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地方自治体における行政評価とEBPM

―「質の高いエビデンス」を活用するための 「成果」の捉え方

エビデンスに基づく政策形成(EBPM)が注目を集めている。人口減少や少子高齢化が進展していく中、地方自治体では財政制約がより厳しくなることが予想され、EBPMの重要性は今後さらに高まると考えられる。研究者や府省等により創出された「質の高いエビデンス」を活用するための「成果」の捉え方について考察を行う。

※本記事は、政策研究(2019年4月号)(新・地方自治フォーラム)に掲載したものを一部修正したものです。

2019年7月26日

はじめに

人口減少や社会経済情勢の変化に伴う経営資源の減少の懸念、取り組むべき問題の多様化・複雑化等を背景として、限られた経営資源を有効に活用し政策効果をより高めるために「証拠に基づく政策形成(evidence-based policy making : EBPM」の推進は府省のみならず地方自治体においても重要な取り組みとなっている。府省では、内閣総理大臣を議長とする「官民データ活用推進戦略会議」の下に設置された「EBPM推進委員会」によって政府横断的な「エビデンスに基づく政策形成」の推進が図られている一方、地方自治体においては埼玉県(注1)や葉山市(注2)など一部の自治体において先進的取り組みは見られるものの、地方自治体全体としてみるとEBPMに向けた取り組みは諸についたばかりといえる。

EBPMの推進に際しては、政策形成・評価のプロセスにおいて府省では政策評価や行政事業レビュー、多くの地方自治体では行政評価が既に組み込まれており、EBPMを新たな枠組みとしてプロセスに導入することによって職員負荷を高めることが懸念される。

本稿では、EBPMを新たな取り組みとして政策形成・評価プロセスに追加することによる職員の負担増に対する懸念を踏まえ、多くの地方自治体が実施している行政評価とEBPMにおける「成果」の捉え方の違いに焦点を当てたうえで、全庁的に研究者や府省等の創出する「質の高いエビデンス(注3)」を活用するための行政評価の在り方、行政評価における「成果」の捉え方に関する考察を実施する。

1.地方自治体の行政評価における「成果」の捉え方

総務省「地方公共団体における行政評価の取組状況等に関する調査結果(平成29年6月)」によると、平成28年10月1日現在において1,788自治体中1,099自治体が行政評価を既に導入している。自治体規模別に導入率を見ると、都道府県で100.0%、政令指定都市で95.0%、中核市で93.6%、施行時特例市で97.3%、市区で83.5%、町村で38.9%と市区以上の規模の自治体では導入率が8割を上回っている。行政評価の成果としては「成果の観点で施策や事業が検討された」が78.3%と最も高くなっており、総務省「地方公共団体における行政評価の取組状況等に関する調査結果(平成26年3月)」の調査においては「行政評価のねらい(導入当初)」において「行政活動の成果向上」が77.0%、「行政評価のねらい(現在)」において「行政活動の成果向上」が82.1%に上るなど、多くの自治体が行政評価の実施によって施策・事務事業や行政活動の「成果」の向上を図っている。

しかし、「成果」の捉え方は地方自治体間で一致しているわけではない。例えば、下表のように当初掲げた目標値の達成状況を「成果」としている場合や、計画通りの事業の進捗状況を「成果」としている場合、住民満足度の向上を「成果」としている場合など、自治体間または自治体内において「成果」の捉え方は異なっている。なお、「成果」は各自治体が重視する内容等を価値判断に基づいて設定するものと考えられるため、一定の正解はないものと考える。【図表1】

【図表1】地方自治体の行政評価における「成果」の捉え方

2.EBPMの視点に基づく「成果」の捉え方

EBPMにおける「成果」とはどのようなものであろうか。内閣府「平成30年度内閣府本府EBPM取組方針(平成30年4月)」では、「より質の高いエビデンスに基づいた事例の創出を目指す」という記載があり、エビデンスの質のレベルに係る目安として下表が記載されている。【図表2】

