人的資本経営、どう進める?~大手5社の人事トップが本音で語った

人材を「資本」と捉え、投資によって価値を引き出し、企業価値を高めていく――(経産省HPより)

「人的資本経営」が注目を集めています。2018年12月、国際標準化機構(ISO)により人的資本情報開示のガイドライン「ISO30414」が定められ、ヨーロッパの一部企業ではこれに基づく情報開示が始まりました。
続いて2020年には、米国証券取引委員会が上場企業に対して、人的資本の情報開示を義務化しています。
こうした動きも踏まえた上で、日本では人的資本経営をどう進めるべきか。2022年3月から6回に渡り、富士通・パナソニック・丸紅・KDDI・オムロンの5社のCHRO(最高人事責任者)が集まり、それぞれ人的資本経営をどう考え、どのように進めていこうとしているのか、また、企業価値向上につながる人的資本経営のあり方について議論を重ねてきました。
このラウンドテーブルでの議論の成果をまとめた『CHRO Roundtable Report』の公開にあたり、ここでは参加した各社のCHROが1年をかけた議論を振り返り、その成果や気づき、今後の展開などを語り合いました。

  • 所属・役職・内容は取材当時(2023年1月)のものです。

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パナソニックホールディングス株式会社 執行役員グループCHRO 三島 茂樹 氏
丸紅株式会社 執行役員 人事部長 鹿島 浩二 氏
KDDI株式会社 執行役員 兼 コーポレート統括本部 人事本部長 白岩 徹 氏
オムロン株式会社 執行役員常務 兼 グローバル人財総務本部長 冨田 雅彦 氏
富士通株式会社 執行役員EVP CHRO 平松 浩樹

目次
  1. いま求められる人的資本経営への取り組み
  2. 初めての取り組み、ラウンドテーブルならではの気づき
  3. 議論の成果を実践に活かす
  4. 今後の展開への意気込み

いま求められる人的資本経営への取り組み

モデレーター 西氏:はじめに今回のラウンドテーブルを立ち上げた平松さんから、その理由や込めた思いなどをお聞かせいただけたらと思います。

富士通 平松: 人的資本経営というキーワードが出てきた頃から、これは日本企業各社に共通する課題であり、ひいては日本全体の課題だと強く感じていました。いま必要なのは長期的なビジョンや自社の存在意識を明確に示し、それに社員が共感して主体的に考えるスタンスです。自発的な思考がぶつかり合う中で化学反応を起こせるような土壌がないと、そもそも競争の土俵に乗れず、人材も集まらず、結果として社会やお客様に価値提供できません。この大転換期を乗り切るには、産官学全体での取り組みが求められます。そこでまずは5社でじっくりと時間をかけて話し合い、その成果を発信して少しでも日本を良い方向にする一助としたい。そんな思いで今回のラウンドテーブルを始めました。

富士通株式会社 執行役員EVP CHRO 平松 浩樹

モデレーター 西氏:そんな思いで立ち上げられたラウンドテーブルに、業種業態の異なる各社が参加した背景には、人的資本経営に対する各社それぞれの問題意識があったと思います。その点はいかがでしょうか。

丸紅 鹿島氏: そもそも総合商社とは、時代の流れに応じて、その時々において社会に必要とされる価値を提供する業種です。その様な事業を営む上で収益の源泉となるのは人材ですから、その重要性は以前から認識していました。特に近年は、ビジネスの対象となる社会の動きがどんどん加速していき、流れに対応するための人材力強化が重要課題となっていたことから、当社(丸紅)では人的資本経営という言葉が広まる前から、人材戦略を経営戦略に合致させるべく議論を続けていました。背景にはGAFAMなどを台頭に象徴されるグローバルな変化に、今後も我々は対応し続けられるのかとの強い危機感もありました。

