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米国の銀行・証券は蘇る

2008年1月21日(月曜日)

逆風に耐えるマーケット

欧米を震源地として世界の景気は霧の中にある。先週18日のニューヨーク・ダウ指数の終値は調整後で12,099ポイントと昨年同時期の12,565ポイントと比較すると3.7%低下している。1月に入り銀行、証券会社の決算発表で巨額の損失が確定し、マーケットには悲観ムードが漂っている。ようやくブッシュ政権もFRBバーナンキ議長と歩調を合わせて景気対策の減税に踏み込んだ。しかしながらマーケットは必ずしも十分に反応しなかった。

アメリカのマーケットが悲観的であれば、そのままアジア、ヨーロッパのマーケットに伝播していく。反対にアメリカが持ち直せば、後続のマーケットも良い反応を示していく。この流れが半年近く続いている。投資家がリスクに敏感に反応しているからである。金融機関の損失だけではなく、住宅価格の低下、消費動向の低迷、そして原油価格の高騰と悪い材料には事欠かない。その中でマーケットは何とか持ちこたえている。何かのきっかけ、それもかなり大きなきっかけを持っているというのが現状の姿であろう。

先週、先々週とCITIならびにMerrill Lynchの決算が発表され、双方とも1兆円を越す損失が確定した。国内外のマスコミはトップ記事として扱い、解説ではさらに損失が拡大する可能性を警告している。事実はそのとおりなのだが、筆者は違う視点から見ることもできると考えている。それは、コーポレート・ガバナンスであり、この見方をすると米国の銀行、証券会社の復活が見えてくる。

コーポレート・ガバナンスが有効に働く

CITIの状況を見てみると、サブプライムローン関連の損失は235億ドルで、最終赤字は98億ドル。毀損した資本を補填するためにクエート、アブダビ、シンガポールのSWF(Sovereign Wealth Fund)から出資を受けることが決まっている。235億ドルは現時点で見込まれる損失に対する手当てだ。したがって、今後証券市場がさらに落ち込んで、良質の証券も評価額が下がる可能性はある。また、消費者の家計が悪化してカードローンなどが焦げ付くこともありうる。とはいえ、今回の決算で現状抱える膿は概ね出し切ったのではないか。換言すると、隠している損失はないのではないだろうか。

マーケットは下限が見えれば評価を転換させる。さらなる悪化がないとなれば上昇に転じる。わが国の失われた10年においては、金融危機を発端としたのだが、当事者である金融機関の決算に透明性があるとは言えない状態で、マーケットは懐疑的だった。景気の転換を待つという時間稼ぎしているうちに、新興国からの輸入などと相まってデフレに突入した。よく誤解されることだが、インフレとデフレは、現象だけを捉えれば両極であっても原因と対策はまったく異なる。インフレは金融政策で抑えることは可能だが、デフレ対策は遥かに多様で複雑であり、一旦落ち込むと脱出は難しい。今回の措置を見ていると、わが国の二の轍を踏まないというかのように、金融機関は巨額の赤字決算を確定し、政府ならびにFRBは景気が本格的に落ち込んでデフレにならないように舵きりをしている。

CEOを交代させるメカニズム

1兆円とはとてつもない数字で、世界のトップ金融機関といえども自らの力だけでは回復できない額だ。それにも関わらずCITIとMerrill Lynchが素早く損失公表に踏み切ったことは後日大きな評価を得ることになるだろうが、これをなしえたのはサブプライムローン問題が起きた時に早々とCEOの更迭を行ったことにある。突然のことであるから、後任者の選定には若干の時間を要したが、今回の事柄はCEOの交代と後任の選定が適切だったことを示している。まさに、コーポレート・ガバナンスが正しく働いていたことの証明である。

われわれはマスコミの報道を見聞きするという第3者の立場にいるが、両金融機関の当事者の間では激しい議論と駆け引きがあったことが想像される。トップ金融機関のCEOともなれば報酬もわが国のそれとは比較にならない。まして、ここ2年間は投資銀行業務が極めて好調だったことから、報酬額の大きさがウォールストリートのみならず世界中で話題になった。報酬が象徴するようにCEOの権限は極めて大きい。その首をすげ替える事ができたのは、特別な人間がいたわけではなく、正常に作動する仕組みが作られていたためである。マーケットに限らず企業も往々にしてオーバーシュートを起こす。しかし、それが一定以上になったときには抑止するメカニズムが働くのである。

こうした動きを見ていると、意外に米国金融機関の復活は早いのではないかと思われる。アラブ、シンガポール、中国などのSWFが出資したのは、比較的早期に大きな復活があると見込んだからだろう。一部には安全保障問題や通貨切り上げ圧力の回避などという政治的な要素も含まれているということも耳にする。しかし、例えばアラブを取り上げれば、いずれ原油が枯渇するであろう時に備えて、将来の安定的な投資が主であることは間違いがない。彼らSWFの行動は米国金融機関の早期復活期待と見てよいだろう。

次のステージ出現の用意を

足元の景気をみれば、それほど楽観的にはなれない。景気停滞が避けられないのは事実である。問題はこれまでのフレームが変化を起こすかどうかだ。筆者はすぐに起きることはないと考えているが、これを見分けるにはもう少し時間が必要だ。そして、一方では欧米各国の中央銀行が放出した大量の流動性がどのような副作用をもたらすかを見届けることも忘れてはならない。オイルマネーと相まって、過剰な流動性がいつまでも大人しくしているはずはなく、遠からずサブプライムローンに代わる新しい収益源を見つけ出し、新ビジネスフィールドの開拓が始まるはずだからである。

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佐々木取締役顔写真

福井 和夫(ふくい かずお)
(株)富士通総研 常務取締役 第一コンサルティング本部長
70年富士通に入社。95年富士通総研取締役研究開発部長に就任。98年に同総研取締役金融コンサルティング事業部長兼研究開発部長、2005年常務取締役第一コンサルティング本部長に就任、現在に至る。他に、早稲田大学ビジネス情報アカデミー講師、日本コーポレート・ガバナンス・インデクス研究会(JCGR)監事も勤める。
著書に「新たな制約を超える企業システムの構想」「ネットワーク時代の銀行経営」(富士通出版)などがある。