【図表2】エビデンスの質のレベルに係る目安
出典:内閣府「平成30年度内閣府本府EBPM取組方針(平成30年4月)」

ランダム化比較実験や差の差分析、傾向スコアマッチングなどに基づくエビデンスを前提としていることから、“他の要因によるものではなく介入(事務事業等の実施)により生じた変化”を「成果」として捉えており、その「介入により生じた変化」の因果関係の証明を「エビデンス」としていることが伺える。また、経済産業省のEBPM推進事業「ものづくり・商業・サービス経営力向上支援事業」や「省エネルギー投資促進に向けた支援補助金(うち、エネルギー使用合理化等事業者支援事業)」などにおいても、同様に「他の要因によるものではなく介入により生じた変化」を「成果」としたうえで、その「成果」検証が予定されている(注4)。

「他の要因によるものではなく介入により生じた変化」という「成果」の捉え方はこれまでの地方自治体の政策形成・評価のプロセスにおいて必ずしも前提とされてきたわけでなく、解釈が容易でない可能性が考えられるため、義務教育における理科の光合成の実験を用いた説明を行う。

光合成の実験では、一つの植物から生える2つの葉のうち一方をアルミホイルで覆うことで日光(介入)を遮断し、もう一方を日光(介入)に浴びせることで日光(介入)の有無による差異・変化を比較することで、光合成には日光(介入)が必要となること(日光(介入)により光合成が生じていること)を観察している。これは対照実験と呼ばれる実験方法であり、1つの条件(光合成の実験では日光)以外のその他の条件を一定としたうえで観察される差異・変化を踏まえて、異なる1つの条件が与える影響を検証する方法である。「他の要因によるものではなく介入により生じた変化」という捉え方は、この対照実験と同様であり、政策による介入以外の条件を一定としたうえで観察される政策介入による変化と捉えることができるだろう(注5)。【図表3】

【図表3】光合成の対照実験

地方自治体の取り組み内容に当てはめる場合には、理科室での実験と異なり介入以外の条件を全て同一とすることは不可能であるが、理論上は同一の住民・企業等の一方に介入し、もう一方に介入しなかった場合の両者の差異を「成果」と捉えることとなる。具体的に就労支援事業を例に考えると、学歴・経験・就労意欲・居住地域等の就労に関する条件が全く同一の失業者を比較対象としたうえで、一方にのみ就労支援(介入)を実施した後の就労状況の違いを観察することで就労支援(介入)の「成果(他の要因によるものではなく介入により生じた変化)」を測定することが可能となる(注6)。【図表4】

【図表4】就労支援の効果分析

このような「成果」の捉え方により、例えば就労支援(介入)を実施しなかった場合においても時間の経過等により就労が実現した対象者への就労支援(介入)の実施は、一見すると就労支援(介入)により就労が実現しており「成果」が上がったようにみえるものの、実際には「成果」はなかったものと捉えることが可能になる。また、この「成果」の捉え方により、就労支援(介入)を受ける失業者はもともと就労意欲が高く、就労支援(介入)を受けなかった失業者と比較して本来的な就業率が高い場合などに生じる介入効果の過大推計も考慮・対処することが可能となる(注7)。

3.EBPMの視点に基づく行政評価における「成果」の捉え方

「はじめに」で述べたとおり、地域の人口減少や経営資源の減少、地方自治体を取り巻く問題の多様化・複雑化の進展等を踏まえると、「他の要因によるものではなく介入により生じた変化」を「成果」として捉え政策効果をより高めていくことは地方自治体において重要となっている。なぜなら、「他の要因によるものではなく介入により生じた変化」を考慮することなく事務事業等を継続することは、介入を実施せずとも想定された変化が生じたであろう対象に介入を継続すること、就労支援(介入)の例を用いると、就労支援(介入)を実施せずとも就労が実現したであろう対象への就労支援(介入)を継続していることになるからである。

しかし、前述した地方自治体の行政評価における「成果」の捉え方ではEBPMにおける「成果(他の要因によるものではなく介入により生じた変化)」を分析することが下表のとおり困難になる。【図表5】

