AI判定で物流ドライバーの安全を守る

ネットショッピングが当たり前になった今、年々取引量が増加している物流業界では、荷役作業中の労働災害が増えており、中でもフォークリフトに起因する接触や荷物破損等の事故が増加しています。その中で、サントリーグループの物流の中核を担うサントリーロジスティクス社は、富士通とともに開発した業界初のフォークリフト操作のAI判定システムを導入し、フォークリフト操作の確認および評価業務における安心・安全な業務を推進しています。AIテクノロジーがどのように機能し、現場の課題を解決していったのか。富士通エバンジェリストの武田幸治さんがサントリーロジスティクス社の倉庫を訪れ、「現場の声」に耳を傾けながら、その革新性に迫ります。

富士通 エバンジェリスト 武田幸治さん
目次
  1. 物流業界が抱える課題
  2. 安心・安全を追及するため、客観的にジャッジできるシステムを目指した
  3. AIで安全運転評価業務を高度化
  4. デジタルトランスフォーメーションが物流業界を変える

物流業界が抱える課題

今回訪れたサントリーロジスティクス埼玉支店は、首都圏および東日本エリアを中心にカバーしている同社最大規模の拠点です。全国トップレベルの取扱量で年間4,180万ケース(2019年実績)を輸送しています。

まず、同社理事 安全推進部長の小玉光志さんに、安全推進部の役割と物流業界が抱える課題についてお聞きしました。

サントリーロジスティクス株式会社 理事 安全推進部長 小玉光志さん

武田さん: 安全推進部の役割について教えてください。

小玉さん: 弊社の中で安全に関するマネジメントを担う部署です。「Safety First・One Team・Speed」という社長方針を具体化し、それを全国13拠点、約530名の社員にしっかり落とし込んでSDCAサイクル(注1)を回し、全体の安全を担保していくことがミッションとなります。メンバー構成は8名で、年間200回ほど各拠点を回り、現場で起きていることを経営層にフィードバックしています。

武田さん: ありがとうございます。「安全」をマネジメントする部署があるのですね。
常に物流の最前線をご覧になられていると思いますが、今、物流業界の課題はどういったところにあると思われますか?

小玉さん: 物流業界全体では、新型コロナウイルス感染拡大において巣ごもり需要が増加傾向にある企業も多く、フォークリフトの誤操作による労働災害も増えていると聞いております(図a)。弊社では幸いにもコロナ禍でも労働災害は起きていませんが、倉庫はフォークリフトと人が同居する場所なので、最悪の場合は死亡事故にも繋がるという危険と常に隣り合わせな点は、どの企業も同じです。ただ、基本的に、労働災害というのは偶然起きることはありません。普段の作業の在り方が影響するので、弊社では安心・安全な業務に関する独自の作業標準を定め、外部の委託会社さんの倉庫でもその作業品質を守っていただいています。その標準を現場にしっかり落とし込むことが一番の課題だと考えています。

図a 図a:労働災害死亡者数およびフォークリフト労働災害の推移(出典:厚生労働省 労働災害統計)

武田さん: フォークリフトによる事故が増えているのですね。コロナ禍の巣ごもり需要で、取扱量は増えましたか?

小玉さん: 弊社の場合、全体でいえば大きな変化はありません。ただ、品目構成に大きな変化があり、緊急事態宣言などの影響も受けて需要と供給の予測が難しくなりました。また、現場管理においてもフェイス・トゥ・フェイスでできなくなったので、安全を担保するためにモバイル型のカメラを導入し、作業中にリアルタイムで実況してもらいながら現場巡回の補完をしています。

武田さん: なるほど。ところで本日お伺いしたこちらの拠点では巨大なトラックやフォークリフトがめまぐるしく行き交っていますね。安全を守るために荷役の動線はどうやって管理されているのですか?

