カーボンニュートラルコラム

なぜ中小企業は
脱炭素に取り組むべきか
(前編)

2023年2月17日

大雨や洪水、熱波や山火事などが激甚化し気候変動問題に注目が集まるなか、①各国におけるカーボンニュートラルの取り組みと②大企業を中心とした脱炭素経営の動きが世界で加速しています。こうしたトレンドを踏まえ、本稿ではなぜ脱炭素経営に取り組むべきなのか、その背景や考え方、取り組むメリット、取り組み方について、中小企業の視点も含めて解説します。

カーボンニュートラルとは

2020年10月に当時の菅内閣総理大臣が「2050年カーボンニュートラル」を宣言しました。日本と時を同じくして、2020年9月には中国が2060年カーボンニュートラルを、同じ2020年10月には韓国が2050年カーボンニュートラルをそれぞれ宣言しており、アメリカ・EU・イギリスとあわせ、世界中でカーボンニュートラルの取り組みが加速しています。また産業セクターでも、グローバル展開をする大企業をはじめとして、数多くの企業がカーボンニュートラル宣言し、脱炭素経営に舵を切っています。

出所:経済産業省資源エネルギー庁「エネルギー白書2021」

「カーボンニュートラル」とは、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの「(人間活動に伴う)人為的な排出量」から、植林・森林管理などによる「吸収量」を差し引いて、その合計を実質的にゼロにすることを目指す、ということを意味しています。したがって2050年カーボンニュートラルとは、その達成年を2050年にします、ということです。
温室効果ガスとは、CO2をはじめ、メタン、一酸化二窒素、フロンなど太陽からの熱を地球に封じ込め、地表を暖める働きを持つガスの総称です。本稿では表現をシンプルにするための便宜上、以降「CO2」と書くときは「その他のすべての温室効果ガスを含むもの」としています。なお、CO2は、温室効果ガスのなかで排出量が最も多く、近年では(人為的な排出量に限定しても)温暖化への寄与度が全体の60%強と最も高い、「急スピードで削減しなければならない温室効果ガス」に他なりません。

カーボンニュートラルの取り組みが盛んになっている背景

ではなぜカーボンニュートラルの取り組みが世界中で加速しているのでしょうか。
1点目として、それは気温上昇を1.5℃に留めるために排出できる「炭素予算」が限られており、世界が一丸になっての早期の気候変動への対応が求められているためです。また2点目としては、「企業活動から見た気候変動に伴うリスク」が高まっており、このリスクへの対応が求められているためです。

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、世界中の研究者の協⼒のもと、科学誌に掲載された論文等の出版された⽂献に基づいて、気候変動に関する最新の科学的知見を評価する国際的な組織です。その知見は、気候変動に関する国際交渉や各国政府における政策立案に科学的な基礎を与えるものとして活用されています。1988年に設立され、2007年にはその活動に対して人為的に起こる地球温暖化の認知を高めたことにより、アメリカの元副大統領であるアル・ゴア氏とともにノーベル平和賞が与えられました。
このIPCCが2021年8月に公表した報告書によると、世界の平均気温は2011-2020年平均で、産業革命以前(1850-1900年を基準とする)と比べて既に1.09℃上昇したことが推定されており、人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がなく、広範囲にわたる急速な変化が、大気、海洋、雪氷圏及び生物圏に起きているとされています。
こうした地球の温暖化と、その結果生じる広範な気候の変化が「気候変動問題」です。

気候変動問題がもたらすのは、豪雨、猛暑、洪水などの異常気象に加え、より幅広い観点からの影響が指摘されています。そこには例えば、移住や紛争のリスクも含まれています。
「気候変動問題がどうして移住や紛争のリスクになるの?」と思われる方もいるかもしれませんが、地球温暖化に伴い住むことができなくなる土地が増え、人々は移住を余儀なくされると言われています。また、移住を余儀なくされた人々が他の定住可能な地域に移った場合、食料やエネルギーなどの資源の取り合いが勃発し、これが紛争につながるというのです。こうした安全保障上の問題は事実、2000年代になって以降、国際会議の場で大きな問題として取り上げられてもいます。

