人を中心に据えたテクノロジーの将来像を描く

去る米時間2022年1月19日にグローバルテクノロジーイベント「Fujitsu ActivateNow: Technology Summit 2022」が行われました。シリコンバレー在住のITジャーナリスト瀧口範子さんによるレポートをお届けします。

2022年3月31日まで、イベントサイトにてオンデマンド視聴が可能です。
詳細はイベントサイトをご確認ください。

目次
  1. 開催テーマは「持続可能な世界に向かって:テクノロジーがより良い未来を創る」
  2. テクノロジーのイノベーションを、持続可能性の実現へ向ける
  3. インターネットを強力に、そして万人のために
  4. 社会環境を向上させるデジタルツイン技術とは
  5. 目的とユーザーのためにテクノロジー利用を最適化する
  6. テクノロジーのあるべき姿を考える

開催テーマは「持続可能な世界に向かって:テクノロジーがより良い未来を創る」

富士通は、2022年1月19日、20日の両日にわたり、オンライン形式によるグローバルテクノロジーイベント「Fujitsu ActivateNow: Technology Summit 2022」を開催した。
テーマは「持続可能な世界に向かって:テクノロジーがより良い未来を創る」。気候変動、自然災害、格差や高齢化などの社会的課題、パンデミックといった複雑な問題に世界が直面する中、テクノロジーによるイノベーションがどんな未来をどう実現できるのかを話し合う場だ。富士通社内で研究開発が進む先端テクノロジーの活用例の紹介に加え、参加したアカデミア、政府、医療、産業界の有識者とのディスカッションによって、コンピュータ、AI、データなどを含むテクノロジー分野と社会両方における未来のあり方と課題を浮き上がらせるものとなった。
「Fujitsu ActivateNow: Technology Summit」はテクノロジーに焦点をあてて開催されるグローバルイベントで、今回は第1回となる。富士通はこれまでもテクノロジーサミット「Fujitsu Laboratories Advanced Technology Symposium (FLATS)」を毎年開催し、先端テクノロジー研究開発の課題を幅広い視点から捉えてきた。今回のイベントはヨーロッパと北米の2地域からストリーミングされ、各地域、各分野を代表する有識者からテクノロジー開発の方向性に関わる深い洞察が共有された。特にテクノロジーにおけるトラスト(信頼)や健康的な生活に関する議論を通して、「人間中心的」な視点の重要性が参加者の多くから強調されたのが印象的だった。

テクノロジーのイノベーションを、持続可能性の実現へ向ける

富士通基調講演で冒頭の挨拶に立ったヴィヴェック・マハジャン同社CTOは、「現在世界が直面するのは、異なった国々や業界が互いに関連するシステミックな問題である」と述べた。企業、研究機関、政府、関連機関が未来ビジョンを共有しなければならず、ここでオープンかつフレッシュな解決への糸口を探りたいと、まずこのイベントの位置付けを明らかにした。
2021年10月のFujitsu ActivateNowでは、新事業ブランド「Fujitsu Uvance」が発表されている。これは、持続可能な世界実現のために業界を超えた協力関係を築いていく計画だ。フォーカスするのは、Sustainable Manufacturing、Consumer Experience、Healthy Living、Trusted Society、Digital Shifts、Business Applications、Hybrid ITの7分野である。

Fujitsu Uvance と 7 Key Focus Areas

マハジャン氏は、今後10年間で起こるテクノロジーの進化がこれを支えると語った。量子コンピュータを含めた高速コンピューティング技術、ユビキタスな高速通信環境、作業自動化やAIによる意思決定、情報セキュリティ、テクノロジーの生活への統合などだ。

富士通基調講演では続いて富士通執行役員常務の原裕貴、技術戦略本部エグゼディレクターの高重吉邦の両氏がトークセッション形式で登壇した。「持続可能な世界実現に向けた富士通のテクノロジービジョンと研究開発戦略」がテーマだ。

富士通株式会社 執行役員常務 原 裕貴氏、同社 技術戦略本部 エグゼディレクター 高重 吉邦氏:持続可能な世界の実現に向けた富士通のテクノロジーにおけるビジョンおよび研究開発戦略について

