AIだから実現できる心臓医療の限界突破

医療の発展により様々な病気が克服される中、心疾患は、過去30年以上にわたり、世界における人の死因の1位であり(※1)、日本でも1997年位以降、癌(悪性新生物)に次ぐ死因の2位(※2)であり続けている。
死亡率低下に不可欠な心疾患の早期発見は、心電図を医師が読み解く従来方式では限界があり、最終診断につながる超音波検査も機材や人材の不足でままならないのが現状だ。しかし、AIを活用した心電図解析が、心疾患の有無の診断の迅速性と正確性に革命をもたらそうとしている。東大病院循環器内科の藤生克仁特任准教授、ソフトウェアテクノロジー事業本部DXサービス事業部プリンシパルエキスパートの門岡良昌、富士通研究所プロジェクトマネージャの梅田裕平に、その詳細をお聞きした。

目次
  1. 増え続ける心疾患と専門医不足という社会課題
  2. 心電図解析で心疾患の有無を判定する実用目的のAI
  3. 医工連携による共創から生まれる明日の医療

増え続ける心疾患と専門医不足という社会課題

――心疾患が今も世界や日本における死因として上位になっている理由は何でしょうか?

藤生先生: 私は心臓医療の専門家として、長年、心臓病が起こる要因や予防策の研究を行なってきました。今回のプロジェクトでは、AIアルゴリズムの臨床的視点の評価と、AIに患者さんの診断情報を学習させる際の研究倫理申請などの部分を担当しています。
実は、心疾患が多い理由の特定は今も難しい課題なのです。一方で、心疾患は単に死因の上位にあるだけでなく、さらに増える傾向にあります。死亡率が減っている病気もある中で、日本では癌と共にどんどん増加し、世界でもナンバーワンキラーであり続けているため、循環器系の医者は何をしているんだ、とよくいわれるわけです。

――その早期発見のためには、どのような方法が採られているのでしょうか?

藤生先生: 心電図を医師が読み取って診断し、心疾患の疑いがあれば、心臓超音波検査を行うような流れが一般的ですが、循環器系の医師が全員、心電図の波形を正しく読めるとは限りません。
また、最近の心電図の機械には自動診断機能も付き、AIが心電図の所見に名前をつけて診断名とするのですが、病名ではないので、最終的な病気のジャッジにはなかなか結びつきません。

――心エコー検査ともいわれる心臓超音波検査は、心電図よりも詳細な分析が可能とのことですが…

藤生先生: 心臓超音波検査は、心疾患の最終ジャッジに利用されますが、専門医による操作や判断が必要です。そのための機材も心臓に関する専門性が高いエキスパート施設を中心に置かれていて、日本では2500か所ほどでしょうか。それぞれに最低1人、大きな施設では2、3人の専門医がいると思います。

――発見が遅れたために重症化する割合はどの程度ありますか?

藤生先生: これも難しくて、入院患者自体は年間で心筋梗塞が約7万人、心不全が約25万人おられますが、どこまでが発見の遅れで重症化したかがわかるデータはありません。ただ、特に心不全は、一度かかると繰り返して起こる病気で、そのたび死に近づくため、早期発見が重要です。検査数を増やせれば早期発見も増えますが、専門医が不足しているので、そこがジレンマになっています。したがって、心疾患に対するアプローチを変える必要がありました。

心電図解析で心疾患の有無を判定する実用目的のAI

――そのアプローチの転換について、詳しくご説明ください。

藤生先生: 過去20年以上にわたり心疾患の根本原因究明と、死亡率の低下を目標に努力してきました。しかし、原因究明のアプローチは先輩医師たちも行なってきて、すぐに効果を上げて社会に還元することは難しいと感じています。一方で、AIは、医療の領域ではエキスパートドクターに匹敵すると聞いていましたし、何より疲れることがありません。そこで、心電図の分析のように1つのことを繰り返し大量に行わせれば、早期発見で死亡率を下げるアプローチには有効と考えたわけです。これは、まさにアンメットニーズ(※3)でした。

  • ※3
    アンメットメディカルニーズともいい、有効な治療法などが強く望まれているものの、未だ確立されていない分野における医療ニーズのこと。

――診断にあたって、AIは具体的にどのような役割を果たすのですか?

藤生先生: 臨床研究として検証しているのは、「超音波検査をしたら異常が発見されるかもしれない心電図」をピックアップして、2次検査の提案を行うアルゴリズムです。「年に1回くらい超音波検査をしたほうが良い」という方を見つけるAIを、過去の患者さんの実データに適用した判定では、かなり良い結果が得られています。
現在は、超音波検査は不要と医師が判断した実際の患者さんの中から、異常のありそうな人をAIがピックアップできるかを検証中です。

――それ以外にも検討中のアイデアはありますか?

