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デジタルインクルージョン:日本における「インクルージョンbyデジタル」の可能性

外国人を含めて多様な人々が共生できる社会をつくるために、我が国でもインクルージョン(包摂)に取り組む機運が高まっている。デジタル技術の活用を前提とすると、「インクルージョンofデジタル」(デジタル面のインクルージョン)と「インクルージョンbyデジタル」(デジタル化によるインクルージョン)という2種類のデジタルインクルージョンについて検討すべきである。特に「インクルージョンbyデジタル」の可能性、具体策について論じる。

2020年5月26日

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国内外で社会的なインクルージョンに取り組む機運が高まっている

2030年を年限とする国際目標SDGs(持続可能な開発目標)は「「誰一人取り残さない」持続可能で多様性と包摂性[inclusiveness]のある社会の実現」を目標としており、社会的なインクルージョン(包摂)対策は国際的課題になっている。我が国でも、主に高齢者や障がい者、外国人等の少数派(マイノリティ)や社会的弱者になりがちな人々を対象とした社会的なインクルージョンに取り組む機運が高まっている。例えば、我が国が目指すべき未来社会の姿として提唱された「Society 5.0」では「地域、年齢、性別、言語等による格差がなくなり、個々の多様なニーズ、潜在的なニーズに対して、きめ細かな対応が可能」になるとしている。また、政府のいわゆる「骨太の方針」(令和元年6月21日)では、「性的指向、性自認に関する正しい理解を促進するとともに、社会全体が多様性を受け入れる環境づくりを進める。デジタル格差のないインクルーシブ(包摂的)な社会を実現するため、高齢者、障がい者等に対するICT利活用支援に取り組む」とされている。

今なぜ少数派や社会的弱者になりがちな人々を対象としたインクルージョンが重要なのか

社会的にインクルージョンが進んでいる状態とは、社会の様々な人々が、多数派・少数派の区別なくお互いの存在・価値を認知して、互いの権利や利益を尊重しあい、助け合っている状態であると考えることができる。日本では、政府による外国人労働者や外国人観光客の受け入れ目標が掲げられながらも、現在は新型コロナウィルス対応によりある意味で「鎖国状態」となっている。一方、中長期的に見れば国内社会のグローバル化が急速に進むと考えられる。

外国人を含めて多様な人々の社会的権利が十分に尊重され、すべての人々がどこでも平和に生活・労働でき、個性を活かして活躍できる活力ある社会をつくるためには、外国人観光客・労働者の受入人数拡大や、多文化・世代間交流イベントなど、ダイバーシティ(多様性の確保) iの視点が中心になりがちな施策だけではなく、インクルージョン(多様な人材がそれぞれの能力を活かして活躍できている状態)の達成を主眼にした施策が必要不可欠である。

従来の日本社会では、社会の均質性を前提として、標準化・効率化を推し進めることで経済成長を実現したが、その恩恵を十分に享受できない少数派の存在があった。そうした少数派は社会的なつながりにより救済されていたが、昨今、それが機能しなくなってきている。例えば、近年の国際調査では、「過去数か月に知り合いでない人を手助けしたことがある」回答者は日本では23パーセントしかおらず、調査対象144か国中142位の最低水準であったii。他の国際調査では、「孤独であるのは自己責任である」と答えた回答者は日本では44パーセントであり、イギリスの割合の4倍、アメリカの割合の2倍弱にのぼっているiii。こうした背景の中、少数派や社会的弱者になりがちな人々の救済を自発的な社会的つながりに期待するだけでなく、それを補完する積極的なインクルージョン施策を考える必要がある。そこで本論では、我が国における外国人や障がい者、高齢者等の、少数派や社会的弱者、もしくはその両方になりがちな人々を対象としたインクルージョンを中心に、デジタル技術を活用した「デジタルインクルージョン」の重要性を論じる。

デジタル化により社会的なインクルージョンが進む

「Society 5.0」のような社会のデジタル化を前提とすると、2種類の社会的なインクルージョンについて検討すべきである。必要性が高まっている「インクルージョンofデジタル」(デジタル面のインクルージョン)と可能性が高まっている「インクルージョンbyデジタル」(デジタル化によるインクルージョン)である。

図表1 「インクルージョンofデジタル」と「インクルージョンbyデジタル」の関係図
図表1  「インクルージョンofデジタル」と「インクルージョンbyデジタル」の関係図
出所:富士通総研作成

「インクルージョンofデジタル」達成のための施策では、社会的生存に必要最低限のデジタル活用能力、いわば機器操作系、情報活用系、ルール系(ネット社会上の倫理やセキュリティの面)等のITリテラシーiv の獲得を支援する。ITリテラシーの獲得には、インクルージョン対象者の他者依存を減らした自立的生活が可能になるメリットと、インクルージョン対象者が社会的つながりを得やすくなるメリットがある。特に、少数派や弱者になりがちな人々に対する地域社会の自発的インクルージョンが望めない場合、インクルージョン対象者によるITリテラシーの獲得は、当面のインクルージョンの必要不可欠な条件になる可能性がある。デジタルインクルージョンという場合、こちらを指していることが多い。

