トレンド&デジタルテクノロジー解説【MaaS】

第12回 海外では常識のダイナミックプライシング適用の可能性

地域の公共交通である路線バス事業とタクシー事業は苦しい経営が続いています。

特に路線バスは、経営が厳しく、全体で見ると半数以上のバス事業者が赤字経営を続けており、補助金投入は事業を存続させるための前提条件となっています。保有車両30両以上のバス会社を対象とする国土交通省の調査結果によると、2017年の事業収支は、237社中169社、つまり7割以上が赤字でした。大都市部なら72社中44社が黒字ですが、その他地域になると165社中141社、実に85%が赤字です。

路線バスの運営に関しては、人口減少と自動車保有率の高まりによって路線バス利用のニーズが減少しているという社会環境に加え、総括原価方式と呼ばれるコスト積み上げによる料金設定が前提となるなど経営の自由度が低いという問題もあり、長年にわたって公共交通の在り方を抜本的に見直すべきという指摘がなされていました。さらに、ここにきてバスドライバーの高齢化に伴う人員不足が深刻化し、運行路線数の削減を迫られるケースも増えています。

ドライバー不足とニーズの減少に苦しんでいるのはタクシー事業者も同じです。今でも厳しい状況にある中、徐々に海外のオンデマンド配車事業者が国内での事業展開を進めています。今は規制で事業参入に制限がありますが、海外でオンデマンド配車サービスを利用した方からすれば、日本でも無料配車と車種選択できる配車アプリを使いたいというニーズは高まる一方だと思います。少なくともニーズを喚起する仕掛けがあれば、利用者増の可能性は高まります。

海外のオンデマンド配車サービスでは、配車アプリに目的地を入力すると、その時点での料金がサービス別に表示されます。他のお客さんと相乗りするときは安いですが、一人で乗るときは高くなり、高級車に乗るときはもっと高くなります。また、タクシーのように走行距離や走行時間で料金が決まるわけでもありません。混んでいるときは、どんどん料金が上がっていきます。半面、夜間や早朝など、空車の多い時間帯は通常よりも割安な料金で目的地まで移動することが出来ます。

東南アジアのオンデマンド配車サービス「グラブ」の配車アプリの画面 目的地は同じでも、移動に用いる車両によって料金は異なる

国内では、まだ大きな制度設計の見直しは始まっていません。ただ、国土交通省は2017年~2018年に、オンデマンド配車サービスに近い形のサービス運用の実証実験を実施しました。具体的には、「事前確定運賃」、「相乗りタクシー」、「定額タクシー運賃」などです。

ただ、海外のオンデマンド配車サービスでは常識になっている需給に応じた「ダイナミックプライシング」については、まだ本格的な運用実験は実施されていません。それでも、空車が多い時間帯に限定して迎車料金を減額する「変動迎車料金」は実験されています。

ダイナミックプライシングの公共交通への適用に関しては、需要が大きいときに料金が跳ね上がってしまう懸念が指摘されています。ただ、航空運賃のように、正規料金を上限とした上で、空いているときに割引制度を導入するなどの仕組みがあれば、需要喚起につながる可能性は高いでしょう。実際、海外でオンデマンド配車サービスを利用するときも、利用するときにその時点での料金を確認し、混雑時には電車やバスを使うというケースもよくあります。

グラブの配車アプリの画面 混雑が激しいときは料金が急上昇することもある。その時は上昇中であることを示すマークが料金の右側に掲示される

路線バスは固定費での運用になるため、乗車する顧客を増やせば、それが収支に直結します。今は路線バスがどこにいて、次の停留所にいつ着くのかを表示するアプリも登場しています。普段は路線バスを利用しない人を取り込むには、スマホアプリで素早く手軽に運行状況を伝える仕組みの確立と、その周知が欠かせません。

MaaSが広まれば、オンデマンド配車もタクシーもバスも、スマホアプリで一覧して、そのときどきの運行状況を確認できるようになるでしょう。空車が近くにいるかどうか、バスが近くの停留所に来るのはいつか、料金はいくらなのかを瞬時に比較して、どの交通機関を利用するかを判断するわけです。MaaS時代で生き残るには、自らの運行状況をどれだけ広く利用者に周知できるかが問われます。そして同業他社との料金競争より、他の交通機関との乗り継ぎ手続きの簡便さなど、協調や補完関係をどれだけ強化できるかが重要になりそうです。

著者情報
林哲史
日経BP総研 主席研究員

1985年東北大学工学部卒業、同年日経BPに入社。通信/情報処理関連の先端技術、標準化/製品化動向を取材・執筆。2002年「日経バイト」編集長、2005年「日経NETWORK」編集長、2007年「日経コミュニケーション」編集長。その後、「ITpro」、「Tech-On!」、「日経エレクトロニクス」、「日経ものづくり」、「日経Automotive」等の発行人を経て、2014年1月に海外事業本部長。2015年9月より現職。2016年8月より日本経済新聞電子版にて連載コラム「自動運転が作る未来」を執筆中。2016年12月「世界自動運転開発プロジェクト総覧」、2017年12月「世界自動運転/コネクテッドカー開発総覧」、2018年6月「Q&A形式でスッキリわかる 完全理解 自動運転」を発行。2011年よりCEATECアワード審査委員。

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