藤生先生: 別途取り組んでいるのは、「今は正常でも将来的に異常が現れそうな心電図」をピックアップするというアルゴリズムです。よりハードルは高いのですが、これができれば、死亡率を減らすという目標にさらに近づけます。こちらも、さほど遠くない未来に実現できそうです。

――AIの研究者の立場からは、今回のプロジェクトの成果をどのように捉えていますか?

梅田: 私は、富士通のAI研究所で、AIの基礎研究的なところ、特にディープラーニングをベースに新しい技術を作っていこうとしています。TDA(※4)という波形解析技術のプロジェクトを自分で立ち上げことから、その検証のために心電計のことも手がけていました。
このプロジェクトでは、臨床実験のためのAIのアルゴリズム開発を担当しているのですが、常々、AIは世の中の役に立って人を幸せにしていけなければ意味がないと考えていたこともあり、研究対象ではなく実用を目的としてAIを応用することに大きな意義を感じています。

門岡: 私は、AIを社会実装するという立場から、富士通側でこのプロジェクトの立ち上げに携わってきました。以前は、スーパーコンピュータを使った心臓シミュレータの開発なども行なっていましたが、定年後にはAI研究グループで、TDAによる心電図解析をやれないかと考えるなど、もう15年以上も心臓に関わっています。知り合いが急に心臓病で亡くなるなどしたこともあり、富士通だからこそ可能な仕組みをつくり、心疾患での死亡率低下に貢献できればと考えていました。そして、藤生先生のような素晴らしい医師との出会いが、今回のアプローチにつながったのです。

  • ※4
    トポロジカル・データ・アナリシス(人間が脳や五感で得た情報を、数学の一領域である位相幾何学=トポロジーの知見から分析する技術)

――特にどのような部分が共創するうえで重要だったのでしょうか?

梅田: 機械学習やディープラーニングというのは、100%の結果を保証する万能技術というよりも、学習結果のアウトプットのレベルに応じて使い方を考えるものなのですが、藤生先生はそういうAIの特性も理解されているので、話がスムーズに進みました。

門岡: 藤生先生と出会う前からAIによる心電図解析の研究はしていたものの、学習に使える教師データが海外のオープンデータのみで数が少なく、形式も不統一であったため、なかなか進展しなかったのです。そこで、やはり専門医の方と一緒に進めていく必要性を感じ、藤生先生にたどり着きました。
 先生ご自身もAIに関心をお持ちですので要望が現実的ですし、目的を達成するための助言も的確で助かっています。また、東大病院が持つ64万件の患者さんの情報を教師データとして使えることも大きいですね。

藤生先生: 実は、心電図の情報を生のデジタルデータとして保管しておくにはお金がかかるので、プリントしたりPDFファイル化して、元データは破棄されることが大半です。東大病院でも、7、8年前に同じ要望が出たのですが、私は貴重な財産になると考えて、断固拒否しました。それで、過去20年間の心電図データをそのまま統一された形式で残すことができ、今は東大病院の医療情報部の協力によって、心電図のデジタル情報がサーバーを経由してAIとつながっています。
世の中にはデータを囲い込むところもありますが、それよりも信頼できるプロの方々に使っていただくことが、社会全体の発展にとってベストチョイスだと考えています。特に開発スピードやアルゴリズムの考え方の点で、富士通のトップレベルの方々と一緒に作っていることが、自分たちだけではなし得ない成果につながったといえるでしょう。

医工連携による共創から生まれる明日の医療

――AIと専門医の関係性や連携体制はどのようなものでしょうか?

藤生先生: 最終的な判断は現場の専門医の仕事ですから、AIによって医師が置き換わるわけではなく、強力なサポーターになってくれるという印象です。また、超音波検査の必要があるとAIが提案した心電図を見ているうちに医師も学習して、自分でも判断できるようになります。AIのフィードバックが、人間にとっての教師の役割を果たすわけです。
その意味では、AIがピックアップした心電図を医師に見せてトレーニングすれば、理屈抜きで心疾患の可能性を見つけられるようになると思うので、そういう使い方もあると考えています。

――思い描かれているビジョンと比べて、現段階のプロジェクトはどのレベルまで来ていますか?

