EV事業車の充電時のCO2排出量15%削減を実証: カギは企業間データ連携

欧州を中心に事業用車両をEV化する動きが加速しています。ただ、エネルギー事業者にとっては、車両充電の際、電力網に負担をかけてしまうという問題があります。また、運輸事業者にとっては、充電に関わるCO2排出の抑制も重要な課題です。
富士通は2022年、エネルギーと運輸の2つの業界からデータの提供を受け、運輸セクターの事業用車両の充電スケジュールを最適化する実証実験を行いました。この結果、最適化対策を行うことで、EV車充電に関わるCO2排出量を、15%削減できる可能性があることがわかりました。

本記事では、富士通のプロジェクト担当者3人に本プロジェクトのポイントなどについて聞きました。

目次
  1. 業界の脱炭素化を左右する事業者のEV利用
  2. CO2排出量をどう減らすか。プロジェクトの真の狙い
  3. 企業間データ共有の難しさ
  4. 企業間データ共有の促進には何が重要か?

業界の脱炭素化を左右する事業者のEV利用

今回の実証実験は、富士通が参加する「持続可能な開発のための世界経済人会議」(WBCSD※1)の活動の一環として、企業間のデータシェアリングにより交通・運輸業界の脱炭素化を促進する目的で実施されました。

  • ※1 WBCSD
    World Business Council For Sustainable Development。持続可能な社会への移行に企業が貢献することを目的として、200の企業を中心に構成された組織。富士通は2013年より参画、2018年からは理事企業として「Vision 2050」の改訂を進めた。

EV車は大容量バッテリーを搭載する関係から製造・廃棄時に排出するCO2量が多く、排出量削減の難しさが指摘されています。更に、EV化してもグリーン電力で充電するのでなければ、削減効果は減少します。このため充電に関わるCO2排出量を削減するさまざまな取り組みが推進されています。

CO2排出量をどう減らすか。 プロジェクトの真の狙い

今回プロジェクトを担当した富士通の丸橋隆行、久富真紀子、そしてZawisza Hodzic(ザビシャ・ホジッツ)は、運輸事業者が脱炭素化をすすめるにあたり、事業車両を充電する際に風力や太陽光発電などのグリーン電力を利用すること、そして、車両ごとの充電スケジュールを最適化することが重要と考えました。

丸橋はUvance Trusted Societyにおいて持続可能な社会を目指す戦略の策定や外部パートナーとの協創事業などを担当しています。丸橋は、この取り組みにおいて、EVをより環境に優しい存在として位置づけたかったといいます。

「社会は今、消費エネルギーを新たなリソースから作り出したエネルギーへと転換する必要に迫られています。自動車がEVにシフトすると電力需要はさらに高まります。そのため、よりサステナブルな電力を使って充電することがCO2 排出量を減らすために不可避だと考えました」

欧州富士通研究所でソーシャルデジタルツインの研究に携わる久富は、次のように指摘します。

「エネルギー業界と運輸業界が課題をそれぞれ解くのではなく、協力して互いの問題を解決することで、より持続可能な社会の実現につながるのではないかと考えました」

グリーンエネルギーには、天候などの条件によって発電量が変動するという課題があります。久富は、グリーンエネルギーが豊富な時間帯にEV車を充電することが、CO2の削減だけでなく、エネルギーセクターの需要・供給バランスの安定につながることに着目しました。そして充電に電力のグリーン度を表すカーボンインテンシティ・データ(※2)を利用することを提案しました。

  • ※2 カーボン
    インテンシティ
    消費電力1kWhあたりのCO2排出量。再生可能なエネルギーの比率が高いほど、また高効率の発電技術を導入するほど、この値は小さくなる。

それにはEV車の運行や充電に関するデータや、時間帯ごとに変化する電力使用量といった情報が必要でした。今回は、オランダのコンサルティング会社「アルカディス」(Arcadis)とイギリスの電力会社「ナショナルグリッド」(National Grid)が参加しました。アルカディス社からは、食品や飲料などを配達する事業者のEV車の運行と充電に関するデータ、また、ナショナルグリッド社からは使用電力のグリーン度を示すカーボンインテンシティ・データなどが提供されました。

これらのデータは、富士通の配送事業の稼働率の最大化を図るサービス、Fleet Management Optimizationによってシミュレーション分析が行われ、EV車を充電する最適なスケジュールが作成されました。

富士通ポーランドでソリューションアーキテクトとして企業の脱炭素化プロセスを支援するHodzicは、スケジュール最適化の重要性を次のように説明します。

「排出ゼロを達成するために自動車のEV化は必須です。しかし、通勤用でも配送用でも、自宅や会社に戻ってきたEVが一斉に充電を始めると電力需要のバランスが崩れ、環境負荷がかかるエネルギーソースを使わざるをえなくなってしまいます。このため、充電スケジュールを最適化し電力需要を分散できれば、供給をよりグリーンな電力のみで賄えるようになると思いました」