丸紅株式会社 執行役員 人事部長 鹿島 浩二 氏

KDDI 白岩氏: 当社(KDDI)はメンバーシップ型、いわゆる年功序列型の人事制度を続けてきて、2018年まではそれなりに増収増益を維持できていました。とはいえ前回の中期経営戦略立案時には、現状の制度は限界に達しているとの認識もありました。そこで2022年にジョブ型人事制度を導入し、同年からスタートした中期経営計画では「人財ファースト企業への変革」を打ち出しています。単なる通信から多様な領域へと事業を広げていくためには、外部から多様なタレントやエキスパートを招く必要があります。我々もこの段階で人的資本経営を特に意識していたわけではありませんが、結果的に、いまにつながっていたと受け止めています。

パナソニック 三島氏: パナソニックの持ち株会社の傘下に入る事業会社ごとに、経営戦略と連動した人材戦略の明確化に努めていました。その過程で、各社に共通して理解を求めていたのは「多様性」と「流動性」と「自律性」の確立と、これらに基づく「選択肢」を重視する姿勢です。このような認識をまず各社が受け容れた上で、独自のカルチャ―として取り込んでいく。この課題をクリアするための取り組みが、人的資本の最適化と効率的活用を促し、生産性向上と中長期の企業価値向上を実現する鍵になると考えてきました。

パナソニック ホールディングス株式会社 執行役員グループCHRO 三島 茂樹 氏

オムロン 富田氏: 当社(オムロン)では1990年から10年スパンの長期ビジョンを掲げた上で、それを中期、短期の計画に落とし込みながら経営を進めてきました。そんな中でも節目となったのが、2011年からスタートした前回の長期ビジョンです。経営陣が人材戦略を重視するようになり、5年前ぐらいから戦略を具体的に進める改革が始まりました。ただし、この5年間を振り返ると、人材戦略と経営戦略の間にはまだ目に見えない溝がありました。人事サイドでは、自分たちの活動を経営や財務的な価値へとつなぐストーリーを語りきれず、一方では経営サイドも人事と事業、特に収益へのつながりを明確化できなかったのです。そのためこの2年ほどかけて、人事を事業にどのように浸透させていくのか議論を重ねてきました。このタイミングで人的資本経営がいわれるようになり、我々にとってはまさに追い風となっています。

初めての取り組み、ラウンドテーブルならではの気づき

モデレーター 西氏:業種・業態共に異なる5社が集まり、1回あたり3時間もの議論を1年かけて5回繰り返してきました。社外の方とのこれほど密度の濃い議論をする機会は、滅多にないと思います。そんな中で得られた気づきは何だったのでしょうか。

丸紅 鹿島氏: 私は入社以来ずっと人事担当でやってきました。振り返ると人事制度は各社各様ですが、人事に関する一般的な課題を他社の人事担当者と議論する機会はそれなりにはありました。ただ、今回の様に、一度に業界の異なる5社が集まり、かなり突っ込んだレベルで議論できたのははじめてであり、大変得難い経験となりました。また、総合商社にはさまざまな分野のグループ会社があるので、業界の異なる5社で事例共有や議論が出来たことは、今後のグループ会社への人材戦略展開にあたり大いに役に立つと感じています。

KDDI 白岩氏: 私は事業畑から人事に移って10年になります。この間に痛感したのが、人事は答えのない世界だという事実であり、経営陣と考え方を合わせる重要性です。人事担当として自分にどれだけ強い意志があっても、それだけでは会社を変えられません。だから経営者と議論を重ねて方向性を合わせるよう努めてきました。今後も地道な作業を続けていく上で、今回各社のCHROから聞かせてもらった話は貴重なヒントになります。

KDDI株式会社 執行役員 兼 コーポレート統括本部 人事本部長 白岩 徹 氏

パナソニック 三島氏: 議論していて強く感じたのは、現状こそ日本企業にとって逃してはならない大いなる機会であるとの認識です。私たちはいま一度、グローバルレベルの競争力と、その源となる価値創出力を取り戻さなければなりません。各社のCHROと真摯な議論を重ねる中で、誰もが本気で市場に対する説明責任に向き合おうとしている強い意気込みを感じ励まされました。

