カーボンニュートラルコラム
なぜ中小企業は
脱炭素に取り組むべきか
(後編)
2023年2月17日
大雨や洪水、熱波や山火事などが激甚化し気候変動問題に注目が集まるなか、①各国におけるカーボンニュートラルの取り組みと②大企業を中心とした脱炭素経営の動きが世界で加速しています。こうしたトレンドを踏まえ、本稿ではなぜ脱炭素経営に取り組むべきなのか、その背景や考え方、取り組むメリット、取り組み方について、中小企業の視点も含めて解説します。
脱炭素経営について
脱炭素経営が加速する背景
さて、気候変動対策(≒脱炭素)の視点を織り込んだ企業経営である「脱炭素経営」が、大企業を中心に加速しています。このことの背景には、前編で言及した「企業活動から見た気候変動に伴うリスクへの対応」、より厳密には気候変動にかかわる①物理リスクと②移行リスクそれぞれへの対応が求められているということがあります。
物理リスクというのは、気候変動の激甚化により、企業が保有する製品・生産設備・サプライチェーンがこれまでになかったような被害を被ったり(これにより長期の操業停止状態に陥ったり)、自社製品・サービスの収益性などが大きく悪化するリスクのことを意味しています。後者の「自社製品・サービスの収益性が悪化」というのは例えば、気温上昇に伴って労働生産性が低下する、といった想定に基づいています。
他方、移行リスクというのは、カーボンニュートラル社会への移行に伴い、様々な理由によって「これまでの企業の価値」が大きく変わるリスクのことです。例えば日本でも2022年末のGX実行会議で、①多排出産業を中心とした排出量取引制度の導入と②炭素に対する一律の賦課金の導入の2つを併用するカーボンプライシング制度の方向性が示されましたが、このカーボンプライシングが導入された暁には、今はコスト面で優れた製品だったとしても、CO2排出コストを計上することでむしろ割高なモノになってしまうことがあり得ます。気候変動問題に関する新たな政策を導入することによって企業の価値が大きく変わりうるこうしたリスクについて、対応が求められているわけです。
なお、2022年4月に再編された東証のプライム市場においてもTCFDと呼ばれるフレームワークと同等の情報開示が求められていますが、これは従来の財務情報だけではわからない(気候変動に伴う)潜在的な物理リスク・移行リスクに対して、企業がしっかり対応しているか・否かを投資家がチェックするためのものに他なりません。
脱炭素経営の実践
以上を踏まえ、「脱炭素経営の実践」について詳しく見てみます。
脱炭素経営の実践において、カーボンニュートラル社会と調和するための経営ビジョンが求められることはいうまでも有りません。これを大前提としつつ、実践という観点では「カーボンマネジメント」というスタンスが大切ではないかと考えています。つまり気候変動対策(≒脱炭素)を改善しながら進めるPDCAサイクルのことです。それは4つのステップをとりますが、それぞれについて国際的なスタンダードになっている考え方と一緒にご紹介しましょう。
出所:筆者作成
- 現状把握:GHGプロトコルによるCO2排出量の算定・見える化
- 目標設定:SBTにより、パリ協定に整合した適切なCO2削減目標の設定
- 削減活動の実践:RE100(再エネ利用)、EP100(エネルギー生産性向上)、EV100(EVの利用)、Steel Zero(カーボンフリーの鉄鋼利用)など、思い切った脱炭素化シフトへのコミットと実践(=国際イニシアチブへの加盟と活動)
- 結果報告:TCFDのフレームワークにより、気候変動に関するリスクや機会が自社の財務面にどう影響を与えるのか、情報開示
1は、CO2排出量算定の国際的なスタンダードになっているGHGプロトコルのガイダンスに則って、自社のCO2排出量を算定・見える化するステップです。この「現状把握」に基づいて、続く2の目標設定(「いつまでに、どれくらい減らすのか」)や3の削減活動の実践(「どうやって減らすのか」)の方向性が決まってくるという点では、重要な意味合いを持っているステップだと筆者は考えています。
留意点としては、企業におけるCO2の算定範囲をサプライチェーン全体に拡大する動きが国際的に高まっているため、自社だけの排出ではなく、すべての事業活動において排出されたものの合計である「サプライチェーン排出量」として算定し、公表することが今まさに求められるようになってきたことを挙げることができます。
出所:環境省・経済産業省「グリーン・バリューチェーンプラットフォーム」