企業間データ共有の難しさ

最近では、欧州連合(EU)が2035年以降のエンジン車の新車販売について、e-fuel(※3)を容認する方向性を打ち出しました。EUは当初温室効果ガスを排出しないEVなどに規制を限定する考えでしたが、方針転換の背景には、エネルギー価格の高騰とともに、急速に進むEV化による電力需要をグリーン電力だけでは支えきれないという見方もあるといわれています。

  • ※3 e-fuel
    CO2と、再生可能エネルギーによる水の電解(electric)から得られたH2を用いた合成燃料で、ガソリンや軽油などの代わりとして期待されている脱炭素燃料。

実証実験はこうした課題解決につながるものですが、やはり難しさはあったと担当者は振り返ります。

「課題のひとつは、データ収集の難しさでした」と丸橋は指摘します。「多くの企業はインターネットや自前の技術を通じて様々なデータを収集していますが、サービスを提供する私たちのような企業をはじめ、他社とデータ共有することには消極的です。当初は自由に利用できるデータの入手に苦労しました」

丸橋らは、このプロジェクトの意義や求めているデータを明確化し、改めて企業にアプローチし、アルカディス社とナショナルグリッド社の協力を得ることができたのだと話します。

「アルカディス社が所有データの共有に関心を示してくれたのは、事業車管理のためのプラットフォームを提供していて、CO2削減のために何ができるのか、実際の業務にどう反映できるのかを知りたかったためではないかと思います」と丸橋は分析します。「一方のナショナルグリッド社は、もともとオープンデータに関して積極的で、精度の高いカーボンインテンシティのデータを公開することで生まれる価値を重視している企業でした。そうした意味ではWBCSDやデータのオーナー、消費者も含め、すべてのステークホルダーにとってメリットのあるプロジェクトだったといえます」

企業間データ共有の促進には何が重要か?

本実証実験では、EV車が充電する際に出るCO2排出量は15%削減できることが確認されました。「この削減率を、充電スケジュールの調整という非常に簡単で、かつ事業者への負担がない方法で達成できたことは重要です」とHodzicは強調します。

企業間のデータ連携をさらに推進するには、今後どのような取り組みが必要でしょうか。3人に聞いてみました。

「鍵を握るのは多様な企業間のパートナーシップです。異分野の企業同士をいかにスマートにマッチングし、コーディネートするか。それが、私の大きなテーマです」と丸橋。

「オープンデータの拡大が、重要になってくると思います。課題が業界をまたぐクロスセクターの問題であればあるほど重要です」と久富。

「企業が提供するデータのセキュリティとプライバシーの確保に細心の注意を払うことです。今後も関心を持って取り組みたいと思っています」とHodzic。

今回のプロジェクトでは、産業間が連携しデータを共有することで、社会課題の解決につながることを示すことができました。富士通は、ソーシャルデジタルツイン技術 (※4)などを用いて、複雑化する社会の実態を把握し、協力企業とともに豊かで持続可能な社会を実現していきます。

  • ※4 ソーシャル
    デジタルツイン
    人・物・事の相互作用 (ミクロな事象)から社会現象(マクロな事象)まで社会全体を丸ごとデジタル化し、人と社会の現実を把握・理解した上で、人・社会に働きかけることで、多様で複雑化する社会における課題を解決する技術群

プロフィール

丸橋 隆行(まるはし たかゆき)
Senior Manager, Global Business Solution Business Group, Social Solution Unit, Trusted Society, Fujitsu

20年以上のアナリストとしての経験を活かして、Uvance Trusted Societyの戦略策定や認知度向上、外部のパートナーを通した新たな事業機会創出などを担当。WBCSDでの活動は2021年から行っており、モビリティ領域での活動を戦略の視点からリードしている。WBCSDメンバーと一緒にデータ共有の価値を伝え、脱炭素交通の実現を目指した取り組みを行っている。

久富 真紀子(ひさとみ まきこ)
Group Manager, Fujitsu Research of Europe

欧州富士通研究所でソーシャルデジタルツインのリーダーとして、持続可能性を中心に研究開発活動を行う。この分野において20年以上の経験を持ち、過去10年間は、社会課題の解決にIoT・AI・デジタルツイン技術を実装。工学博士号と持続可能な開発に関する修士号を持ち、社会科学と工学をつなぐ役割を果たしている。

Zawisza Hodzic(ザビシャ・ホジッツ)
Solutions Architect, GDC Poland DX Services, Fujitsu Technology Solutions Sp. z o.o.

ソフトウェア開発とクラウドインフラストラクチャの分野で16年以上の経験を持つソリューションアーキテクト。富士通では、現代社会の課題に対するソリューション構築を行う役割を担う。また、企業や組織がカーボンフットプリントを削減し、持続可能な未来に向けたプロセスを最適化する支援も行なっている。

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