【図表5】EBPMにおける「成果」分析時の問題

「成果」に対する捉え方が異なっているために、地方自治体がこれまで取り組んできた行政評価の枠組みにおいてEBPMにおける「成果」を考慮することが困難であることを示したが、そもそも地方自治体は「(EBPMの『成果』に対する)エビデンス」に対してどのように取り組むべきであろうか。地方自治体、特に中核市より規模の小さい基礎自治体等においては、事務事業等の特性や職員数等を踏まえると、全庁的に「質の高いエビデンス」の創出に取り組むことは困難と考える。そのため、政策効果の高度化のための全庁的な取り組みとしては、研究者や府省等が創出した「質の高いエビデンス」の「活用」を推進することが重要である(注8)(注9)。

しかし、地方自治体の行政評価でEBPMにおける「成果」を考慮できない場合には、行政評価の枠組みの中では研究者や府省等が創出する「質の高いエビデンス」の「活用」も困難となる。地方自治体の行政評価における「成果」とEBPMにおける「成果」の捉え方が同様である場合には、行政評価の繰り返しの中で地方自治体は「質の高いエビデンス」を求めることが想定される。一方で、「成果」の捉え方が異なっている場合には、目指す方向性が異なっているために、行政評価の繰り返しの中ではEBPMにおける「成果」に対する「質の高いエビデンス」が求められることは考えにくい。【図表6】

【図表6】行政評価の繰り返しによる「成果」の行政評価におけるエビデンスの質の向上のイメージ(注10)

地方自治体の行政評価において「質の高いエビデンス」を活用するためには、少なくとも行政評価の枠組みの中でEBPMにおける「成果」の考え方を取り入れ、「成果」に対するより質の高いエビデンスを求めていくための仕組みを構築することが必要であろう。具体的には行政評価の場面で使用する「成果指標」の設定時において、EBPMにおける「成果」の考え方を前提としたうえで“介入対象の行動変容を測定すること”が重要になると考える(注11)(注12)。測定指標の例としては下表のようなものがあり、この取り組みを実施することで、研究者や府省等で創出される「質の高いエビデンス」の活用につながるであろう。【図表7・8】

【図表7】介入対象の行動変容を測定する指標(例)

【図表8】研究者や府省等が創出する「質の高いエビデンス」に基づく事務事業等の改善・見直し

EBPMの議論では、比較対象を含めた介入前後のデータ収集の必要性等が議論される場合がある。介入の「成果」をより厳密に測定するためには重要だと考える。しかし、EBPMにおける「成果」を測定するための適切な指標が設定されていなければ、適切な比較対象の設定や適切な「成果」の測定ができず、データ等の収集を実施したとしても期待していた活用が実施できない可能性が高い。活用することのできないデータ収集等に対して職員の貴重な時間等の経営資源等を割かないためにも、地方自治体において全庁的なEBPMを推進する際には、第一段階として介入対象の行動変容を測定するための適切な指標設定を行うことが重要であると考える。

おわりに

地方自治体の行政評価における「成果」の捉え方と、府省において推進されているEBPMにおける「成果」の捉え方の差異に注目したうえで、行政評価において「質の高いエビデンス」を活用するためにはEBPMにおける「成果」のと捉え方を前提としたうえで“介入対象の行動変容を測定すること”が重要であることを述べた。

EBPMはEvidence-Based Policy Making(証拠に基づく政策形成)であり、PDCAにおけるC(評価)の場面ではなく、P(計画)に当たるゼロからの政策形成において適用されるべきという議論もある。税金等を用いて事務事業等を実施するために、政策形成の最初の段階で「成果」に対するエビデンスを活用することが本来的には重要であると考える。しかし、少なくとも地方自治体の現場において事務事業等を全くの新規に創出することは多くなく、事務事業等の見直し・改善を繰り返している状況にある。そのため、PDCAのC(評価)を基点としたうえでA(活用)・P(計画)へと適切に繋げるなどPDCAサイクルの繰り返しの中で事務事業等の高度化を図ることが重要と考える。

