皆さま、こんにちは。これから3回にわたり、「経営リスクとコスト」という古くて新しいテーマについてお話をしたいと思います。
経営リスクへの対応が遅れ、あるいは隠すことにより、想像できないような大きな企業損失を招く事件が続いています。
自分の会社には無関係の他人事とお思いかもしれませんが、不祥事に至った会社の方々も同じように他人事と思っていたのではないでしょうか。
大小や深刻さはともかく、何が経営リスクなのかを認識しているのか、いないのかによって、その後の状況(顛末)は大きく変わってきます。
1.認識していない
2.認識しているが無視する(無視できるくらい些細いなことと思っている)、または隠す(隠し通せると考えている)
3.認識しているが、どう対応し対策を立てたらいいかよくわからない
4.認識しているので対策を講じている
などに分かれると思います。
2が最悪なのは勿論です。
昨年2015年度に、「不適切な会計・経理」を開示した上場企業は58社(58件)ありました。(東京商工リサーチ調べ)
これは5年前(2010年度24件)の倍以上で、過去(2007年調査以降)最多です。
同様に東京証券取引所から「適時適正開示」の規定違反により注意を受けた「不適正開示」会社の件数は309件で、これも過去5年平均(202件)の1.5倍にのぼりました(過去最多)。
「架空売上計上」「循環取引」「費用の先送り」「原価の資産化」「在庫操作」などの「偽装」「粉飾」が多くの1部上場企業にみられました。
「国内外に製造拠点や営業拠点を多く展開するメーカーに不適切会計が集中した格好(東京商工リサ-チ)」です。【※1】
これは、「不適切」「不適正」な事象そのものの発生が増えたのか、それとも内部告発制度を含めた社内監査ルール等の進化(国際化)により、こうした事象が外部に現れ易くなっただけなのでしょうか。
営々と築いてきた会社の「ブランド」「信用」「評判」が一気に崩れ落ちる昨年の事件は、たまたま起きた珍しい例外事象なのか、それとも氷山の一角の現象でしょうか。
これまでに私は、国内や海外の多くの経営現場で、事業管理や財務管理、あるいは損益管理、原価管理といった領域で経営実践を体験してきました。
また、この10数年で500以上の会社を訪問させていただき、経営管理情報システムの改善や再構築のお手伝いをしてきました。このうち約40~50社には、実際に社内の現場に入り込み具体的なコーチングを通じて、仕組みや制度としての「システム」と情報技術「システム」の両面での再構築を手掛けてきました。
各社の実態を直に観て対策を施してきた体験と経験から、あの不祥事は「氷山の一角」であり「今も昔も実相は変わらない」と申し上げたいと思います。
最近はデジタルな情報システム化の装備が進み、一時代前とは経営の様相が激変したようにみえますが、その本質は、情報化の進展やコンピューターの有無にかかわらず、あまり変わっていないのではないかと思います。
とは言え、経営の仕組みや運営体制が情報システム基盤に乗ることにより、分業化、自動化、即時化、効率化、省力化などの機能追及のため、いたるところで仕組みそのもののブラック・ボックス化現象が起きています。さらに、業務の「タコツボ化」とシステムの「サイロ化」により現場の当事者感覚が経営に反映され難くなり、大事な情報が活かされることがなくなってくるという皮肉な現象が起きています。
皆さまの会社ではそんな現象は起きていないでしょうか。
今の情報システムがもつ皮肉な課題は、経営リスクのひとつの要素ですが、これらの「経営リスクを減らし将来の諸々の損失の発生を防ぐ」という消極的な意味とは別に、「経営リスク極小化を実現するための手立てを講じること自体」が、実は積極的な利益創出構造を形成するための条件といえるのです。
経営リスクを早期に発見し、起こりうる経営クライシスを防止(最小化)し、経営ダメージを極小化するために必要なことは数多くあると思いますが、コンプライアンスやガバナンスの強化などのお題目を唱えることより確実な方法は、「予見力」を高めること、その予見を数字で表わせる仕組みを作ることです。
予見力を確実に高めることは、必ず、ムダで余計な不要コストの発生を抑え、「コストダウン」や「経費節減」の経営改善を導き出します。
ある会社での事例です。公的機関からの仕事に関して外注先の社員がパソコンを無くしたことがありました。禁止された「情報の持ち出し」と「パソコンの携帯」のふたつのルール違反の結果でした。これに対して当時の担当事業本部長は、「直ちに事実を公表する」決断をしました。
営業サイドには「まだ被害がでているわけではないので、外聞が悪いゆえ公表は慎重にしたい。」という意見もありましたが、これを押し切りました。
