ChatGPTのような生成AIが急速に普及するのにあわせ、企業はマーケティング戦略をどのように変化させていくべきか。国内外の企業の受け止めやリーダーの経営マインドについて、マーケティング戦略が専門の立教大学ビジネススクールの田中道昭教授をお招きし、当社執行役員EVP CMO(マーケティング最高責任者)の山本 多絵子がお話を伺いました。
生成AIで業界の「再定義時代」到来
—山本: 先日、ドイツで開かれた国際展示会・ハノーバーメッセに行きましたが、やはり生成AIの話題でもちきりでした。生成AIは日本社会にどのような影響を与えると思われますか。
田中氏: 僕がこれまで経験した中でも、一番大きな変革が起きていると分析しています。ChatGPTの仕組みは、インターネットを学習し、ある問いに対してどの言葉が次に来るのか統計論的に予測するというもので実はシンプルです。現時点では、過去のデータがあるものについては、人間よりも優れた答えができると思っています。
生成AI登場したことの本質は、人の知見や見識といったものを民主化したことだと思っています。今までの知見や見識は、自分が情報を集めて分析した結果得られるものでした。しかし生成AIは、分析結果(=知見や見識)についてまで誰でも手に入れられるようにしたわけです。

—山本: マーケティング業務はどう変わるでしょうか?
田中氏: グーグル社を例にあげますと、生成AIの登場により、検索の概念が従来の「データを探し出すこと」から「対話をして知識を得ること」に置き換わりつつあります。今までのような検索ではどんどんマーケットシェアが小さくなるため、グーグルはサービスを変えるはずです。すると、SEO対策(※1)は必要なくなり、デジタル広告やデジタルマーケティングのあり方も変わってくるかもしれません。リーダーとしては自分の業界を再定義する必要に迫られる。それには顧客のニーズと、自分たちの強みは何なのかというところを、両方改めて考えなければいけないと思います。
—山本: CMOとしては、既出のChatGPTの使い方の上をいく戦略を立ててチームをリードしていきたいですね。
- ※1SEO対策: Search Engine Optimization。グーグルなどの検索エンジンでキーワードを検索した際にリスト上位に表示されるようサイト構成を設計する手法。
生成AIが日本企業に与えるインパクト

—山本: 日本企業に対する生成AIの影響はいかがでしょう。例えば、銀行、金融業ではどうですか。
田中氏: 日本の金融は結構対応が分かれていますね。経営者の理解がある企業では、リスクマネジメントをした上で、カスタマイズしながら使い始めているところもあります。でも禁止する企業も残念ながら増えています。ただ、僕はリスクマネジメントをした上で、いかに使っていくかといった方が重要だと思います。
—山本: 先生は世界中の企業と提携し、コンサルテーションをされていらっしゃいます。生成AI時代に、外国企業のリーダーの姿勢で知っているとよい例はありますか?
田中氏: まずテスラ社のイーロン・マスク氏の考え方ですね。彼の思考は、業界や製品の常識を徹底的にリストアップしてアップデートし、常識を否定します。現在、EV車については全ての自動車会社が、テスラが構築したビジネスモデルを後追いしているわけです。でも、彼は多分、最初にEV車を作ろうと思ったときにそれを自動車だとは思っていなかっただろうと思います。彼のように常識を疑いアップデートしていく姿勢が、特に必要だと思います。
またアマゾン社のジェフ・ベゾス氏は毎日が“Day1”である、つまり初日だと言い続けています。リーダーたるもの、自分が一番大切にしていることについて、何年でもとにかく言い続けることが重要です。それから彼は“Day2”として、いわゆる『大企業病』に陥らないような仕組みを整えようとしました。いまは、その両方が必要だと思いますよね。当たり前の話ですけど、企業は大企業病に陥ったらイノベーションなんか絶対起こせないので。僕は、失われた日本経済30年の一番の原因は大企業病だと思っているんですよ。
—山本: 参考にするべき日本企業はありますか?
田中氏: 流通のベイシアグループが注目されています。ベイシアグループは、スーパーマーケットのベイシア、ホームセンターのカインズ、それにワークマン等を有するグループですが、『ハリネズミ経営』を標榜しています。グループでシナジーとかシステムの統一とかを追い求めるのではなくて、それぞれの業態ごとに個性を生かし尖がれという経営方針です。なぜかというと、それぞれの業態で顧客の求めているものは違うからです。いま日本企業に求められているのは、平均点を上げたり弱みを克服したりすることよりも、それぞれの事業で個性や強みを活かすことだと思います。

生成AI時代に必要な企業カルチャー
—山本: ChatGPTによって、自分が子供の頃にこういうものがあったらいいなというふうに思っていたものが出てきたように見えます。こうした新しいアイデアをオープンに話せるような企業カルチャーをつくることも重要なのかなと思っているのですが。
田中氏: そういう意味では、ソフトバンクグループCEOの孫正義氏は、『日本に不足しているのは大ボラ吹きだ』と言っていました。大ボラ吹きというと聞こえは悪いけれども、英語ではBig Vision(大胆なビジョン)です。マイクロソフトでもテスラでも、いま勢いがある企業って、創業した時の創業者は大ボラを吹いていたようなわけですよ。今までにない価値を提供していくなどといった『大ボラ』、つまり大きなビジョンを社員が持ったときに、その芽を育てることができる企業カルチャーをつくることが重要です。そしてクライアントには使命感をもって自社が支援できるソリューションを提供していくことが必要ですね。
—山本: 今の日本企業が生成AIのような、彗星やダイヤモンドの原石のようなビジネスを見つけるために変わらなければいけないことがあれば教えていただきたいです。
田中氏: もっと好奇心を持つことだと思います。ChatGPTは遊び心があるような答えを返してくるわけですけど、最後に人間がAIに勝つ部分は、遊び心や好奇心だと思います。自分の企業が社会的課題を事業で解決する『使命感』、それに『好奇心』が掛け算されたとき、彗星のように新たなビジネスが生まれてくるのではないでしょうか。

立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科) 教授
株式会社マージングポイント代表取締役社長
田中 道昭 氏

富士通株式会社 執行役員EVP CMO
山本 多絵子