AI活用がもたらす医療現場の変革

~ 医療の地域格差の解消にも期待 ~

AI(人工知能)は、ディープラーニング(深層学習)による進化で広く認知され、あらゆる産業の分野で活用が進んでいます。医療業界も例外ではなく、病気の診断などにAIを活用する動きが始まり、一部の疾患ではすでに実用化されています。AIの活用でこれからの医療はどう変わるのか? AIを用いて胎児の心臓異常をリアルタイムに自動検知するシステムの研究開発に携わる、昭和大学医学部産婦人科学講座准教授の松岡隆氏に、医療業界におけるAI活用の現状や課題を聞きました。

昭和大学医学部 産婦人科学講座
准教授 松岡隆氏

答えへの責任がAI活用の高いハードル

医療業界は病気にかかわる究極の個人情報を扱い、さらに法律や倫理問題など多くの壁が存在するため、最新テクノロジーの導入には慎重な部分があります。「端的なのはインターネットやデータベースで、他の業界や社会で当たり前になっていることがなかなか導入されません。医療は最先端のテクノロジーを導入していると思われがちですが、それは特化した部分だけです。医療は複雑だとよく言われますが、効率化が遅れているバランスの悪い業態だと思います」と松岡氏は指摘します。1つ1つの機器には非常に高度な技術が使われているだけに、松岡氏は「医療と情報テクノロジーはもっと融合すべきです」と話します。

しかし、松岡氏は医療現場でAIを活用するには、さらに高いハードルが存在するといいます。医療は命にかかわるだけに判断、診断することに最大の責任が求められます。しかし、AIは出した答えに対して責任を取れません。AIをどう活用するか、それが大きな問題になっています。

人はAIを活用し両輪として協働する

一方、医療におけるAI活用のメリットについて、松岡氏は「AIは毎回求められたことを忠実に実行するうえ、疲れないところです。これは非常に大事なことです」と話します。人は疲れてくると細かいミスをするなど、パフォーマンスの差が激しくなります。当直明けだったり、たまたま仕事が重なったり、診察中に誰かに声をかけられ気が取られたりなど、医療現場では1つのミスが次のミスを生むことがあります。医療過誤や医療事故の原因は医師の知識や技術ではなく、そこの部分が多いといいます。技術に問題はなくても細かいミスの積み重ねが結果を悪くしてしまいます。その点では、AIは疲れることなく常に作業を実行します。ただし、AIの判断をそのまま採用するのではなく、それを管理する人が最終判断することが重要であり、松岡氏は「任せるのではなく人との両輪、やはり道具なのです。AIは信頼するけど信用してはだめです。あくまで補助でありアドバイスなのです」と話します。また、「AIは時に訳の分からない答えを出しますが、逆にこの答えがいいと気づくこともあります」とし、AIの人とは違う解釈、違った見方をするところにも期待しているといいます。

そこで、松岡氏がAIで注目しているのが、ディープラーニングだといいます。「ディープラーニングは再現性を持たせることが可能です。正しいことを教えれば、付随したことを自分で考えくれます。AIはまじめに学習するので、ちょっとしたズレを違うと判断して、私が気づかないことや見逃したことを教えてくれます」と話します。例えば、エコー(超音波動画像)診断にAIを活用して胎児の心臓で正常な部位の検出をしたとします。正常胎児の心臓構造には個体差が少なく、心臓の同じ位置に同じ弁や血管などの部位が存在します。正常の検出がなければ異常の可能性があるということです。松岡氏は「1次検査でのAIの優位性は人より高くなる可能性があります」と話します。