藤生先生: 最終的には、外来や健診の医師を全面的にサポートできるところまでもっていきたいので、それを考えると、まだ始まったばかりです。そういう医師たちは、採血やレントゲンなど複数の情報を総合して判断を行なっていて、心電図はその1つに過ぎません。それだけでもある程度の精度が得られていますが、情報が増えればそれだけ判断も正確にできるようになります。

門岡: 技術者として感覚的にいえば、1割ぐらいの達成率かと思います。私自身は心電図にこだわりがあって、今取り組んでいる12誘導心電図(※5)では、病院でベッドに横になって安静状態でないと測定できません。これに対して、スマートウォッチなどのウェアラブルデバイスでは気になったときに心電図が取れたり、ウェアラブルパッチというものを貼っておけば24時間常に記録できるようにもなってきました。そこまで対応できると心疾患の予測にまで踏み込んでいけるので、ぜひ藤生先生と共に実現していきたいですね。

梅田: 先人たちの積み重ねを富士山の5合目だとすると、ようやくそこから踏み出したという感じです。精度の向上についてもそうですが、AIに見えている心電図の特徴をもっと可視化していくなど、やるべきことはまだ色々とあります。

  • ※5
    胸部6ヶ所と両手首・両足首に合計10個の電極を付け、12個の波形が得られる検査

――では、最後に今回のプロジェクトの先にある社会や世界への想いをお聞かせください。

藤生先生: 海外の大きな病院には技術者が常駐していて、いつでも協力できる体制になっています。それは、医工連携(※6)の一例なのですが、東大病院でもスタンフォード大学と提携して、医療機器のイノベーションを牽引する人材を育成するバイオデザインというプログラムを開始しました。そういうところから、在宅医療でどのようなことができて、どう病院とつながっていけるのか、将来のために考えていきたいですね。
AIの医療応用の分野で、世界における日本のプレゼンスも高めたいですし、特定のエリアや個人に特化した個別治療のためのソフトウェアにも力を入れて、少なくともアジアでトップになるくらいの気持ちでいます。

門岡: 将来、私自身が心臓病にかかることがあるかもしれません。たとえば、私が完全にリタイアした後に病院で健診を受けたときに、医師から「このAIが心疾患のリスクが高いと判定しています。」と説明され、私は大きく頷き、黙って医師の指示に従う。実は、そのAIこそ私達が今開発しているAIであり、私の心疾患を早期に発見してくれて、そのお陰で重症化を免れることが出来た、そんなシーンを実現できるようにしたいと思っています。そのためには、技術者も医学のことを知ることが必要なので、開発チーム内でも勉強会を開いて先生方との会話に必要な知識を学んでいます。また、技術者が医療現場に入り込むことで、医師の方々とは違った目でアンメットニーズを見つけられるとも思っています。そうやって社会に貢献できる仕組みの構築にも積極的に関わっていくつもりです。

梅田: 医療現場の方にAIのことを理解していただくためには、AI自体もよりわかりやすいものにしていかなくてはなりません。そうしてAIが進化すれば医療も進化し、またそれがAIの発展につながるという好循環を作り出したいですね。実際に、今回のプロジェクトにはそういう可能性があるので、その道筋をしっかりつけていこうと考えています。

  • ※6
    学問的に近いところがある医学と工学が協力して課題解決にあたること。
藤生克仁(ふじう・かつひと)

循環器内科医、東京大学大学院医学系研究科特任准教授。現在、東京大学医学部附属病院で心臓病の診療を行っている。また研究として、心疾患でなぜ命を落とすのか?について遺伝子レベルからヒトレベルまで包括的な研究を行っている。研究には分子生物学的な新しい技術をこれまでも駆使してきたが、近年は疾患研究に人工知能を組み込んだ研究を展開しており、今回のプロジェクトに参画。

門岡良昌(かどおか・よしまさ)

富士通 ソフトウェアテクノロジー事業本部DXサービス事業部 プリンシパル・エキスパート、博士(理学)。富士通に入社後、通信部門のエンジニアを経て、新規ビジネスの企画開発に従事し、1990年代に電車の中でも片手で本を読める端末「電子本」やインターネット上のモバイル端末向け地図情報サービスWildBirdを開発。その後、富士通研究所にてグリッドコンピューティングの研究に従事。そして東京大学とスーパーコンピュータ「京」を活用した心臓シミュレータの共同研究を実施。その後、ヘルスケア分野、特に心臓疾患の撲滅を目指してAIを活用した研究に取り組み、今回のプロジェクトを立ち上げ、推進中。

梅田裕平(うめだ・ゆうへい)

富士通 富士通研究所人工知能研究所 Project Manager、博士(機能数理学)。数理学で博士取得後,数理学の社会活用を志して株式会社富士通研究所(当時)に入社。富士通では数理学をベースにした新しいAIアルコリズムの研究開発に従事。機械学習やディープラーニングなどのAIアルゴリズムを理論・応用両面から研究している。時系列解析AI技術の研究の一環で心電解析のアルゴリズムを開発し、今回のプロジェクトに参画。

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