小玉さん: はい。現場は常に動いていて1日として同じ配置はないので、どれを入庫し、どこに運ぶかはフォークリフト乗務員が出荷表を見て都度、判断します。なので基本動作をしっかり守り、かつ経験がないと効率良く安全に作業できません。

――安全管理においてはすでに業界内でもトップクラスに厳しい標準を設けているサントリーロジスティクス社は、なぜ今回のAI判定システムを導入したのでしょうか。そこに至った経緯について、全国の拠点を飛び回り現場を管理されている安全推進部 担当部長の鵜川誠さんに伺いました。

サントリーロジスティクス株式会社 安全推進部 担当部長 鵜川誠さん

武田さん: 導入に至るまでの経緯を教えてください。

鵜川さん: 労働災害を防止し、安心・安全にフォークリフト業務を遂行するために、弊社で定めた作業標準に沿った行動ができているかどうかをチェックするため、まず2018年に弊社のフォークリフト全200数台にドライブレコーダーを設置しました。その映像を8名がかりで肉眼でチェックしていたのですが、数百名のフォークリフト乗務員の映像を確認するのに約500時間かかっていました。

武田さん: 大変な労力ですね。

鵜川さん: そうなんです。また、製品を載せるフォークの部分など、従来のドライブレコーダーではフォークリフトに特化した動きが検知できなかったり、テクニカルな問題もありました。一方で、評価される乗務員としては、映像を判断するのは評価者の目視のためフィードバックした時に「それって本当に正しいの?」という疑念が生まれることも度々ありました。

武田さん: 確かに評価者がいくらしっかり確認していても人による若干の誤差や、場合によっては見落としが生じることもあるでしょうね。

鵜川さん: そういった曖昧な部分を標準化し、客観的なジャッジができるシステムが必要だと考えたのです。

フォークリフトに取り付けられたドライブレコーダー

安心・安全を追及するため、客観的にジャッジできるシステムを目指した

――そうした課題を解決するために、サントリーロジスティクス社は富士通とともにAI判定システムを開発。担当した富士通クラウドテクノロジーズのデータサイエンティストである深町侑加さんに話を聞きました。

深町さん: 今回のシステムは、360度のドライブレコーダーで撮影した映像からサントリーロジスティクスさんがもともと設定されていた23項目のうち、特に厳しく取り締まっていらっしゃった「ながら運転」「静止確認不足」「一時停止確認不足」という3つの危険運転シーンを検知するものです。走行中、旋回中、停止中といったフォークリフトの走行状態と、運転者が乗車しているか、そしてフォークが動作中か否かの3つの状態の組み合わせで危険運転シーンを切り出します。

武田さん: 危険運転シーンはどのようにして可視化されるのですか?

深町さん: 危険運転シーンの検知とその根拠となるフォークリフトの状態、そして動画全体の危険運転シーンとの割合で算出した安全係数を動画上に表示します。評価時間を短縮するために、安全運転に影響のない確認しなくていいシーンは自動的に早回しで動画を短くできるシステムにしました。

ドライブレコーダーのAI判定システムによる解析画面
(左)危険運転シーンの検知根拠が赤丸で表示される
(右)危険運転の可能性が低く、見なくていいシーンは自動的に早回しされる

武田さん: なるほど。危険運転回避に特化しているのですね。開発にあたってどのような点を工夫したのでしょうか?

深町さん: 車のドライブレコーダー映像の解析は前例がありましたが、フォークリフトのドライブレコーダー映像解析は前例のないものです。フォークの部分の上下をどう撮影するかという点が技術的には難しかったので、現場で鵜川さんにデータを何パターンもとっていただき、トライアンドエラーを繰り返しました。

武田さん: 映像解析は現場の明るさなどの状況で難しいところもあると思いますが?

深町さん: ライティングだけでなく倉庫の環境やフォークリフトの車体やフォークの色、乗務員さんの服やヘルメットの色も毎回違うので、様々な環境に対応できる汎用性を満たしていくのも大変でしたね。たとえば照明の具合から、どうしても普通の状態でフォークの上下が撮影できない時の精度をあげるために、ホームセンターでカラーテープを何十個も買ってフォークのパーツに貼り、照明を変えたりフラッシュを焚いたり実験を繰り返して解決していきました。

武田さん: 「使える」システムにするために、いかに現場と一緒になって試行錯誤を繰り返すかが重要なのですね。どのくらいの期間かかったのですか?

