地元に根差した知恵とデジタル技術で、法面崩落から地域の安全を守る

地球規模の気候変動によるこれまでにない大規模な台風や線状降水帯等による集中豪雨の発生により、全国各地で土砂災害が相次いでいます。こうした中、広島県ではデジタル技術を活用した行政課題の解決を図る実証実験の場として「ひろしまサンドボックス」をスタートさせました。富士通も参加したひろしまサンドボックスの一つである道路点検の実証プロジェクト(注1)で、地元の複数企業との協業により成果が生まれてきています。自然災害から住民の生活を守るためのこのプロジェクトはどのように始まり、そして、何を目指しているのでしょうか。今回のプロジェクトをリードしている広島県の荒谷建設コンサルタントさんと富士通の担当者に話を聞きました。

目次
  1. 解決が求められていた広島県の自然災害事情
  2. 各社の知恵を結集した「ひろしまサンドボックス」でのあらたな取り組み
  3. 法面崩落から守るためにテクノロジーが出来ること
  4. 目指すのは、安心・安全に暮らせるインフラ

解決が求められていた広島県の自然災害事情

――広島県における土砂崩れや落石などの自然災害の現状を教えていただけますか?

荒谷建設コンサルタント 営業企画部営業企画課 係長 渡部宗広さん(以下:渡部さん):
広島県は、国土交通省が調査し発表している土砂災害危険箇所等の数が全国で最も多い県です。要因としては様々ありますが、広島県内の地盤の約40%が雨に弱く崩れやすい花崗岩類であることは大きく影響していると考えられます。事実、2018年の西日本豪雨でも広島県は土砂災害の被害が大きく、命を落とした方もいらっしゃいました。報道されないような法面の崩落を含めれば県内では自然災害が頻発しているため、広島県民の方々は防災への意識、土砂災害への警戒心は高いと感じています。

荒谷建設コンサルタント 営業企画部営業企画課 係長 渡部宗広さん

――土砂崩れや落石は、地域生活にどのような影響を与えますか?

渡部さん: 直接的な被害としては、怪我や命を落とす危険性が挙げられますが、道路などのインフラの遮断は二次的な被害として生活に大きな影響を及ぼします。法面が崩れることで塞がってしまった道を復旧させるには数日~数週間の時間を要することもあります。お住まいの地域によっては、ご自宅に通じる道が1本しかない方もいらっしゃいますから、道路インフラの遮断回避は大きな課題です。また、被害を受けた家屋や土地においては資産価値も下がる可能性もあります。

――これまでどのような対策を講じられてきたのですか?

渡部さん: 多くのケースでは、道路の異常をリアルタイムに点検することは困難なため、道路管理者は道路利用者からの通報で崩落を把握し、応急対策に取り掛かるという事後対応となることもあります。平時の対策としては道路管理者や委託事業者が定期的に車でパトロールし、崩落の前兆である落石や法面の水漏れ、ヒビなどを目視でチェックしています。しかし、それらは事前に予測し対応することは困難で、事後的な対応となることが多いという課題があります。

各社の知恵を結集した「ひろしまサンドボックス」でのあらたな取り組み

広島県が管理する道路では、週1回法面の状況を人の目により確認しています。しかしながら、毎年のように法面崩落が発生していること、法面崩落や落石を事前に予測することが難しいことから、より頻繁な点検の必要性が出てきました。この課題を解決するため、広島県からデジタルトランスフォーメーションを推進するテーマの募集が行われました。

――課題をどのように解決しようと考えられたのですか?

渡部さん: 法面崩落の予兆を把握するために、まず点検頻度を上げる必要がありました。頻度を上げることによって、日々の変化を捉えて、法面崩落や落石の予兆を捉えることができないかと考えました。
そこで、毎日同じルートを走る路線バスにカメラを取り付けることに着目しました。

――路線バスとは、いいアイディアですね。

渡部さん: はい。路線バスは毎日同じ時刻に同じルートを走ります。バスにカメラを搭載して法面を撮影することで、日々のわずかな変化を察知し、法面崩落の前兆を捉えるのです。データの頻度も上がりますし、低コストで実現できます。次のステージとしては、撮影したデータから法面の異常を自動的かつ客観的に判断するための仕組みが必要です。この分野について既に他のひろしまサンドボックスの案件に取り組んでいる富士通さんに相談しました。

富士通 社会システム事業本部防災システム事業部 田嶋聡司さん(以下:田嶋さん): 
弊社には建築・土木関連でのAI技術の実績があります。例えば、ドローンを駆使して撮影した画像を解析することで、橋脚のコンクリートのひびわれや金属のサビなどの異常を検知するといったものです。社会インフラに関するプロジェクトは人命に直結するため、信頼性が求められます。今回、広島県の災害を守るため、少しでも今までの経験が活かせればと考えました。

――広島県、荒谷建設コンサルタントさんをはじめ、様々な方々と一緒に取り組んでいるプロジェクトなのですね。

富士通 社会システム事業本部防災システム事業部 野田 明さん(以下:野田さん): 
広島県、安芸太田町、広島電鉄(バス)、荒谷建設コンサルタント、そして富士通の5者が地域の生活を守るためにタッグを組み、知恵を出し合い、それぞれの得意分野を活かして取り組んでいます。この取り組みは今までにないことだと実感しています。