オムロン 富田氏: 何よりもまず、本音で議論できたのがありがたかった。人事について、ここまで深く話せる機会は初めてでした。この間に3つの大きな気づきを得ました。第1は、考えを言語化し行動に落とし込むプロセスの大切さです。各社の取り組みを聞かせてもらった経験は、私自身の言語化能力を高めるための大きなヒントとなっています。第2はデータ化、つまり能力やモチベーションを客観的に可視化する重要性です。第3は、自社の課題や苦悩をさらけ出せた結果、勇気を得ました。

富士通 平松: 当社が声がけをして集まっていただいたからには、まず富士通ができる限りの内容をオープンに伝えて、皆さんに安心して議論してもらえる場を作りたいと考えていました。その結果ラウンドテーブルならではの事例共有を実現し、突っ込んだレベルで時間をかけて議論できたと思います。例えばデータについても、その扱い方を単に掘り下げるのではなく、あくまでも活用を前提とした扱いに集中して話し合えた。これは最初に幅広い視点で問題意識をお互いに出し合い、大まかな全体図を描いた上で議論を深めていった成果だと思います。

議論の成果を実践に活かす

モデレーター 西氏:これまでの議論の成果を、これから実践していく上で、どこに力点を置かれるのでしょうか。

丸紅 鹿島氏: 当社では最近、経営者がよく「一人ひとりの力を最大限に発揮してもらう」と口にするようになり、これこそが最重要課題と考えています。その実践のためにも必要なもう一つの課題が、今回の議論でもポイントになっていたデータの活用法です。その点、各社の具体的な取り組みを教えてもらえたのが貴重な学びとなっています。

KDDI 白岩氏: 「人財ファースト企業」への変革を打ち出し、ジョブ型に転換した段階で、社員サイドにキャリア自立の概念が希薄だと気づきました。キャリア自立の重要性を呼びかけると若手にはすんなり伝わりますが、エルダー層以上には難しい。とはいえ人生100年時代といわれる状況では、リタイヤメント後も踏まえたリスキリングが重要です。そこで現在は基礎的なスキルの習得を改めて実践しています。

パナソニック 三島氏: 先にも述べたように、まず欠かせないのが「多様性」「流動性」「自律性」「選択肢」です。その上で人的資本最適化を実現するためには「ジョブ型」を採用し、異動の制度を整備する必要があります。ジョブ型の導入と異動制度の整備は、特に間接部門において、専門性の高い人材を付加価値の高い業務に重点配置していく上で必須の課題と考えています。

オムロン 富田氏: 今後の展開については、次の3点を意識しています。第1は、何よりも実践です。さまざまな人材が集まる中では価値観も多様です。そんな中で大切なのは、まずはやってみる姿勢だと思います。第2は、継続です。例えば人材開発や教育投資などはこれまで、どうしても業績の浮き沈みによって左右されがちでしたが、それではいけない。とにかく継続する必要があると認識しました。そして第3が、主観とデータのバランスです。データの重要性を認識した上で、データに基づいて考える上では、人の主観に配慮してバランスを取る必要性を強く感じています。

オムロン株式会社 執行役員常務 兼 グローバル人財総務本部長 冨田 雅彦 氏

富士通 平松: 人的資本経営に注目が集まっている現状は、日本企業が変わり社員が成長するためのビッグチャンスと捉えています。社員が仕事に対してやりがいを感じ、自分の出した成果が会社の成長に連動していると実感できるかどうか。これが成否を分けるカギであり、成功させるには人事戦略と事業戦略の連動が欠かせません。そのため我々人事の人間が経営層や事業部トップと議論を重ねて、彼らに人事戦略を腹落ちさせるよう努めています。こうしたコミュニケーションを深める上でも、今回の議論の成果は格好のツールになります。

今後の展開への意気込み

モデレーター 西氏:最後に今後の取り組みについて、現時点で考えていることを教えてください。

丸紅 鹿島氏: 各社のトライアンドエラーをシェアできるラウンドテーブルには、とてつもない価値を感じています。この1年間でここまでディープに理解し合えたのだから、今後もどうなっていくのかをぜひ継続して共有したいですね。

KDDI 白岩氏: 日本における人的資本経営のチャレンジャーに加えてもらったとの実感を得ました。だからこそ、これからがスタートであり、次は実践あるのみだと思います。実際に動けばレビューできるし、そこから対話も生まれます。一連の動きをサイクル化し、回していく責任を感じています。