富士通では2030年までに起こるイノベーションを見定めており、そこから「バックキャスト」する方法で、研究開発と事業で今とるべき戦略を立てていると原氏は説明した。それを記すのが毎年アップデートされる「Fujitsu Technology and Service Vision」である。高重氏は、これが不確実性の高い時代にあっても、ビジョン実現のためのコンパスになっていると語る。また、パンデミックによって「重大なリセット」の時代が訪れ、環境や人々と社会が健康であることが優先課題と見做され、世界中のビジネスリーダーたちも持続可能性実現への貢献を使命と捉えるようになったとした。
そうした中で、原氏はイノベーションにおける富士通の2つのビジョンに触れた。「発見方法における変革」と「人文・社会科学をデジタルに統合(コンバージェンス)すること」である。
発見はあらゆる分野で加速化が求められる。量子コンピュータを高速コンピュータに統合しデジタルアニーラ技術を利用することで、大量のデータセットを扱った複雑な組み合わせ問題を解くことが可能となる。トヨタシステムズとの共同開発では、300万の中から有効なルートを選ぶという大規模物流の最適化を手掛けている。また創薬分野でも、日本のバイオベンチャー、ペプチドリームと共にCovid -19治療薬のための候補化合物の絞り込みを行っている。
AI利用も期待できる。「Discovery AI(発見AI)」によって複雑なデータ間の因果関係を自律的に推測することが可能になる。ガンの有効な遺伝子治療方法を導き出すのにも有効と期待される。
人文・社会科学をデジタルに統合する「コンバージェンス」は、さらに興味深いテクノロジーの発展形だ。社会問題においては人間行動などダイナミックな要素が絡み合っており、解決のためにはデータに基づくインテリジェンスと人間中心的な洞察を組み合わせる必要があると、原氏は言う。
ここに挑むため富士通は「ソーシャル・デジタルツイン」のコンセプトを考案した。これによって、例えばCO2削減を目指した政策の効果を、行動モデルに基づく交通量シミュレーションを通じて評価するといったことが可能になる。同様に、パンデミック中の人々の健康と経済維持のバランス、自然災害時の支援のあり方などもフレキシブルな方法で求解することができる。高重氏は、ソーシャル・デジタルツインは持続可能性の実現においてステークホールダーに対する説得材料にもなるとした。
両氏はまた、トラストが今や新しい通貨になっており、これまで利益を優先してきた産業界は転換を迫られていると訴えた。そしてトラストという形のない価値を確保するための手段として、ブロックチェーンはプラットフォームになるべきだと述べた。「具体的な行動を取るべき時がきた」というのが富士通基調講演の結びの言葉だ。

インターネットを強力に、そして万人のために

ゲストスピーカーへの基調講演インタビューに登壇したのは、ティム・バーナーズ=リー氏だ。ワールドワイドウェブの発案者として知られる同氏がマハジャンCTOの問いに応える形で進行し、特にデータ・プライバシーについて掘り下げた議論が行われた。

ティム バーナーズ=リー氏(World Wide Webの発明者)への
富士通株式会社 執行役員専務 CTO ヴィヴェック マハジャン氏によるインタビュー:
世界中に拡大した新型コロナウィルスがインターネットに与えた影響やWebの将来を支えるテクノロジーの展望などについて

同氏は、万人が自由に使えるものとしてウェブを考案し、現在でも建設的なものであり続けているかを注視していると語る。そうした中で今日のウェブには数々の問題が見られる。選挙の際に人々を心理操作するのに利用されたり、サイバークライム、ミスインフォメーションが横行したりしていることなどだ。これを完全になくすのは難しいと言う。
これと並んで同氏が憂慮するのは、プライバシー問題だ。個人のデータがその個人を標的にして操作するのに使われたり、SNS上で自分が作り出したデータがサイロ化され、他のプラットフォームに移行できなくなっていたりする。このデータのプライバシー問題を解決するために、同氏は2016年にソリッド・プロジェクト(Solid Project)を立ち上げている。
ソリッド・プロジェクトは、SNSへの投稿、写真、医療データ、クレジットカード記録など個人のあらゆるデータを「ソリッド・ポッド」に保存して、誰がどう使うかをデータ所有者自身が決められるしくみだ。企業が社員のために利用することも可能で、またベルギーのフランダース地方政府も利用を始めている。そうしたしくみが介在することで、データ所有者と利用者の間にトラストが生まれ、データ共有がより進む。その結果、医療研究やビジネスにおいて大きな価値を生むようになるという。
同氏は、パンデミック中にインターネットの実態も明らかになったと語る。人々を結びつけた利点もあった一方、英国ではネットにアクセスしてリモート教育を受けられた子供は3分の1に過ぎず、残り3分の1はネット接続がなく、さらに3分の1は接続してもデバイスの機能が十分でなかった。ウェブをパワフルにする必要はあるが、こうした格差を認識し浸透度によって方法を変えないと、格差はますます強化されるばかりだと警鐘を鳴らした。

