経験・体験の時代のデジタルマーケティング

2018.10.5 ライター:狐塚 淳

経験・体験を求める顧客

本や雑誌、CDなどの販売数は毎年減少が続いています。テレビの視聴時間や新聞の購読時間も低下の一途をたどっています。こうした従来型のメディアが凋落する一方で、経験・体験型のイベントなどの集客は上昇しています。人気のコンサートや舞台のチケットは入手困難ですし、美術館の企画展には長い行列ができています。人々は受け身のメディア消費から、体験や参加に価値を見出す方向にシフトしてきています。

こうした変化の主な要因のひとつは、インターネットとスマートフォンの普及です。検索エンジンを使用して必要な情報を得られるようになっただけでなく、ブログやSNSを使った個人によるシェア=情報発信が容易にできるようになったことが、体験・経験の価値を高めているのです。代表的なSNSサービスのいずれかを利用している割合は、2012年の41.4%から、2016年には71.2%にまで上昇しています。

<参考>平成29年版 情報通信白書

出典:総務省ホームページ
(http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h29/html/nc111130.html)

メディアのコンテンツを消費して終わるのではなく、自ら情報を発信して人とコミュニケーションを取るためには、自分独自の経験をする必要があります。「インスタ映え」という流行語も、そうした状況の中で生まれたのです。

21世紀に入ってから販売枚数が下落していたCDが、2011年前後に一度持ち直したことがあります。これは音楽のメディアとしてのCDが売れたのではなく、AKB総選挙の投票券としてCDが購入されたためです。選挙で推しメンの順位を上げるという体験のために、ファンの一人ひとりが何枚も同じCDを購入しました。人は体験のためにお金を使うようになり、お金は体験とセットになってやりとりされるようになったのです。多くの歌手やアーティストも曲の印税ではなく、コンサートの入場料や物販で収益を上げる方向にシフトしていきました。

このように個人の価値観と行動が変化してくると、日常の商品購入時に求められるものも変わってきます。商品自体に満足するだけでなく、その商品を購入するまでの過程や、使用感、使用後の企業とのコミュニケーションまで含めた一連の流れを体験としてサービスされ、そのことに価値を見出したいと考える顧客が増加しています。もちろん、そこで満足を感じれば個人はその体験をSNSでシェアし、それは企業の売り上げ増進にもつながります。企業は、こうした体験を重視しコミュニケーションを求める顧客に自社の製品やサービスを販売するために、デジタルマーケティングを活用しています。

デジタルマーケティングは顧客を見つけるために何をしてきたか?

20世紀のマーケティングは、TVや新聞、雑誌などから、自社の製品に関心を持ちそうな層が見ていると思われるメディアを選択して広告を打ち、店頭に製品を並べて認知を上げることが活動のメインでした。当時の情報発信は企業からの一方的なもので、顧客からの反応は製品が売れたかどうか、何件の電話問い合わせがあったかなど、少ない情報しか存在しませんでした。企業は、自社製品の消費者がどんな人なのか、ぼんやりとしか把握できていませんでした。

しかし、インターネット時代のデジタルマーケティングでは様相は一変します。デジタルマーケティングは顧客とのダイレクトなコミュニケーションが可能になるという特徴を持っています。インターネットを利用することで顧客の反応は直接企業に届き、購買情報以外にも様々な情報を手に入れることが可能になりました。購入にまではいたらなくても、ホームページで製品情報に関心を抱いてクリックした人数もわかりますし、メールマガジン登録などによって、顧客の性別や年齢などの情報を手にすることも可能になります。それまでよくわからなかった顧客の姿が徐々にはっきり見えてきたのです。ネットショップなどでは、ポータルページを作成し、顧客のそれぞれに向けた情報をパーソナライズし、インターネット広告などで販売強化に役立てようという動きが加速しました。

最初はネット上でも1つの点だった顧客とのつながりを増やしていこうと、多くの顧客接点が模索されました。接点を増やすことで、より顧客を理解し、コミュニケーションを深めていくことが企業活動として必要だと考えたのです。さらに顧客情報だけでなく、自社の実店舗やオンラインショップなどの販売データを統合していくオムニチャネル戦略に取り組む企業も増加しました。

しかし、オムニチャネルで効果を上げるのは簡単なことではありません。2015年にオムニチャネル用にグループ横断の通販ネット「オムニ7」を立ち上げたセブン&アイグループも思うように売り上げを伸ばすことができず、2018年6月に、グループの新しいオムニチャネル戦略の中心となる「セブンマイルプログラム」をスタートさせました。従来のオムニ7が商品中心の組み立てだったのを、今回は顧客中心に組み替えることで、細やかなニーズ対応を実現し、一元化したデータを元にサービスの質向上を図っていくそうです。

最適な顧客体験を提供するには

デジタルマーケティングには多様なデータが必要ですし、それらを統合していくことで新しい価値を生み出せるわけですが、そこで忘れてはならないのが、顧客を第一に考えるということです。商品を販売するチャネルの効率化が目的なのではなく、顧客が求めているものを製品や情報といった区別なく、求められているタイミングで提供する必要があります。

現在、ネットを使い情報発信者にもなれる顧客は、企業との間に自分用のコミュニケーションがあることを当然と考えます。パーソナライズされたサービスとともに商品が提供されるべきであり、商品自体もそのコミュニケーションの中の1つの要素であるように感じています。そんな体験・経験を重視する顧客に対し、サービスとしての顧客体験を提供することがデジタルマーケティングのテーマになってきています。それを実現するために重要なのがカスタマーファースト、顧客第一主義です。

オムニチャネル戦略を成功させている事例として有名な無印良品の「MUJI passport」の場合、マイルプログラムで顧客の行動把握を図っています。同社のマイルプログラムは商品購入時のみにたまるのではなく、チェックインやレビュー、改善アイデアの提供などにも発行されます。

顧客一人ひとりのさまざまな行動を把握し分析していくことで、同社は顧客の行動を点ではなく線でとらえるカスタマージャーニーマップを作成しています。いくら多くの顧客接点の情報を集めても、それだけでは顧客の姿を描き出すには不十分ですが、それらを時系列でつなげることで、顧客の行動モデルを作り出すのがカスタマージャーニーマップです。無印良品のカスタマージャーニーマップでは、顧客がSNSとWeb、店舗を行き来して、調査、選定、購入から利用、推奨までの各ポイントでどんな行動を行うかの流れがわかりやすく描かれています。企業側はこのマップをもとに次の施策を打っていけばいいのです。良質なカスタマージャーニーマップを持っている企業としては、ほかにスターバックスやIKEAなどが挙げられます。

デジタルマーケティングはこのように顧客第一主義をベースにさまざまな技術を利用することで進歩してきました。それによって、自社の顧客の姿がかなり明確に見えてきました。現時点では、把握できるのは顧客の行動までですが、今後はオープンデータ市場やAIを活用し、より顧客の姿を鮮明に把握・分析し、顧客の感情にまで訴えるようなマーケティングが進展していくでしょう。

本記事のライター
狐塚 淳(こづか じゅん)
IT系フリーライター。コンピュータ系出版社の雑誌・書籍編集長を経て、フリーランスに。
AI、ロボティクス、IoT、クラウド、データセンターなど幅広い記事・コンテンツ作成に携わっている。
ネットメディア「スマートワーク総研」編集長。

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