高等教育におけるDXのトレンドと今後の推進に向けたポイント

高等教育では、文部科学省が2021年度に「デジタルを活用した大学・高等教育高度化プラン(Plus-DX)」をスタートするなど、DXへの注目度が集まっています。本稿では、遠隔授業などの教育DXや事務手続オンライン化に向けた検討をこれから進め始める、もしくは今まさに進めつつある大学関係者の皆様を対象として、高等教育におけるDXのトレンド等を踏まえて推進に向けた検討のポイントについてご紹介します。

はじめに

民間企業では、さまざまな業種や分野でDX(デジタルトランスフォーメーション)への取り組みが推進されています。

高等教育でも文部科学省が2021年度に「デジタルを活用した大学・高等教育高度化プラン(Plus-DX)」(※1)をスタートするなどして、DXへの注目度が集まっています。

1.高等教育におけるDXのトレンド

前述のPlus-DXは、「DX推進計画」の策定が申請要件であり、約2週間というタイトな申請スケジュールにも関わらず、国公立・私立大学を中心として252件の申請がありました。

この募集は2つのテーマでなされました。1つ目のテーマは「学習者本位の教育の実現」です。本テーマでは174件の申請があり、44件が採択されました。採択事業の取組名称には、「個別最適、(能動的)学修」というキーワードが多く、その実現手段としては学修管理システム(LMS)の導入やAIによる学修データの解析が目立ちます。この背景として、従来の講義形式の受動的な授業から学修者の能動的な授業への参加を促すアクティブラーニングへの移行が、文部科学省によって推進されていることがあります。具体的には、義務教育段階の学習指導要領(平成29年告示)においてアクティブラーニング実施のポイントとなる「主体的・対話的で深い学び」の視点からの学習過程の改善が取り込まれました。この学生によるアクティブラーニングを支援するのが「個別最適」な学びであり、学生一人一人に応じた指導等を実現するための仕組みが各採択校によって提案されています。

2つ目のテーマは「学びの質の向上」です。本テーマでは78件の申請があり、10件が採択されました。VR(Virtual Reality)などを用いて、これまで困難と思われていた内容の遠隔授業・デジタル学習を実現する仕組みが各採択校によって提案されています。

各大学等の取組概要については、今後、文部科学省のウェブサイトにて掲載される予定です。

また、コロナ禍で遠隔授業が浸透して大学の講義はオンライン化が定着した一方で、事務作業はアナログのままとの声もあります。株式会社コンカーが大学に務める教員・職員412名を対象に実施した「大学の業務のデジタル化に関する調査」によると、講義に関しては「デジタル化されている」と回答した人は約9割であったのに対し、大学での事務作業に関しては「デジタル化されている」と回答したのは58%に留まりました。7月13日に私立大学キャンパスシステム研究会(CS研)の主催で実施した勉強会「DXの理解を深める~DX基本編~」の参加者188名への事前アンケートの回答からは、業務が複雑・多様化しておりデジタル化による業務改革・効率化は民間企業と同様に大学でも必要との声が多く寄せられました。そのため、事務作業を含む業務の改革・効率化も高等教育におけるDXに欠かせないテーマであると考えます。

2.DXとは ~DX事例の紹介~

DXを推進するにあたって、先ずはDXとは何なのかを理解いただくため、以下に事例を交えてご紹介します。

経済産業省によるDXの定義(※2)では、「企業がデジタル環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」とあります。

この定義から、DXは何等かの変革を伴うものであり、その変革の対象は多岐に渡ることが分かります。

国内外の大学におけるDX事例に目を向けると、先の「学修者本位の教育の実現」は大学におけるサービスの変革と言えます。先行するミネルバ大学(※3)は、インタラクティブプラットフォームなどのアクティブラーニング形式でのクラスに適したツールを活用することで、リモート参加可能な全学ゼミのプログラムを提供しています。すべてのクラスは、ブレイクアウトグループ、投票、シミュレーション、プレゼンテーションなど、複数の形式での参加を可能にするインタラクティブプラットフォームを介して実施されます。この幅広い学習方法により、専門知識の習得だけでなく、環境変化に柔軟に対応できる「学び続ける力」を育成しています。