画像による所見の診断にはすぐにでも活用できる

医療におけるAI活用は、松岡氏によると特にアメリカが進んでいるといいます。例えば、患者の細胞からがんなどの異常を判断する病理学の分野です。日本は、スライドグラスに乗っている細胞を顕微鏡で人が目で見て判断していますが、それでは経験に依存する部分も大きく、人によって判断が変わる可能性もあります。アメリカではAIの画像解析処理技術を用いて細胞からがんの有無を自動的に検知し、検査のプロセスを効率化させることで人の曖昧さや疲れなどによる判断の差を排除しています。しかし、AIが出した診断の最終的な判断は人が行っています。「CTやMRI、レントゲンの画像診断でAIを活用するのは有効ですね。レントゲン検診の所見では、万に一つの異常があるかどうかです。これを人がすべて見て判断しています。決まりきった画像による所見の診断には、AIはすぐに活用できるでしょう」と松岡氏は語ります。そのうえで、「ルーティンワークのような部分を省略化できれば、医師は病気の原因は何か、どう治療するかというもっとコアな部分に専念できます」と話します。

働き手不足が進む中で必須となる医療のAI活用

医療業界はその特殊性から最新テクノロジーの導入が進んでいませんでしたが、近年、日本の労働力不足という問題からも効率化、省略化を推進する必要性に直面しています。国家資格が必要とされる医療人は簡単に採用することはできません。医療現場の働き手が不足している中で、松岡氏は「最初から最後まで、情報収集から何から何まで、それを人がやるのは効率的ではありません。AIに人が判断を下す手前までの情報整理や診断・治療候補の提示をしてもらうようなサポートあれば、医師は根拠を持って診断・治療を行うことができると思います。仮に、医師1人では情報処理や検索比較にかかる時間から1日20人しか患者を診断・治療することができないとします。そこで、AIによりその掛かる時間が短縮されれば、その何倍の数の患者を診療できるだけでなく、その診断と治療には根拠のあるデータがあるので、自信もって診療することが出来ます。そうなれば医療はもっと先へ進むと思います」と力説します。労働力不足解決だけでなく医療の質の向上にも、AI活用は今後必須となるでしょう。

技術の個人差と地域格差の解消にも期待される

AI活用は医療技術の個人差と地域格差の解消にも期待できます。松岡氏のエコー診察技術は、約25年をかけて磨いてきた技術であり、どの部位がどこに映るのか映らないのかを熟知した職人技と言えます。言い換えると、エコー検査は、部位や断面をうまく映し出すことが難しく、技術が必要とされます。「機器は進歩していますし、若い先生は技術の習得もとても早いです。しかし、エキスパート1名を育てるには経験というある程度の時間が必要なのです」と話します。松岡氏はAIの活用が技術の個人差を埋めてくれる可能性があるといいます。また、松岡氏が開発したAIシステムは一般的なエコー技術のみで働くように設計されています。もちろん高性能のエコー機器にはいろんなアプリケーションが搭載されているのでそれを利用しない手はありません。しかし、基本性能の機器で使えるシステムは汎用性が高く、広く浸透し利用されるでしょう。つまり、それは個人の技術のギャップを埋めるだけではなく、地域格差をなくすことができます。「一般的なエコー機器にAIが普及すれば、専門医ではなくでもエコー機器の最低限の知識と経験がある人なら、内科医や助産師であってもAIが検知した画像から病気を持つ可能性のある胎児を見つけることが可能となります。AIが教えてくれた患者を専門の医師を紹介する判断も早くできるようになり、エキスパートのいない地域でも質の高い検査を提供することができます」と松岡氏。AIにより胎児の心臓異常を見つけることが出来れば、出生直後から治療がスタートでき、生存率が劇的に向上するといいます。

AIなどのテクノロジーの導入は、医療現場を大きく変える可能性を持っています。ただし、医療現場では必ずイレギュラーが発生します。そのイレギュラーに対して、どうセーフティーネットをつくるかも重要となります。しかし、日々の業務に追われている医師の現状を鑑みても、医療とテクノロジーの融合は不可欠で、間もなくAIが医師の優秀な「同僚」または「後輩」としてサポートしてくれる時代がくるでしょう。

(聞き手 コミュニケーション・コンパス 遠藤隆雄)

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