一方「インクルージョンbyデジタル」では、デジタル技術の「エンパワーメントの力」「つなげる力」「コストを下げる力」を活用した少数派や社会的弱者になりがちな人々のエンパワーメントを行うものである。具体的な「インクルージョンbyデジタル」の施策としては、AI通訳や視線センサー分析等のデジタル技術を活用することでインクルージョン対象者の認知能力や意思伝達能力を高め、施策実施者のニーズ把握能力を高める「エンパワーメントの力」を持つものや、施策実施者とインクルージョン対象者、普段の関わり合いが薄い潜在的支援者を巻き込んでコミュニケーションを円滑にする「つなげる力」を発揮するものが想定される。同時に人手不足の現場では特に、データ収集・分析やマッチング、情報伝達の効率化を進めて、インクルージョン施策に必要な費用や人手、時間的コストを低減する「コストを下げる力」も活用すべきである。

コミュニケーションにAIチャットボットやマッチングAIを介在させることで、それぞれ事情の異なるインクルージョン対象者が必要とするニッチな情報を人手をかけずに24時間伝達することも可能になっている。さらに、自動的に集約したインクルージョン対象者のニーズに関するデータをAIに短時間で分析・マッチングさせることにより、インクルージョン対象者のニーズに合致したサービスの実施を自動化したり、施策実施者の限られた人手を施策改善に関する重要な意思決定や対面対応が不可欠な業務や施策に重点的に振り分けたりすることが可能になる。中長期的には、インクルージョン施策に関するノウハウの蓄積が乏しかったり、インクルージョン対象者がごく少数であったりするような地域で実施するインクルージョン施策においても、他の地域での豊富な前例データや好事例をもとに学習したAIを活用することによって、少ない人手で従来よりも効率的な施策実施を期待できる可能性がある。デジタル化により、デジタル技術の「エンパワーメントの力」「つなげる力」「コストを下げる力」を利用することで少数派や社会的弱者になりがちな人々のインクルージョンを進めることができる。

「インクルージョンofデジタル」は、「インクルージョンbyデジタル」に包含されるが、長期的には両立を目指すべきである。後者の「インクルージョンbyデジタル」は多くの対象者をエンパワーメントするが、その恩恵を受けるために前者の「インクルージョンofデジタル」が前提として必要な場合や、前者が後者の効用を高める場合もあるからである。後者の効果発現を待つ間、最低限度の社会的生活を確保するために前者が重要な場合もある。現状では前者の「インクルージョンofデジタル」にかかわる施策が各地で見られる一方、後者の施策は比較して少ない。そこで社会のデジタル化が進み、デジタル技術の「エンパワーメントの力」「つなげる力」「コストを下げる力」を利用するデジタル活用ができるようになってきたからこそ実現できるインクルージョンとして、今こそ後者の「インクルージョンbyデジタル」にも挑戦すべきである。

例えば、日本ではインクルージョン施策の代表的な支援対象として障がい者が挙げられることが多い。障がい者のインクルージョンにデジタルの力を活用し、その知見を非障がい者のインクルージョン施策にも活用する日本発の「スマートインクルージョン」というコンセプトがある。この意味のインクルージョン施策では「障がいのある人もない人も、テクノロジーの力により、共にその生涯を安全に暮らせる社会の実現」を目指すとされている。提唱者の竹村(2019)は「障がい者は『高齢者』の先駆者である」として「障がいがあろうとなかろうと、差別なく共に同じ社会で暮らす社会の一つの理想形を最先端のデジタルテクノロジーの力で解決し実現すること」が重要であると述べているv。具体例として、視線入力によりパソコンを操作する機器や、ボタンやアイコンを選択して意思表示をする機器、それらの操作履歴から各ユーザーの癖等を見出して状況に応じて意思表示の候補を表示する仕組み等、障がい者を対象としたデジタル福祉機器は、高齢者の生活における不自由さや移動困難な場合の意思表示の困難さを改善して、社会的なインクルージョンの度合を高める可能性がある。

過疎地等で公共交通機関を利用しづらい高齢者をはじめとする交通弱者対策としてのモビリティサービスは、障がい者・非障がい者ともに支援対象とする「インクルージョンbyデジタル」施策の例である。国土交通省「新モビリティサービス推進事業」の先行モデル事業である「相楽東部地域公共交通再編事業」(京都府)では、村営バスや自家用有償運送、鉄道等を組み合わせた「過疎地型MaaS」を提供しようとしている(図表2)。同じ推進事業の「京丹後鉄道沿線地域での地方郊外型WILLERS MaaS事業におけるQRシステム導入実証」事業では、スマホアプリとQRコードを利用した様々な移動手段や周辺施設予約の一括予約・決済機能の提供を通じて、地域住民と観光客双方に対して交通手段を提供する実証実験を行う予定である(図表3)。京丹後市では以前、決済・予約アプリケーション等の利用を念頭に、高齢者のICT機器操作能力の習得を支援する取組と合わせて、地域住民がドライバーとなって交通弱者の送迎を行う仕組みを導入した実績があり、段階を経て着実に「インクルージョンbyデジタル」の取組を進めている。

