小売業界では、顧客体験の向上にむけ、デジタル技術を活用した「スマートストア」が注目されています。今回、イオンスタイル川口(埼玉県川口市)を皮切りに全国規模でスマートストア化を推進するイオンリテール株式会社(以下、イオンリテール)執行役員 システム企画本部長 山本実氏と、同社の取り組みをテクノロジーで支える、富士通Digital Solution事業本部サステナブルシティ事業部マネージャー鈴木智美にスマートストア化を通じて目指すことについて話を聞きました。
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お客さまと地域のためにスマートストア化を牽引するイオンリテール
「お客さまを原点に平和を追求し、人間を尊重し、地域社会に貢献する――」
イオンリテールはその理念を実現する一環として、スマートストア化を推進しています。
そこでまず、その新しい取り組みを主導する同社執行役員 システム企画本部長 山本実氏にスマートストア化への思いを伺いました。
――御社が業界に先駆けてスマートストアに取り組まれる意義を教えてください。
山本氏: 海外と比べてみると日本はDXに対する投資が非常に遅れています。小売業で言えば、海外でデジタル技術を活用した新しい購買体験が次々と提供される一方、日本では、昔から変わらない購買スタイルを、ある意味各地域のお客さまに許容いただいているという状況があります。その中で、全国に店舗を展開させていただいている我々が業界の中で遅れることなく、積極的にスマートストアに投資をすることによって日本の小売業のDXを加速させ、地域のお客さまにより良い購買体験をご提供する改革を進めなければなりません。
――では、スマートストア化において、どのような思いで取り組まれているのでしょうか。
山本氏: 大きく二つの視点があります。まず一つは、お客さまのCX(カスタマー・エクスペリエンス=顧客体験)を向上させことで、地域のお客さまに対し、単なる商品販売とは別の価値を店舗に感じていただきたいと考えています。デジタル技術を用いて、お客さまと新たなタッチポイントを開拓しながら、お客さまの「今、買いたいもの」「今、知りたいもの」に合わせた、便利であたたかい購買体験をご提供したいと考えています。そして、もう一つはEX(エンプロイー・エクスペリエンス=従業員体験)です。デジタル活用の取り組みを従業員の働き方や労働環境の改善にも波及させることで、業務の生産性を向上させ、それを働きがいにもつなげたいと考えています。
リテール革命を実現した、データドリブンな店舗運営とテクノロジー
小売業では、お客さまと従業員双方の3密を避けた上での安心・安全な営業など、従来のマーチャンダイジングや店舗づくりからの脱却という課題も叫ばれています。それらを解決するスマートストア化の一環として、イオンリテールは富士通のAI映像解析ソリューション「GREENAGES Citywide Surveillance」(以下、CWS)を採用。2021年5月よりイオンスタイル川口(埼玉県川口市)において運用が始まりました。
山本氏: 今回CWSを採用させていただいた理由は、まず、もともと設置していたカメラをそのまま活用できたこと。その上で人物検知の精度が非常に高く、マスクをしていても来店客の体格や服装などの特徴から、性別や年代を捉えられる。そこが決め手です。店舗のリアルデータをより正確に収集・分析できるようになれば、人流の分析やマーケティングの在り方が大きく変わると感じました。
CWSの導入において、現場での課題リサーチから実証実験の推進、KPI設定などの全体計画を担当する、富士通Digital Solution事業本部マネージャー鈴木智美に、今回の協業への思いを聞きました。
――未来のスマートストア化に対し、どのような思いがあり今回の協業を推進されたのでしょうか?
鈴木: 一つ目は、コロナ禍において感染リスクがある中、最前線で勤務され社会のエッセンシャルインフラを維持している食品スーパーの事業者の方や店舗スタッフの方々の働きやすさに少しでも貢献したいと思いました。二つ目は、日本におけるリアル店舗での購買体験の向上には、まだまだ改善の余地があると考えており、新しいリアル店舗マネジメントにも富士通のテクノロジーとサービスで貢献したいと考えています。
――では、富士通が提供するGREENAGES Citywide Surveillanceの仕組みについて教えてください。
鈴木: このシステムは、店舗内の天井などに設置されている一般的なネットワークカメラで取得した映像データをAIで画像解析するものになります。
使われ方は大きく二つあり、一つ目は「イベント検知」。これまで店舗スタッフが目視で一つひとつ確認していたものをAIが代わりに検知するというもの。例えば、接客検知においては、スタッフが売場に張り付いて見なければいけなかった場面をAIが代わりに気付いてスタッフ用端末にお知らせすることができるので、迅速かつ最適なタイミングでの接客につながります。
鈴木: もう一つはデータドリブンな店舗運営という部分に関わってくる「トラフィック解析」です。これは店舗でお客さまがどのように回遊しているか、移動しているか、さらに「商品を手に取る」「成分を見て買わなかった」など、細部まで客観的な購買行動のデータを取得することができるので、より買い物しやすい店内レイアウトや品揃え計画の立案を支援します。
――そうしたAI技術におけるデータドリブンの重要性については、どう考えられていますか?
