働き方改革の第一歩は
実態の可視化と課題の洗い出し

~ エネルギー業界特有の環境をどう乗り越える? ~

規制緩和に伴い、エネルギー産業はビジネス環境の大きな転換機を迎えています。例えば、電力業界(注)では電力価格の自由化や、2020年に予定される発送電分離(法的分離)などにより、かつての地域独占ビジネスから、市場原理の世界へと状況が劇的に変化しています。企業間の競争が激しくなる中で、求められているのは現場の生産性向上と業務効率化です。そのためには業務改善だけではなく、社員のモチベーションが向上する働き方改革が必須となります。エネルギー産業の現場をよく知るフィールド・イノベータ(FIer)に、それを実現するための電力業界の課題や、働き方改革を成功に導く秘訣を聞きました。

富士通株式会社
フィールド・イノベーション本部
官公庁・社会システムFI統括部
シニアフィールド・イノベータ
難波 和彦

一筋縄ではいかない電力業界の大きな課題

劇的な環境の変化で、電力会社(注)では生産性向上と業務効率化を図る働き方改革に取り組んでいます。急激な意識変革と仕事の仕方の転換が求められる中、実際の現場はどうなっているのか。富士通のFIerとして電力会社の業務改善に携わったことのある、フィールド・イノベーション本部 官公庁・社会システムFI統括部 シニアフィールド・イノベータの難波和彦氏が最初に驚いたのが、『紙』の多さです。
「電力会社の現場では紙を媒体にした業務がまだまだ多く、例えば、必要なデータを見るにはその都度席を立って紙ファイルを取りに行くため、資料を探す時間や手間がかかります。さらに、入力した結果を一旦印刷してチェック・修正し、再度紙で確認します。電子化や作業の定型化はあまり進んでいない印象です」と難波氏は語ります。

もちろん、紙資料が悪いわけではなく、紙の方が利便性の高い場合もありますし、あるいは役所などへの報告や届出義務が法令で定められているものもあり、業務の種類・内容に応じての使い分けをすればよいと思います。「問題は現状のやり方を当たり前と思い、何となく非効率を感じていながら、日々の業務の中に埋没して見直しが行われない状態にあることです」と難波氏は指摘します。

既存業務を見直そうとすると、往々にして、すぐにシステム導入、タブレット配付、あるいはロボット化などと考えがちです。しかし、難波氏は「ICTベンダーとしての経験上、システムやツールは目的を明確化すること。その前さばきとして業務改廃や整流化が重要と考えています」と話します。つまり、現場でもし「紙が多い」と感じているのであれば、 なぜ必要なのか、本当に必要なのか、どのようなムダ、悪影響につながっているのかなどという具合に考えていくことが大切です。これを職場で共有することで、これまで「当たり前」、「仕方ない」と思っていた業務に、「変えたい」という意識の変革が促されます。

電力業界において、この2年程、「働き方改革」をキーワードに効率化の取り組みが加速しています 。しかし、難波氏は電力会社の改善支援に関わる中で感じた課題があると言います。それは、電力自由化以前は、地域ごとの言わば独占企業であり、収益も総括原価方式で補償されていたこともあり、会社全体が危機感に後押しされての改善経験が乏しいことです。「競争を勝ち抜くために一般の産業界が行っているような改善・改革は、これまでの電力業界ではあまり多く経験してこられなかったのではないかと感じています」と難波氏は指摘します。
また、電力業界は「決して電気を止めてはならない」という、電力の安定供給に対する重大な社会的責任を担っています。 そのため、一人ひとりの従業員は、企業・組織としての収益性の向上あるいは個人としての達成感やワークライフバランスの実現より前に、とても大きな責任感・使命感を持って日々の業務遂行にあたっています。これが、電力業界の働き方改革や効率化の前に大きく横たわっているといいます。

現場で何か起これば、役員や本店、あるいは管轄する省庁への報告が生じ、そのための調査、資料作成、説明報告に追われます。そして再発防止策を講じていくことで、従前の防止策の上に新たな防止策が積み重ねられていきます。 「場合によっては、重複する施策や確認作業などがあっても、安全のためになかなかやめることが出来ず、結果として作業が増加していくことになります。電力の安全・安定供給という社会的責任、使命感が、業務の改善・改革を躊躇させる要因にもなっているのではないでしょうか」と難波氏。しかし、電力業界は自由化の大きなうねり中で、電力会社と従業員の大胆な意識と行動の変革が必要になってきており、電力の安定供給と業務の改善・改革の折り合いをどう付けていくのかという判断が重要になっています。

加えて、電力会社は社会インフラを支える使命感と連動し、組織やルールを重要視するため、「本店と各現場の関係、上司と部下の関係などにおいて、やや古い組織体質が残り、これによる生産性向上を阻害する非効率もあるように思います」と難波氏は語ります。

例えば、意思決定のプロセスでは階層が多いため段階的な説明が発生し、説明相手に合わせた資料や補足資料の準備で時間と手間がかかります。その都度本店や上司にお伺いを立てて承認を得ないと進められないため、決裁までのスピ-ド感が市場の要請に合っていない可能性があります。「権限委譲はあまり進んでいないと感じています。求められるビジネススピード、危機感ある改革推進の意識は、部門や部署、立場によっても温度差があるのではないでしょうか」と難波氏は吐露します。