このサプライチェーン排出量とはすなわち、GHGプロトコルにおけるScope1、2、3と呼ばれる各領域から排出されるCO2の合計値です。Scope1は直接排出量とも呼ばれ、自身の燃料使用等により直接排出されるCO2排出量のことです。Scope2は間接排出量とも呼ばれ、他社から供給された電気や熱、蒸気の使用に伴うCO2排出量のことを指します。 最後にScope3は、Scope1と2をのぞくサプライヤー・ユーザー等から排出されたCO2排出量のことを指します。はじめて聞いた方にはピンとこないかもしれませんが、誰が排出するのか・どう排出されるのか等によって領域が3つに分けられている、とざっくり理解すればとりあえず大丈夫です。
Scope3の特徴
Scope3の定義は上記の通り、原材料調達・製造・輸送・販売・使用・廃棄などの一連の工程において、取引先やユーザーによって排出されたCO2を意味します。したがって、例えば自社が或る他の会社のサプライヤーとして部品の供給などを行っているなどの場合、自社のCO2排出量は取引先であるこの他社のScope3として計上されることになりますので、この他社が脱炭素経営に舵を切った時、自社に対してCO2削減を要請してくる可能性があるということにぜひ注目してください。脱炭素経営は現在大企業を中心に取り組まれているものですが、最後に申し述べたこの点から、中小規模の企業にも今後大きく関わってくることが考えられます。
脱炭素経営にサプライヤーが関わる事例
事例を紹介します。米アップルの2022年発行の「Environmental Progress Report(環境進捗報告書)」によると、同社のGHG排出量は2021年において、正味2250万tでした。そのうちScope1・2、及び社員の出張や出勤などのアップル自身から排出されたCO2である「Corporate footprint」については既にカーボンニュートラルを達成していることから、Scope3に該当しサプライヤー・ユーザー等からの排出分にあたる「Product footprint」が全体の100%を占めていることになります。この「Product footprint」の中でも特に目立つのは、サプライヤーが素材や部品を作って製品を組み立てる時の排出であり、これが全体の70%です。
2022年10月25日、「Apple、グローバルサプライチェーンに対して2030年までに脱炭素化することを要請」というニュースがリリースされましたが、これはまさに自社のScope3排出を削減するためのサプライヤーへのリクエストを意味しています。併行して脱炭素のための知識やノウハウを提供するなどの支援を進めながら、サプライヤーに時間軸を設けて脱炭素経営の実践を要請しているわけです。こうしたことは、遅かれ早かれ他のどの業界でも起こりうることと筆者は考えます。あるいはカーボンプライシングによってCO2排出量が自社製品・サービスのコストとして計上されるようになれば、価格競争力の観点から企業はCO2を減らさらざるを得ないでしょう。
中小企業が脱炭素経営に取り組むべき理由
中小企業が脱炭素経営に取り組む5つのメリット
環境省が公開している「中小規模事業者のための脱炭素経営ハンドブック」では、中小企業が脱炭素経営を行うことによって期待される5つのメリットを紹介しています。
メリット1:優位性の構築
メリット2:光熱費・燃料費の低減
メリット3:知名度や認知度の向上
メリット4:脱炭素の要請に対応することによる社員のモチベーション向上や人材獲得の強化
メリット5:新たな機会の創出に向けた資金調達における優勢獲得
上記のアップルの事例のとおり、脱炭素経営に先行して取り組めば、既に取り組みを加速させている大企業との取引において、メリット1のような優位性を構築できる可能性があります。
メリット2についても、世界的なエネルギー危機により燃料・電力価格が高騰しているため、例えば屋根上に太陽光を設置することなどにより、電気代を削減できる場合があります。またメリット5に関しては、最近では脱炭素活動の進捗度合いに応じて資金借入のときに低利率の優遇を受けることができる「サステナビリティ・リンク・ボンド」なども登場してきています。例えばこれらを組みわせて、競争上の優位性を築くために(=メリット1)、サステナビリティ・リンク・ボンドを使って資金を調達し(=メリット5)、工場の屋根上に太陽光を設置する(=メリット2)といった活用方法があります。
脱炭素経営の実現に向けた国の支援策
これらのメリットに加え、国からの支援も増加傾向にあることをご紹介します。
経済産業省から公表されている「中小企業のカーボンニュートラル支援策」という冊子では、設備投資関連の補助金などの施策が紹介されています。その中には例えば、「排出量の見える化・使用エネルギー量の管理を行う排出量算定ツールやエネルギーマネジメントシステムの導入などの、生産性向上に資する取組」を対象としたIT補助金(通常枠)というものがあり、一定の条件下で150万円、もしくは450万円が補助されます。2022年度の補助金申請は実は12月をもって既に締め切られていますし、現状ではサービス事業者が少なく選択肢がまだまだ限られていますが、排出量の見える化サービスはこれからさらに活況を呈していくと思われますので、来年度以降、活用を検討してみるのもよいかもしれません。