事務作業を含む業務の改革・効率化は、ビジネスプロセスの変革と言えます。ただし、前述の調査結果のように大学の事務作業はまだアナログのままの大学がほとんどであり、先ずはデジタル化をいかに抜本的に行って業務を効率化するかが課題です。例えば、立命館大学(※4)は2010年頃に文書データベースとワークフローシステムを導入したものの、利用が拡大せず、その後もほとんどすべての事務が紙ベースで行われていました。これは個々の課題に対応するためのプログラム開発などのシステム整備のハードルの高さが原因でした。そこでノンコーディングで大学職員による独自開発が可能な業務デジタル化クラウド「SmartDB」を導入しました。実際に職員自らアジャイル開発したアプリケーションで、事務処理スピードを30%以上改善できることが見込まれており、これに伴い、事務処理に必要な経営資源配分の見直しが進むことが期待されています。

3.今後の推進に向けたポイント

DXは、組織の境界を越えてより広範な範囲でのITの利用を促進するため、プロセスとテクノロジーを通じて組織全体を統合していきます。デジタルテクノロジーが不可欠となることで、「学修者本位の教育の実現」などの経営上のミッションを加速する可能性を秘めています。また、各大学の事業を開発・推進する上で、デジタル化が差別化と革新を図る上で重要度を増しています。

以上の背景から、DXには大学等組織全体の行動の変容が必要であり、戦略はビジネス的要素とデジタル要素を結び付ける必要があります。そのために、経営層はよりデジタルテクノロジーに関する知識が必要となり、IT担当者はコアビジネスを深く理解することが求められます。そこで、大学等の経営層も含めて人材のリスキリングが求められつつあると考えます。

リクルートワークス研究所(※5)によると、リスキリングとは「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」であり、リスキリングによって「デジタル技術の力を使いながら価値を創造できるように多くの従業員の能力やスキルが再開発される」と定義されています。海外の民間企業を中心に注目されており、近年は国内でも日立製作所や富士通などが自社の社員を対象としてリスキリングを推進しています。

むすびに

昨年度はコロナ過の影響で大学等における遠隔授業への取り組みが加速し、更にアフターコロナを見据えたPlus-DXの取り組みにより高等教育でもDXへの機運が高まりました。

しかしながら、DXには大学等組織全体の行動の変容が必要であり、戦略的にリスキリングなどで人材育成を図り継続的な改善・取組を推進していくものであり直ぐに結果が見えるものでもありません。そのため、現場レベルでは現状維持にコストがかかる一方、攻めのIT投資ができないなど様々な課題を抱えています。

私立大学キャンパスシステム研究会(CS研)では、令和3年度の取り組みテーマとして「キャンパス×DX」を掲げて、様々な分科会活動を通じた課題・事例等の共有を通じて私立大学におけるDX推進の一助となるよう前述の勉強会などのイベントを随時実施しています。今年度は弊社も本取組を支援していますので、興味のある方は関連サイトのリンクから活動内容を参照してくだい。皆様のご参加をお待ちしております。

注釈

関連サイト

佐伯 恵里(さえき えり)

Saeki, Eri

行政情報化グループ シニアコンサルタント

専門分野

  • 公共情報戦略(国、自治体、大学等)
  • 教育ICT政策

2009年大阪大学外国語学部開発・環境専攻卒業、同年から2015年3月までSIerにおいて自治体向けアプリケーションシステムの開発・保守、学校ICTに係る各種ソリューションの開発・販促活動を経験後、コンサルタントに転職。主に中央官庁のデジタル化・BPR・調達支援を対象としてコンサルティング業務に従事するほか、教育ICT政策に係る調査研究に従事。

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