路線バスに搭載したカメラで法面を定点観測

法面崩落から守るためにテクノロジーが出来ること

――現場で使われているAI技術について教えてください。

野田さん: 実は、当初は法面異常をAIで検出することは非常に難しいと感じていました。そもそも、人工的に構築された法面とはいえ、植物が生えている個所もあれば自然のままの法面もあります。さらに、法面異常の種類も多種多様であるからです。そのため、土木専門家である荒谷建設コンサルタントと議論を重ね、法面異常を「落石」、「クラック(ひび割れ)」、「堆積土砂」の3種類に絞り込みました。すべての法面異常をカバーできるわけではありませんが、大半の事象にはこれらの要因が含まれており、先ずはスタートさせることが重要と考えたからです。

次の課題は、バスに取り付けるカメラの選定、取り付け位置の検証でした。バスの振動で撮影した画像がぶれないように解像度、シャッタースピードの調整を行いました。また、カメラを設置する位置は法面を正面から撮影できるよう真横が良いのか、広く撮影できる斜め前の方が良いのか等、現在も検証を継続しています。

――AIによる検知は順調にできたのでしょうか。

野田さん: AIを用いて画像から「落石」、「クラック(ひび割れ)」、「堆積土砂」を検出することは比較的容易なのですが、これらが法面異常であるかどうかの判断は難しいですね。例えば、法面のクラック(ひび割れ)がどの程度危険であるのか、堆積土砂がどの程度溜まれば対処が必要か等の判断は当社には出来ません。AIが正しく異常として検出するためには、荒谷建設コンサルタントが持つ豊富な知識、ノウハウを如何にAIに反映させるかが重要です。
具体的には、写真のようにブロック状の法面に防護ネットが張られている個所がありますが、ブロックの凹部に堆積土砂を検出できます。少量では問題ありませんが、多くなると対処が必要です。どの時点で異常と判断するかは荒谷建設コンサルタントの知見が役立ちます。このように、建設技術とAIのコラボレーションをいかに一体となって行うかがこのプロジェクトの意義だと思っています。

AIによる検出:
(左)落石 (中)クラック (右)堆積土砂

今後、赤外線カメラを使い法面の「湧水」の検出を検討しています。さらに、光センサーデータと画像を組み合わせたAIにより、石積による法面と落石を区別する技術も活用しています。例えば、以下の写真の例では、道路上の石だけ異常と検出しています。(荒谷建設コンサルタントと特許共同出願済)

光センサーデータ(京セラ先進技術研究所ご提供)と画像を組み合わせたAIによる検出
(道路上の石のみを検出できる)

――なるほど。現場にどれだけフィットできるかがポイントなのですね。

野田さん: はい。さらに、AIの精度を高めるためには、学習の元になる教師データが重要になります。教師データは類似の他地域ではなく、現地のデータであることが精度向上に直結します。私もデータ取得のため、広島県安芸太田町へ何度も赴きましたが、山間部における生活道路の重要性、それを守るために道路点検の頻度を上げることの必要性を感じました。

渡部さん: 富士通さんに現地に来て頂き課題を肌で感じ、県民と同じ目線を持っていただけたことは意義深かったと思っています。また、同じくパートナーである路線バス会社の広島電鉄様からもご意見をいただいています。我々としては同ルートを定期的に撮影できるインフラとして路線バス会社へお声がけをしましたが、生活のための重要な足としての役割を担っている広島電鉄様も道路の遮断はなんとしても避けたいところでありこのプロジェクトに大いに期待を寄せていらっしゃいます。

目指すのは、安心・安全に暮らせるインフラ

――今後の展開について教えてください

渡部さん: 住みやすい街を作るためにも、実証実験で良い成果を出し、生活者のみなさんが安心して、安全に道路を利用できるような環境を整えたいですね。コストや人的リソースを抑え、地域に根差した活動として、テクノロジーでの課題解決に尽力していきます。広島県の計画では、今年度まで実証実験を継続し、令和4年度は本格運用に向けた準備、令和5年度からの本格運用を目指していると伺っています。(注2)そのため、少しずつ課題を解決して、安心・安全に貢献できるようにしたいと思います。

田嶋さん: 道路をはじめとしたインフラにはたとえ小さなことでも不安があってはならないと思っています。不安を払拭するためにはリスクを潰していくことが必要です。今回の経験を踏まえ、予兆の把握や崩落の予測に繋がれば、生活者の不安を最小限におさえることができるはずです。

野田さん: 今年度までは技術的な検証が中心でしたが、来年度からは運用の検証が中心になります。実証実験は技術中心になりがちですが、真に使える仕組みにするためには運用性が大変重要です。たとえば、バスへのカメラの取り付け位置や方向などもその一つです。早朝、夕方などの日照条件が異なる場合や小雨等の悪天候時における異常検出への対応などです。さらに、撮影した大量の画像データのクラウドへの伝送も遅滞なく行わなくてはなりません。このように、刻々と変化する自然に対応できるようにする必要があります。さらに、今後、バス路線以外の道路を点検に向けて郵便局、清掃車、宅配便業者さんとの連携も検討していきます。こういった様々な動きが全てスムーズに連携して初めて現場で使えるものになるわけです。

土砂災害をはじめとする自然災害は、喫緊の課題です。安心・安全な生活を守るため、サービスを安定化させ、全国へ広めていきたいと考えています。
そのために、現場のみなさんや富士通Japanとも一体となってひとつずつ課題の解決に取り組んでいきたいと思います。

富士通
社会システム事業本部
防災システム事業部
マネージャー
田嶋聡司さん
富士通
社会システム事業本部
防災システム事業部
野田 明さん(危機管理士一級)

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