どの企業でも、組織の体質、意識の問題はあります。しかし、電力会社では現場と役員、本店、他部署の距離感が、一般の企業より少し遠いような気がします。難波氏は「個々の業務改善と併せて、『組織の見えない壁』や『ある種の閉塞感のようなもの』を取り払い、役員や本店と現場とがもっとコミュニケーションを取る必要があります」と話します。

今の電力業界は、新規参入事業者や異業種も含めて激しい競争が始まっています。「各電力会社はこれまで積み重ねてきた歴史と伝統、地域の信頼、ブランドの強みを残しつつ、『市場・顧客の視線で判断する』という同じ価値観・価値基準が必要です」と難波氏は強調します。役員や従業員一人ひとりが自らの意識を変えるだけではなく、決裁プロセスや権限などの制度・仕組み、さらに顧客へ提供するサービスのあり方に至るまで再構築することが、電力業界の働き方改革には重要と言えるでしょう。

働き方改革は現場のやる気だけではなく、社長や各役員がどれだけ本気度を示せるかも鍵となります。トップが率先して改革を実践する姿勢を見せることです。そして、一番重要なのは、働き方改革や業務改善に取り組んだ人をしっかり評価することです。難波氏は「どの企業でもあるかも知れませんが、現場には、言った人が損をするという意識があります。誰もが業務改善は必要だと思っていますが、それを言うと自分が担当するのではないか。通常業務で忙しい中、手が回らないから言わないという雰囲気があります」と話します。改善・改革を通常業務と同等に扱い、これに取り組んで成果を出した人を評価するというトップメッセージを発信することも、働き方改革を推進する上で重要です。

※注
記事中にでてくる「電力業界」や「電力会社」は、旧一般電気事業者、いわゆる10電力会社のことを指しています。

第三者の視点による新たな気づきで業務改革を支援

しかし、働き方改革を進めたくても、どのように取り組むべきか悩んでいるトップは多いのではないでしょうか。そこで外部の視点を取り入れることにより、今までとは違う新たな気づきが得られることもあります。第三者の目で業務課題の解決を支援するプロフェッショナルとして富士通のFIerがいます。あらゆる産業の業務課題を解決する改革の実践的な知識を身につけたエキスパートであり、働き方改革の取り組み方に悩んでいるのであれば、富士通のFIerに相談してみることも有効な手段です。
FIerが支援した事例として、ある発電所の保修部門では定期分解点検において、工数とコストを大幅に削減した取り組みがあります。まず、点検業務を効率化するために、業務内容の精査を実施して現状の可視化を実施しました。そこから異常予兆管理手法を導入し、紙で管理されていた点検記録のデジタル化やデータ収集の簡略化、人が機械の動作音を聞いて異常を判断する「音響診断」を自動化。従来は定期的に分解点検を実施していましたが、異常の予兆を検出した設備に絞って点検することで手間を最小限に抑えました。
また、ある企業の共架部門では、業務の効率化に取り組み、現場の業務をビデオ撮影するなどして可視化。紙書類の業務処理に多くの手間がかかることや、荷重計算の所要時間が支社によりばらつきがある実態などを洗い出しました。各支社の現場から集められた従業員によるワークショップも実施。一人ひとりが各支社の業務内容を知った上で、率直な話し合いを通して残すべき作業、省ける作業を切り分け、効率化を達成するなど全社レベルの底上げを実現しました。

働き方改革は従業員が仕事と私生活に充実感を得ること

2つの事例で重要なことは、業務改善の第一歩は、現場の実態や業務内容を徹底的に可視化するということです。そのうえで、課題を細かく洗い出し、残すべき業務と見直すべき業務を精査することです。また、トップから現場の一人ひとりまでが課題を共有し、改善・改革に取り組む意識を醸成していくことも大切です。「不要な業務があれば『やめる勇気』を出すこと。そして、一人ひとりが課題を自分ごととして捉え、従業員同士が協力して解決することで納得感を得ることができ、それがモチベーション向上にもつながるのです」(難波氏)。業務の生産性と従業員の士気を高める、これが本来の働き方改革と言えるのではないでしょうか。

企業の働き方改革によって目指すゴールは何か。難波氏は「従業員が仕事へのやりがいを持ち、自分の能力を十分発揮することで認めてもらい、能力に見合った報酬を得ながら会社の役に立つことです。『働き方』は『暮らし方』と同値で、私生活を含めて充実感を得ていくことが大切ではないでしょうか」と指摘。その実現のために、難波氏は次のように語ります。「企業の収益性を高めることです。日本は今後、さらに深刻な労働力不足に直面します。収益性を高めないと、働きやすい環境の整備も出来ず、従業員のやり甲斐を高める賃金も払えず人も集まりません。」働き方改革は単なる業務の削減や、まして経営側にとって従業員の給与減らしであってはいけません。
それが企業にとって、より収益性を増すことに繋がり、従業員にとって、働き甲斐・生き甲斐に繋がる取り組みであることが重要なのです。

エネルギー産業の各企業は、競争力を身につけるために模索を続けています。今後、業務効率を向上させ、新しい業務を遂行できるリソースが捻出できれば、新規事業などの新たな価値の創出は可能です。長い歴史と日本の産業界を支えるエネルギーの安定供給のため、規律を重んじる体制が残る業界と言えますが、見方を変えれば、エネルギー業界には多大な業務効率化と価値創出のチャンスが存在していると言えます。

(聞き手 コミュニケーション・コンパス 遠藤隆雄)

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