パナソニック 三島氏: 国際スタンダードについて属性なども標準的な情報開示は大前提として、当社の経営や事業戦略に深く根づいた内容も積極的に開示していきます。その上で投資家との対話を深めて、中長期における当社の企業価値向上の確実性を納得してもらえるよう努めます。

オムロン 富田氏: これからは実践を通じて学ぶ、トライ・アンド・ラーンの段階に移ったと理解しています。トライすれば当然、壁にぶつかるはずで、思い通りにいかないことが山ほどあるでしょう。そんなときに人事同士のネットワークで一緒に考えて、問題解決の武器を進化させていきたい。当然、人事の独りよがりではだめで、これからは社員や資本家との対話の重要性が増すと考えています。

富士通 平松: ようやく実践できるスタート地点に立てたと考えていて、フィードバックをもらえる実践を積み重ね、学びを経てブラッシュアップしていきたい。正解やゴールなどない世界ですから、このサイクルを回していく中で価値が生み出されていきます。これからも一緒にトライして、成功も失敗も共有できる仲間を増やしていければ良いと思います。組織変革は人事の最大のミッションですから、データに基づくロジックで事業リーダーたちを動かしていかなければなりません。その結果として各社が変わり、日本企業全体の強化につなげていきたいですね。

CHROラウンドテーブル:『CHRO Roundtable Report』

本レポートでは、企業が「人的資本経営」を検討するためにラウンドテーブル参加者が議論を通じて導き出した「人的資本価値向上モデル」を発表。企業におけるモデルの具体的な活用方法に関する提案を中心に、議論を通じて参加者がこのモデルの発見にたどり着くまでの討議の様子(参加企業の重点的な取り組みや施策をベースにした「人的資本価値向上モデル」のブラッシュアップ・再構築の過程、モデルのKPIとして特定した人事データ・データドリブンの過程)など、企業が「人的資本経営」を推進するにあたり重要な洞察を掲載しておりますので、ぜひご覧ください。

参加者プロフィール

パナソニック ホールディングス株式会社 執行役員グループCHRO 三島 茂樹 氏
:1987年、松下電器産業入社。本社および事業部門の人事責任者を歴任。エコソリューションズ社照明事業部門人事責任者、コーポレート戦略本部人事戦略部部長などを経て、2019年4月より現職。

丸紅株式会社 執行役員 人事部長 鹿島 浩二 氏
:1989年丸紅株式会社に入社。以後、一貫して人事業務に従事する。2001年から米国ニューヨーク、2013年から中国・北京に駐在。2017年4月に人事部長、2020年4月より執行役員人事部長を経て、2023年4月より執行役員 CHRO就任。

KDDI株式会社 執行役員 兼 コーポレート統括本部 人事本部長 白岩 徹 氏
:1991年に第二電電株式会社に入社。支社・支店での直販営業・代理店営業、本社営業企画部、営業推進部、カスタマーサービス企画部長、人事部長、2016年総務・人事本部副本部長を経た後、2019年より人事本部長就任。2023年4月より、au フィナンシャルホールディングス株式会社 取締役副社長 CHRO就任。

オムロン株式会社 執行役員常務 兼 グローバル人財総務本部長 冨田 雅彦 氏
:1989年、立石電機株式会社(現オムロン株式会社)に入社。同社、エレクトロニック&メカニカルコンポーネンツビシネスカンパニー 企画室長、グローバル戦略本部経営戦略部長、執行役員常務 グローバル人財総務本部長を経て、2023年4月より執行役員専務 CHRO 兼 グローバル人財総務本部長に就任。

富士通株式会社 執行役員EVP CHRO 平松 浩樹(ラウンドテーブルテーマオーナー)
:1989年富士通株式会社に入社。2009年役員人事の担当部長、2018年人事本部人事部長、2020年4月執行役員常務を経て、2022年より現職。

株式会社グロービス
グロービス・コーポレート・エデュケーションマネジング・ディレクター
西 恵一郎 氏(モデレーター)

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