トレンド&デジタルテクノロジー解説【キャッシュレス社会】

第3回 個人データをビジネスに活用、情報銀行が2019年始動

2018年5月、キャッスレス社会が向かうべき姿を考える上で重要となる動きが欧州でありました。個人データの取り扱いについて管理を強化すべきとの判断の下、欧州連合(EU)が定めた「一般データ保護規則(GDPR)」が施行されたことです。

GDPR制定の背景には、米国のGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム)に代表される巨大IT企業が、世界中で数億人規模の会員・利用者を獲得して膨大な利用履歴を収集し、それらを多面的にサービス開発やマーケティング活動に活用していることに対する各国政府の懸念があります。個人情報保護の観点から見たときに、その活用法に問題があると判断したとも言えるでしょう。

GDPR制定の狙いは、個人データを取り扱う権利を個人データの持ち主である市民に取り戻すことです。自らの購買履歴や行動履歴を利用先の企業に提出させ、それらの個人データを企業に使わせるかどうかを決定する権利を保証しています。

こうした状況を受けて日本政府は、GDPRの精神を踏まえ、個人情報保護環境を整備した上で、キャッシュレス決済の普及によって獲得しやすくなる顧客の購買履歴や行動履歴を適切に企業活動に生かす仕組みを作ることにしました。その成果として2019年に登場する新しい企業が「情報銀行」です。

情報銀行は、個人からの委託を受けて、個人データを第三者に利用させるかどうかを判断し、個人に代わって第三者に個人データを提供する役割を持ちます。今の銀行は、個人から現金を集め、それを第三者に貸し出して利息を得て、その利息を預金者に還元して事業を営んでいます。情報銀行では、現金の代わりに個人情報が預託され、それを第三者に使わせることによって得られる便益を預託者に還元するわけです。

一般の銀行と情報銀行の活動で大きく異なるポイントは、預託する個人情報の使い方について、預託者は細かく注文を付けることができ、情報銀行はその注文を守らなければならないことです。銀行の預金者は、預けたお金の使い方に注文を付けることはできませんが、情報銀行の預託者は預けた個人データの貸し出し方を情報銀行経由で制御できるところに特徴があります。

情報銀行の定義で用いられる説明図 個人は自分の個人データ群(PDS:パーソナルデータストア)を管理した上で、それを第三者に貸し出す場面で個人データを情報銀行に預託する。情報銀行は、個人との委託契約に沿って第三者に個人データを貸し出し、見返りとなる便益を受ける(出所:総務省・経済産業省「情報信託機能の認定に係る指針ver1.0)

情報銀行が銀行と異なることはもう一つあります。情報銀行は個人情報の活用を推進するために政府が推進している事業ですが、その運用は民間企業の自主的な判断に任されます。そして銀行業は銀行法に則って営む必要がありますが、情報銀行を律する法律は制定されていません。国の許可や認可を受けることなく、どんな企業でも情報銀行事業に参入できるのです。

ただし、たくさんの企業が「私は情報銀行です」と名乗り、それぞれの企業がどのような運営体制になっているのかを判断できない状況が一般的になれば、市民は安心して情報銀行に個人データの貸し出しを委託できません。そうなれば、情報銀行の活用は進まず、もともとの狙いであった、個人データを使った新ビジネスの活性化は期待できなくなってしまいます。「日本人は他国の方よりも、個人データの提供に積極的ではない」という調査結果も報告されていますから、日本人に個人データの提供を促すには「情報銀行に個人データを預けても大丈夫」という信頼感の醸成が欠かせません。

条件によって提示しても良い人の日本人の割合は約50%
パーソナルデータの提供に対する考えの国別比較 (出所:総務省が2017年に実施した「安心・安全なデータ流通・利活用に関する調査研究」)

そこで政府は、“安心して個人情報を預託できる情報銀行”の目安を作るために、任意の認定制度を設けることにしました。2018年6月に、認定制度創設のためのガイドラインとなる「情報信託機能の認定に係る指針ver1.0」が公開され、この指針に沿って日本IT団体連盟が情報銀行の認定を審査・認定することになりました。総務省と日本IT団体連盟は2018年10月に情報銀行として認定する条件の説明会を開きましたが、そこにはさまざまな事業分野で活躍する企業200社が参加したそうです。予定通りに進めば、2019年春に情報銀行の認定第1号が発表されます。

情報銀行には、これまで銀行業を営んできた企業以外の参入も見込まれています。例えば富士通は、イオンフィナンシャルサービスと共同で情報銀行の実証実験を実施していますが、この実証実験では富士通が情報銀行の主体となり、イオンフィナンシャルサービスは個人データを活用する事業者として参加しました。実証実験では、預託した情報の内容や量、承諾した開示先企業に応じた対価を企業内仮想コイン「FUJITSUコイン」で提供しました。

実証実験における情報銀行のシステム概要(出所:富士通)

情報銀行のサービスによっては、「個人データを遊ばせておくのはもったいない。情報銀行に個人データを提供すれば、個人データを守ることが出来るだけでなく、さまざまなメリットを受けられる」というキャッシュレス社会ならではの新しい考え方が日本に広まる可能性は十分にあります。

キャッシュ社会における便益の多くはお金のやり取りに還元することで価値を図ることが一般的でしたが、キャッシュレス社会ではお金では買えない価値、例えば時間や場所の利用権や予約権などに大きな価値が生まれるかもしれません。お金以外のさまざまな価値を作ってきた異業種が情報銀行に参入することで、キャッシュレス社会ならではの現金以外の価値が具現化されるとともに、証券化されて流通することもあるでしょう。すでに多くの一般企業が顧客価値向上に向けてショッピングポイントを導入しており、現金では買えない特別な権利をショッピングポイントで提供しているケースも出てきています。

情報銀行ビジネスがどのように拡大していくのかはまだ見えていませんが、個人データを活用した新規事業の構築で存在感を高めるには、自らの強みを発揮できる役割を見極めた上で、同業者も含めて、協業・協調を繰り返し、産業全体を大きくする取り組みを数多く手掛ける必要がありそうです。

著者情報
林哲史
日経BP総研 主席研究員

1985年東北大学工学部卒業、同年日経BPに入社。通信/情報処理関連の先端技術、標準化/製品化動向を取材・執筆。2002年「日経バイト」編集長、2005年「日経NETWORK」編集長、2007年「日経コミュニケーション」編集長。その後、「ITpro」、「Tech-On!」、「日経エレクトロニクス」、「日経ものづくり」、「日経Automotive」等の発行人を経て、2014年1月に海外事業本部長。2015年9月より現職。2016年8月より日本経済新聞電子版にて連載コラム「自動運転が作る未来」を執筆中。2016年12月「世界自動運転開発プロジェクト総覧」、2017年12月「世界自動運転/コネクテッドカー開発総覧」、2018年6月「Q&A形式でスッキリわかる 完全理解 自動運転」を発行。2011年よりCEATECアワード審査委員。

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