富士通は、2021年にコンバージングテクノロジー研究所を設置し、デジタル技術と人文・社会科学の融合技術について研究を行っています。本記事では、そもそも「コンバージングテクノロジー」とは何か、なぜいま「コンバージングテクノロジー」が重要なのか、またその活動を広げる取り組みの一つである「コンバージングテクノロジー研究会」についてご紹介します。
「コンバージングテクノロジー」について多くの皆様に理解・共感していただくことで、この研究を発展させ、社会課題解決に繋がることを目指しています。
- 目次
注目が高まる異分野融合、「総合知」の考え方
内閣府が2021年から提唱している「総合知」についてご存じでしょうか。
多様な「知」が集い、新たな価値を創出する「知の活力」を生むこと
- 多様な「知」が集うとは、属する組織の「矩」を超え、専門領域の枠にとらわれない多様な「知」 が集うことである。
- 新たな価値を創出するとは、安全・安心の確保とWell-beingの最大化に向けた未来像を描くだけでなく、社会実装に向けた具体的な手段も見出し、社会の変革をもたらすことである。
これらによって「知の活力」を生むことこそが「総合知」であり、「総合知」を推し進めることが、科学技術・イノベーションの力を高めることにつながる。
- ※1参考:「総合知」の基本的考え方及び戦略的に推進する方策 中間とりまとめ p.13
研究や技術開発の目的として、これまでのような企業や社会の発展だけでなく、人に寄り添い、一人ひとりのwell-beingの実現に寄与することが重視され始めています。研究や技術開発の目的が時代によって変化してきているのです。
そのような背景において、日本が世界をリードするような研究や技術開発を行うためには、一つひとつの専門分野の知識を単独で用いるのではなく、分野を超えた「総合知」によって取り組み、先進国ならではの経験や知見を踏まえた日本らしい強みを身につけていく必要があります。
富士通の考える異分野融合、「コンバージングテクノロジー」とは
富士通は、デジタルイノベーションによってビジネスの変革と持続可能な社会を実現するために必要な5つの技術領域(5 Key Technologies)を定めており、その1つが「コンバージングテクノロジー」です。
私たちは、多様で複雑な社会課題に、富士通単独での取り組みや従来のようなデジタル技術起点での取り組みで対応していくことは困難だと考えています。だからこそ、産官学さまざまな人や組織とのコラボレーション、デジタル技術と人文・社会科学の掛け合わせによって、人や社会に寄り添いながらミッションオリエンテッドなアプローチで課題解決を目指していこうとしています。これが「コンバージングテクノロジー」の考え方です。これは、「総合知」の考え方と重なるところが多く、今後、社会からより一層求められる重要な技術だと考えています。
富士通のコンバージングテクノロジーの実例
富士通はこれまでコンバージングテクノロジーによって様々な技術を開発してきました。ここではその事例を3つご紹介します。
特殊詐欺被害未然防止技術
特殊詐欺の手法は常に変化し、その内容も多様化しています。年々、特殊詐欺の被害が深刻化する中で、詐欺の内容に依存しない、幅広い種類の詐欺に柔軟に対応ができる、詐欺被害の未然防止につながる技術を開発しました。
この技術では、詐欺に遭っている最中の被害者の内面の情報(心理状態など)に着目し、その変化の様子を分析することで、人が騙されている可能性をAIにより推定しています。このAIは、犯罪心理学の第一人者である東洋大学の桐生正幸教授(以下、桐生教授)と共同で研究・開発を進めているものです。富士通の強みであるAI技術と桐生教授の犯罪心理学の知見を融合することで、生理・心理状態の分析を可能にし、詐欺検知の精度を高め、実用化し得る技術に育てることができました。またこの事例は、内閣府が主催した総合知ウェビナーや総合知ポータルサイトにおいて、総合知活用事例として紹介されています。
ミリ波転倒検知技術
和歌山県立医科大学と共同で、プライバシーを守りながら安全に見守りができる技術を開発し、実証実験を行っています。超高齢化社会により医療や介護の需要が高まる一方で、それに応えるための労働力の不足が大きな社会問題となっています。そのような中で富士通はミリ波センサーを用いることで、病室や在宅医療を利用する患者を見守り、転倒・転落を検知することに成功しました。この技術では、カメラを使わずにセンサーで人の姿勢を推定し見守りするため、プライバシーへの配慮が必要な場所でも活用することができます。本事例は、行動科学の知見やリアルな医療現場の声を富士通のデジタル技術と融合させながら研究を進めてきたことで、社会に求められる価値を形にすることができた好事例だと考えています。