社会環境を向上させるデジタルツイン技術とは

基調講演の後は、ヨーロッパ、北米でそれぞれ2つのパネルセッションが行われた。両地域に共通テーマが与えられ、パネル1は「トラストな社会へ:デジタル技術を活用した社会にポジティブな影響を与える行動変容の実現」、パネル2は「未来の健康的な生活を支えるテクノロジー」である。
ヨーロッパのパネル1では、特にモビリティーに関わるデータ共有が話題となった。パネリスト各者は、航空や鉄道、道路などの領域でデータ共有が運営や顧客体験の向上、持続可能性の実現に結びつくが、実態は進んでいないと口を揃えた。商業データが囲い込まれていることや標準化が進んでいないことに加え、データ共有における倫理やセキュリティの課題が解決されていないことなどが理由だ。

ゲストスピーカーによるテーマセッション1:
トラストな社会へ:デジタル技術を活用した社会にポジティブな影響を与える行動変容の実現(欧州)

それでも実験的なプロジェクトは行われている。イギリスの国立デジタルツインプログラム(NDTp)のヘッドでモット・マクドナルド社CTOのマーク・エンザー氏は、NDTpでは理論を現実のものとして見せるために「デモンストレーター」を開発したと説明した。開発したのは気候変動レジリエンス・デモンストレーター(CReDO)で、エネルギー、水、通信の異なるセクターを横断したシミュレーションを通して気候変動に対するインフラのレジリエンスを知ることができる。
ドイツのミュンヘンでは、マイクロモビリティーのパターンを理解するための試みが行われている。マイクロモビリティーの導入は、CO2削減に大きく寄与する。ヘクサゴン社事業開発担当副社長のウヴェ・ヤスノック氏は、富士通と共同開発したモニタリングやシミュレーションツールを見せた。乗り物や道路に加え、都市の中で埃の粒子がどう飛翔するかまでビジュアルに観察できるものだ。
持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)のモビリティ・ディレクター、トーマス・デロイソン氏は、データ共有がデジタルとフィジカルを繋ぐことを可能にして政策策定に貢献できるが、そのためにはステークホールダー間のサイロを壊し、共有ビジョンを持たなければならないと強調した。

ヨーロッパのパネル2では、3人のパネリストがデジタルヘルスケアの実情と課題を議論した。フィンランドでは省をまたいだ政策によって、医療のデジタル化が進んでいる。同国社会保健省の事務局長室上級アドバイザーのユッカ・ラヒスマ氏は、その経験からデジタルヘルスケアのスケール化には、患者本人によるモニタリングを促進する要素や、異なった医療関係者の仕事の状況まで統合するERPプラットフォームが要だったと述べた。

ゲストスピーカーによるテーマセッション2:未来の健康的な生活を支えるテクノロジー(欧州)

スコットランド政府は、メンタルヘルス治療にデジタル技術を導入する。アドバイザーを務めるクリス・ライト氏は、ただ効率化のためではなく、データの意味を深く理解し、また既存の優れた臨床医療との統合が求められると語った。コロナ禍中は患者紹介の3分の1がデジタルで行われるなど利用が進んだ一方、アクセスポイントをより多様化させるという課題も残っている。さらに、火急にサポートを必要とする人を浮かび上がらせるような、社会経済要素まで加味した総合的なアプローチが求められると強調した。
富士通で医療DXの研究開発を率いる猪又明大氏は、予防も含めた医療のパスウェイ全体を見渡すことが大切だと述べた。そのためには数理最適化テクノロジーが期待されるが、同時に医療機関、地元政府、地域、各家庭などのステークホールダーが繋がって協力することが理想だと語った。