深町さん: 約1年かけて開発しました。サントリーロジスティクスさんは、自社の中で明確な作業標準があって充分なデータを集められていました。それをもとに本当に何度も何度も試行錯誤を繰り返し業務にフィットさせていきました。サントリーロジスティクスさんの飽くなき安全への追及が、一つのシステムとして結実したのだと思います。

武田さん: サントリーロジスティクスさんの現場ノウハウがふんだんに詰め込まれているのですね。

深町さん: まさにそうです。それも、設計時に100%を求めるのではなく、少し進めては都度現場の方々にフィードバックをいただきながら徐々にエンハンスしていきました。また、そうしてAIの教師データの精度も上がり、益々業務にフィットしていきました。

富士通クラウドテクノロジーズ株式会社 データサイエンティスト深町侑加さん

AIで安全運転評価業務を高度化

――そうしてAI判定システムは2021年6月より実装されました。

鵜川さん: AI判定で動作の部分も明確におさえていただいているので、フィードバックをする際にしっかりした基準が提示できるのは大きいです。また、時短という意味でも、評価業務にかかる時間が約50%に削減できたので、非常に大きな効果を感じています。

――一方で現場のフォークリフト乗務員の方はこのシステムをどう感じているのか。サントリーロジスティクス社の200数名の乗務員の中で上位一握りのSランクを2年連続保持し、後輩の指導を担当している埼玉支店の村岡大輔さんにお聞きしました。

武田さん: 以前はレーダーチャートやレポートでの評価でしたが、AI判定システムが導入されて乗務員の方たちはどのような感想を持たれていますか?

村岡さん: 自分もそうなのですがフォークリフト乗務員には人によって癖があります。それは無意識のものなので、安全面に繋がる良い癖か危険運転にひもづいた悪い癖か本人は気付かないのですが、AI判定システムを導入してから安全係数ではっきり提示してもらえるようになったので、平等に評価していただいている実感がありますね。良いところも悪いところもメンバーと共有できるので、指導もしやすくなりました。

武田さん: 現場での安全管理の向上に繋がりますね。

村岡さん: 間違いありません。それに加えて品質の向上にも繋がります。弊社では安全と同じくらい品質を大事にしていて、たとえば2リットルのペットボトルが入った箱の側面に持ち手がありますよね。本来、そこに手を入れられるのはお客様だけなので、100万に一つでもフォークリフトでの運搬中にそこが開いてしまったら、弊社では破損扱いになります。ただ商品を輸送しているだけでなく、卸業者さんや小売店さんといったお客様の荷物をお預かりしているものなので、傷一つ付けない意識で大事にする。100点が当たり前の世界で品質と安全が高いレベルで実現できれば、それが安心に繋がると思っています。

武田さん: 現場のみなさんの高いプロ意識があってはじめて、生活者に安心が届けられるのですね。私も普段何も気にせず飲みますが、みなさんに支えられているのだと認識をあらたにしました。いつもありがとうございます。

サントリーロジスティクス株式会社 埼玉支店 村岡大輔さん

デジタルトランスフォーメーションが物流業界を変える

――最後に、今後の展望について前出の小玉さん、深町さん、そしてサントリーロジスティクス社の東日本の全拠点を統括する同社執行役員 東部支社長の田村智明さんに聞きました。

左から、武田さん、深町さん、サントリーロジスティクス株式会社 小玉さん、田村さん

武田さん: 本日は様々な視点からお話をうかがいましたが、今後の展望について教えてください。

小玉さん: 今回、これまでにないAI判定システムの導入にあたって様々なITベンダーさんに相談しましたが、富士通さんが最も課題解決のために真摯に一から本質に向き合ってくれました。実際に導入して改めて感じていますが、基本は人だと思っています。AIの判断も絶対的なものではなく、「頼れるパートナーや相談相手の見解」として捉えることで非常に有効だと実感しています。いまでは動画を迅速に送信することができる5Gが当たり前になりつつあるので、今後は、リアルタイムで操作している乗務員にアラート通知をして教育指導できる未来が訪れると考えています。直近でいえば、ドライブレコーダーも進化していてデータをWi-Fiで飛ばせるので、コロナ禍におけるリモートでの安全指導ツールとしての実現性も高いと思います。