図表2  「「相楽東部地域公共交通再編事業」(京都府)」の内容
図表2 「「相楽東部地域公共交通再編事業」(京都府)」の内容
出所:国土交通省HP
PDF https://www.mlit.go.jp/scpf/projects/docs/smartcityproject_mlit(3)%2008_minamiyamashiro.pdfOpen a new window

図表3  「京丹後鉄道沿線地域での地方郊外型WILLERS MaaS事業におけるQRシステム導入実証」事業の内容
図表3 「京丹後鉄道沿線地域での地方郊外型WILLERS MaaS事業におけるQRシステム導入実証」事業の内容
出所:国土交通省HP
PDF https://www.mlit.go.jp/scpf/projects/docs/smartcityproject_mlit(3)%2009_kyototango.pdfOpen a new window

「インクルージョンbyデジタル」に関する富士通総研と富士通グループの取組

富士通総研と富士通グループでもすでにデジタルインクルージョンの取組を進めている。富士通総研は、総務省「AIインクルージョン推進会議」にかかわる業務等に関連して、高齢者や障がい者、子育て世代や外国人、地方の社会課題に直面する人々等、ライフステージの移行により立場が変動する様々な人々に対応すべく、幅広い観点からデジタルインクルージョンの施策検討を行っている(図表4)。

図表4 富士通総研が検討してきたデジタルインクルージョン施策の支援対象
図表4  富士通総研が検討してきたデジタルインクルージョン施策の支援対象
出所:富士通総研作成

日本で暮らす外国人等として位置づけられる人々に対する施策としては例えば、総務省「AIインクルージョン推進会議」vi が実施を提言した課題解決プロジェクト案をとりまとめた。医療現場や行政窓口における対応には翻訳精度等の技術的課題や導入コスト面での課題が多く、納税者として権利を持つ在留外国人等が適切な医療・行政サービスを受けづらいケースが少なくない。そこで例えば「在留外国人の生活不便の改善に向けたデータ分析とサポート」のプロジェクトでは、外国人向けに多言語環境やワンストップサービスを実現し、生活利便性の向上を図るものである。言語が通じない、制度や手続がわからないといった在留外国人の様々な困りごとの解決を支援する仕組みの整備を念頭に置いている。

また、同推進会議の「「人の移動データ」を活用した社会問題解決」のための人流データ活用プロジェクト案は、子供や高齢者等の交通弱者等が防災や日常生活等において直面する地域の諸課題を解決するため、IoT、位置情報技術を用いて収集した人の移動に関するデータ等をAIを活用して分析し、人の流れを把握・ 予測を実施する」ものである。

さらに自主研究やICT企業からの受託研究プロジェクトにおいてもデジタルインクルージョンについて検討を進めている。特に地方に暮らす子育て世代が直面する社会課題への対応策や、ITリテラシーの乏しい貧困層のための各年代層向けのデジタルインクルージョン施策等に関する具体的な政策提言について、従来まとまって声をあげづらかったような当事者の課題に光を当てるべく研究を進めてきた。

富士通グループ全体としては、「Fujitsu Technology and Service Vision 2020」vii で表明しているように、インクルーシブな社会の実現に資するデジタル技術の活用を重視している。身近な分野では、港区の「保育所AI入所選考」の事例において、保育所等の入所希望届を区の選考基準等や入所可能施設の受け入れ可能条件等と組み合わせてAIで分析することによって、入所選考作業が自動化され、人間による作業よりもよりきめ細やかなニーズマッチングが可能となって入所希望がかなう応募者を増やせたり、人対人のコミュニケーションが重要な対面業務に割ける人員や時間を増やせたりする等の成果が見込まれている。同様の効果は他の自治体における保育所の入所選考のための実証実験でも確認されている。

今後に向けて

外国人を含めて多様な人々が共生し、それぞれの個性を活かして活躍できる活力ある社会をつくるためには、少数派や社会的弱者になりがちな人々の社会的なインクルージョンを目指す施策が必要である。なかでもデジタルの「エンパワーメントの力」「つなげる力」「コストを下げる力」を活用したデジタルインクルージョンの重要性が高まっている。よりインクルーシブな社会の実現に向けたデジタル技術の活用を進める富士通グループの一員として、富士通総研では特に「インクルージョンbyデジタル」の実現に向けて、具体的プロジェクトや自主研究に取り組んできた。それらで得た知見をもとに、自治体やNPO等の地域主体や研究者等を含む各地のパートナーとともにデジタルインクルージョンの方向性・具体策の体系化を見据えた研究と課題解決プロジェクトでの実践に両輪で挑戦する。


大平剛史

本記事の執筆者

株式会社富士通総研 公共政策研究センター

上級研究員 大平 剛史(おおだいら たけし)

2015年 早稲田大学 大学院アジア太平洋研究科国際関係学専攻 博士後期課程 修了(PhD in International Studies[博士(学術)早稲田大学])。
専門領域は、デジタルインクルージョンを含む個人の社会適応支援、観光と地域産業活性化、国際関係論・安全保障研究。
2019年10月より行政経営グループで公共・防衛分野のコンサルティングに従事。

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