Digital Disruption Tech(トレンド解説)

第1回 5G

スマホからIoTへ、モバイル通信の利用シーンが変わる

次世代モバイル通信「5G」のサービスが、いよいよ始まります。日本ではNTTドコモが2019年9月にラグビーワールドカップの会場でプレサービスを実施し、2020年春には商用サービス開始を予定しています。auとソフトバンクも、2019年中にエリア限定でプレサービスを開始し、2020年から本格展開していくといいます。米国では日本に先駆けて、ベライゾン社が家庭用ブロードバンド・サービスとして、2018年10月に5Gの商用サービスを開始しています。携帯電話の通信技術は、これまでに大きく4つの世代を経て進化してきました。そして、モバイル通信技術が進化するたびに、より多様な情報をやり取りできるようになりました。5世代目となる5Gでは、モバイル通信の利用シーンを一変させるような、野心的な進化が予定されています。5Gの普及によって、私たちの暮らしや産業、社会活動は、より便利で効率的なものへと発展していくことでしょう。

スマートフォンの性能向上だけが5Gの目的ではない

これまでモバイル通信技術は、約10年おきに刷新され、利用シーンを拡大してきました(図1)。
1980年代に登場したアナログ方式の1Gは音声通話しかできませんでした。これが、1990年代にデジタル方式の2G に移行したことでメッセージの送受信や「iモード」など簡易的なインターネット情報の閲覧が可能になり、2000年代の高速化した3Gでは写真の送付やホームページの閲覧がストレスなくできるようになりました。そして、2010年代の4Gでは、さらに大容量のデータ通信が可能になり、スマートフォンやタブレット端末で、いつでもどこでも気軽にインターネットを通じたサービスやアプリ、動画や音楽などを楽しめるようになりました。

通話のみだった1980年代のアナログ方式の1Gから飛躍的に利用シーンを広げる5G。
図1 利用シーンを飛躍的に広げる5G

このように、4Gまでのモバイル通信は、ざっくり言えば個人が所有する携帯電話機やスマートフォンを高性能化させるために進化を続けてきました。これに対し5Gは、世の中のありとあらゆる機器、設備、インフラなどをモバイル通信網につなぎ、データを共有して社会全体の効率化や利便性向上を図ることを目指しています。スマートフォンを高性能化させることだけが5Gのゴールではありません。この点が、5Gへの移行における最大の変化です。

5Gの利用シーンを広げる3つの特長

5Gには大きく3つの特長があります(図2)。「超高速」「超低遅延」「超多数接続」です。これら3つの特長を上手に組み合わせることで、4Gまでのモバイル通信では実現できなかった応用を拓きます。3つの特長それぞれで目指していることを簡単に紹介します。

5Gの特徴「超高速(eMBB)」、「超低遅延(URLLC)」、「超大量接続(mMTC)」
図2 5Gの3つの特長

5Gの超高速という特長は、「eMBB(enhanced Mobile Broadband)」とも呼ばれています。これから聞く機会が増えるかもしれない名称なので、覚えておくとよいかもしれません。eMBB では、最大20Gbpsのデータ伝送が実現します。4G世代に比べると20倍も高速化することになり、4Kや8Kといった高精細な動画データを短時間でダウンロードできるようになります。

しかし、「スマートフォンの小さな画面で、そんな高精細な動画を見て違いがわかるの?」と思った方もいるかもしれません。確かに、その通りかもしれません。ただし、eMBBは、もっと違う用途でフル活用されることでしょう。例えば、部屋の中にあるモノを丸ごとデータ化して伝送することで、離れた場所にいる人と部屋の様子を仮想現実(Virtual Reality:VR)により共有できるようになります。これによって、臨場感のある旅行体験や場の空気さえ感じられる遠隔会議などができるかもしれません。

超低遅延の特長は、高信頼性も合わせて「URLLC(Ultra-Reliable and Low Latency Communications)」と呼ばれています。送信側から受信側へのデータ伝送時の遅れを1m秒以下と、4Gに比べて1/10に抑えます。

電話やSNSなどでは、人と人の間で情報をやり取りしています。ところが近年では、機械と機械の間でデータをやり取りする「M2M(Machine to Machine)」のシステムが数多く活用されるようになりました。例えば、工場内で生産中の製品の検査画像を撮影し、データセンターのAIで解析して、ラインの動きを調整するといった例があります。こうしたシステムの場合、工場とデータセンターの間の遅延が少なければ少ないほど、全体性能が高まります。同様に超低遅延が求められる応用は、自動運転車や遠隔治療、ビルやインフラの管理などたくさんあります。

