社会保障政策の重心の見直し:年齢からジェンダーへ
安定した市民生活の実現やSDGsの達成のためには、社会保障政策の「重心」を現在のように高齢者らに置くのではなくて、シングルマザーらに置く、すなわち「年齢」ではなく「ジェンダー」を考慮して設定することの必要性を指摘し、地域において社会保障政策の実践を担う地方自治体の役割が大きいことを述べる。
1. はじめに
近年、所得格差が拡大し、市民生活が不安定化しているとして、大きな関心が示されている。また、日本はジェンダー格差が国際的に大きく、「持続可能な開発目標(SDGs=Sustainable Development Goals)」を達成するためには、ジェンダー平等に関する取り組みを強化する必要性が指摘されている。
本稿では、まず新型コロナウイルス禍においてシングルマザーの雇用が大きな打撃を受け、経済状況が厳しいことを明らかにする。その上で、安定した市民生活の実現やSDGsの達成のためには、社会保障政策の「重心」を現在のように高齢者らに置くのではなくて、シングルマザーらに置く、すなわち「年齢」ではなく「ジェンダー」を考慮して設定することの必要性を指摘し、地域において社会保障政策の実践を担う地方自治体の役割が大きいことを述べる。
2. 年齢に重心を置く現在の社会保障政策
社会保障政策とは、市民の安定した生活や安心できる生活を確保するためのものである。その機能としては、主に生活安定・向上機能、所得再分配機能、経済安定機能がある。
このうち所得再分配機能とは、所得を個人や世帯の間で移転させることによって市民生活の安定を図るものである。厚生労働省が2023年8月に公表した「所得再分配調査」の結果によると、所得格差の大きさを「0〜1」で表す「ジニ係数」が、21年に上昇したことが判明。所得格差が拡大し、市民生活が不安定化しているとして、所得再分配機能に大きな関心が示されている。
年齢階層別の所得再分配後の所得(再分配所得)のジニ係数と、所得再分配によってジニ係数が減少した割合である「改善度」は、(図表1)の通りである。改善度は年齢とともに上昇し、65歳以上で急上昇する傾向が見て取れる。ここから現在の社会保障政策が年齢に重心を置き、高齢者は公的年金などによって所得再分配が手厚く行われていることが分かる。
一方、世帯構造別の再分配所得のジニ係数と改善度を見ると(図表2)、21年は「一人親と未婚の子のみの世帯」が、ジニ係数は最も高いものの、改善度は最も低くなっている。所得格差は大きいが、所得再分配は手薄であることが分かる。
厚労省の「全国ひとり親世帯等調査結果報告」(21年11月1日現在)によると、一人親世帯になったときの親の年齢は、父・母ともに30〜40代が最も多くなっている。一人親世帯は高齢者が少なく、現在の社会保障政策における所得再分配の重心からは外れていると考えられる。
3. コロナ禍で打撃を受けたシングルマザーの雇用
前出の「全国ひとり親世帯等調査結果報告」によると、シングルマザーである母子世帯は約119万5000世帯、シングルファザーである父子世帯は約14万9000世帯あり、一人親世帯はシングルマザーが9割を占めている。
一人親世帯の雇用状況を見ると(図表3)、シングルマザーは雇用の不安定な「パート・アルバイト等」が33.5%と、シングルファザー(4.3%)より高い。平均年間収入も272万円と、シングルファザー(518万円)の半分程度にとどまっており、シングルマザーが多い一人親世帯の雇用状況は厳しいと考えられる。
新型コロナは19年12月に中国で確認されて以降、世界的に感染が拡大し、20年3月には世界保健機関(WHO=World Health Organization)がパンデミック(世界的大流行)を宣言した。感染拡大防止のため、諸外国・地域ではイベントの開催中止をはじめとする行動制限が導入され、日本においても20年4月から21年9月にかけて、行動制限を伴う緊急事態宣言が4回、発出されている。
このような行動規制の影響で、個人・企業の消費や投資といった経済活動が滞り、パートやアルバイトなどの不安定な雇用が打撃を受ける「コロナ禍」が発生している。
新型コロナは19年12月に中国で確認されて以降、世界的に感染が拡大し、20年3月には世界保健機関(WHO=World Health Organization)がパンデミック(世界的大流行)を宣言した。感染拡大防止のため、諸外国・地域ではイベントの開催中止をはじめとする行動制限が導入され、日本においても20年4月から21年9月にかけて、行動制限を伴う緊急事態宣言が4回、発出されている。
このような行動規制の影響で、個人・企業の消費や投資といった経済活動が滞り、パートやアルバイトなどの不安定な雇用が打撃を受ける「コロナ禍」が発生している。
日本でコロナの感染拡大が始まった20年1月を基準として、緊急事態宣言が発出されるなど感染拡大が深刻化した21年までの失業率の変化を性別・年齢階層別に見ると(図表4)、20年の前半は男性・女性ともに「15〜24歳」が大きく上昇していることが分かる。
そして20年の後半には、女性の「15〜24歳」「25〜34歳」「45〜54歳」が大きく上昇しており、シングルマザーの年齢階層と重なる。ここからコロナ禍においては、パートやアルバイトなどの不安定な雇用が多いシングルマザーが、より大きな打撃を受けたと考えられる。
4. ジェンダーを配慮した社会保障政策の必要性
22年版の「男女共同参画白書」(内閣府)によると、20〜40代でシングルマザーになった人の貧困率は、女性全体と比べて2倍程度、高くなっている(図表5)。コロナ禍で雇用が大きな打撃を受けたシングルマザーを取り巻く経済状況は厳しいと考えられる。
一方、世界経済フォーラム(WEF=World Economic Forum)が23年6月に公表した同年版のジェンダーギャップ指数によると、日本は146カ国中125位であり、先進国では最下位だった。06年の公表開始以来、大きな改善は見られず、常に下位にとどまっている。
こうした状況から、日本が所得格差を是正し、安定した市民生活を実現するとともに、ジェンダー平等などを目指すSDGsを達成するためには、社会保障政策の重心について、現在のように「年齢」ではなく「ジェンダー」を考慮して設定し、所得再分配機能などを発揮させていくことが必要であると考えられる。
特に、地域において医療や福祉、社会扶助といった行政サービスの提供を担う自治体には、シングルマザーをはじめ、ジェンダーに関する住民ニーズの変化を的確に把握して社会保障政策の重心を見直し、実践していくことが求められている。
- (注1)「時事通信社発行『地方行政』 2023年10月16日号に掲載されたものです。
- (注2)本記事・画像・写真を無断で転載することを固く禁じます。
坂野 成俊(さかの なるとし)
Sakano, Narutoshi
公共政策研究センター長
専門分野
- 日本企業の海外展開戦略
- 環境・経済分析
- 自治体経営
1999年慶応義塾大学経済学部卒業、2001年一橋大学経済学研究科修了、同年富士通総研入社。主にICT・交通分野など日本企業の海外展開の促進に関する政策や経済動向、環境政策等に関する調査研究業務のほか、地方自治体の各種計画策定等に関するコンサルティング業務に従事。
『Smart City Emergence 1st Edition』(Elsevier/2019年7月)で「The Smart City of Nara, Japan」や、『運輸と経済(2019年10月)』(交通経済研究所)で「民間力を活用したメンテナンスについて~英国からの教訓~」等を執筆。日本規格協会で「日ASEANコールドチェーン物流ガイドラインのJSA-S化(2019年度)」の委員等も務める。
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