「持続可能な社会を支える安心で信頼できるAIを目指して」AI倫理浸透へのあくなき挑戦

世界中のあらゆる産業分野でAIの適用が進み社会課題の解決が期待される一方で、AIをどのように活用するべきなのか、倫理的な観点が問題になっています。

「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくこと」をパーパスに掲げる富士通では、最先端テクノロジーの社会浸透・信頼確保の実現を加速させるため、2022年2月にAI倫理推進のグループ司令塔として、富士通の「信頼」確保を強化するための体制整備や戦略の推進、さらに、より積極的な外部発信を進める組織「AI倫理ガバナンス室」を立ち上げました。

なぜいまAI倫理が必要とされているのか?安心して利用できるAI、信頼されるAIを実現するためにはどのようにガバナンスしていくべきなのか?本組織の発起人であるAI倫理ガバナンス室長の荒堀淳一に話を聞きました。

目次
  1. AIの価値を最大化するため、今求められる「AI倫理」
  2. 経営と現場一体のAI倫理ガバナンスで目指す豊かな未来
  3. テクノロジーと人間をつなぐ仕事への誇り

AIの価値を最大化するため、今求められる「AI倫理」

――今、世界的にAI倫理が求められている理由について、どのように考察されていますか?

荒堀: AIは素晴らしいツールですが、一方でさまざまな脅威や不都合が報告されています。海外では巨大IT企業による寡占状態やAIによるプライバシー侵害、世論操作、公共監視などを背景として、AIへの規制強化の議論が高まっています。

AIは、大量のデータを学習し、統計学的にその傾向を捉え、予測をします。そのため、全体に対する傾向は算出されますが、ひとりひとりの個性は捨象されてしまうことがあります。また、AIに学習させるデータにバイアスを内在させてしまっていると、AIが導き出す結果そのものにも偏見や差別的バイアスが生じてしまうのです。

たとえば、ある企業が人材採用の書類選考でAIを利用したところ、なぜか選考を通過したのは男性ばかりだったという事態が起こりました。不審に思いAIに学習させたデータを調べると、そもそもその企業は過去に男性ばかりを採用していたため、AIが過去の採用の傾向から推論して今後も男性ばかりを採用すべきと推奨する結論を導いていたのです。こういったことが容易に起きてしまいます。

特性を理解しないまま盲目的にAIを使えば、バイアスを是正できないまま、つまり不公平や不平等を放置したまま意思決定をすることになります。

――AIの本質や使用法の誤りに基づく不都合を起こさないためにも、AIの開発者やユーザー企業様には高い倫理観がますます必要になるということですね。

荒堀: そうですね。AIは人間社会の発展と進化、ひいてはSDGsの達成にも貢献できる素晴らしい道具です。健康、福祉、気候変動の抑止、平等社会の実現にも大いに貢献できます。

しかし、先ほどのジェンダーバイアスの例のようにAIの予測を盲目的に使ってしまうと、重大な決断を誤りかねません。とくにプライバシーや人権に関与するAIの活用には倫理が要求されます。

だからこそ、AIを開発・提供し、あるいは利用する企業の経営者は、AI倫理ガバナンスを推進して、倫理的な観点の必要性を従業員にしっかりと浸透させていく必要があります。従業員全員がAIのメリットとデメリットを理解したその上で、ユーザー企業様もAIの本質を理解し、AIが不都合をもたらす可能性を認識して利活用しなければならないと思います。

――AI倫理に関する国際動向は、現在どのように推移しているのでしょうか?

荒堀: このようなAI倫理の話題は、実は今始まったわけではありません。数年前からAIの活用に際して倫理的観点を検討する必要性は強調されてきました。一方で、AIはますます社会に浸透し、消費者が気づかないところでたくさん使われるようになっています。ですから、今このタイミングで、当社からもより強くAI倫理の重要性を世に訴えていく必要があるのです。

経営と現場一体のAI倫理ガバナンスで目指す豊かな未来

――荒堀さんは2022年2月に設立された、その「AI倫理ガバナンス室」の室長を務めていらっしゃるわけですが、組織のミッションについて伺えますか?

荒堀: これまでは、研究開発部門、事業部門、そして法務部門などが綿密に連携して倫理の取り組みを推進してきましたが、今般、全社的かつ総合的な取り組みをさらに強化することを目的として新組織「AI倫理ガバナンス室」を立ち上げました。

富士通は、「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていきます」というパーパスを掲げています。私は、このパーパスをAI活用の観点で説明したものこそが「富士通グループAIコミットメント」であると考えています。そして、自己を規律するために、この「富士通グループAIコミットメント」を具体的に推進することが、AI倫理ガバナンス室のミッションです。

新組織を「AI倫理ガバナンス室」という名称にしたのは、「AI倫理ガバナンス」を冠する組織を作ることによって、企業におけるAI倫理ガバナンスの重要性を世界に訴えたかったからです。倫理ガバナンスとは、概念的な倫理を実践的に自己規律できるようにするための仕組みづくりという意味です。AIが浸透する時代にあっては、企業はAI倫理の取り組みを必ず要求されます。富士通は、経営陣から従業員まで含めた組織を規律するとともに、社会にも取り組みを浸透させることによって、安心で安全な社会を作り上げていきたいのです。

富士通のAI倫理におけるガバナンスのユニークな考え方として、AI研究開発部門や事業部門などの現場だけにAI倫理の責任を押しつけない、という点が挙げられます。現場任せにせず、むしろ経営者こそAI倫理を深く理解し、語れることがAIを提供する企業として信頼されるために必要なことだと考えています。そのため、AI倫理ガバナンス室をコーポレート直轄の組織として設置し、AI倫理ガバナンスの議論にも社長自ら参加していただき経営に反映していくといったアプローチをとっています。