また中小機構では中小企業・小規模事業者の方々を対象に、 無料でカーボンニュートラル・脱炭素化の実現に関する相談にのってくれる支援を行っています。CO2排出量の算定方法やRE100・SBTへの加入方法などについても専門家がアドバイスしてくれるので、関心をお持ちの会社の方はぜひ一度ご相談を考えてみてはいかがでしょうか。
<最後に>自社の経営環境を踏まえつつ、最初の一歩を
以上2回に渡って、カーボンニュートラルが加速している背景、脱炭素経営について、そして中小規模の企業がカーボンニュートラルに取り組むメリット、加速させるアプローチについて駆け足で見てきました。
このまま気温上昇が続いたとき、IPCCが報告しているような破壊的な被害を世界が受けることになるのか、これを信じるのは個々人の自由です。しかし世界は間違いなくカーボンニュートラル社会の方向へ舵を切っており、将来「CO2を排出しない製品・サービスを企業が作る/人々が使う社会」が訪れると想像することは、妄想とは決して言えないと考えます。
ロシアのウクライナ侵攻に伴う原材料価格やエネルギー価格の高騰に伴い、多くの企業が非常に厳しい経営環境であることと思います。また上記の脱炭素経営に本格的に取り組むためにはやはりお金がかかりますが、取引先からの要請が既にあった場合はともかく、そうではない場合、その費用対効果が短期的には未知数であることも多分にあり得るでしょう。
また、業界によって取り組みのハードルが異なることは容易に想像されます。例えば筆者の専門領域である「電力業界」においても、石炭をはじめ、化石燃料を燃やしてCO2を排出する火力発電所は「再生可能エネルギーにすぐに取って代わられるべき」という論調が非常に強くなってきています。しかし(筆者自身、脱炭素はもちろん、地政学リスク低減の観点から再エネは必要であると強く考えていますが、誤解を避けずに申し上げると)少なくとも日本の現状において、気象条件で発電量が大きく変わり、かつ夜間は発電しない太陽光メインの再エネだけでは火力発電所の「完全なる代替品」にはなりません(あるいは夜間も発電する風力発電が潤沢に存在したとしても十分ではないかもしれない、という考え方も理解しているつもりです)。やはりインフラたる電力という財の一丁目一番地である「安定供給」に配慮しつつ、一気に脱炭素へ向かうのではなく、長期短期の蓄電技術のコストを下げつつ、「低炭素」化を推し進め、バランスに配慮しながら少しずつ「脱炭素」へと電力システム自体を移行させていくというアプローチが現実的ではないかとも考えられます。しかしもちろん、これではパリ協定が求めるスピード感として全く十分ではない場合もある、ということも承知しており…同じようなジレンマが他の業界でも同様にあるだろうと強く想像します。
結論的にはやや歯切れが悪いかもしれませんが、自社の経営状況や業界特有の難しさなども考慮に入れつつ、新たなビジネス環境の到来に備え、まずは現状把握という意味で「CO2排出量の算定・見える化」を行い、脱炭素経営へ舵を切ることについて検討してみるのも一つの選択肢ではないでしょうか。とりわけカーボンプライスの導入により自社の製品・サービスの競争力が劇的に変化するような事態に対して、どこかでしっかり準備をしておくべきではないかと筆者は考えます。
他方、本稿ではリスクの話をたくさんしてしまったものの、「ピンチはチャンス」というように、リスクの裏には必ず「機会」があります。例えばそれは、次の時代のスタンダードとなる「CO2を排出しない製品・サービス」を作り出し、新しい業界のナンバーワン企業になるような機会です。多くのイノベーションが求められる今、こうしたチャンスは十分あるはずです。この機会を見つけるべく、(誰かから要請されたからやるのではなく)「攻めの脱炭素経営」に取り組んでみることも、選択肢の一つとしてあるのかもしれません。
著者プロフィール
合同会社グリーンライト
代表
青木 哲士 氏
約10年前にエネルギー業界へ転身し、再生可能エネルギーを中心とするエネルギー事業会社2社で電力小売事業の立ち上げをそれぞれ経験後、独立。
2022年には合同会社グリーンライトを設立し、現職。
電力小売事業の運用、(RE100企業をはじめとする)「電力の需要家」視点の再エネ調達スキームの検討・政策提案・事業性評価に従事する傍ら、シンクタンク・経済産業省資源エネルギー庁の室長級・国際NGOのシニアマネージャー等との共同講演・セミナーへの登壇多数。最近ではカーボンニュートラル分野、生物多様性分野の事業開発/アドバイザリーにも従事。
趣味は将棋、スタバでの読書、寝る前に猫のYouTubeチャンネルを見ること。
早稲田大学卒業。北海道出身。
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