このような地球規模の大きな影響をもたらす気候変動問題の解決に向けて、2015年に196の国と地域が削減目標・行動をもって参加することをルール化した画期的なパリ協定が採択され、世界共通の長期目標として世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求すること(=2℃目標)、今世紀の後半に温室効果ガスの人為的な排出量と吸収量との間の均衡を達成すること(=世界全体でのカーボンニュートラル)等が合意されました。
ちなみにこの1.5℃や2℃という数字は「温暖化を1.5℃に留めれば、2℃の場合と比べて、被害を減らすことができる」という水準です。IPCCが2018年10月に公表した「1.5℃特別報告書」によると、気候・気象の極端現象、海面水位、陸域生態系、海洋生態系、社会・経済への影響などの様々な側面において、気温上昇を1.5℃に留めた場合と2℃に留めた場合とでは、その被害の違いが認識されています。
そして最後に「炭素予算」という考え方について触れておきましょう。人類がこれまで排出してきたCO2の総量(累積排出量)と気温上昇は正の比例関係であるとされています。CO2の累積排出量が増えれば増えるほど気温が上昇する関係にある、ということです。したがって、気温上昇を1.5℃以内に抑えるのであれば、排出されるCO2の累積排出量にも上限を課さなければいけません。この「あとどれくらいCO2を排出できるかのリミット」が炭素予算です。

IPCCの最新の報告書によると、1850-2019年までのCO2の累積排出量は約2390Gtであり、1.5℃に気温上昇を抑えるための炭素予算は(67%の確率で)約400Gtであるとされています。他方、現在世界が毎年人為的に排出するCO2は約40Gtと推定されていますので、このままのペースで行けば10年くらいでこの400Gtの炭素予算をすべて使い切ってしまう計算になります。つまり今からそう遠くない将来に、こうしたターニングポイントが訪れるということになります。
このようにカーボンニュートラルは既に「短期勝負」の取り組みであることから、世界は早期に現在のCO2排出量のペースを大きく変える必要があるわけです。

世界各国の単年におけるCO2排出量のシェア
出所:Our World in Date「CO2 emissions」 by Hannah Ritchie and Max Roser

さて、世界各国のCO2排出量のシェアを見てみると、現在は中国が1位で約30%、次いでアメリカが2位で約15%、日本は全体の3%を占めています。ちなみにこの数字だけを見ると一見中国だけが圧倒的なシェアを占めているように見えますが、これは各国の製造業が「近年、製造拠点を中国に移している」ということにも関係があると言われており、注意が必要です。したがって各国のCO2排出量をより厳密に把握していく上では、上記のような(「どの国で製品・サービスを作ったか」を基準とした)生産ベースCO2に加え、(「どの国で製品・サービスを使ったか」を基準とした)消費ベースCO2も確認する必要があるとも言われています。また当然ながら、どの国がこれまでどれくらいCO2を排出してきたか、という「累積排出量」の視点も重要です。この視点では現在、アメリカが全体の約30%、EU27カ国が約20%、中国が約17%となっています。こうした累積排出量の多い国々が(先進国を中心に)日々の生活を豊かにする製品・サービスをこれまで作り出してきた、という見方も大切ではないないかと思いますが、事実として、各国でCO2排出について責任が異なることも事実です。

各国のCO2累積排出量のシェア
出所:Our World in Date「CO2 emissions」 by Hannah Ritchie and Max Roser

出所:環境省「2018 年度(平成 30 年度)の温室効果ガス排出量(確報値)について」より筆者作成

続いて日本に焦点を当てて2018年時点のCO2排出量を見てみると、総量は約1.1Gtであり、その内訳はエネルギー転換部門(=石炭や石油などの一次エネルギーを電力などの二次エネルギーに転換する部門)が約40%、次いで鉄鋼、化学工業、機械等といった産業部門が約25%、運輸等が約18%になっています。また「エネルギー起源ではないCO2排出量」を除く、「化石燃料の燃焼で作られたエネルギーの消費を起源とするCO2排出量」は全体の97%を占めています。これらのことからCO2排出量のペースを大きく変えるためには、エネルギー消費においてCO2を排出しないことが大きなポイントになってくることがわかります。

カーボンニュートラルに取り組む方法~CO2排出量の削減~

ここからはより具体的に、社会・経済はどのようにしてカーボンニュートラルに取り組んでいくとされているのかを見ていきたいと思います。

このために、まずはCO2排出の原因について見てみましょう。
「茅恒等式」は、CO2排出の原因を要因別に分解し、式の形で示したものです。東京大学名誉教授の茅陽一氏が提示し、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)でも参照されるなど、世界的に知られている考え方です。

出所:資源エネルギー庁「「CO2排出量」を考える上でおさえておきたい2つの視点」

この数式を見てみると、要素が4つあることがわかります。つまり、

  1. エネルギー消費あたりのCO2排出量
  2. GDPあたりのエネルギー消費量(=経済活動のエネルギー効率)
  3. 1人あたりのGDP(=人口1人あたりの経済水準)
  4. 人口