目的とユーザーのためにテクノロジー利用を最適化する

北米でのパネル1で主な議論になったのは、デジタルツインの現状と課題だ。デジタルツインには、先進国政府も力を入れる。マクラーレン社が、F1レースカーのデジタルツインを作り、シミュレーションやリアルタイムのモニタリングを通して実際のレースカーの性能を向上させていることはよく知られている。しかし、産業界でもここまで高いレベルのデジタルツイン化は進んでいないのが現実だ。

ゲストスピーカーによるテーマセッション1:
トラストな社会へ:デジタル技術を活用した社会にポジティブな影響を与える行動変容の実現(北米)

欧州中期予報センター(ECMWF)ディレクターのペーター・バウアー氏は、同センターでは地球システムのシミュレーション、つまりデジタルシャドウ化によって天候を予想する技術はかなり進んでいるが、デジタルツインの実現にはまだ及んでいないと語り、天候のような非線形的な現象は、レースカーのような短いループ内での介入とは概念が異なると指摘した。また、地球工学分野では災害を予防するためのデジタルツイン化も議論されるが、やり直しが効かない領域もあり、不確実性を理解したアプローチが求められると語る。
カーネギーメロン大学で人間行動のモデル化を行っているラズロー・ジェニ氏は、スマートフォンに搭載された種々のセンサーからのデータを利用するだけでも、例えばメンタルヘルスに問題を抱える人へのサポートが行えると語る。データをデジタルツインに照合し、自殺願望が高まる数10分という短い時間内にほぼリアルタイムで介入できるのだ。
ベライゾンのテクノロジー戦略とネットワーククラウド担当副社長のスリニ・カラパラ氏は、デジタルツイン活用を効果的に行うためにはユビキタスな高速通信環境はもちろんのこと、センサー数や種類、どこで計算処理を行うかなどの見極めも重要になると説明した。

北米でのパネル2には、ジョンズホプキンズ大学医学部の学長でジョンズホプキンズ医療センターCEOのポール・ロスマン氏が登壇した。
同大学は、世界のコロナウィルス感染者数を追跡するサイトを作って注目を集めたが、これは大学内の工学部教授と二人の大学院生が始めたものだったという。ビッグデータを扱う人材が至近距離にいる環境は、大学病院ならではのものだろう。
ロスマン氏は、コロナ禍下でのテクノロジー利用を紹介した。この2年間、同病院が行った検査は100万回以上、抱えた入院患者は1万人以上。これに加えて診察した5万人以上の感染者について、重症化するのは誰かを精密医療イニシャティブで培ってきた方法で予想し、ICU病床の確保に役立てたという。

ジョンズホプキンズ大学医学部学長・ジョンズホプキンズ医療センターCEO ポール・ロスマン氏

さらに進んだデータ利用は、オミクロン株の感染拡大下で行われた。連邦や州政府からのデータも併せて、ワクチン接種率が低い地域の郵便番号を把握し、2州にまたがる複数の傘下病院で受け入れることになる重症患者数の予測を行っているのだ。
また、遠隔医療も実施するが、ここでも遠隔医療に対応できる患者かどうかを予測モデルに基づいて判断する。テクノロジーの利用が非常に人間中心型であることがうかがえる。今後ビッグデータは、環境によって発現する病気予防のための生活のモニタリングや、医療における格差問題の解決にも向けなければならないと同氏は言う。
同氏が強調するのは「テクノロジー利用の最終目的は、患者に向けた医療の最適化」という点だ。真に有用なテクノロジー開発のために、こうした揺るがない視点は必須だ。

テクノロジーのあるべき姿を考える

2年に及ぶコロナ禍を経験して、企業も開発者も、そして消費者も、テクノロジーの本来の役割を厳しく判断するようになった。持続可能性の実現、トラスト、人間の健康といった重要な課題をテーマにした今回のイベントは、多くの人々にとって学びと思考の機会を与えるものとなったはずだ。

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