また、当社のビジネスは、ソフトウェアやITサービス提供、そしてシステムインテグレーションなど多岐にわたります。適用される産業分野も様々です。ですから第一線の現場に向けた倫理ガイドラインも、単一のルールを定めて適用するという手法が使えません。そこで、単純に厳しいルールを強いるのではなく、ユーザー企業様と共に倫理を守る協調のあり方を多様に、そしてアジャイル的に検討しているところです。

実はAI倫理のガバナンスを推進する専門の社内組織は、まだ世界的には多くありません。そんな中で富士通がAI倫理ガバナンス室を立ち上げたのは、AIの利活用により持続可能な社会の実現を目指すために、これまでの取り組みをギアチェンジして、さらにスピード感をもって取り組む必要があるからです。AI倫理ガバナンス室は、グループ全体のAI倫理に関するガバナンス向上を促進していきます。

――世界的に見ても先進的な取り組みなのですね。ちなみに、先ほど荒堀さんは「富士通グループAIコミットメント」に言及されました。富士通は2019年に、欧州発のAI倫理に関するグローバル・フォーラム「AI4People」が打ち出した原則を取り入れ、「富士通グループAIコミットメント」を公表したそうですが、荒堀さんは「富士通グループAIコミットメント」の発起人でもあるのですよね?

荒堀: 「富士通グループAIコミットメント」の発端は、私的な取り組みでした。もともと私は法務部に所属していて、契約審査やM&Aがメインの業務でした。その後、欧米でAI倫理が語られるようになった2016年頃には、ワシントンD.C.に駐在していました。

アメリカのテクノロジー企業というと、カリフォルニアを思い浮かべる方が多いと思うのですが、実はテクノロジーに関する法律や規制は、カリフォルニアでなくワシントンD.C.で決定がなされることがほとんどです。当時ワシントンD.C.で特にホットな話題だったのが、「AIをどう社会で活用していくか?そのために、AIの不都合をどう予防すればよいか?」といった議論でした。

このような最前線の議論を目の当たりにする中で、AIが不都合を起こす前の予防策について考えることは日本の社会においても必ず必要になってくると強く感じましたので、帰国後すぐにAI倫理に関する取り組みをまずは個人で始めました。

当時仕事としてAI倫理に取り組んでいる人は周囲にいなかったので、富士通研究所や事業部門の有志の仲間を徐々に増やし勉強会を開催するようになりました。欧州富士通研究所がAI4Peopleに加盟していたため、その成果を参考にしながら、富士通のAI倫理観を明文化しました。社長や役員にもすぐに承認をしていただき、3カ月で「富士通グループAIコミットメント」として発表しました。

「富士通グループAIコミットメント」5原則

――「富士通グループAIコミットメント」から続く今回の「AI倫理ガバナンス室」設立ですが、今後、荒堀さんのAI倫理の活動はどのように広がっていくのでしょうか?

荒堀: AI倫理のガバナンスがこれからの社会にとって大事なんだということを世の中に訴え続けることで、AIの提供者も、そしてAIを利用して消費者に接するユーザー企業様も、AI倫理についてきちんと考えていくのが当然である、という空気を作っていきたいです。

消費者に安心できるシステムで利便性を届けたい、豊かな社会を作りたいという想いは、きっと多くのユーザー企業様も同じだと思います。だからユーザー企業の皆さんとも一緒にきちんと AI 倫理を学んで、消費者を守りましょうという仕組みを作っていきたいと思っています。

テクノロジーと人間をつなぐ仕事への誇り

――荒堀さんのこれまでの取り組みから、並々ならぬ熱意を感じます。モチベーションの源泉は何なのでしょうか?

荒堀: 昔からパソコンを自作するなど、コンピュータに興味を持っていました。新しいテクノロジーが好きなんですよね。数学が苦手なので、技術者にはなれませんでしたが、新しいテクノロジーを使って世の中を変えていく、そこに関われる仕事にやりがいを感じるんです。AIも、良い使い方をすればとても便利なものなのに、誤った使い方をしてしまうことで規制が強くなってしまうと、もったいないですよね。

――おっしゃる通りですね。

荒堀: ちなみに私は子どもの頃から自転車が大好きです。それはなぜかというと、自転車は自分の足の力を何倍にもしてくれるからです。それが与えてくれる可能性がとても好きなんですよ。それってAIをはじめとするテクノロジーに共通することです。ひとりの人間にできることは限られていますが、可能性を広げてくれるのがテクノロジーだと思います。スティーブ・ジョブズも、「コンピュータは知性のための自転車だ」という言葉を残しましたよね。

――そう考えると、テクノロジーをどう使うかが大事ですね。

荒堀: そう思います。テクノロジーと人間をつなぐ工夫というのが非常に重要です。私の仕事は、その工夫を考える仕事です。AI倫理でテクノロジーを縛るのではなく、信頼してもらうための文化を作りたいんです。

また、こうしてAIの正しい使い方を考え、それを広め、AIをむやみに制限するような規制を追い払うことは、結果的にエンジニアのイノベーションを支えることにも貢献できるのではないかと考えています。AI倫理の取り組みによって、新しい未来を創り続ける人たちを支援していきたいと思います。

荒堀淳一(あらほり・じゅんいち)

富士通株式会社AI倫理ガバナンス室長として、富士通グループのAI倫理の浸透を推進するとともに、テクノロジーの信頼を確保するための社内外の施策に取り組む。また、同時に、デジタルテクノロジー推進法務室長としてITの利活用に伴う透明性や安心の確保に努め、法務面からデータドリブンな経営やビジネスの推進をサポート。2018年まではワシントンD.C.事務所長として、テクノロジーやイノベーションを取り巻く政策環境の調査に従事した。趣味は自転車で旅すること。

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