu North America
Nicholas Lee(ニコラス・リー)

20年以上にわたりビジネスの新たな価値促進を実現し、複数のグローバル製品およびサービスを主導してきました。そして、製造・物流、テクノロジー、小売、金融、ヘルスケア・ライフサイエンス、公共セクター、エネルギー、テレコミュニケーションなど、多岐にわたる産業分野で、システムインテグレーション、グローバルセールス&サービス、共創・デザイン思考センター、グローバル製品、新興技術&イノベーションなどの領域にまたがる幅広い知見を有しています。

  • この記事はFujitsu Blogに掲載された「Harvesting the future: the innovation linking a global agricultural supply chain」の抄訳です。
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