ソーシャルデジタルツイン
社会課題を解決するための施策が、本当に解決に寄与するのか、さらに社会に対してどのような影響を与えるかを考えることは重要です。しかし、それらの検討を複数の観点から公平かつバランスを取りながら行うことは非常に困難です。
そこで富士通は、人や社会をまるごとデジタルツインとして再現し、デジタル空間で社会課題に対する施策の自動生成や効果検証を可能にするソーシャルデジタルツインの研究を行っています。ここでは、特にコア技術である「デジタルツイン生成技術」と「デジタルリハーサル技術」について取り上げます。
これらの技術では、AIによるビッグデータ分析と行動経済学の知見を融合し、状況に応じて変化する人々の行動を高精度にデジタル空間に再現することで、施策による人々の行動の変化を予測し、施策の効果や影響を事前に検証することを可能にしています。
現在、これらの技術を含む「ソーシャルデジタルツイン」の実用化やさらなる活用シーンの拡大に向けて、英国ワイト島で実証実験を行っています。シェアードeスクーターの運用改善に向けた実証実験がその一例です。モビリティ以外にも、ウェルビーイング、環境・エネルギー、防災・防犯など様々な領域での社会課題の解決へ向け実証実験に取り組んでいます。
コンバージングテクノロジー研究会の設立
このように、様々な学問分野との融合技術に関する研究を進めている富士通ですが、その代表事例である「特殊詐欺被害未然防止技術」の共同研究を行った東洋大学と、「デジタル技術と心理学によるコンバージングテクノロジー研究会」を設立しました。本研究会は、公益社団法人 日本心理学会の研究会制度(2023年度)で採択されています。この研究会での活動を通して、さらに幅広い産官学の皆様に協力を呼びかけ、「特殊詐欺被害未然防止技術」に次ぐ心理学とデジタル技術の融合事例を作っていきたいと考えています。
2023年10月7日には、研究会において初回となるコンバージングテクノロジー研究大会を開催しました。研究大会では、東洋大学 桐生教授をはじめ、同大学の坂村健教授や、稲村和美前尼崎市長、富士通コンバージングテクノロジー研究所所長の増本大器フェローという、様々な分野で活躍する方々に、コンバージングテクノロジーに対する思いや期待、事例をご講演いただきました。
当日は、休日にも関わらず富士通本社での現地参加60名、オンライン参加109名と多くの皆様にご参加いただき、今後の活動にも力強い期待のお言葉を頂きました。大会後アンケートのNPS推奨度スコア(※2)は+19.2と、研究会の目的やコンバージングテクノロジーの社会実装例に多くの共感を得られたと感じています。今後も、継続した研究推進とともに、社内外の多様なバックグラウンドを持った方々との接点を増やし、コラボレーションの機会に繋げていきます。具体的には、年に一度の研究大会の開催や、定期的な講演動画の配信などを計画しています。コンバージングテクノロジー研究会公式HPで随時講演動画の公開をお知らせしていますのでぜひご確認ください。これらの取り組みを通して、「コンバージングテクノロジー」の考え方をより多くの方に、より深く理解してもらいたいと考えています。
研究員だけでなく一般の方も参加できる研究会を一から立ち上げ、主体となって活動することは富士通にとって、あまり例を見ない挑戦的な取り組みです。しかし、複雑で多様な社会問題の解決に向け、富士通1社ではなく、産官学様々な分野の方々と一緒に取り組むことで、より多くの社会課題を解決していきたいと考えています。
- ※2NPS推奨度スコア:ネットプロモータースコア。サービスユーザーの「信頼」や「愛着」を測る指標のこと
今後のコンバージングテクノロジーに対する取り組み
「特殊詐欺被害未然防止技術」および「ミリ波転倒検知技術」は2024年度、「ソーシャルデジタルツイン」は2025年度のビジネス化を目指しています。
富士通は「コンバージングテクノロジー」分野の先駆者です。「コンバージングテクノロジー」を更に成長させ、それを富士通らしい尖った強みにしていくことで、今後もスピード感のある研究・開発を行い、人や社会に寄り添った社会課題解決に取り組んでいきます。
最後に、2023年度に設立した「デジタル技術と心理学によるコンバージングテクノロジー研究会」のような産官学連携の呼び水になる活動を、他の学問分野でも幅広く展開してきたいと考えています。ぜひ、私たちと一緒に、人や社会に寄り添った社会課題解決を実現していきませんか。