ここで大切なことは「CO2を減らすために、経済成長(=より豊かな生活を実現する経済水準)を諦めよう」というようには、世界は基本的には考えていないということではないでしょうか。(とりわけ発展途上国について)「子どもの世代には、自分たちよりも豊かな生活をしてほしい」と願うのは当然のことです。したがって必然的に、CO2を削減するための手段は1・2へと向かっていきますし、やはりエネルギー起源CO2が大きなポイントになってきます。
では1と2の要因について、具体的にどのようにしてCO2を減らすのか見ていきましょう。

出所:経済産業省「グリーン成長戦略」

例えば日本における道筋は以下のように示されています。
まず1の「エネルギー消費あたりのCO2排出量」の削減についてですが、大きな手段として、電化を進め、化石燃料の代わりにCO2を排出しない再エネや原子力(=非化石エネルギー)を使うことが考えられています。また他の手段としては、①化石燃料を使い続ける場合でも排出したCO2を(大気へ放出させずに)回収・貯留する(=CCS)こと、②CCSを伴わない化石燃料の使用においてはCO2を吸収する植林・鉱物化・海洋への藻場の形成(ブルーカーボン)によるオフセットや、BECCS(=バイオエネルギーの燃焼時に排出するCO2を回収・貯蔵するネガティブエミッション技術)・DACCS(=大気中のCO2を直接回収し貯留する技術)の活用することの2点が、コストや必要とされる土地面積の制約等に鑑み、検討されています。
聞き慣れない言葉が続いたかもしれませんが、要するに「再エネや原子力などの非化石エネルギーの活用を中心に、それが難しい領域においては引き続き化石エネルギーを使いつつも、排出されたCO2を回収・貯留したり、吸収する」と考えていただければ大丈夫です。
他方、2の「GDPあたりのエネルギー消費量」の削減については、省エネの徹底によるムダの削減がポイントです。ただ日本では個別の技術に関して既に省エネがかなり進んでいるため、これからさらに削減を推し進める場合には少なからぬ難しさが伴うとも言われています。しかし「無駄の削減」をより広義に捉えると、製品・サービスをみんなでシェアするという発想があります。こうしたシェアリングサービスについて、私の場合、自動車配車サービスのウーバーや民泊サービスのAirbnb、洋服サブスクのエアークローゼットなどがまず思い浮かびますが、いずれにしろIT技術を使うことで「モノを所有から共有へシフト」させることを前提に、そもそもの生産量を減らし(=省エネ)、その過程で排出されるCO2を減らしていくというアプローチがあり得るのではないでしょうか。もちろんその過程で、従来の製造業の役割は大きく変わっていくことになると筆者は考えます。

以上のような方向性で社会・経済は頑張っていくわけですが、これらのことは要するに「CO2を排出せずとも経済成長できる社会の実現」ということになります。つまり従来の経済成長にはCO2排出が伴っていましたが、これからの企業はCO2を排出しないエネルギーを使ってCO2を排出しない製品・サービスを作り、人々はこれらカーボンフリーの製品・サービスを使い、全体として「CO2を排出せずに豊かな生活を送ることができる社会」の実現を目指すということです。
しかしこうした方向性を目指すことが求められる一方で、現在企業は大量のCO2を排出しながら社会生活に必要とされる製品・サービスを作り続けています。このために、カーボンニュートラル社会への移行のための「脱炭素経営」に取り組むことが、今大企業を中心として早期に求められているわけです。

本コラム後半では主に、「中小企業が脱炭素経営に取り組むべき理由」について解説します。

著者プロフィール

合同会社グリーンライト
代表

青木 哲士 氏

青木 哲士 氏

約10年前にエネルギー業界へ転身し、再生可能エネルギーを中心とするエネルギー事業会社2社で電力小売事業の立ち上げをそれぞれ経験後、独立。
2022年には合同会社グリーンライトを設立し、現職。

電力小売事業の運用、(RE100企業をはじめとする)「電力の需要家」視点の再エネ調達スキームの検討・政策提案・事業性評価に従事する傍ら、シンクタンク・経済産業省資源エネルギー庁の室長級・国際NGOのシニアマネージャー等との共同講演・セミナーへの登壇多数。最近ではカーボンニュートラル分野、生物多様性分野の事業開発/アドバイザリーにも従事。

趣味は将棋、スタバでの読書、寝る前に猫のYouTubeチャンネルを見ること。
早稲田大学卒業。北海道出身。

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