結果は、情報漏洩もなく、被害はありませんでしたが、新聞報道は最初に小さく出ただけで終わり、その会社の即断の誠実な対応がむしろ評価され、イメージアップにつながりました。
「悪い情報」はできるだけ早く上司に報告する。
「悪い」「重大」と思われることほど「早く」「より上位に」上げることができているかです。
最近の不祥事は、「公表が遅れる」前に、内部での上司への「報告が遅れる」ため、結果として「隠している」と見做されることが多いようです。
不祥事発生時に、最大のダメージが想像できて、クライシスを最小にするため、あえて「公表は慎重にしたい」という意見を乗り越える苦渋の決断はそう簡単ではありません。
何故、その本部長は決断できたのでしょうか。
それは彼がもともと経理出身で、予測に基づくリスク管理の視点を普段からもっていたからです。
当然、ダメージの発生によるクライシス・コストもおおよそ推測できました。
それまでの数々の事故や不祥事の発生も経験し、「下手をすると、この個人情報漏洩による被害はとてつもなく大きくなりうる」と判断できたのです。いわば先手を打ったのです。
「予測に基づく視点」とは、毎月の決算報告における予実対比で、数字でシュミレーションすることが普通に行われていて、管理部門のみならず、すべての現場が先行きや見通しを数字で評価する体制が積み上がっていたということです。
「予測」制度の確立は、足元のリスク・マネジメントの第一歩です。
予測する仕組みや体制がきちんと機能していない会社はリスク・マネジメントもクライシス・マネジメントも十分には機能しないし、その逆も真なりと、思わざるをえません。【※2】
なにしろ、「月次予測」や「週次予測」をやっていると、あらゆるリスク・ファクターが関わってくると同時に、直後の「1ケ月後」「1週間後」にその見立てが正しかったか間違っていたか検証されてしまう(検証させられてしまう)のです。
いい加減なこと、根拠のないこと、実現不可能なことを挙げて「予測」することは非常に厳しくなります。
ましてや、いくら社長から「何でもいいから利益を上積みしろ」と万が一迫られたとしても、それに従うことは自分の首を絞めることになり、とても従えません。こうした自浄作用が強力に働きます。
予算(Budget)⇒予測(Forecast)⇒予告(Rolling Forecast)の段階を踏んで、「予見力」を組織として確実に高めることが,経営リスク極小化の実現のために、求められています。
このRFは、必ず1ケ月後(あるいは1週間後)に、実績との差異が顕かになるので、事業責任者は自らの見通しの根拠の正しさを常に検証させられますので、結構辛いものです。
意図したものか、しないものかにかかわらず、過ちや誤りと勘違いはどこにでもあり、いつも起きています。起きていることが直ぐには見えないだけです。
ただ意図的な改ざんや手直し、意識的な報告遅延や報告放棄は非常に問題となりますし、わかっていて何もしない「不作為」も同様に重いツケを払わされます。
釈迦に説法でしょうが、「隠す」のは最悪です。特に外部公表においては、隠す意図がなくても、結果的に「隠した」「遅らせた」と一般社会から見做されれば、「トータルコスト」が最大になる危険性が極めて大きくなります。
「隠す」「消す」「手を加える」「誤魔化す」「遅らす」などは、結果的に<正しくないことをした>として重いコストを必ず払わされることになります。
運よくこのコスト負荷から逃げられることは僥倖にしかすぎません。
(条件によっては、事実が外に出ずに消え去る僥倖もありえます。)
経営リスクを極小化するということは、こうした日常的に「数字の整合性」を追いかけて、あらゆる事業リスクを事業責任者が予見して、自らの責任において、そこから生じる損害を防ぐ方策を講じる体制ができていないと実現できません。
予見力を高める仕組みを構築するためには、特に監視が手薄になりがちな「海外子会社」の管理(監督監視・指導支援)」と、やはり十分とはいえない「原価管理」が大きなテーマとなります。
次回は「海外子会社の事例と問題点」「その解決策、対応策」などについてお話します。最終回は「原価」に係る事例と、全体テーマについての「情報基盤(インフラ)活用のアプローチ」についてお話します。
脚注
【※1】東京商工リサーチ
◇「不適切な会計・経理」を開示した上場企業58社の内訳
【※2】リスクとクライシス
「リスク・マネジメント(Risk management)」と「クライシス・マネジメント(Crisis management)」はともに「危機管理」と訳されることが多いが、「リスク・マネジメント」は、主に危機事態の発生を予防するための分析方法等を意味し「クライシス・マネジメント」は、主に危機事態の発生後の対処方法等を意味する。