田村さん: 確かに人の力は外せない要素ですが、これから先、労働人口が減少していく中で自動化も必要です。AIがすべてを賄うのではなく、人をサポートするテクノロジーとして、このAI判定システムをトラックのドライブレコーダーにも導入して運転者の指導教育にも取り入れたいですね。そうすることで弊社の安全品質向上だけではなく、トラック運転の安全性の改善といった社会課題の解決にも繋がると考えています。

深町さん: そうおっしゃっていただけてうれしいです。まずこのAI判定システムにおいては、より細分化した検知項目を増やしたり、動画とともにレポートも出せる機能を入れたりするアップデートを考えています。そして、このシステムを汎用的にサービス化していきたい。どの物流会社さんも安全への想いは同じだと思います。より広く様々な企業のみなさんにフィットできるように工数やコストの面でも工夫したサービスとすることで、物流業界の課題を解決していきたいです。

武田さん: では最後に、これから何らかのデジタルトランスフォーメーションを検討されている方々に一言お願いします。

田村さん: 色々ありますが、その中の一つがAIや自動化。いま物流業界では安全管理や作業品質が年々高度化しています。その中で要となる人の作業と、最新テクノロジーをうまくすみ分けして取り組むべきだと思っています。企業側もそういった観点でDXを能動的に導入していかないと生き残っていけないので、積極的に進めるべきものだと思っています。

小玉さん: そうですね。物流業界ではデータ活用による業態変容が期待されています。全体を効率的に推進するのですが、その部分において今後AIはデフォルトになってくる、そんな未来が見えてきています。一方で「人の手でものを動かす」ということに関しては変わらない。その中で安心・安全な職場環境を確保して物流品質を高めていくことが我々にとって一番重要なことだと思っています。

深町さん: 確かにDXはIT化することだけを指すのではなく、サントリーロジスティクスさんの例でいえば、現場の方と安全管理の方がまず「安全なフォークリフト操作をするにはどうしたらいいか」という問題の本質を捉え、それを解決するために作業標準化やドライブレコーダーの導入を進め、ときには業務の見直しさえ行う。安全に向けた一つの要素として今回のAI判定システムのようなテクノロジーが入ってきてサポートをする、その全体の取り組みがDXなんだと思います。

武田さん: 今回、実際に現場を訪れて、安全に対する決して妥協することのない高い意識、安心・安全に商品を生活者の方に届けるのだという強い意志、そして現場ではフォークリフトをはじめ様々な機器を操作する人のプロフェッショナルな技術。これらを支えるためのAI判定システムや映像解析やディープラーニングなどの最新テクノロジーがうまく組み合わさることで非常に高い効果を生み出しているところに本質を感じました。今回のサントリーロジスティクスさんの取組みが、物流業界全体、そしてあらゆる分野での「安全管理」につながり、そして、様々な社会課題を解決するポテンシャルを秘めていることを確信しました。ありがとうございました。

  • 注1
    SDCAサイクル
    生産や物流の現場における改善手法のひとつ。Standardize(標準化)、Do(実行)、Check(検証) 、Act(是正処置)の英文頭文字をとったもので、S→D→C→Aのサイクルを回すことで成果を定着させる。
サントリーロジスティクス株式会社
理事 安全推進部長
小玉光志さん
サントリーロジスティクス株式会社
執行役員 東部支社長
田村智明さん
サントリーロジスティクス株式会社
安全推進部 担当部長
鵜川誠さん
サントリーロジスティクス株式会社
埼玉支店
村岡大輔さん
富士通クラウドテクノロジーズ株式会社
データサイエンティスト
深町侑加さん
富士通株式会社
エバンジェリスト
武田幸治さん
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