注釈

  • (注1)
    埼玉県学力・学習状況調査とEBPM」では、同一児童生徒の変化を継続的に把握するパネルデータを用いて「主体的・対話的で深い学びは、子供たちの学習方略の改善や非認知能力の向上を通じて、学力を向上させる」ことなどが分析されたことが紹介されている。
  • (注2)
    「葉山町きれいな資源ステーション協働プロジェクト」では、ランダム化比較実験(Randomized Controlled Trial : RCT)により不法投棄防止に有効な取り組みの分析等が実施されたことが紹介されている。
  • (注3)
    本稿において「質の高いエビデンス」を、ランダム化比較実験(Randomized Controlled Trial : RCT)等の統計的手法に基づいて厳密に検証されたエビデンスレベルの高いエビデンスとする。エビデンスレベルについては「図表2」を参照のこと。
  • (注4)
    「経済産業省におけるEBPMの取組」において「EBPM推進事業における検討例」として説明されている。「ものづくり・商業・サービス経営力向上支援事業」では景気変動等のバックグラウンドの影響を排除しうえで、補助金が起業の売上高・生産性に与えた影響を検証することとし、「省エネルギー投資促進に向けた支援補助金(うち、エネルギー使用合理化等事業者支援事業)」では「事業の真の効果(=補助金が交付されなければ設備が導入されない企業、補助金が交付されなくても設備が導入されている企業など)を検証する」としている。
  • (注5)
    「光合成の実験」では日光(介入)以外のその他の条件が一定である2つの葉の差異を観察することで日光(介入)が与えた影響を観察しているが、この日光(介入)による差異がEBPMにおける「成果」と捉えることができると考える。当該「成果」が偶然により発生したのではなく日光(介入)によって生じたという因果関係を統計的手法等によって証明したものが「エビデンス」と捉えることができるだろう。
  • (注6)
    パラレルワールドの存在を前提とした場合には、1つの世界の失業者Aには就労支援(介入)を実施し、別の世界の失業者Aには就労支援(介入)を実施しなかった場合の、2つの世界における失業者Aの就業状況の違いを「成果」と捉えることも可能である。
  • (注7)
    前述したとおり理科室で実験と異なり、地方自治体が実施する取組(介入)においては学歴・経験・就労意欲等の就労に関する条件が全く同一の失業者を比較対照として設定することは困難である。そのために、ランダム化比較実験(Randomized Controlled Trial : RCT)や回帰分断デザイン(Regression Discontinuity Design : RDD)、差分の差分(Difference in Differences : DID)などの統計的手法が厳密な政策効果測定のために用いられている。
  • (注8)
  • (注9)
    なお、「質の高いエビデンス」の創出・活用の有用性を全庁的に展開するためのモデルケースの創出のために、特定の事務事業等を対象として「質の高いエビデンス」を創出することは、地方自治体においても取り組み可能であり重要と考える。しかし、本稿では全庁的な取り組みに焦点を当てているため、研究者や府省等の創出する「質の高いエビデンス」の「活用」に注目している。
  • (注10)
    地方自治体の行政評価において【図表2】の「レベル3 比較検証、記述的な研究調査」の評価を実施するなど「成果」の捉え方が同様である場合には、行政評価の繰り返しの中で研究者や府省等が創出する「レベル1 ランダム化比較実験」や「レベル2a 差の差分析、傾向スコアマッチング、操作変数法等」等による「質の高いエビデンス」の活用を求めることが想定される。しかし、事務事業等の計画的な進捗等を「成果」として捉えている場合には目指している方向性が異なっているために、行政評価の繰り返しの中で「レベル1 ランダム化比較実験」等の「質の高いエビデンス」を求めることは考えにくい。
  • (注11)
    地方自治体の行政評価において「成果」として捉えられる場合のあった「事業の計画的な進捗」や「社会経済動向等の指標変動」等は「成果」として捉えるのではなく、現状把握等のために観察すべき重要な要素と考える。
  • (注12)

参考文献等

中村圭

本記事の執筆者

コンサルティング本部 行政経営グループ
コンサルタント

中村 圭(なかむら けい)

2013年大阪大学法学部卒業、2014年三井住友信託銀行株式会社入社、2016年大阪大学大学院国際公共政策研究科修了、同年富士通総研入社。主に地方自治体や府省等の公共分野を対象としたコンサルティング業務・調査研究業務に従事。特に、政策評価に関するコンサルティング業務・調査研究業務のほか、行政改革・総合計画等の自治体経営に関するコンサルティング業務を手掛ける。専門は計量分析・政策評価・自治体経営。

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