鈴木: 例えば品揃えや店舗レイアウトなど、現場のベテランスタッフの勘や経験によるノウハウは正しいと思いますが、すべてを人手で計測して情報を集めるには限界があります。労働力不足は様々な業界で課題となっているので、そのような部分をAIが支援し、より客観的なデータに基づいた改善策の策定に役立つと思います。
AIカメラが貢献する接客品質の向上と顧客体験の可能性
CWSは2022年5月現在、イオンスタイルで25店舗に拡大。その具体的な効果について山本氏はこう話します。
山本氏: 現在はリアルタイム検知が中心で、課題だった酒類販売の未成年検知に関しては90%の精度で反応しています。これは万が一、販売スタッフが未成年と間違えても、非常に精度の高いシステムのデータ提出により、法に触れるリスクを抑えられます。もう一つは接客検知において、重点を置いてカメラを入れた部門は、平均値で130%以上の売上増を記録しており、それらの効果が各店にAIカメラを拡張できる大きな理由になっています。
そして、実際の販売の現場における効果について、イオンスタイル川口の小島英明店長が続けます。
小島氏: 弊社の店舗では売場が広いが故に「商品のことを聞きたくても近くに従業員がいない」といったお客さまの声をよく耳にします。そうした課題を解決するべくAIカメラを接客に活用しました。導入後の購入率向上が従業員の自信につながり、また、従業員一人ひとりが接客に向かう機会も増え「接客することが楽しみになった」と嬉しそうに話しています。導入したAIの仕組みをきっかけとして、従業員がいきいきと働けるようになることが、DXの目指す姿だと現場も実感しています。
さらに、CWSによって蓄積されたデータは、今後の店舗運営において貴重な資産になると山本氏。
山本氏: 小売業界におけるデータ活用は、購入履歴だけがわかるPOSで止まっていました。
それが今回のAI技術によって、どれくらいの方が通路を通過し、立ち止まり、商品を手にしてカゴに入れたか、という細かい検知ができるようになりました。購買前の行動データまで取得でき、ECサイトでいうところのコンバージョンレートがリアルの店舗でも取れるようになったのが大きいです。どこが課題なのかがわかるわけです。現在は、富士通さんと一緒にトラフィック解析によるゾーニングの手直しで定量効果を図るデータドリブンな店舗運営へのチャレンジをしているところです。
未来の体験価値を高め、豊かな暮らしを創る
最後にスマートストア化における今後の展望をお二人に聞きました。
山本氏: 我々は、新店舗ができると同時に、そこに完成度の高い最新のシステムを実装するマイルストーンを設定しています。そのような意味で、まず2022年の秋に横浜・天王町にオープン予定の新店舗を次世代のスマートストアとしてしっかり定着させること。そうした取り組みを続け、一つひとつの成果を確認し、活用ラインの高いシステムをしっかり展開していきたいと考えています。お客さまの体験価値を高めながら従業員の働きがいにつながる仕組みを取り入れ、CXとEXが融合したDX化を目指していきます。
鈴木: 未来の店舗づくりに関しては、より科学的な根拠に基づいたスマートストアにチャレンジしたいと思っています。例えば、人文科学や心理学に基づいて、より買い回りがしやすい導線が設計されたお店や、ついつい多く買ってしまうようなレイアウトが取り入れられたお店などです。それらを実店舗で取り組む前に仮想空間上で再現し、想定する効果が得られそうか確認してから実際にコストをかけて動かすといったスキームができればと思います。科学は日常生活とかけ離れたところだけではなく、私たちの身近な暮らしの中で貢献できる部分がもっとある。実生活に直接貢献できるテクノロジーの提案を通じて、イオンリテール様をはじめ、多くのお客さまの社会課題を解決し、体験価値の向上に貢献していきたいです。