超多数接続は、メリットが今ひとつピンとこない特長かもしれませんが、一定の広さの中でより多くの端末が同時に通信できる特長のことです。コンサート会場のような群衆が集まる場所でも、確実につながることを目指したものだと考えれば分かりやすいと思います。この特長は、「mMTC(massive Machine Type Communication)」と呼ばれます。5Gでは、1平方キロメートル当たり100万台(106台/km2)の端末をつなぐことができ、4Gに比べて10倍の性能が得られます。

mMTCは、すべてのモノをインターネットにつなぐ「Internet of Things(IoT)」の活用に欠かせない特長です。これからモバイル通信を通じてインターネットにつながる機器は、人が持ち歩くスマートフォンだけではなくなります。家や街、道路、工場、農地などさまざまな場所に、インターネットにつながる機器や設備が置かれます。街をクルマや不審者の侵入から守るカメラ、インフラの稼働状況を監視するセンサーなど、インターネットにつながる機器や設備はどんどん増えていくことでしょう。

5Gは徐々にフルスペックへと成長していく

ただし、2020年のサービス開始の時点では、どんな場所でも3つの特長のすべてをフルスペックで利用できるわけではありません。5Gは、インフラの整備と共に成長し続けていく技術です。20Gbps、1m秒、106台/km2という仕様は、同時に満たされる範囲が徐々に拡大していきます。日本では各事業者への周波数割り当てが2019年に予定されているため、それ以後に具体的なスケジュールが明らかになっていくことでしょう。

これは、5Gが特長の異なる2つのモバイル通信技術を組み合わせて構成された複合技術であることによります。2つの技術とは、4G世代の技術を拡張して高性能化する「Enhanced LTE(eLTE)」と、全く新規の技術で作り上げる「New Radio(NR)」です。

このうちeLTEは、800MHz、3.6GHz、4.5GHzなど低周波数帯を使うことで、隅々まで電波を行き渡らせて確実に通信できるようにすることを狙った技術です。データの伝送方式を改善することで低遅延や多数接続を可能にしますが、データをやり取りするスピードの向上幅は限定的です。主に、モバイル通信の新応用であるM2MやIoTでの使い勝手を高めることを狙った技術だと言えます。2020年からは、このeLTEを利用できる地域が徐々に拡大していきます。

これに対し、NRは、28GHz帯という極めて高い周波数帯を利用します。20Gbpsという通信速度は、NRによって実現します。2020年の時点では限定された場所で利用が開始され、本格的なサービスを提供する体制の整備が進み始めるのは2022年以降になります。NRで利用する周波数帯の電波は、物陰にまで回り込むことができません。どこに置かれるか分からないM2MやIoTに向けた端末では使い勝手の良くないものになってしまいます。このため、NRとeLTEは併用され、用途に応じて使い分けられることになります。

それでは、5Gの普及により利用シーンが増えることで与える変化について、産業分野ごとに具体例を見ていくことにしましょう。

著者情報

林哲史
日経BP総研 主席研究員

1985年東北大学工学部卒業、同年日経BPに入社。通信/情報処理関連の先端技術、標準化/製品化動向を取材・執筆。2002年「日経バイト」編集長、2005年「日経NETWORK」編集長、2007年「日経コミュニケーション」編集長。その後、「ITpro」、「Tech-On!」、「日経エレクトロニクス」、「日経ものづくり」、「日経Automotive」等の発行人を経て、2014年1月に海外事業本部長。2015年9月より現職。2016年8月より日本経済新聞電子版にて連載コラム「自動運転が作る未来」を執筆中。2016年12月「世界自動運転開発プロジェクト総覧」、2017年12月「世界自動運転/コネクテッドカー開発総覧」、2018年6月「Q&A形式でスッキリわかる 完全理解 自動運転」を発行。2011年よりCEATECアワード審査委員。

伊藤元昭
エンライト 代表

1989年東京工業大学 大学院 総合理工学研究科 材料科学専攻 修士課程修了。同年、富士通に入社。人工衛星搭載用の耐放射線デバイス、SOIデバイスの研究開発に従事。1992年、日経BP社に入社 日経マイクロデバイス、日経エレクトロニクスの記者として、半導体、電子部品の業界・技術に関する記事を執筆、1997年編集委員、1998年 副編集長。2003年より、三菱商事と日経BPが合弁で設立したコンサルティング会社、テクノアソシエーツ プリンシパル 技術戦略担当として、電子・機械分野の事業・技術戦略のコンサルティング事業に従事。2007年、日経エレクトロニクス、日経マイクロデバイスにて、編集委員、副編集長。2009年、電子・機械局広告に企画編集委員として転属。2014年、日経BP半導体リサーチ 編集長。同年、株式会社エンライトを設立。

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